第92話 挿話 騎士団による町の調査

ブルゴーニに到着した翌日、我々は叔母上が主君と定めたタクヤ様に謁見を賜った。


本来であればブルゴーニは父が支配する土地だ。そこに何処の誰とも知れない人物がやってきて領主を名乗るのだから簒奪とも略奪とも言える。


ましてや教会から布告のあった内容や、叔母上の報告の内容はあまりにとんでもない話で、軽々に信じる事など出来はしない。


ボス級と呼ばれる超大型魔獣に、伝説に謳われる不死の王国の王を単身で討伐したなど、誰が信じると言うのだ?ブルゴーニの民を救うべく、僅かな間に町を創造したと言う話も、さすがに荒唐無稽に過ぎる。


ところがだ、ボス級魔獣の討伐については裏は取れていないにしても、遠く離れた場所を結ぶ転移門に、新造されたと思しき町の様子を見れば、少なくとも叔母上の報告には偽りは無い様に思える。町と呼ばれる場所は、建物の並びも、そこに並ぶ施設も、雑然としながらも規則的の並んでいる。急場凌ぎで必要な施設だけを間に合わせた感じだが、それだけに短期間でこの町を建造したと言う話に信憑性が増す。


騎士団の役割は、ブルゴーニの被害状況を纏める事と、タクヤと言う人物の為人を見極める事に有る。これは父に王国から下った命令でもあった。どんな人物なのか、どの様な能力を持つのか、そして真に英雄足りうるのか。


聖女ある所に英雄有り。これは過去の歴史が証明している。過去に聖女と英雄が現れたのは3度。いずれも大陸が滅びかねない未曾有の災害に対抗するべく神が遣わした者だ。つまり、英雄ある所災害がある。だからこそ、真の英雄なのかを見極めなければならない。


だが、今回の英雄は、少々毛色が異なっている。過去の英雄はいずれも英雄足る人物だったが、聖女無くしては英雄足り得なかったのも事実だ。

竜殺しの英雄は聖剣が無ければ竜殺しは果たせなかっただろう。大賢者は共鳴の聖女が居なければ津波を鎮める事は叶わなかった筈だ。

冥王殺しの勇者も、冥王を打倒したのは自身の力かも知れないが、祝福の聖女が冥王の魂を浄化しなければ、幾度と無く復活する冥王と不死の軍勢に呑まれた筈だ。


しかし、今代の聖女の能力は神託。告げるは神の到来。そう、英雄は聖女が居るから英雄足りうるのでは無い。もしかしたら聖女には未だ知られていない能力や役割があるのかも知れない。だが、正教会が正式に布告をしたのだから、他に能力が有るとは考え難い。ならば、神から与えられた奇跡、その能力が神託である事は間違いは無いのだろう。


ならば、神が預言した現身が降臨するとはどう言う意味なのか。それを、私達は見極めねばならない。


随分と難儀な調査だと思っていた。そうそうに神の奇跡など眼にする事など出来ないし、それを人の身で理解しろと言う話なのだ。どうやって調査をすれば良いのだ?

だが、それは事前の予想とは異なり、余りにも呆気なく果たす事が出来た。


なにせ、ブルゴーニに到着してからこっち、眼にした数々が神の奇跡と言わねば到底説明が出来ない事ばかりだったからだ。


まず最初に眼にしたのが転移門。副長に聞いても、その技術の一端も解する事が出来なかった。それに風呂にトイレ。ざっと調べて見たが、どうやってお湯を沸かしているのか、排水が何処に行くのか、理解が出来なかった。


ブルゴーニで見かけた大型クロスボウの役割も程なくして確認する事が出来た。

町の城壁沿いに同様の装置が設置されている。頻度は低いにしても、魔物の襲撃は途切れる事は無い。幸いと言って良いのかは解らないが、城壁の周囲を調査している時に、偶然それを眼にする事が出来た。


遠くから迫る魔物の気配。私は腰の剣に手を掛け、城壁を背にして迎え撃つ準備をする。背にある城壁は、正直町を守るには余りにも心許ない。身体能力に優れる魔物なら、容易に越えて行くだろうし、そうなれば町の人々に被害が出る筈だ。

周囲には町の衛士はおらず、偶然居合わせた私達が対処しなければならない。これは僥倖でもあった。魔物の襲撃から町を守れば、叔母上の信頼を得る事が出来るかも知れない。そうなれば調査はより捗る筈だ。


あの程度の魔物に遅れを取る私達では無い。隣で副長が機先を制する為に魔力を練っているのを感じる。数は5匹。敵も遠目に俺達を認めたのか、散会して一気に距離を詰めてくる。素早い身のこなしで左右にステップを踏みつつ、不規則な動きで。

距離があるので矢を射るのも手だが、余程熟練の弓手で無ければ痛撃を与える事は難しい。それでも副長の魔術の腕なら、確実に1匹は屠れる筈だ。後は私達が剣にものを言わせるだけの簡単な作業だ。


迎え撃つ為に腰を落として身構えた瞬間だった。


何処からともなくプシュッっと小さく空を裂く音がして、まず魔物が2体、勢いもそのままに前のめりに崩れ落ちた。2秒程間を空けるとまた同じ音。次は残りの3体が殆ど同時に崩れ落ちた。


周囲を見渡し、音の出所を探す。視界に入るのは、あの用途が解らなかったクロスボウ。一番近くにあったそれに素早く目を向けると、そこに番えられていた筈の矢が無くなっている。だが、一呼吸の後、そこには変わらず矢が番えてあった。向きを見れば、矢の狙う先には先程の魔物。少し離れた場所にあるクロスボウの射線も魔物に向けられているので、恐らくはこれが先ほどの音の正体だろう。


確かに矢が番えられている。周囲には誰の気配も感じない。先程は見間違いだったか?


「団長!」


副長が叫ぶ。恐らくは後続だろう。先程よりも強い気配を感じるから大型種かも知れない。大型種ともなれば、副長でも一撃で仕留めるのは難しい。直ぐに備えなければと本能が訴えるが、それをねじ伏せて正面に注視する。今度こそ、これの正体を見極めねば!


一瞬の事で見落としてしまいそうだったが、今度こそ間違い無い。目の前のクロスボウが僅かではあったが向きを定めると、そこから矢が放たれた。だが、放たれた矢は余りにも素早く、目で追う事が出来なかった。一呼吸の間に矢が番えられてもう1射。直ぐに次の矢が番えられるが、今度はその矢が放たれる事は無かった。


放たれた矢がどの様な結果を齎したのかは容易に想像が出来た。有り得ないと思いつつも、答え合わせの為にゆっくりと振り返る。そこには、ただの一矢で絶命した大型種の魔物が先程の魔物と同じ様に無惨に横たわっていた。


「おお、大量だ。これは応援を呼ばないと厳しいな」


呆然と立ち尽くす私達の耳に、衛士の声が届く。魔物の襲撃に備えるべき筈の彼らだが、声に緊張感は全く感じられない。3人1組で巡回をしているのだろう。その内の1人が応援の呼ぶ為だろうか、町の中へと走って行った。


「君、その、これは何時もの事なのか?」


彼らの様子を見れば答えは分かりきっていたが、確認の為にそう尋ねた。


「これは騎士様。そうですね、これはどちらかと言うと数がまとまっていますが、普段通りですね」


「これが普段通りか。君たちはここで何をしているんだね?」


「はぁ、お恥ずかしながら町を守るのが仕事ですが、ご覧の通りですからね。城壁の外を巡回して、魔物を片付けるのが俺達の仕事みたいなものですね」


「ふむ。冒険者の仕事では無いのかね?」


「ああ、俺も元々冒険者ですが、何せギルドは壊滅しましたからね。今はタクヤ様に忠誠を誓って、こうして衛士として働かせて貰ってます」


そんな話をしていると、何台かの荷車がガラガラと引かれて来る。もっと詳しい話を聞いてみたかったが仕事の邪魔をするのも申し訳ない。それに部下も聞き込みをしているから、何処かでもう少し詳しい話が聞けているかも知れない。話を切り上げると私達はその場を後にした。


この町には理解できない不可思議な事が溢れていた。

日を追う毎にあっという間に成長する畑の作物、こんこんと清浄な水が溢れ続ける噴水に井戸。川に近いので井戸が掘れる事は解るが、それにしてもこれだけの数の井戸を掘れば、早々に水が枯れてもおかしくは無い。だが、常に綺麗な水が溢れふ出ていてそんな気配は微塵も感じられない。


城壁の外にある巨大ツリーも異常だ。こんな場所に巨大ツリーが生えているのも不自然だが、西側に生えている何本かは来た時には気付かなかったが野菜と同じ様に瞬く間に成長をしている。大蜘蛛の森でもこれ程の勢いで木が成長するとは聞いた事が無かった。


トイレだけでは無く、家畜を飼育している厩舎でも特有の臭いがまるでしなかった。


それら目にした全てが、目の前に居る人物の仕業なのだ。これがどうして只人に出来ようか!


そして俺達は、トウカと名付けられた町の調査を終え、少々叔母上からの頼まれ事と父への土産を手に帰還をする事にした。

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