第101話 閑話 旅のひとこま
これは海を目指す旅の途中、何気なく立ち寄った町での話。特に特筆する程でも無い旅のひとこま。
「次の町で、ちょっと気分転換でもしようか」
「そうですね。賛成です」
街道は珍しく森の中を走っていた。
森の中を切り開かれた道なので、恐らくは非常に古いものなのだろう。遥か昔は魔物が居ない時代があったそうで、その頃に整備された道が今も各地に残っており街道として利用をされている。
森の木々に囲まれた街道を抜けると、眼前に巨大な城塞都市が現れる。とは言っても森を抜けた訳では無い。ここは遥か昔に森の中央を切り拓いて作られた町だ。
今になって同じ様に森を切り拓いて道を作ろうと思えば、襲来する魔物に対処をしなければならず非常に難易度が高い。道一つでもそうなのだから、町の建造ともなれば魔物の領域に新たに町を建造するのは至難のわざだ。
特にこの森は魔力が満ちており、魔物の数が多い。にも拘わらずこうして今なお町が残るのは、遥か昔の城塞都市が基礎となって今尚活用されているからだし、その立地の利便性故だった。
この世界は魔物が蔓延っており、人々が生きるには非常に厳しい環境が多い。経験ある冒険者であれば早々に後れを取る事の無い魔物も、群れれば脅威になるし、巨大な魔物が率いる群れともなればその脅威度は飛躍的に高まる。
特に魔力に満ちる地域は魔物の数が多く、強大な力を持つ大型種の比率が増える。それは、魔物が魔力より生まれ出で、魔力を好むからに他ならない。
さて、そうした魔力が満ちる地に、何故こうして人の住む街があるのかと言えば、それは魔力が満ちる地では他とは異なる現象が生じるからに他ならない。他では容易に発見する事が出来ない鉱石や草花が採取できる。伐採した木々の再生スピードが速いなど。通常なら出現率の低い大型種の魔物も相対するには危険ではあるが、討伐さえ出来れば貴重な素材に化ける。
木々を伐採するにも素材を採取するにも、魔物を討伐するにも冒険者が必要不可欠だ。その為、この町には腕に覚えのある冒険者が数多く集まっていた。
「城塞都市カヴァにようこそ! 身分証かギルド証をお持ちですか?」
「これで良いかな?」
俺とフランシーヌは、懐から鎖を通したギルドの監察票を取り出して見せる。
「はい、大丈夫です。7等級ですか? ようこそ! カヴァにはどの様な目的で?」
「ああ、海を目指して旅をしている最中でね。たまたま立ち寄っただけさ。問題無いかな?」
「勿論です。どうぞお通り下さい」
ギルドに加盟している国だとこうして鑑札票を見せるだけで、町に入る事が出来る。
城門は高さが5m程あり、重厚な巻き上げ式の扉が設置されている。城壁の外側には幅5m位はある外堀でぐるっと囲まれていて、町へと入る為の橋には重武装の衛兵が何人も立って居た。
町に入ると城塞都市の中央を街道が走っていて、雑多な印象を受ける。通りから一歩奥へ入ると工業区。今も後ろから切り出した丸太を簡易の荷車に乗せて引いた一団が、ガラガラと工業区へ運んで行く。それを見送る冒険者の一団が、その一団へ声を掛けると町の中へと歩いて行く。町の外で木を伐採する職人達を警護するのが仕事だから、門をくぐってしまえば仕事は終了だ。ギルドに報告を済ませて、これから酒場にでも繰り出すのだろう。
俺達は、そんな町の景色を見ながらゆっくりと馬車を進める。
夕方にはトウカに戻る必要が有る。それ迄には町から多少は離れて拠点を建造する必要が有るから、この町で過ごせるのは1時間か2時間位か。
町の中央には円形の広場があって、ギルドと思しき重厚な作りの建物が有る。広場の周辺には、商店と思しき建物が幾つも建っている。時間は昼を過ぎた位なので、市は立って居なかったが、軽食を出す屋台は幾つか出ていて、香ばしい匂いが漂ってくる。
ギルド自体に用は無くても、ギルドでは一時的に馬車を預かってくれる事が多い。ギルド前で馬引きに声を掛けて銀貨を渡すと、しばらく馬車の面倒を見てもらえる様にお願いをする。
「卓也さん、どうされますか?」
「取り敢えず小腹が空いたから何かつまもうか。その後はいつも通り商店を覗いて見よう」
美味しそうな匂いを漂わせている屋台の適当に選んで、串に刺して焼かれた肉を2本購入する。フランシーヌに1本渡して、もう1本にかぶりつく。
「おっ、美味しいね」
「そうですね。塩が程よく、脂も乗ってて美味しいです」
この町は木材資源が豊富な為、屋台でも気軽に炭が使える。城塞都市の端の方からは、今も煙が立ち昇っているのが見て取れるが、話を聞いてみれば年中炭焼き小屋が稼働していて町では安価で出回っている。
「おじさん、これは何の肉なんだい?」
「これは、この辺りに生息する鳥の魔物さ。羽が退化してて走り回るから、この辺りじゃ地走りって言われる奴さ」
なるほど。鶏みたいなものか。空を飛ぶ鳥は飛ぶ為に余分な脂肪を身に付けないから意外と可食部は少ない。空を飛ばない代わりに筋肉が発達していて、脂も乗っているのだろう。と言うか味自体は鶏に非常に近い。この世界で食べられる家畜化された鶏は食感としては地鶏に近くて歯応えがあるが、この肉は柔らかくジューシーだ。
それに海が近くなったからか、塩が安価で出回っている。しっかりと塩が振ってあって、味を引き立ててくれる。
結構なボリュームがあり、串一本でしっかりと腹を満たした俺とフランシーヌは、特に目的も無く商店を覗いて見た。
様々な雑貨を扱う店、この周辺で採取できる薬草で作られた薬品を扱う店、鉱石を扱う店もある。数は少なくそこそこの値段だが、ミスリルやアダマンタイトの鉱石も扱っていた。最も鉱石からではクラフト機能は使用出来ないので購入は見送る。買うにしても運べる量には限りがあるから致し方無し。
食品を扱う店では、やはりこれまでの地域と比較をすると塩が安価だった。トウカでは塩が貴重だから、ここでは多少は購入をしておいた。そこそこの重量がある塩の入った麻袋を担いで、程なくして馬車へと戻る。
馬番に声を掛けて馬車に荷物を積み込んでいると、後ろから声を掛けられた。
「すいません、タクヤ様とフランシーヌ様でいらっしゃいますか?」
「ん? そうですが?」
振り返ってみると、おそらくはギルドの職員だろう妙齢の女性が立っていた。少しふくよかな体型で歳は30半ば位。綿の清潔なシャツの上から革のベストを着ている。下は膝くらいまではあるスカート。ギルドではよく見かける格好だ。
「7等級の冒険者がいらっしゃったと伺いまして、声を掛けさせて頂きました。宜しければギルド長がお話をお伺いしたいと申してますがお時間を頂けないでしょうか?」
町へ立ち寄れば、こうして声を掛けられる事は意外と多い。7等級はギルドでもかなり高位の等級で、ギルドとしては是非とも町に腰を据えて欲しいと考えるのが普通だから、ギルド長が直々に声を掛けてくるのだろう。だが、俺達は海を目指す旅の途中だから、直ぐにでも町を出るつもりだ。
「すいませんが、旅の途中で立ち寄っただけですので、これから出発しようと思っていたところです」
「そうでしたか、それは残念です。是非このカヴァで活動を頂ければと思いましたが、逗留されるご予定は御座いませんでしたでしょうか。宜しければ色々と便宜も図る事も出来ますが?」
「好意は有り難いですが結構です。すいません、先を急いでますので」
そう言って、適当にあしらいつつ御者席に乗り込むと馬車を出す。
「ではギルド長にはその様に伝えさせて頂きます。良き旅を」
そう言って丁重に見送ってくれた。
「余り面倒にならなくて良かったですね」
「そうだね。良い町なんだろうね。活気もあるし」
話を聞いた事もあるが、大抵の場合は面倒事に巻き込まれる事になる。何処の町でも何某かの問題を抱えていて、そこに7等級がやってくれば是非とも力を借りたいらしい。魔物の討伐依頼や、酷い時には事件解決の依頼何てのもあった。7等級とは言え、それこそ魔物の討伐はまだしも事件の解決を依頼されても出来る事なんてたかが知れている。
何度かそう言う事があったので、今ではきっぱりと断る様にしている。町に入る時にギルドの鑑札票を利用しない手もあるが、そうすると町に入る為に手間が掛かるので、結局利用をする事になった。
先程の様に断って済めば話は早いが、深刻な問題を抱えている時はなかなか引き下がってくれなくて面倒な事もあった。
このカヴァではあっさりと引き下がったので、きっと大きなトラブルを抱えていないのだろう。既存の冒険者で手が足りているなら、その町はきっと良い町だ。
町での情報収集を殆どしないのも同じ様な理由だ。手っ取り早く情報を集められるのはギルドだが、ギルドへ立ち寄れば得られる情報よりも飛び込んで来る厄介事の方が大抵の場合は多い。そう言う訳で、精々が先程の様に屋台で軽く噂を聞くか、商店で世間話がてら話を聞く位に止めている。
その後は町を出て、街道を更に南下する。
結構な速度で馬車を走らせているので、隣のフランシーヌと会話をする事は難しい。だから、殆どの時間はお互いに無言だ。そもそもクラフトモードだから、隣を見ても目に映るのはピクセル表示のフランシーヌ。まぁ馬車を走らせている間は基本的によそ見はしないのだが。
それでもぴったりと寄り添って座るフランシーヌから温もりが伝わってくる。ピクセル表示でも移り行く景色を眺めるのは楽しいし、言葉を交わさなくても、こうして2人で過ごす時間は楽しかった。
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