第89話 新たな町の名前

娼館の建造が終わって、昼以降は町の建造を進める。


必要なガイドラインの本数は縦14本、横14本の計28本。1本7kmなので、約200kmになる。クラフトモードなら駆け足で行える作業とは言え、ちょっとした作業量だ。

昨日は外周部分の4本を完了。今日は特に予定も無いので、日が沈む少し前まで作業を進めた。


既にガイドラインを設置済みの部分に交わるラインを設置する際は、高さ調整済みなのでそれ程手間が掛からなかった。1本目は高さを揃える為にライン上を整地しつつ目印としてガイドラインを設けるのだが、交わる線は既に高さを揃えているので、走って交わったタイミングで十字にラインを引くだけで良い。そのお陰で少しずつペースが上がっているので、思ったよりは時間が掛からないかも知れない。


今日は日が沈む直前まで作業をしたので、8本ラインを引いた。これで堀の分は完了した事になる。


夕方の報告会では特に問題無し。幾つかの纏められた資料にざっと目を通したが、どう考えても俺があれこれ考えるよりも、細部まで詰められていて良く練られていた。


町の運営は行政担当の人数も揃いつつあり、テオドール商会経由で事務作業に必要な物資もある程度調達が出来た事から、徐々に形になりつつある。

この世界では、紙は高価ではある物の比較的上質な紙が出回っている。大蜘蛛の森と同じ様に、魔力が濃く木の再生が速い森が大陸の各所に有り、そうした地域では木を原料とした紙が作られているのだそうだ。


町の人々の役割も、徐々に細分化されつつある。

畑の作物が収穫された後、倉庫で在庫を管理する者、配給をする者、もうしばらくすれば余剰分を商う者も必要になるので、今色々と準備を進めている。

衛士隊も、俺が城壁を広げる度に魔物の死骸を処理する手間が増える。ゲームの仕様通りなのか、拠点が大きくなるにつれて引き寄せられる様に魔物が増えるからだ。


今では新たな町の外周部分まで衛士隊の巡回コースは伸びており、交代で日に3度ぐるりと周回して魔物の処理を行っているそうだ。


魔物資源は結構な数が確保出来るらしく、解体された後は町の人々に適宜供出されている。今は栄養が偏らない様になるべく均等に割り振られているが、先々は販売が主になる見通しだ。


職人も大忙し。ついに巨大ツリーの伐採が出来る様になったので、これから先は作れるものが格段に増える見通しだ。幹の部分を木材に加工するにはもう少し時間が掛かるが、枝も太い物なら数10cmの太さが有るから、加工すれば様々な利用方法がある。現在は住民台帳に基づく配給用の割札を作ったりもしているらしい。

農作業に必要な農具も揃いつつ有り、昨日城壁で囲んだ耕作予定地では、早速開墾が始まっていた。


トウカの人口比率を見ると、5歳~15歳が最も多く40%を占める。貴重な労働資源なので、小さい子も大人に混ざって畑作業を行っている。遊びたい盛りだと思うが、決して嫌々手伝いをしている風では無く皆表情は明るい。


前に統計資料を見た時に説明を聞いた通り、親を亡くした孤児は多い。孤児になった乳飲み子や子供を、養子として迎えた人も少なくは無い。皆が皆、大切な誰かを失って、互いに補い合っている。そんな皆が、幸せになって欲しいと願わずにはいられなかった。


さて、騎士団の面々は明日にも帰還をするそうだ。被害状況を纏めて王家へと報告を行ってくれるとの事。オデットさんに聞いたが特に問題は無かったそうだ。


その日の晩は、先日蔵に入れた蒸留酒の等級が上がったので、折角なので飲み比べをしてみた。給与の支払いが出来る様になれば食事を出す店もその内に出て来るとの事。どうせなら酒場で酒類の提供を出来ないだろうか。


オデットさんに相談したところ、高いとは言え税金を払えば認可が下りる事もあるらしい。むしろ、これだけの味なら伯爵が喜んで王家と調整をして認可を出す可能性が高い。騎士団が戻る際に、試飲用として何本か持って帰って貰う事になった。


騎士団の見送りは特に必要では無いそうなので、翌日は朝から作業を進める事にした。朝議を終えた後は、ひたすらに走り続ける。ここ何日かは、本当にひたすら走り続けている気がする。これだけ根を詰めて作業を続ける事は、さすがに過去のゲーム中でも殆ど記憶に無い。そもそもフルダイブ型のVRゲームは1日のプレイ時間の上限が法律で決められているので、やろうと思っても限界があるのだ。


クラフトモードなら肉体的な疲れは気にしなくて良い。そうで無ければ時速10㎞以上のペースで走り続ける事が出来る訳が無い。精神的な疲れはどうにもならないので、そこは毎日美味しいご飯を食べて、たまに美味しいお酒を飲んで、フランシーヌと共に過ごす事でリフレッシュする。


フランシーヌが居なかったら、そもそもブルゴーニの人達を助けようなんて思わなかったと思う。でも、フランシーヌが居たからこそ、こうして頑張れるのだと思う。

ただ、こうして作業をする間は1人なので、それが残念と言えば残念だ。もっとフランシーヌとゆったりした時間を過ごしたい。町の造成が一段落したら、今後こそ海を目指そう。そしてフランシーヌと一緒に船旅を楽しもう。でも、その為には黒曜石の採掘もしなければだな。


そんなこんなで5日が経った。


そう言えば、この世界の暦は何故か俺が慣れ親しんだものと殆ど変わりが無い。

1日は24時間で1週間が7日。違いが有るとすれば月が30日と均等で、360日、12カ月で1年となる。

1週間の呼び方は違う。世界の創世神話に準えられていて、最初に[闇]が有りき。虚無の世界に創生の神が降り立ち、世界に[光]が満ちた。創世の神は、まず[地]を作った。次に[空]を作り大気が満ち、次いで[水]を作り海が産まれた。全ては満たされ地と海には生命が溢れた。最後に神は[人]を創造した。己を模した人に「世界に満ちよ」と[祝福]を与えた。


[闇][光][地][空][水][人][祝福]の日と呼ばれる。因みに闇の日は神不在の日とされていて、基本的には安息日で仕事は休みになる。


祝福を与えられた人だったが、それでも世界には魔物が居て、苦難の日々を過ごしている。この辺りも神話で語られているのだが、まぁ長くなるので割愛する。

何にせよ、7日で1週間だし、30日で1月なので、結構解り易くて助かる。


そう言えば、俺がこの世界に来てから随分と経った。何のかんので、もう一カ月は経った筈だ。暑さも徐々に和らぎ、もう直ぐ実りの季節が来る。


造成装置の設置は3日で完了した。ガイドラインも3日で完了した訳だが、3日で200㎞以上を駆け抜けた訳だから、かなり凄いんじゃないだろうか。

後は1日に1回、造成装置のストックをチェックして掘り下げた分の土を盛り上げ用の造成装置へ移す作業をするだけだ。この作業は1カ月程で完了する。


クイーンジャイアントスパイダーの素材も十分な数がストック出来たので、装備を一気にレジェンド等級に更新した。そのお陰で、昨日は拠点の地下へ行って黒曜石の補充も行った。

トウカと新しい町、そしてその中間地点を隔てる城壁は撤去して、一続きの拠点にした。これで造成装置の資源管理はトウカに居ながら出来る様になった。


先日打ち合わせの時に、先を見越してモーリスさんに頼んでおいた馬車も完成した。

耐久性を重視して、高級木材を贅沢に使用した特別製だ。後は馬に引かせるだけで移動が可能になる。さぁ、次は海を目指す番だ!


それはそうと、形が出来つつある新しい町の名前だが、何にしよう。正直公募にして町の皆から募って決めたい気もするのだが、何となく前回と同じ流れになりそうな気がする。実際、英雄の地元では英雄の名前を冠する町があったりするそうなので、冗談では無く本当に俺の名前を冠した町の名前になりかねない。


確か礼賛する言葉をそのまま国だか都市だかの名前にした場所があった筈だ。そうそう、バンコクの正式名称がそんな長い名前だった気がする。ちょっとニュアンスが違うが、そんな感じで俺を称える言葉が町の名前にでもなったら、さすがに恥ずかしい。


希望の灯火となる願いをこめたトウカ、その願いが花開く町。イメージとしてはひまわり。ひまわり、サンフラワー。うーん、語感が微妙に悪いな。いっそサンにするか。人々を照らす太陽。随分と御大層な名前だと思うが、開き直っても良い気はする。


太陽を司る神の名前はどうだろう。アテン、アポロン、ヘリオス、ソル。そして忘れてはいけない天照大神。よし、日本人だしな、思い切ってアマテラスにしよう!

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