第85話 町の名前

朝目が覚めると、どっと疲れが押し寄せてきた。


体力的には全く問題は無い筈だが、精神的な疲れはエターナルクラフトでも癒やせない様で、どうしても疲れはたまる。それに昨日はブルゴーニに長い事居たから、どうしても精神が負の方向へ引き摺られてしまう。


葬送の儀式、皆の祈りに合わせて盛大に焚いた篝火から、次々と何かが天に昇って行くのを感じた。きっとあれが死者の魂なのだろう。

ブルゴーニで彷徨っていた死者の魂が、あの灯火に導かれて死後の世界へと無事に旅立ったのだと祈る。


隣で寝ているフランシーヌの横顔を覗き見る。フランシーヌは本来規則正しい生活をしていたので朝は早いのだが、それでも親密な夜を過ごすと体力の消耗は女性の方が大きいらしく、そんな夜の次の朝は、決まって俺の方が先に目を覚ます。それに俺が目を覚ますのは大体夜が明けると同時だから、朝には少し早い。

安らかな寝息を立てているのは、俺の事を信頼してくれている証なのだと思う。こうして誰かと一緒に穏やかな朝が過ごせる日が来るなんて、昔の俺なら想像も付かなかった。


しばらくフランシーヌの美しい寝顔を眺めて、疲れを癒やす。今日も頑張れそうな気がした。


町では皆不便な生活を送っている。早晩問題が起きるのは間違いが無いので、新たな拠点を構築するか、家を増築する必要性を感じる。

衛生的な環境を優先したので町には入浴施設とトイレがずらりと並んでいて、正直町の景観としては美しく無い。まぁその2つの施設は町の人々から非常に好評なのは幸いだろう。


ただ、何でも俺がクラフトしてしまうのは余り好ましくは無いと言われた。皆が皆俺に頼り切ってしまえば、依存して甘え切ってしまうから。出来る事は自分達の手で、それが皆の共通した意見だ。


俺にしか出来ない事は俺がやる。皆が出来る事は分担して頑張って貰う。その線引きは俺には難しいから、基本的には朝議の席にて皆で相談をして決める事にしている。

それに、先を見据えるなら技術ツリーを開放する事も必要だ。きっと先々、今の技術レベルでは太刀打ち出来ない事態に遭遇するに違い無い。そんな予感があった。


馬の確保が出来たので、町作りに並行して馬車で海を目指す事を計画している。先日モーリスさんに会った際に、馬車を用立てて貰える様にお願いをしておいた。クラフトモードなら馬も言う事を聞くだろうから俺が御者をする事も出来るだろ。魔物が襲撃してきたからと言って馬が暴れる事も無い筈だ。


進んだ先で、都度拠点を建造して転移門を設置すれば、夜は拠点で馬を休ませる事も出来る。そう問題は無いだろう。問題といえば転移門を設置する為に必要な黒曜石が残り少ない事位だ。補充をする為には、また地下を掘らないとな。


クイーンジャイアントスパイダーの素材もかなり溜まって来たので、そろそろユニーク等級迄上げてクラフトが可能になる。等級が上がれば各種耐性も上昇するので、ユニーク等級以上なら火山環境の熱なら全く問題が無くなる。地下の溶岩流沿いも、暑さに耐えられず奥まで踏み込めない場所が何か所かあるので、それさえあればそこにある黒曜石も採取出来る筈だ。それに溶岩流の傍に自生する植物があれば耐熱ポーションを作成する事が出来る。ユニーク等級の上質なスパイダーシルクの礼装に加えて耐熱ポーションがあれば、短時間なら溶岩の熱にも耐えるので万が一の事故にも備えられて安心だ。


ユニーク等級の礼装ならドレイクの属性攻撃に対する優秀な耐性防具としても使えるので、出来ればフランシーヌの分も用意しておきたい。多分海を渡る頃には必要な素材数を確保出来るだろう。討伐した際に採取出来る巨大ツリーの苗も、貴重な木材資源となるので非常に有り難い。植えた苗は既に町を取り囲むように育っていて、殺風景だった町の景観を彩ってくれている。


それにしても、町の名前をどうするかな。再生とか希望とか、そんな意味が良いか。昨日の葬送の儀式を思い出す。煌々と燃える火。灯火に導かれて天へと昇る死者の魂。その荘厳な感覚を思い出す。よし、人々を導くための灯火。町の名前はトウカにしよう。


程無くしてフランシーヌが起きたので、身支度を調えて朝食を食べると、朝の日課を済ませてから今日の朝議へと向かう。


「さて、昨日皆から要望のあった町の名前だが、トウカにしようと思う」


朝議の席で、まずは今朝考えた町の名前について皆に説明を行った。昨日感じた事、皆の希望の灯火になる様にと意図を込めた趣旨を説明する。


「良き名で御座いますな。トウカ、皆も喜びましょう。早速、本日皆に周知を致します」


皆の表情を見れば思ったよりも好評な様だ。ダメ出しをされなくて何より。


「では本日の予定で御座いますが、播種は昨日中に概ね完了しております。本日もブルゴーニの解体及び資材の搬出を進めて参ります。町の住民の要望で、トウカの城壁外に畑を耕作したいとの要望が御座いますが如何致しましょうか」


「今の畑だけじゃ足りないかな?」


「全く問題は有りませんが来年以降を見据えて耕作を行いたいのと、家畜の世話を行う事を考えれば、畑は必要になります。それにやはり領主様に全部お任せするのでは無く、自分達の手で行いたいと」


「その意欲は有り難いが、城壁の外なら多少なりとも危険はあるよね」


「そこは衛兵隊に巡回をさせれば問題は無いかと。いざとなれば城壁近くに逃れれば迎撃装置が御座いますし」


時間があれば城壁の外に一定間隔でタレットを設置してしまうのだが、そこまでするべきでは無いと言う事も何と無く解る。だが、やはり心配ではある。


「それじゃ、町の西側に安全なエリアをつくるので、そこで耕作をお願い出来るかな?」


そう言って、紙を貰って簡単に図を書いて説明を行う。

現在町の周囲には、巨大ツリーが植わっている。昨日も朝の日課にあわせてクイーンジャイアントスパイダーを討伐して苗を獲得したので、現在既に30本近くは植えている。

伐採の時にどの方向に倒れても問題が無いように、城壁からは50m離して、50m置きに苗を植えている。南側からぐるりとトウカを囲む様に。既に南側から回り込んで、西側も城壁の半ば位になろうかといった感じだ。


その合間を縫って、トウカの町の西側、新しい町に向かって城壁の端から、新しい町の建設予定地に向け城壁を伸ばしていく。今日明日中に設置する予定の城壁まで伸ばしてしまえば、その間も拠点化をする事が出来る。


「その内半分くらいは綿畑にしようかと思う。残りの半分は、皆が好きに耕作をして貰うのはどうだろう。正直城壁で囲ってしまうのは過保護にも思えるが、綿畑は必要だと思ってたのでついでだから、そこは了承して貰おうかなと思うんだけど」


「正直、綿花の畑は有り難いですな。今の季節はまだ大丈夫ですが、気温が下がってくれば衣服を揃える事は必要になってきます。確かにあれもこれも領主様に甘えるのは余り宜しく無いとは解っておりますが、その分我々の働きで領主様にお返しを致したく存じます」


皆が一様に頷く。


「ありがとう。でも余り無理はしない様にね」


今説明をした範囲だけでも横1km、縦2㎞になる。その半面でもトウカの2倍の広さだから十分では無いだろうか。特に反発も無く皆の了承を貰ったので、畑作りは城壁で囲ってしまうまで、もう少し待って貰う事にした。


「他には何か無いかな?」


「では、私から領主様にお願いが御座います」


そう手を挙げたのは、今までの朝議や報告会では殆ど発言の無かったジゼットさんだ。


ジゼットさんも他の人達の例に漏れず、今着ている服ともう1着を着回している。大半の人は、来ている服を都度洗ってそのまま着る、着替えがあっても精々1着。綿花が実れば、皆で綿糸を紡いで服を作る事も出来るだろう。


因みにこの世界の人は結構解放的で、夕方なら男女共に井戸端で上半身裸になって服を洗っている人位なら普通に見かけたりする。皆気にした風では無いが、俺は少々目のやり場に困ってしまう。


さて、ブルゴーニにでも西側の地区は比較的被害が少ない。その中には色んな仕事を生業とした人の住居や店舗が有る。例えば食料品店や食事処、宿屋など。商いを営んでいた者も少なくは無く、そうした人達は様々な品を取り扱っていた。その店の在庫も随時ブルゴーニから運び出されている。


現時点ではそうした商品の所有権は個人に帰属をしない。

そもそも商取引自体が領主の認可が必要で、行政により厳重に管理をされている。仕入れも自由に行える訳では無く、予め認可を受けた品目に限られている。仕入れ値や販売価格は、ある程度の裁量は認められているが、行政による監査が適期的に入るので相場を大幅に超える様な価格で買い叩いたり、暴利を貪ったりする事は出来ない。勿論収支報告は不可欠だし、税金も納めなければならない。資本主義における自由競争では無く、公益性の高い公共事業としての側面が強い。


利益を追求しすぎて領主と対立し、取り潰された商家は少なく無いらしい。


現在、住民台帳の作成に伴ってブルゴーニで何処に住んでいたか、どんな職業を生業としていたかが合わせて聞き取り調査をされていて、今後の町の再建、もとい新たな町作りに際する重要な情報になっている。今後は順次、自分達の仕事を生業に出来る人達が増えてくるだろう。


だが現状では、例えば元々商人を営んでいたとして、自分の店から商品を運び出して商いをするなんて事は出来ない。再起を目論む様な商人は、襲撃後にいち早く荷物を運び出して隣町等の新天地を目指したそうだが、クレマン達に資材を奪われたり、町の外で魔物に襲われたりして、無事に新天地に辿り着いたのは居ても僅かと目されている。


大半の人々は親しい誰かを襲撃の最中に失い、かろうじて身を寄せ合って生きている。今は皆一丸となって、畑仕事やブルゴーニで様々な作業に従事している筈だ。


貨幣制度が復活をすれば、今後は分業化が進み様々な仕事に就く者が出てくるだろうが、それはまだ先の話だった。今現在、明確に特定の仕事に従事している者は、ここにいる町の運営を担っていく行政官、衛兵隊、そして職人達位のものだろう。


さて、ジゼットさんがお願いとして提案をしてきたのは、そうした仕事に含まれない新たな職を得たいと言う事だった。

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