第90話 娼館のプレオープン
新たに建造中の町をアマテラスと名づける事を皆に話した。
トウカも含め、一続きで一つの町と見做しても良かったが、トウカはあくまで簡易の避難所。あちらが本格的な町だから区別をしておきたかった。
名前の由来が俺の世界の神様の名前だと、皆にそのまま伝える事は出来ない。フランシーヌやオデットさんには別世界から来た事は伝えたが、皆にまで喧伝するつもりは無い。
トウカが人々を導く希望の
でも、太陽を言い換える言葉でチョイスしたのだから、別に皆に説明した意味も間違ってはいないか。それがたまたま身近な神様の名前ってだけの話だ。
アマテラスの造成装置の設置が完了し後は約一カ月、造成が完了するのを待つ。完了する迄は大掛かりな建造は難しい。
当面必要な作業は完了したので、今日は拠点をぐるっと回って、各種設備に不備が無いかの確認を行った。魔物の襲撃で破損が生じて無いか。予期せぬ動作をしていないか等々。特に問題は見当たらなかった。精々迎撃装置の矢が減っていた位だから、たっぷりと補充をしておいた。
次に町をゆっくりと歩いて回って、人々の生活の変化を確認する。あわせて足りない資源の提供や、目立って足りない道具類のクラフトを行う。金属のインゴットを纏めて渡したり、調理竈にまとまった燃料を投入したり。農作業に必要な農具何かは職人が頑張ってくれたお陰で特に問題は無い。
そう言えば、噴水の排水に引いた用水路に水車が設置されていた。小麦を引いて小麦粉にしたり、水車の動力を利用した巨大ツリーを木材に加工する為の大きな丸鋸が設置されていたりしている。設置するとは話に聞いていたが、実際に設置されると、なかなか壮観だった。
俺が建造した家屋の土間に置いた調理竈は現在も料理用の共有スペースとして利用されている。家は誰かが定住をする訳では無く、夜は宿泊施設として持ち回りで利用をしている。
ベッドは必要数が足りていないが、新鮮な麦わらを敷き詰めて寝床にしているそうで、特に不満は無いらしい。
綿花の収穫が一昨日から始まったので、早速綿で編んだ簡素な貫頭衣を着ている人を度々見かけた。綿花は十分な量があるので、時間さえあれば今後は衣環境も改善する筈だ。
振り返って見れば皆がトウカに移って既に10日は経過をしている。あっと言う間の10日間だった。簡素ながら皆が自分達で立てた建物が増え、人々の生活も安定してきた。
皆の生活が安定しているのは、食糧が安定して供給出来るのが一番大きいと思う。衛生環境が良好なのも要因か。勿論モーリスさんを始めとしたテオドール商会の活躍も大きい。まだまだ足りない物が多く不便ばかりだが、皆の表情が明るいのは何よりだった。
前にモーリスさんと打ち合わせをした際に馬車の作成を頼んでおり、昨日完成の報告を貰った。明日の朝モンペリエで受け取って念願だった海に向けて出発をする事にした。
当初は北の山脈を抜ける事も考えた。普通に山を登って抜けるのは大変でも、俺なら穴を掘って突っ切れば良いだけなので大した労力では無い。地図を見る限りでは3分の2位の距離で海へ抜けられる。だが、山脈の北側には極寒の大地が広がっているらしい。
殆ど人が立ち入った事のない地。そこでしか採取出来ない資源もあるので興味はあったが、さすがにリスクが大きくなるので反対をされた。プレイヤーには寒さによるペナルティがあるが、馬には無かった気がする。だが、実際に馬に乗ってもしくは馬に馬車を引かせて行った記憶はほぼ無いので、大丈夫だと断言する事が出来なかった。
それに悪路を走行して馬車が壊れた場合に修理をする方法がない。その点、南下するルートは川沿いを下るので、比較的なだらかな地形が続く。
人の住む地域を通ると色々と面倒も有りそうなので余り気乗りがしなかったが、フランシーヌとオデットさんに強く反対されてしまっては、無理も通せなかった。
馬車のレシピも勿論あるのだが、実際に作れるのは次のキャップを外した後。かつ上級フィールドで採取できるゴムを入手してからになる。最初に作れる馬車がゴムのタイヤを履かせた車輪付きなのは、技術的にいきなり飛躍しすぎだと思うのだが、運営の思う所は俺には解らないからこればっかりは仕方が無い。
因みに馬車が作れるようになると、程なくしてゴーレム馬車が作れる様になる。魔石さえあれば馬の世話いらずで移動出来るので、明らかにそちらの方が便利だ。ゲーム内で実際に馬を利用する機会が殆ど無いのは、それが最たる理由だった。
海への旅は、フランシーヌが同行する。
フランシーヌは現在教会に籍を置いていないとは言え、今も敬虔な信徒である事に変わりは無い。ましてや聖女である事は既に周知の事実なので、トウカに住む正教会の信徒からの信任も篤い。その彼女が俺と共に行動して長らく町を不在にするのは反発があるかと思ったが、安全のために同行は譲れないと言われた。俺も特に反対するつもりは無かった。むしろ、たまには日中も2人でのんびり過ごしたかったので大歓迎だ。
俺がクラフト作業に勤しむ間は、オデットさんの手伝いをしたり、俺に代わりに色々な判断をしたり、祈りを捧げたり、怪我や病気を癒したりと忙しくしている。
町の施政についてはオデットさんに任せてはいるのだが、臣下の立場を取っているので頑なに重要な判断は自分では下さない。フランシーヌは俺の伴侶だから、俺の判断が必要とされる程の重要度では無い場合はフランシーヌが、フランシーヌも不在の場合は重要度が低い、もしくが緊急度の高い場合に限りオデットさんが判断を下す。
とは言え実際に俺の裁可が必要となる案件は極僅かだった。
報告会は毎日実施しているので、必要な情報はちゃんと資料を纏めてくれるので、目を通すだけで大抵の事は済んでしまうのも有り難かった。漫画なんかで見る様な、書類に囲まれて忙殺される何て事は無かった。
将来的にはそうした書類仕事も増えるんだそうだ。領主の主な仕事は、予算の決議、各種陳情書の確認と必要に応じた採決、そして裁判だろう。大抵の事は部下に任せて最終的な判断を下すだけで良いのだが、領主は領内における裁判官も担っているので、日々領内で起こるトラブルを解決する為に判断を下す仕事が意外に多く、煩雑らしい。
トウカはまだまだ発展途上なので、小さなトラブルは多くとも領主の手を煩わせる程の大きなトラブルは意外と少ない。町が安定してくれば、むしろちょっとしたトラブルでも領主の判断を仰ぐ事が出てくるのだそうだ。
まぁ、大抵の事はオデットさんが雑事と切り捨てて、片付けてくれているんだけどね。
海への旅の間は、俺もフランシーヌも不在なのでオデットさんの負担が増すが、そこは頑張って貰うしか無いだろう。とは言え、夕方には必ず戻るし、これ迄通り報告会と朝議は実施するので大差ない気もする。
緊急時に直ぐ連絡が取れないのが問題になる位か。伯爵経由で通信用の魔道具を用立てて貰っているので、入手できればその問題も解決するだろう。
フランシーヌと日中一緒に過ごせるのは久々なので、旅を楽しもうと思っている。余り無茶な行軍はしない。余裕を持って拠点を設置して、日が暮れる前にはトウカへ戻るつもりだ。
そう言えば明日より給与の支払いが発生する。
トウカには、簡素ではあるが商品を取り扱う為の店が幾つか立ち並んでいる。将来的にはテオドール商会を誘致する予定だが今すぐと言う訳では無いので、ブルゴーニで商売を営んでいた人から優先的に商いに関する許可をおろしている状況だ。
それに合わせて娼館の営業もスタートする。今日はプレオープンだ。
今日の客は俺とフランシーヌとオデットさん。それに行政に携わる主要な人達が20名程招待をされている。大半は朝議に参加する中核メンバー。そして各分野の副官、次席までは参加している。
因みに騎士団が持ち帰った酒類は伯爵が試飲をした所、定期的に卸す事を条件に王家から速攻で許可をもぎ取ってきた。伯爵が飲みたかっただけじゃ無いかと思わなくも無いが、支援の一環として向こう5年間は税は免除、ただし認可を貰った酒類に関しては別で、税金代わりに一定数物納が必要になる。後、物納は不要だが、あわせて砂糖も認可がおりたので、綿花を育てている畑の一部はサトウキビ畑に置き換える予定だ。
モンペリエで俺が貰った報酬は何処から出るのか不思議だったが、国から支援がされる事もあるが、緊急時は予め決められた法律に従って税金が一部免除になるそうだ。
ギルドも、契約に従って領主に請求するが大体数年の分割払いで支払われるらしい。
復興が後手に回れば結果的に持ち出しが増えるが、しっかりとした対処をすれば免除された税金以上に利益を得る事も出来るので、そこは領主の腕の見せ所なんだそうだ。
ところで襲撃による直接の影響では無いが、先日白金の鷹が解散した事はモンペリエの主要産業である巨大ツリーの伐採に結構な影響があったそうだ。その為、テオドール商会を通じてトウカから巨大ツリーを提供する事に非常に感謝をされた。領主のリュックさんからは改めて宴席を設けたいと要望を頂いてはいるが、今の所忙しいので断っている。
なにせ第一印象が悪かったので、もうしばらくは距離を取るつもりだ。とは言え隣町なので今後も付き合いがあるだろうから余り無碍には出来ない。もう少し落ち着いたら、改めて会席の機会を設けようと思う。
娼館のプレオープンは、ある程度町の施政が軌道に乗った事を祝う宴席を兼ねている。
娼館とは言え、エントランス部分はトウカ唯一の酒場を兼業している。異性を買わなくても食事や酒を楽しむ為に利用する客が入る見通しだ。
それにしても、俺が建物を建造してから立ち入るのは初めてだったが、随分と雰囲気が変わった。俺が用意したテーブルと椅子だけでは無く、職人製の調度品も並んでいる。ちょっとした小物が増え、至る所に花瓶が置かれて花が生けられている。花自体はその辺に咲いている花だが、こうして纏めて活けてあるとそれだけで部屋を彩ってくれる。
入って左手の壁際には床から一段高い舞台が作られていて、俺が乾杯の発声をした後は娼妓により歌や踊りが披露されて、宴席を盛り上げてくれる。
元々ブルゴーニで娼妓を生業としていた人達は芸事に精通していて、歌や踊り、楽器演奏が出来る人が多い。文化的な側面を見ても、娼館は必要不可欠な存在だと言う事が解る。
ジゼットさんの様な娼妓は、特にクルチザンヌと呼ばれるそうだ。領主やその子息、大店の会頭と言った上客から指名を貰う特別な娼妓の事だ。ブルゴーニではクルチザンヌと呼ばれる程の女性は片手で数える位しか居なかったが、現在のトウカではジゼットさんただ1人。
ジゼットさんは酒場で給仕をする事は無いので、宴席の最初に娼館を代表して挨拶をした後、一曲だけ歌を披露してくれた。その歌唱力は圧巻だった。
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