第93話 挿話 報告

「して、如何であった?」


「はっ、一言で申し上げれば化け物ですな」


領都へ戻り、しばし情報を精査の上で報告の為に父の元へ伺うと、近々伯爵家を継ぐ予定の兄も一緒に待って居た。


「化け物だと、何を馬鹿な事を!」


とは兄だ。兄は少々思慮に欠ける所がある。この兄が、何処の馬の骨とも解らない奴がブルゴーニの民と資産を奪ったと憤っていると小耳に挟んだ。この剣幕なら事を構える事も辞さないだろう。だが、そんな事は決してさせる訳にはいかない。


「ええ、化け物です。間違っても事を構えるべきでは無い」


「ふむ、根拠はあるのか?」


「町の城壁には等間隔で大型クロスボウが設置されていました。これが、魔物が近づくと、自動的に狙いを定めて矢を放つ。そして2秒程度の間隔で矢を番えて次の矢を放ちます」


「ふん、クロスボウ如きがどうだと言うのだ」


我が兄ながら、この物言いにはうんざりする。


「これがですね、射程は150m、大型魔獣の革を容易に貫き、ただの一矢で絶命させる威力が有ります。しかも狙いは百発百中。ブルゴーニの報告書を精査した所、その設置型のクロスボウを、タクヤ様は半日足らずで500基弱、設置して見せたそうです。城門付近には、高さを違えて60基を集中運用して、超大型魔獣ですら屠って見せたとの事。予想戦力を試算させましたが、大型クロスボウを100基並べれば、王国の重装騎士団1個大隊でも1分も立たずに全滅するでしょう」


「ふん、迎え撃つしか脳が無いのならば引き摺りだせば良いでは無いか!」


「あの方は、わずかばかりの時間でそれを建造して見せるのですよ!どう相対しろと言うのですか!適当に街道を封鎖して野戦砦を造られれば、我々はあっという間に干上がるだけです。相手は戦う必要すら無いのですよ?」


「射程が150mか。投石器を使って見るのはどうだ?」


「誓っても良いですが、彼の方の手札はそれだけでは無いと思いますよ。敵対する位なら、媚を売ってでも取り込んだ方が遥かにマシです」


「媚を売るだと?所詮は冒険者であろうが」


「兄上、冒険者を侮る癖はお辞めくださいと何度も申し上げた筈です。それに彼の方は、既に王家から8等級を認可されていらっしゃいます。事実上の爵位でも我々よりも遥かに格上ですよ?それ程に貴族の血筋を尊ぶのであれば、尚更媚びへつらったらどうなのですか?」


「き、貴様!」


「もう良い。其方は思慮が足りんと何度も申した筈だ。治らぬ様なら廃嫡も考えるともな。今の報告を聞く限りでは、サンソンの言い分にこそ理があろう。控えろ!」


「くっ、申しわけ御座いません」


さすがに廃嫡と迄言われてしまえば引き下がるしかない。頭を下げ一歩後ずさるが、歯を食い縛るその表情が、納得は出来ていない事を如実に物語っていた。

兄が伯爵家を、領主の地位を継ぐ事には異論は無い。決して無能と言う訳では無いのだ。一言で言うなら狡賢い。短慮ではあるが。それこそ分をわきまえてさえくれれば、良き領主になるのでは無いかと思う。だが、なまじっか上級貴族に産まれたが故か、傲慢な性格が見え隠れする。父上もいよいよ歳だからその地位を譲る事を考えられていらっしゃるが、この様子ではいよいよ不味いかも知れない。


俺こそ領主の器では無いから、出来れば兄に伯爵家を継いで貰いたいのだが。


「しかし、そうなると王家の判断は妙手であったのかも知れんな」


「はい。恐らくは早くから聖女の存在を掴んでいらっしゃったのでは無いかと存じます」


「そうよな。儂も、もう少し枢機卿猊下の動きに注意を払うべきだったのかも知れんな。あの方は先日城下にいらっしゃったらしいが、ついに儂には顔を見せなんだ。先の紅の月の折は、ブルゴーニにいらっしゃったと言うから、動きの遅い儂へのあの方なりの抗議であったやも知れん」


「そうですね。領内が混乱をしていたとしても、動くには遅きに過ぎたかと。叔母上からも、無言のお叱りを頂きました」


「あれも幼少の頃から聡い女であった。余程儂よりも領主に向いておったろう。そのオデットが主君と仰ぐのだから、余程の御仁と言う事であろう。解った。王家に報告の上、今後の対応について協議をする。調査、ご苦労であった」


報告は以上だ。詳細な報告書は改めて出すが、ひとまずは席を辞した。部屋を出る俺の背を射抜く様な兄の視線には気付いていたが、あえて指摘する事でも無い。せめて一線を越えなければと願うばかりだ。


その夜、改めて父の私室へと呼び出される。そこに兄の姿は居ない。


「お呼びでしょうか、父上」


私室だから、ここでは領主と部下では無く、父と息子として接する。


「うむ、改めて此度の調査はご苦労であった。ところでオデットから言付かった物はそれか?」


私は、一抱えある樽を持参していた。試飲用にと預かってきた樽の内の1つだ。テーブルの上に乗せると懐から取り出した懐剣で栓を抜く。途端に、部屋にえもいえぬ芳醇な香りが一気に広がる。グラスに注ぐと、父とふたり、鼻を近付けて香りを嗅ぐ。


「素晴らしい香りだが、これは何の酒だ?」


「確かこちらは、エールを蒸留したウィスキーと呼ぶ酒だったと思います」


混じり気のない琥珀色の液体がグラスを満たしている。蒸留酒自体は出回っているが、これ程の香りと澄んだ色をした物を見た事が無い。

それにしても、あの癖のあるエールが元になっていると言うのだから信じられない。


「他にもあるのだろ?」


「はい。ワインを原料にしたブランデーと、糖蜜酒を原料にしたラムが有ります」


試飲用に何樽かずつ預かっているが、流石にそこそこの重量が有るので今回持参をしたのはウィスキーだけだ。


「そうか。では味わって見るか」


父と2人、グラスを持ち上げるとゆっくりと喉に流し込む。純度の高い酒精が喉を焼くと、その後に一気に香りが膨らんで鼻を突き抜ける。何とも言えない、清々しい香りだ。


「これ程か」


「素晴らしいですね。これも、タクヤ様の手による物だそうですよ」


「そうか。報告以上に多才な方の様だな。オデットが傍に居るのは幸いだったな。話を聞く限りでは随分とお優しい方の様だ。我々が馬鹿な真似をしなければ、血縁である我々を蔑ろにはすまい。これと、後は砂糖の認可であったな」


「はい」


「近い内に、報告と献上の為に王都へ上がる。ジルベールがこれを機に動くやも知れぬ。警戒は怠るなよ」


「かしこまりました」


元々私には兄が2人居た。一番上の兄は非常に切れ者で将来を嘱望されていたが、いよいよ爵位を父から譲られると思われたタイミングで、流行り病であっと言う間に逝ってしまわれた。

その死に不審な点は無かったので、そこに次兄のジルベールは関与していないのは間違いは無い。だが、その後は不審な行動が目立つ。


流石に明確な証拠が無ければ罰しようが無い。腹に何かを抱えていても良いのだ。それを御せる程度の才覚があるのならば。だが最近の兄は、思慮に欠ける言動が目立つ。裏で何かを画策しているのは間違い無いが、その尻尾を掴ませない程度には頭が回るから厄介だ。

とは言え先程あれだけ煽っておいたので、何かをするつもりなら父が領都を空けるこの機会を逃す筈は無いだろう。後は現場を押さえるだけだ。


「父上も、どうぞお気を付け下さい」


「うむ。しばらく領都は頼んだぞ」


その後、父上は王都へ連絡を入れると、出発前に瞬く間に砂糖と酒類の取り扱いについての許可をもぎ取って来た。タクヤ様との関係構築の一手となるからだろう。腰の重い王家にしては先の8等級の認可も迅速だったので、タクヤ様との関係にはかなりの配慮を感じる。


自領内での消費に限っては税を向こう5年免除。ただし、取り扱い量によらず酒類については一定数を物納する事。早馬を走らせて叔母上にその旨を報告した。その後、父は予定通り王都へと上がる事になった。


その道中、父上は野盗に扮した冒険者に襲われそうになったが、いち早く動きを察知した騎士団により未然に防ぐ事に成功する。


件の冒険者の対処にはギルドの協力もあった。捕らえられた冒険者は、ギルドの手による苛烈な尋問により背後関係を洗いざらい喋った。裏取りもギルドの暗部が騎士団と連携して動き、結果次兄のジルベールと、加担していた第三騎士団の団長を含む数十人が処罰される事になった。


非常に残念だ。兄がもう少しで転がり込む爵位を待ち切れずに短慮に走った事。何より、これで俺が爵位を継ぐ事が確定した事がだ。親父を見ていれば領主は面倒事ばかりなのは容易に想像が出来る。何故好き好んでその地位を求めるのか。あんな次兄の下でも、まだ今の地位の方が気苦労が少ないだろうに。


英雄が現れた以上、今後大陸には先の紅の月等比較にならない試練が待ち受けている事だろう。それが何時かは解らないが、父が王都から戻り次第俺が爵位を継ぐ事になる。そうなれば、父になり変わって、俺が伯爵として対処をしなければならないのだから、気分が沈み込むのも仕方が無いと言うものだ。


気持ちを紛らわす為に、こっそり隠しておいた樽から酒をグラスに移し、今日も少しずつ味わうのだった。

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