第96話 道中
旅は順調だ。道中、見かけた事の無い植物があれば馬車を停めて採取をする。大抵の町は素通りをしたが、たまには気分転換を兼ねて町に立ち寄り、市場を物色したり、軽く食事を楽しんだりもした。
途中魔物の襲撃もあるが、大抵の魔物は気配を察知したフランシーヌが御者台に立ち、素早く矢を射るだけで終わる。射線が通らない場合や多少数が居る場合は馬車を停めて迎え撃つ。この辺りなら敵無しだ。
既に国境を幾つか越えたので、国が変われば風景も違ってくるし品揃えも結構変わってくる。料理の味付けなんかも場所によって特色があって楽しかった。
この旅で1番の収穫と言えば、米と大豆を採取出来た事だろう。米は大別すると長粒種と短粒種がある。町の市場に並んでいるのも見かけたが、それは明らかに長粒種だった。でもエターナルクラフトで採取出来た種を植えて実った米は短粒種だった。
エターナルクラフトは世界展開をしているので、色んな国の特色を反映した素材やレシピが揃っている。日本向けのコンテンツも充実していて、通常の畑とは異なりちゃんと水田も設置出来る。
大豆から味噌と醤油を。米と調理竈でご飯がクラフト出来る。久々に食べたご飯は泣く程に美味しかった。フランシーヌやオデットさんからの評判も上々だ。
当然日本酒もクラフトして蔵で熟成中なので、等級が上がるのがとても楽しみだ。
洋酒も好きだが、俺はやっぱり日本酒が一番好きだな。独特の匂いがあるが、それさえ気にならなければフルーティーなので外国人からも好まれる。フランシーヌとオデットさんはむしろ異世界人と呼ぶべきか。この世界から見ればむしろ俺が異世界人なんだけど。何にしても日本酒も好評だった。
海に近付くにつれて赤道に近づくので、当然の事だが徐々に気温が高くなっていく。モンペリエを出発したのは夏の峠を過ぎて若干気温が下がり始めた頃だったので、非常に緩やかな変化だったけど。
旅程も半分を越える頃には季節はすっかり秋へと変わる。この世界にも地域による気候差はそこまで大きくは無いが、穏やかな四季がある。目に見える景色も色鮮やかな緑から徐々に色付いてくる。
一番季節を感じるのは、移動先とトウカを転移門で移動した時だ。体感で温度が変わるし、目に映る色が違う。南はまだ緑が多いが、トウカに戻ると北の山脈は既に白く染まっていて、中腹から下は紅葉で色づいていた。
トウカの様相もすっかり変わった。綿の加工が進んだから、皆清潔な綿の服を着ている。冬の到来に向けて毛糸の加工も順調に進んでいる。何せ定期的に毛が生えるし、数も増え続けている。家畜を飼うスペースもかなり手狭になってきたので、そろそろ間引く事も考えなければいけない。さぞや美味しい食肉になってくれる事だろう。
今の時期は薄着に吹きっさらしでも問題は無いが、流石に冬になれば屋根さえあれば良いと言う訳にはいかない。まぁ海を渡れば色々と手段も増えるので、そこまで心配はしていなんだけど。
それにしても家の数も増えてきて、トウカは大分手狭に感じる。色んな建物が増えてきてちゃんとした町に見える様になってきた。
町の西側には通りが出来て、通り沿いに食事を出す店や商店が軒を連ねている。
収穫した野菜や加工した商品の所有権は領主にある。種蒔きから収穫まで皆に任せてはいるが、収穫した作物自体は俺の物で、皆には作業内容に応じて給金が支払われる。そうした商品は認可を受けた商人が行政府から仕入れて在庫の管理や販売を行う。
基本的な食事だけなら配給制度があるので皆が困る事は無い。子供には腹一杯食べてすくすくと育って欲しいし、畑で収穫できる作物なら全く困る事も無い。最近ではサトウキビ畑に切り替えて砂糖の生産も始めている。
生活が困窮すれば子供は幼少の頃から働く必要があるが、トウカでは余裕があるので、剣術を教えたり、読み書きを教えたりする施策も始まった。
それに生活に余裕が出て来たので、嗜好品として砂糖や酒をトウカ内に限って販売をしている。最近ではデザートを扱う店もあるそうだ。
娼館も盛況だ。夕方になれば酒場は人でごった返す。早い時間なら家族連れも少なくは無い。
因みに娼館に限り、贅沢品として等級の高い酒を少し置いている。さすがにトウカの住民では簡単に手を出せる代物では無いが、最近ではモンペリエから来るテオドール商会のメンバーや冒険者が噂を聞きつけて酒場を利用しているのだそうだ。
商会のトウカへの立ち入りはテオドール商会以外には許可をしていないからか、噂を聞き付けた他の商会から、モーリスさんに仕入れをしてくれとの要望も増えているらしい。その為、今後は外貨獲得の為に少量を交易に乗せる事も検討している。
娼館で金を落としてくれるのは結構だが、トウカの民を差し置いて豪遊をされれば良い気はしないので、程々にして欲しいものだ。でもあれだな、裕福な外国人が海外旅行で日本にやって来て爆買いする光景が思い出される。余り良い気はしないが、町の事を考えれば外からの客を迎え入れて町に還元する事も必要かも知れない。その辺りの匙加減も思い付いた端からオデットさんに相談をしておけば、後は皆で協議をしてくれるからお任せだ。
トウカの発展も、海を目指す旅も順調だ。その中でも特に恩恵を感じたのが冒険者としての身分とギルドの恩恵だった。
街道沿いの町は何処も大きく、国の境にある町は関所の役割も果たしている。そうした町は城門で厳しくチェックをされるのだが、7等級の鑑札票を出せばノーチェックで通過が出来る。
それに貨幣が両替不要で何処でも使えるのは非常に有り難かった。物価も安定していて、地域の特色はあってもそこまで大きな差異を感じない。経済的に見れば、その恩恵は計り知れない筈だ。
だが、それもこれも国がギルドと契約をしているからなのだと言う事が、ある国でまざまざと感じさせられる事になった。
3つ目の国に入る時だ。そこは峡谷に街道が通っていて、入り口には城壁が築かれていた。明らかに関所と言える代物だ。長い列に並んで、ようやく俺達の順番が来る。
「手形を見せろ」
鉄の鎖を編んだ下鎧に、要所を板金で補強した作りの良い鎧に身を包んでいる。末端の兵士にまでこうした装備品を支給しているのだから随分と裕福な国の様だ。2mはある槍を担いだ衛兵が2人1組で関所通る人達をチェックしている。
手形と言われてギルドの鑑札票を取り出して見せる。
「なんだこれは?」
「見ての通り、ギルドの鑑札票ですが」
「そんな事は見れば解る。我が国ではそんなものは何の役にも立たん事を知らんのか? 怪しい奴め、詰所まで来て貰おう」
フランシーヌと目を見合わせる。手前2つの町は素通りをしたから、次の町や国の情報は拾っていない。何せフランシーヌもこの辺りは始めてで土地勘が無いから、衛兵が言っている事もさっぱり意味が解らなかった。
大人しく衛兵に連れられて、詰所へと向かう。ちなみに装備品は流石に目立つので、今は表示をオフにしている。
「目的は旅ねぇ。その割にはこの辺りの事情はさっぱりな様だが、そんな事で旅が出来るのか?」
詰所に案内をした衛兵は居丈高な態度だったが、詰所で聞き取りをする衛兵は多少は役職が上らしく、もう少し話が通じそうだった。
聞かれるままに説明をする。海を目指して旅をしている事。手前の町は素通りをしたので、この辺りの事情に疎い事。
この関所を通る者の大半は、国に所定の税金を納めて手形を発行して貰っており、手形を見せて通過する。
そうで無い者は俺達の様に始めてこの地を訪れるか、稀にしか来ない者だ。それでもこの国の事情を知らない事は稀らしい。
この国は守るに易い渓谷を通過する事でしか立ち入る事が出来ない、盆地に栄えた比較的小さな国だ。この国を経由せずに南に抜けようと思えば、結構な距離を迂回して山脈をかわす必要がある為、交易商人の多くが利用する。その通行税で財政は潤っているし、領内には上質な鉄鉱石が採掘出来る鉱山があるので、装備品の質も高い。食料は潤沢な資金で交易に頼っており、職業戦士の比率が高く練度も高い。その為、ギルドには加入をしておらず、独自の戦力で国防を行っている。
「馬車の確認したが、荷物は空と。良くそんな装備で旅が出来るな。7等級だからこそか」
「小隊長、その7等級って奴はそんなに凄いんですか?」
「お前はそんな事も知らんのか。実力なら、将軍クラスだぞ?」
「うわ、そいつはヤベェっすね」
話を聞いてみると、幾ら守るに易いとは言え魔物が出ない訳では無い。中には当然大型の魔獣は出現する事もあるが、将軍ともなると単騎で易々と屠る事が出来るのだそうだ。ボス級の超大型種は出現した事が無いそうだが、将軍なら単独でもやれるんじゃ無いかと言ってた。
確かに単独で大型魔獣を仕留められるのなら7等級に匹敵してもおかしくは無い。だが7等級は、領軍に匹敵するだけの実力を有している必要がある。1000人規模の軍隊に匹敵する正に一騎当千。8等級ともなると国軍に相当する、1万人規模の軍隊に匹敵する正に万夫不当。それだけの実力があるのだろうか。
興味はあるが、別に事を構えるつもりは無いので大した問題では無いか。
「書類はこれで終わりだな。後は入国税として、金貨10枚を支払えば終了だ。共通通貨なら金貨20枚だな。国内では共通通貨は使えないから、両替はしておけよ。中での両替は分が悪いからな」
共通通貨と自国通貨との両替比率は何と2対1。流石に暴利では無いだろうか。しかも関所なら手数料を取られないが、国内なら両替商に頼めば手数料も追加で取られるのだそうだ。手持ちの資金は潤沢なので、腰に結ってある革袋から金貨を取り出して20枚、机に積み上げる。
「さすがに7等級ともなると金払いが良いな。これは旅客用意の手形だから、国内での商取引は出来ん。見たところ目立った荷物は無いから問題は無いかと思うが、もし発覚すれば重罪だから気をつけろよ」
「道中魔物を狩った時は、売却は出来ないんですか?」
「我が国の国土は山に閉ざされているからな。基本的には領内で狩った魔物は国に専有権がある。バラして自分で消費する分には問題は無いが、それを販売するならちゃんとした許可がいるから注意をしろ。後、魔物以外の動物を狩るのも禁止だ」
「何故か理由があるんですか?」
「生態系の維持の為だな。知識のない奴が勝手に狩猟をすれば、山の作物の収穫に影響が出るし、魔物出現に影響が出る可能性もある。勝手に作物を取ったり獣を狩ったりすれば、最悪は死罪だからな。くれぐれも注意をしろよ?」
額面通りの意味もあるが、恐らく規制をする事で食事は自分で持ち込むか町で高い金を払う必要がある。外貨獲得の為の手段も兼ねているのだろう。
思ったよりも親切に説明をしてくれる小隊長に礼を言い、俺達は関所を通過した。
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