第97話 包囲

随分と日も傾いてきたから、街道から多少離れて街道からは見えない場所、木々により遮られた場所を今日の拠点と定めて、素早く整地作業を行った。

かつて白金の鷹が発見して訝しんだのと同様に、拠点を撤去した跡地はこれまでにも各所で問題になっていた。だが、卓也達の移動速度が非常に速く、またそもそもどれだけ調査をしても原因を特定する事は叶わなかったから、それ以上の問題にはならなかった。


卓也はともかく、フランシーヌの認識でも、人の住んでいない領域は魔物の領域でありそもそも領有権を主張するのは難しい。だから、勝手に拠点を建造しても問題にはならないだろうと考えていた。


拠点の設営にあたっては、実のところある種の問題を内包していたが、卓也は今の所はそれ程問題視をしていなかった。その問題とは卓也不在の際に、NPCが敵対的な行動を取る危険性についてである。


ゲームのシステム上、プレイヤーが所有する施設や設備に無許可で危害を加えた場合、無条件に敵対行動と見做される。

壁等の建築物への攻撃がそうだし、施錠された扉や収納箱を勝手に空けようとした場合等も敵対行動にあたる。

そして、敵対行動を取った相手はエネミーカラーのなり、迎撃装置は容赦なく攻撃を加える。


例えば日本で防犯の為に、致死性の罠を設置したらどうだろうか。それこそ無許可で侵入した泥棒にワイヤートラップでクロスボウを射るとか、自動車の窃盗犯に高圧な電流を流すとか。アメリカなら無断で家に侵入をした強盗を銃で撃っても正当防衛が成立するかも知れないが、日本でなら間違いなく過剰防衛で罪に問われるだろう。ならばこの世界ならどう判断をされるのか。


さて、今回卓也達が訪れたシェリー王国は、トウカの北に連なる大陸の南北を分断する山脈程では無いにしても、1000km近くに渡って東西に広がる峻険な山脈の中に建国された国だ。長い山脈にあってほぼ唯一、しかも中央付近に位置する渓谷と山脈の中程に広がる盆地がその領土だ。


大陸最大の山脈は魔力が濃く、強大な魔物がしばしば出現する事で知られている。だが、こちらの山脈は比較的魔力の濃度が低く、少なくともボス級の超大型種が出現した事は過去に無かった。偶然かも知れないが、紅の月による大規模な魔物被害も経験が無い。

これはこの国特有の事情では無く、山脈周辺の国も大なり小なり似た様な事情がある。その為、この周辺の国家はギルドと契約を結んでいない国が多い。

シェリー王国自体の食糧自給率はそれ程高くは無い。だが、家畜の飼育を大々的に行っているし、何より良質な鉄を採掘出来る。しかも交易の要衝でもある為、国の財政は非常に潤っていた。


一見、自国の食料を輸入に頼っていると国の立場は弱くなる気もするが、この世界で鉄資源を安定して輸出出来るアドバンテージは非常に高い。そもそも山脈を抜けて交易をしなくとも、シェリーから鉄資源を仕入れて交易を行うだけでみ十分な利益が見込めるのだから、そこに通行税と関税を掛ける事が出来るシェリー王国の立場が弱くなる筈が無かった。

しかも周辺国家が魔物災害で疲弊をしようとも、細く伸びた渓谷に建造された分厚い城壁は守るに易く、閉ざされたシェリー王国には被害は生じないのだ。


そう言う訳でシェリー王国の民は、魔物に侵入された事のない不落の国と言うプライドが非常に高い。南北の渓谷で閉ざされた内側は自国の領土であると言う領有意識が大陸の他国と比べると非常に強い国であった。それが、後々大きな問題となってしまう。


卓也達が移動を行い2日目の拠点を建造し、その転移門を通って夜を過ごし、改めて出発をしようと戻った時、2人は拠点の周囲にただならぬ気配を感じたのである。


拠点の外からガチャガチャと金属が擦れ合う音が大量に聞こえる。そして、卓也達が転移門をくぐると殆ど時を同じくして響き渡る声。


「突撃!」


ガシャンガシャンと音が重なるが、迎撃用クロスボウから次々と矢が放たれ、殆ど時間が掛からずに沈黙をする。


「え、何?」


卓也達は視界を確保する為、拠点の中央に設置してある建物の屋上へと出る。そこから見えたのは、重厚な鎧で武装をした一団。軍隊と呼ぶに相応しい者達が拠点を取り囲んでいる光景だった。


見渡せば迎撃装置に射抜かれて沈黙した一団が居る。周囲を取り囲んでいる兵士達よりは簡素な装備に見える。もっと手前に目を向ければ、扉の前で射抜かれている者も数人。皆一様に矢に射抜かれているから既に事切れて居るのだろう。


状況だけを見れば、扉を無理やり押し通ろうとして敵対判定を受けて迎撃装置に射抜かれ、今も攻撃をしようとした一団が射抜かれたのだろう。その攻撃も今が初めてでは無い様に見える。射程ギリギリのところで射抜かれた一団が2つほどあるが、うち一つは全身を覆い隠す程の分厚い盾と一緒に倒れていたからだ。


普通に考えれば衝撃的な光景だが、卓也はこれ迄にもっと凄惨な光景を幾度も見てきた。それに、ゲーム的な感覚で言えば、人の拠点の手を出すのは明確な敵対行動だ。たとえ家主が不在であったとしても。むしろ不在時を狙っている分たちが悪い。


卓也達がいれば、ここまで大事になる前に会話を試みる事も出来た筈なので不幸な行き違いでもある。それに、彼らにしてみれば自国の領地に勝手に拠点を建造した卓也達こそが犯罪者だった。

シェリー王国では、この渓谷に挟まれた地域は丸っと、王家が領有する土地だからだ。そこにある資源は何一つとして勝手に持ち出して良い物は無く、こうして許可を得ずに拠点を建造する事も違法な行為であった。もっとも既存の法に拠点の建造を禁止する様な条項は無いのだが、少なくとも許可が無い時点で攻撃を加えるには足る十分な理由と見做されていた。


どの様に対応したら良いのか悩む卓也達の前で、軍は動きを止めない。既に幾人かの犠牲と引き換えに射程は把握されている様で、さすがに多少は余裕を持ってだが射程の外を取り囲んでいる。


兵士達の人並みが別れて、巨大なクロスボウが運ばれてくる。卓也が設置した迎撃クロスボウよりも、更に一回りは大きい。それが3基。攻城兵器や、大型魔獣や超大型魔獣に痛撃を与える為に作られたバリスタだ。


きりきりきりと。弦が巻き上げられる音が微かに聞こえてくる。


「撃てー!」


指揮官と思しき男が号令を発すると、凄まじい勢いで矢が放たれ、ゴーンと音が響き渡った。扉とその周辺の壁面に当たったのは解る。卓也は命中箇所に意識を向けると、耐久値が表示された。


【9997/10000】


さすがに無傷とはいかなかったようだ。だが扉も壁も鋼鉄製だ。ダメージを見ればコモン等級の迎撃クロスボウと大差のないダメージだと解る。いや、むしろ想定よりも低い。


「うーん、思ったよりもダメージが出て無いな」


矢尻は鉄製に見えるから、本来はもう少しダメージが出る筈だ。だが、そもそもの話、この拠点に設置したクロスボウは射程が375m有る。その射程の外側だから、敵は400m近くは離れている。それだけの距離から矢を放っても、さすがに届きはしても威力は大幅に減衰される。その結果が先程のダメージだ。


「大丈夫ですか?」


フランシーヌも疑問を口に出したものの、卓也が建造した拠点の防壁が易々と抜かれるとは思って居なかった。その後の卓也の返事も、想像を超えるものでは無かった。


「あの程度の攻撃なら1日中受けても問題は無いと思うよ」


「でしたら、如何致しましょう? 宜しければ私にお任せを頂ければ」


「ん? どうするの?」


「卓也様に刃を向けたのですから、相応の責を取らせましょう。少々お時間を頂ければ直ぐに蹴散らして見せます」


「え?」


むしろ、卓也の方がフランシーヌの返事に度肝を抜かれた。蹴散らすって、あれを? ざっと見ても100人は下らないと思う。ましてや相手は完全武装の兵士だ。それを、ちょっと行ってきますと言った感じの気楽さでフランシーヌは言ってのける。


ああ、あれだ。これは、デミリッチに挑んだ時のフランシーヌと一緒だ。何かのスイッチが入ったのか、妖艶な笑みを浮かべて、全身から何とも言えない何かが立ち登って居るのを感じる。


「フランシーヌさん? もしかしたら不幸な行き違いがあったのかも知れないから、出来れば穏便に済ませて欲しいのですが」


フランシーヌのただならぬ気配を感じて、卓也は少しだけ冷静になった。既に亡くなられた人達の責を問われても困るが、ちゃんと会話をすればこれ以上の犠牲を出さなくても済むかも知れない。卓也としても、不要な犠牲は望むものでは無かった。

冷静になって考えれば、人様の土地に勝手に拠点を建造したのは自分なのだ。もっとも、ここが人様の土地かどうかが疑問ではあったが。


「手心を加えられるのですか?」


「フランシーヌなら出来るよね? 俺は無駄な犠牲は望まないから、穏便に通らせてさえくれればそれ以上は求めないよ?」


フランシーヌは、卓也の言葉を勝手に自分なりに解釈をした。


「さすが卓也様。慈悲をお与えになられるのですね」


少々熱っぽい目でフランシーヌは卓也を見つめる。あぁ、この目は久々に見た。ダメな奴だ。こうなってしまえば下手に取り繕ったり言い訳をしたりするのは悪手だろう。


「あ、あぁ。これ以上の犠牲は望まないから寛大な心で許してあげようと思う。お願いをしても良い?」


心配が無いと言えば嘘だ。だがレジェンド等級の装備で身を包んだ今のフランシーヌなら、フィールドボスでさえ単騎で討伐が可能なのだ。実際に最近のクイーンジャイアントスパイダーは、クロスボウを利用せず完全に単独で1分も掛からずに討伐をして見せた。正直、卓也の目ではフランシーヌの動きを追う事が出来なかった。


装備による移動速度や攻撃速度の上昇に加えて、フランシーヌ自身が使う神の奇跡による身体能力の向上が相乗効果を発揮して、明らかに人外の動きを体現して見せていた。


それは、仮にフランシーヌが敵対した時に、今の迎撃能力で止める事が出来るのかと心配になる程だったのだから相当なものだろう。拠点を囲う軍勢が仮に1000人単位であったとしても、正直フランシーヌをどうにか出来るとは思えなかった。


8等級は万の軍勢に匹敵すると誰かが評したが、今のフランシーヌは正にそうした存在だったのだ。

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