第91話 娼館での一夜
酒場で給仕をしてくれる女性たちは、染色した色とりどりの服を着ている。テオドール商会を通じて用立てて貰った服だろう。
購入費用は町の運営費用から支払われているが、町の住民にとっては癒しとなる場所なので必要経費だ。むしろ、俺がこの酒場のパトロンの様な物か。ここで提供される酒類は俺が卸すので、巡り巡って俺の懐に戻って来る。元々娼館の税率は高く、領主の稼ぎに直結するそうだ。
大元の給与を俺が、もとい行政が支払い、それを俺が提供する嗜好品やサービスで回収する。そうして貨幣を、経済活動を循環させる事が施政には必要だ。そして娼館はサービスとして見れば料金が高く、そして税率も高いとくれば税収に直結するのも当然だろう。
それに良質なサービスは、治安の向上や領民の士気に直結する。娼館が必要不可欠と説明をされたのも納得だ。
給仕は女性だけでは無く、無地のシャツの上に革のベストとズボンを着こんだ男性も居る。彼らは男娼で、女性が望むなら夜のお供をしてくれるのだそうだ。娼館で働く人の人数比で見ると1割にも満たない。元々人口比で見れば女性よりも格段に男性が少ないので当然と言える。
だが男娼が少ないのは何も男性が少ない事だけが理由では無いらしい。男娼は驚く事に正教会の信徒で、子供は作れても結婚は出来ない。娼妓は縁あって客と夫婦の契りを交わす事があるのに対し、男娼は望まれても結婚をする事は出来ない。神に特別な誓いを立てていて、社会貢献、奉仕活動としての側面が強いのだそうだ。
だからか、女性も一時の楽しみを得る為と言うよりも、伴侶を無くした女性が子供を欲した時に利用する事が殆どなのだそうだ。
多分一番子供が多いのは男娼では無いだろうか。だからこそ男性なら誰でも良い訳では無く、男娼になれるのは厳しい修行を経た人物に限られている。信徒の中でも眉目秀麗、才能に秀でた人物が厳しい修行の末に神に誓いを立てた職業が男娼なのだそうで。だから、皆美男子揃いだった。
この世界は、性に関してはかなりオープンで、娼館だからと言って彼らを蔑む様な感じは全く無い。誰でも望めば給仕を夜のお供として買う事が出来る。だが夜のお店と言う感じでは無く、娼妓や男娼目当てで無くても、普通に食事を目的として家族連れで利用する人も来店する見通しだ。
余談だが、近親相姦は固く禁じられているので、男娼の子供同士は母親が違っても結婚する事は出来ない。男娼と夜を共にした女性は一定期間はそう言う行為をする事は禁止されているし、子供が出来たなら、ちゃんと父親が誰であるかを告知するし、男娼が父親だからと差別をされる事は無い。話を聞く程に文化の違いをまざまざと感じる。
そうした訳で、俺がフランシーヌとオデットさんを連れて娼館で食事を楽しむ事自体は何ら問題では無い。俺がこの後に娼妓と夜を共にする事も。この後2人は家に戻り、俺は1人夜の歓待を受ける事になっている。
最初は断るつもりだったがこれも領主の勤めだからと、とても断れる空気では無かった。だが、この段になってもどうしても俺は納得が出来ない。俺はフランシーヌ一筋なんだ!
何のかんので食事の時間は楽しかった。フランシーヌも楽しんでいたし、料理はとても美味しかった。俺が提供したお酒とは言え、女性に囲まれてお酌をされるのは悪い気はしない。お酒については皆に振舞うのはこれが始めてだったが、驚く程に好評だった。皆飲みすぎでは無いだろうか。普段は冷静で堅物なイメージのあるフィリップですら、上機嫌で気に入った女性を口説いていた。
俺以外のメンバーも、望むなら一夜を共にする事が出来る。お気に入りの女性を見つけて既に随分と距離が近い者も居たが、娼館とは言えここでは所謂御触りは禁止。因みに俺が奥へと行かない限り、領主を差し置いて女性の手を取る事は出来ない。
女性陣の年齢は結構幅があって20位から上は30半ば迄。決して美人ばかりと言う訳では無いが、皆それぞれに魅力があるのだと思う。
でも言葉は悪いが、こうして見比べて見ても俺の一番の好みは、やっぱりフランシーヌなんだ。何とも複雑な気持ちになった。
俺の夜の相手はジゼットさんだ。彼女はフランシーヌとはタイプが異なるとびきりの美人だから、ブルゴーニでは売れっ子だったのも理解が出来る。この場に居ないのは不幸中の幸いかも知れない。もし隣でお酌をされれば、不覚にも目移りをしてしまったかも知れないから。
俺が席を立たないと皆も女性を誘う事が出来ないからか、大分盛り上がって酒が進むと、何とも言えない視線を感じる様になった。楽しみなのは解るが、だからと言って言葉にはしないとは言え、何かを乞う様な視線を投げて来るのは如何な物かと思う。
「では、私達はこの辺で失礼を致しますね。タクヤ様、どうぞお楽しみください」
食事も終えて暫らくすると、周囲の気配を察してかフランシーヌとオデットさんは揃って席を立った。満面の笑みでお楽しみ下さいと言われるとちょっと悲しい。
その後は、娼館の最奥へと案内をされる。
案内された最奥の部屋を作ったのは俺だから間取りは当然解っている。主だった調度品をクラフトしたのも俺だ。だが、部屋に一歩足を踏み入れて見ると、酒場と同様かそれ以上に俺の知っている部屋とは全く違う雰囲気になっていた。
窓枠には鮮烈な赤色のカーテンが掛かっていて、鉢には大振りの葉を広げる植物が生けられている。その足元から照らす燭台の灯りで壁には影が映し出されて幻想的な雰囲気を醸しだしている。
赤色を基調とした小物が嫌味にならない程度に配置されていて、扇情的な雰囲気を演出している。香を焚いている様で、部屋の中に入った途端上品な香りをふわっと感じる事が出来た。
「お待ちしておりました。タクヤ様。どうぞ、こちらへ」
ジゼットさんはずっとこの部屋で待っていたのだろう。入り口で呆然と立ち尽くす俺の手を優しく取ると、その手を引いて部屋の真ん中のソファーへと案内をしてくれる。
間接照明で醸し出される雰囲気、それにジゼットさんはレース編みのネグリジェの様な服を1枚身に纏ったきり。下着は当然身に着けておらず、身体のラインもきわどい所も薄っすらと見え、妖艶な雰囲気を醸し出している。
ジゼットさんはかなりの美人だ。出る所は出て、引っ込むところは引っ込んでいる。フランシーヌは一見グラマラスな感じだが、実際にはかなり鍛ているので引っ込むと言うよりも引き締まっている。それが良いのだけれど。
それに対してジゼットさんは肉感的なラインでとても色気を感じるのに、若干つり上がった狐目は少しきつい感じがするが、その瞳は理知的で、そのアンバランスさが何と言うかエロいのだ。
思わずフランシーヌと比較してしまった男の悲しい性に気付き、ちょっと物悲しい気持ちになった。
ソファーは2人でゆったり座れる広さがあるので、ジゼットさんは竈から湧いたお湯を持ってくると、俺の隣に腰掛ける。触れ合う太ももや肩から熱が伝わって来る。それに何だか良い匂いもする。
「どうぞ」
テーブルの上にはティーポットが用意されていて、手慣れた感じでお湯を注ぐと俺にお茶を入れてくれた。飲んでみるとハーブティーだろうか、酒の入った身体に程よく染みて来る。
「美味しいですね。これも商会からですか?」
「いえ、町に自生している野草をブレンドした薬草茶になります。お酒を飲まれたのでしょう?次の日に残り難いブレンドになってますので丁度良いかと思いまして」
自生している野草とは言え、そこらで採取される植物から回復薬が作れるのだから、薬効のあるハーブティーが作れてもおかしくは無い。
それにしても、ハーブをブレンドしてもこれだけちゃんと飲めるお茶にはそんなに簡単にはならないのでは無いか。ましてや薬効がある物まで作れるとなれば、当然ハーブの薬効についても知識が有ると言う事だ。さっきの歌と言い、多才な人だ。
ジゼットさんにドキドキしながらも、色んな話をした。まぁ娼館だから、性に関するあれこれについて興味があった事を聞いてみたのだが。避妊の事とか、生理の事とか。結論としては色々と大変なんだと言う事が解った。
例えば避妊だが、簡単に言うと妊娠をしにくくなる薬を飲むらしい。だが副作用があって軽い眩暈や嘔吐感が続くそうだ。それでも完全に防げる訳では無く、もし妊娠をしたなら堕胎薬を飲む事もある。そちらは劇薬で暫らくは寝込む程副作用が酷いらしい。
とは言え、男娼と違って女性が身元不明の子供を産む事は禁じられていない。子供を産み育てるのは国策であり、国が奨励をしているからだ。それに今のトウカの様に魔物の襲撃があれば孤児が溢れる。だから、子供は基本的にコミュニティが共同で育てる。だからこそ一夫多妻が認められても居るのだろう。家族が一番規模の小さいコミュニティだからだ。妻が複数要れば、家庭内で役割を分担する事が出来る。それでも女性の負担が大きい事は間違いが無い。
生理だってそうだ。消毒効果のある草を当てるだけだったり、そもそも男性は生理による出血を不浄として嫌う事が多く、その間は家に閉じこもる事も少なくは無いそうだ。稼ぎに余裕があれば専用の下着を履いて当て布をする事もあるが、それが出来る程の裕福な層は全体で見れば僅かだ。
その点トウカはトイレが完備されていて、井戸が自由に使える。女性だけで自由に入浴が出来る風呂も多数あり、清潔に保つ事が出来るので非常に好評だった。知らなかったが、そうした側面で俺は女性からの支持を集めているらしい。
先程飲んだハーブティーのお陰か、話に興じていると大分酔いも醒めてきた。ジゼットは話上手で一緒に過ごす時間はとても居心地が良かった。ずっとクラフト作業詰めで精神的にはかなり疲れが溜まっていた様で、かなり肩の力が抜けたのを感じる。
フランシーヌとの時間で大抵の事はどうにかなると思っていたけど、たまには息抜きも大事だって事だな。
ふと会話が途切れ、視線が気になって横を向くと、俺を見つめるジゼットと視線が合う。会話に興じて勤めて意識をしない様にしていたが、途端に女性としてのジゼットを意識してしまう。俺の心の中で、フランシーヌに操を立てるんだと訴えかける声が鳴り響く。それでも視線は絡み合う。
「タクヤ様、お疲れでしょう。どうぞ、一時。私に身を委ねて疲れを癒してくださいませ」
そう言って、ジゼットの顔がゆっくりと近づいて来る。流されちゃダメだ。最後はちゃんと断ろうと思っていたのに、俺はそれを拒む事が出来なかった。ジゼットの柔らかな唇が俺の口を塞ぐと、堰き止めていた激情が一気に俺の理性を押し流した。
燭台の灯りが、1つに重なった影を壁に映し出したのはその直ぐ後の事だった。
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