第86話 ジゼットさんの提案

ジゼットさんの訴えはこうだった。


「領主様に娼館を造ってほしいのです。合わせて娼館の運営についての許可を頂けないでしょうか」


「娼館?」


何故、今娼館なのだろうか。俺の疑問は当然予測していた様で、間髪を入れずに横からフィリップが俺の前に資料を広げる。


「はい。まずはこちらご覧ください」


まぁジゼットさんが発案者だとしても、いきなりの提案と言う訳ではあるまい。恐らくは皆で話し合って必要だから提案をしたのだと思う。


目の前の資料に目を通す。

年代別の人口統計の様だ。各年代別の人数及び男女比が記載されている。


「子供が思った以上に多いな。嫌、それだけ大人の死亡率が高かったのか」


襲撃前の人口統計表を見ると、出生時の人口が一番多く、その時点での男女比は5:5。その後、様々な要因があるのだろうが歳を重ねる程に人口比率は減り、男女比は女性に傾いていく。10歳時点で男女の比率が4.5:5.5。後は緩やかに比率が女性に傾いている。人口曲線も多少上下は有るが、右肩下がりだ。


「町の内部にまで魔物の侵入を許した事により戦線が大幅に拡大し、領民の大半が戦う事を余儀なくされました。1年前の統計資料が有りましたので比較を致しましたが、例えば男性の15~35歳ですと襲撃前の人口は7954人。今回台帳を作成した時点での同人口は2004人。死亡率で言うと凡そ75%です。同年代の女性で言うと襲撃前は10811人、襲撃後は4053人。死亡率は凡そ64%となります」


単純な死亡率だけで見るなら、0~2歳未満の乳幼児が8割強。同じく46歳以上も8割強。免疫力が低かったり体力が低かったりする小さい子供や高齢者に集中しており、先の成人男性よりも死亡率が高い。

だが、襲撃前の元々の人口比で見れば子供は圧倒的に多い。死亡率が高い為、人口を維持しようと思えば必然的に出生数は多くなるから、子供の人口比率は高くなる。女性が生涯で産む子供の数、出生数を見れば、4人は超える計算になる。長期的には人口の増加を目指す必要があるから、子供は何人産んでも良い。


「襲撃後の死亡率が顕著なのは子供と40代以上だな。それに20〜35歳か。これと、娼館の話にどう繋がるんだ?」


「既婚率は9割程度になります。既婚者の7割は15~20歳で結婚し、残りの3割は30歳迄には結婚をします。そして今回の襲撃以降で伴侶を無くした者は9割を越えます」


つまりどう言う事だ?例えば成人男性に限ると、独身か、襲撃以降に伴侶を亡くした人が全体の9割を越えると言う事か。


ぴんと来なかったが、フランシーヌが補足で説明をしてくれた。正教会では意外な事に一夫多妻を認めている。どうしたって男性の方が数が少ないので、多くの国で許容されているのだそうだ。ただし離婚は認められず、女性に限っては再婚も認められていない。


そして今回の襲撃では大半が伴侶を失っており、独り身になった男女が溢れている。極論、男性なら新たな妻を娶れば良いが女性はそうもいかない。伴侶を無くした女性が娼館に勤める事は、平時でも割とよくある事なのだそうだ。そして再婚は出来なくても、子供を授かればそのまま産む事も少なくは無い。


「現在は相手の居ない適齢の男性が未婚も含め数多く居ます。独身の女性も少なくは有りませんが、この様な状況ですぐに新たな妻を迎えると言うのも難しいかと。そうなればその内問題も出てくるでしょうから、一時の相手として娼館は必要になると思うのです」


そう言う事を致す場所が無ければ、その内問題になると思っては居たが、まさかその相手がそもそも居ないとは思っても居なかった。


「そう言う事なら解った。大雑把でも間取りとか要望を纏めて貰えれば箱はこちらで建造するから、取り纏めておいてくれ」


「はい、ありがとう御座います!」


ジゼットさんが満面の笑みでそう答えた。


「ところで、そうなると孤児も多いと思うんだが、今はどうしているんだ?」


「主に正教会の信徒が中心となって面倒を見ております。また、子供を無くした方達が面倒を見ている事例も多く、そうした方達からは養子に迎えたいと要望を頂いております」


「解った。子供達をどの様に育てていくかが、今後の課題になる筈だ。少しでも子供を産み易い環境、育て易い環境を作る事に注力して欲しい」


「は、かしこまりました。その点については我々も議論を重ねておりますので、改めてご報告が出来るかと存じます」


「老婆心だったかな、頼もしい限りだ。頼んだよ」


「はっ!」


皆が一斉に居住まいを正して返事をしてくれた。今日の話は以上だったので、後は俺の予定を確認して朝議は終了となる。さて、今日も新しい町の建造だ。


トウカの町の近いところから、造成装置を設置し、城壁建造の為の整地を行う。昨日中に4分の3は完了していて、残りもガイドラインに沿って設置していくだけなのでこの作業は小一時間程度で完了した。


次に、城壁の建造。昨日造成装置を設置した範囲は既に整地が完了している。ガイドラインに沿う様に城壁ブロックを幅1列、高さは4段と拠点として認識される最低限の城壁を指定する。


城壁の向こう側は現在向こう100mまで整地済みだが、造成装置の範囲一杯の250mまで範囲を拡大して再設置する。城壁から向こう100mって、こうやって改めて見ると結構近い。すぐ見える範囲で高低差の断面が見えるのは景観的に何となく嫌だったので、大した手間でも無いので範囲を拡大しておいた。夕方頃には朝方設置した造成装置による整地も完了していたので日が暮れる迄には城壁建造の為の造成装置の設置が完了した。


造成装置による城壁の建造自体はあっという間なので、町に戻る頃には新たな町の外縁部を囲む28kmに及ぶ城壁の建造が完了した。


明日は、今日の朝議で話をした綿畑の設置だ。それが終われば町建造の為のガイドラインの設置作業に入る。


作業を終えたのは若干早くて日が暮れる頃。それでも町に戻る頃には空の半分は夜の闇に包まれていた。


報告会では今日あった事の報告をざっと聞く。畑の種まきを昨日中には終えているので、小さい子供に割り当てられる仕事が少ないらしい。

俺としては食事を気にせず健やかに育って欲しいので、小さい子供や家事の手伝いさえやってくれれば、それ以外の仕事は免除しても問題無いと思っている。

それ以上に、剣術や読み書きの指導等、将来に向けての教育に力を入れた方が良いのでは無いかと思うので意見をしておいた。


貨幣制度を復活させた後は、食糧の配給は最小限にして、それ以上を望む者には給与を使った支払いに移行する予定だ。だが、そうなればどうやっても貧富の差は生じてしまう。

襲撃以前のブルゴーニでは夫婦2人に子供4人が一般的な家庭だが、大半の家庭ではその家族の内の誰かが犠牲になっている。恐らく独り身を除いて、身内で死者が居ない者は居ないとの事。子供の2人に1人は両親の両方を亡くした孤児になっているのが実情だ。

住民の4分の1以上が10歳以下の子供で、その内の半数以上が孤児なのだ。孤児だけで、3000人以上。生活が困窮すれば、とてもでは無いが子供達の面倒を見る事など出来ない。町の安定化の為には皆が一丸となって子供を育てていく必要が有る。


なので、孤児を引き取った家庭には、一定の給与を支払う事を提案した。子育てだって立派な仕事だからだ。是非、給与を受け取る事で、誇りを持って子育てを行って欲しい。


この世界では子育てに給与を払う考え方は無い様で、皆が賛成をしてくれた。


話しが大いに盛り上がった所で、最後の報告となる。


「では、最後にご報告が。伯爵麾下の騎士団がつい先程ブルゴーニに到着し、タクヤ様に面会を求めております」


「え、もう着いたの?」


「はい。日没頃に到着し、今は転移門のある中央広場に陣を取っております」


そう報告をしてくれたのはフィリップだ。そう言えば報告会の合間に、誰かが呼びに来て少し席を外していたな。


「いやいや、全然トウカに来て貰って良いからね?」


「いえ、そう言う訳には参りません」


と、厳しく叱責するのはオデットさん。


「タクヤ様は既に待遇としては侯爵に準じます。伯爵本人であればまだしも、伯爵麾下の騎士如きが、タクヤ様が設置された転移門を無断で使用するのは勿論の事、タクヤ様が開拓されたこのトウカの町へ許可無く立ち入る事など到底許される事では有りません」


オデットさんの厳しい視線が俺にささる。オデットさんからは、上に立つ者には相応の振る舞いが必要だと細かく指導を頂いているので、俺の言動にチェックが入った様だ。気を付けなければ。


「う、軽率でした。でもせっかく来てくれたのに申し訳ないから、せめて町へ案内してあげられないかな?」


「解りました。領主様がそうおっしゃられるのであれば是非も有りません。後ほど案内を致しましょう。明日改めてご挨拶のお時間を頂けますと幸いです」


オデットさんの表情が少し和らいだので、お叱りは解けたかな?



◆Memo


台帳作成時点の人口統計


年齢   男  女

00~05  1221 1683

06~10  1700 2020

11~16  1516 1936

17~20  0664 1461

21~25  0415 0701

26~30  0305 0765

31~35  0320 1072

36~40  0416 0917

41~45  0379 0389

46~50  0175 0123

51~55  0046 0033

56~60  0000 0003

計    7166 11842 

総計   19007 

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