第88話 樵と娼館の話
巨大ツリーは高さが15mあるとは言え、さすがにモンペリエからは見える程の高さがある訳では無い。とは言え平原には他に比肩する高さがある建造物がある訳では無いので、近付けば当然真っ先に目に入る様になる。
それを見たモンペリエの職人達の盛り上がり方は凄かったそうだ。
モンペリエから北に連なっている山脈の麓まで平原が広がっている事は誰でも知っていて、この辺りに巨大ツリーが無い事も当然知っている。にも係わらず最近町が出来つつあり、しかもその周囲に巨大ツリーが植わっていると言うのだ。半信半疑ではあったが、比較的報酬が良かった事もあって、結構な人数の職人が隊商に同行した。
それが、目的地と思しき辺りに近づくに連れ、何本も等間隔に植わって伸びた巨大ツリーが見えてくるでは無いか。巨大蜘蛛の脅威に比べれば、平原で出現する魔物など物の数では無い。安心して巨大ツリーを伐採して木材に加工出来るとなれば、自分たちの腕の見せ所だ。
職人達は日頃から木材の運搬や加工と言った力仕事に従事しているだけあって皆筋骨隆々で、伐採用の巨大な斧を手に持てばそこらの冒険者よりもよっぽど冒険者然としている。
巨大ツリーの伐採に使用する斧は、通常の伐採用の斧よりも刃が分厚く重い。これを水平に振って刃を垂直に当てるのだから、筋力もさる事ながら正確に斧を振る為にかなりの技量が必要となる。その為、彼らは平時も暇を見付けては身体を鍛えているのだそうだ。重たい練習用の斧をゆっくりと素振りする練習も欠かさない。そんな彼らに言わせれば水平に斧を振る事に比べれば、振りかぶって上から下に振り下ろす事等造作も無いそうで、それこそ枝打ち用の腰に履いたナタを振るえば、そこらの冒険者では太刀打ち出来ないらしい。何とも頼もしい事だ。
実際先だっての魔物襲撃の時も、魔物の群れに打って出る為に城門前に集まった集団の中には斧を担いだ樵が多く居たそうだ。
まぁ日頃から筋トレを欠かさず、重たい獲物で素振りを行うとか、どんな武芸者だって話だ。それでも高位の冒険者ならば技量で勝るのだそうだ。
そんな訳で巨大ツリーの伐採作業は、トウカの民から特に力自慢を選抜して職人に弟子入りをして貰う事にした。自分達で伐採出来る様になるには時間が掛かるだろうが、まぁ大蜘蛛の森の伐採作業と比べれば遥かに危険度は低いし、練習する時間は幾らでもある。おいおい形になって行くだろう。
因みにモーリスさんや職人達への報酬は、最終的には切り倒した巨大ツリーを5本に1本譲渡する事で決まった。職人はそのまましばらくの間はトウカの町に滞在して、モーリスさんが改めてトウカに来る際に、荷運びの人足を大量に連れてくるそうだ。
報酬として多いか少ないかは判断に悩む所だが、モンペリエで実際に伐採できる巨大ツリーは月に1〜2本程度。年間でも20本に満たない位。そこから齎される利益は巨大ツリーの売却による利益だけでは無く、遠征の折に討伐したジャイアントスパイダーの素材を売却した利益もあるから単純には比較は出来ないが、リスクが殆ど無いのだから経費は遥かに安く済む。その点を考慮すれば利益では勝る見通しなのだそうだ。
クイーンジャイアントスパイダーを1回討伐する毎に10個前後は苗が手に入る。既に3回討伐済みで、現在生育済みの巨大ツリーが19本、成長中の巨大ツリーが10本。現時点で29本植わっている。当然、今後も定期的に増え続ける。とは言え西側は残すつもりなので、今の所伐採予定は南側の20本となる。
モンペリエの職人の手をいつまで借り受ける事になるかは未定だが、少なくとも今の伐採予定分だけでも内4本はモンペリエの取り分となる。少なくとも2ヶ月分に当たるのだから、モンペリエに齎す利益は相当なものになるだろう。
モーリスさんを通じた利益は税金としてモンペリエに還元されるので、オデットさん曰くモンペリエとの今後の良好な関係構築にも役に立つだろうとの事だ。
まぁそこも含めてモーリスさんとの交渉はオデットさんや行政官に全面的に任せている。俺のする事と言えば、これまで通り定期的にリポップしたクイーンジャイアントスパイダーを討伐して、苗を植える位のものだ。
町では大きな変化やトラブルも無く夕方の報告会でも特に取り沙汰される様な事は無かった。騎士団の動向は気にはなるが、ブルゴーニやトウカをぶらぶらと歩いたり、町の人々と話したり、衛士と一緒に魔物の解体をしたりと、すっかり馴染んでいるらしい。
それ以外だと先日相談のあった娼館の設計図面があがって来た。共有スペースが酒場になっていて、奥にずらっと個室スペースが用意されている。最大で50人に対応出来る程度。少ないと感じたが、現在のトウカは成人男性の人数が極端に少なく、想定されている15~35の男性は既婚未婚を問わなくても全部で2000人位しか居ない。全員が2週間に1度利用しても十分に対応できる計算だ。利用状況次第では、同様の施設をもう1つ建造するつもりだ。
部屋の間取りについては、俺からも意見を出して結構修正をした。
当初の図面だと狭い部屋にベッドが1つきり。女性と一緒に朝まで過ごすだけならそれでも良い気はするが、結構遠慮しているんじゃ無いだろうか。良く考えたら俺が作った家は簡易住居位なのでそのイメージが強いせいなのかも知れない。そこでグレードに差をつける事にした。
一番安い部屋は、狭い空間にベッド1つと変わらないが、少しグレードを上げるとバストイレ付で部屋は少し広め。風呂は2人が入れる位の浴槽だ。
更にグレードを上げると、ゆったりと浸かれる高級木材製の浴槽にトイレ、リビングと水回りは壁で仕切って、部屋にはテーブルとイスに高級食器棚と調理竈まで完備。
一緒にゆっくり食事をしたり、女性が手料理を振る舞ったりする事も出来る。どうせならとベッドも豪奢な寝台を設置する事にした。
それならとジゼットさんのリクエストも有り、最奥の部屋は更にゆったりとした間取りに調度品も高級家具シリーズで統一して部屋を飾る事にした。
建物は2階建てで、一階部分の基礎は石畳に。廊下の壁には壁掛け燭台を設置して高級感をあしらっている。防音は全く考慮して無いが、まぁそこは気にしても仕方が無いだろう。
ついでの防犯も意識して、建物の周囲は1m程の間隔を空けて塀で囲う事にした。覗き見防止になっている。
幸い今日は作業を早めに終えて時間もあるので、打ち合わせの後にそのまま西側の区画に建設予定地の目印を立てて、人が入らない様に指示を行う。ついでに造成装置を
使って基礎の石畳を敷き詰めた。
翌日の朝議も特に注意をする様な案件は無し。昨晩造成済みの建築予定地に、午前中一杯で娼館の建築を済ませる。
箱型にするのも忍び無いので、屋根も作って3階部分は屋根裏にする。天窓を設けてざっくりと仕切っておいたので、物置にでも住居スペースにでも使える。利用方法はおいおい皆が考えるだろう。
箱が出来上がれば、後は皆の意見を聞きながら細かい修正を行う。最上級の部屋には高級家具シリーズを揃えたので、初めてその調度類を目にしたジゼットさんからは少し引かれた気がするが気にしない。足りない物は色々とあるだろうが、皆で必要な物を揃えていくだろう。いずれにしても稼働が可能になるのはもう少し先だ。それまでにはテオドール商会や職人達の手を借りて、十全な状態に仕上がる見通しだ。
正式に営業を始める前に、俺を最初の客として迎えたいとジゼットさんから申し出があった。俺としては断りたかったが、予想に反してフランシーヌとオデットさんから承諾をする様に薦められたので、承諾をした。
色々と理由はあるそうだ。その日の晩に2人に聞いたところ、1つには領主が利用をする事で格式が上がる事。そして、違法性の無い公認の娼館である事を広く知らしめる意味がある。
健全な娼館は様々な犯罪を未然に防ぐ為にも必要不可欠なのだそうだ。街娼や非公認の娼館、売春宿は大抵違法で、どの町でも領主の手によって厳しく取り締まりがされている。
娼館は主に男性が利用するが、女性の立場でも娼館は必要不可欠だ。
正教では離婚と再婚は禁じているので、若くして伴侶を失った女性は一生を独身で過ごさなくてはならない。だが、国体を維持する為には為政者としては子供は多く産んで欲しい。
その為、子供を授かる為に娼館に努める女性が結構な割合で存在をしている。また、娼婦には女性だけでは無く男娼も居るので、単に子種が欲しいだけなら女性が男娼を買って一夜を過ごす事も出来る。
何にしても娼館は必要不可欠である事から、領主が自らお墨付きを与える意味でも、最初の客として迎え入れる事は慣例として一般的なのだそうだ。郷に入っては郷に従えと言うし、後ろ髪を引かれる思いはあるが結局了承をするしか無かった。
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