第84話 挿話 騎士団、ブルゴーニへ
副長の指示により団員の半分が野営の設営を行い、残りの半分が町の各所へ調査に赴く。
既に日は沈んでおり魔物の襲撃に警戒をすべき時間帯だが、町の各所に篝火が焚かれていて町を照らしている。しかも広場を中心にぐるっと囲っており、魔物が接近すれば容易に察知する事が出来そうだ。
野営の設営や町の調査に出た団員たちを尻目に、副長と二人で広場の中央にある設備を調査する。
「副長、あれは何か解るか?」
通路の奥には黒曜石と思しきものがアーチ状に組み上げられている。石には複雑な模様が刻まれていて金が流し込まれている。その模様はまるで蔦が絡まった様に見える。随所に魔石が嵌め込まれており、巨大なサイズの魔石も見える。正直、あれだけでどれだけの価値があるのか、計り知れない程だ。
副長は騎士団でも一、二を争う魔法の使い手だ。何らかの魔道具では無いかと思うのだが、そうであれば副長が推測出来る筈だ。
「魔力は感じますが、全く解りませんね。出来れば近くで調べてみたいものですが、恐らく刻まれた模様が魔方陣になっていて、魔石が力の供給源になって何らかの効果を発揮しているとは想像出来ます。ですが、あんな様式は見た事が有りませんね」
アーチの向こうには、恐らく此処と違う景色が映し出されているのが見て取れる。しかし、副長でも解らないとなると、あれは何だろうな。
「まぁ許可が下りるのを待つしか無いな」
仮にもこの一帯を治める伯爵麾下の騎士団、それを束ねる騎士団長なのだから、伯爵の息子である事を差し引いても調査を遠慮する必要性は無い様に思える。だが、噂の人物は既に王家から8等級の冒険者として内諾をされているそうだ。
8等級ともなれば侯爵待遇。相手が王族でも無ければ阿る必要の無い身分だ。その人物が治めると言うのであれば好き勝手は出来ない。
程無くして調査に出ていた団員達が戻ったので軍議を開く。
野営の中心に設営した天幕の中央にはテーブルが設置されており、その上には領都から持ち込んだブルゴーニの地図が広げられている。
皆が揃ったので、軍議を始める。団員の報告に従って調査の内容を地図へ書き込んで行く。
やはり東側に魔物が集中している様で、城門付近の被害が一番酷い。魔物や領民の半ば白骨化した死体が夥しい数散乱していたそうだ。
また、当初の予想通り中央区画の損害も大きい。領主屋敷は半ば倒壊しており、恐らくは通信用の魔道具も瓦礫の下に埋もれているのだろう。これだけの被害がありながら、叔母上が無事だったのは幸いだったと言える。
散乱する魔物や領民の死体から、被害の程度は推し量る事が出来る。大半はこの季節故か、既に大半が白骨化しているが、中には損壊の程度が低い死体も散見される。
そうした亡骸は、この広場に程近い場所で散見される事から、恐らくは襲撃の後に衛生状態の悪化か食糧不足が起因として無くなったのだろうと予想が出来る。
生き残った領民は、果たして何処へ消えたのか。恐らくは先程の建造物に謎を解く鍵があるが、皆無事で居るのだろうか。
報告の中で、もう1つ気になる事がある。この広場を中心として、同心円状に巨大クロスボウが設置されているのだ。その脇には篝火があわせて設置されており、今尚町を照らしている。そして、その円周上は瓦礫が撤去されており、ぐるりと空白地帯が出来ている。
設置されたクロスボウをどの様にして使用するのかはまだ判明していないが、町中には真新しい魔物の死体が大型の矢に射抜かれて死んでいるのも発見されているので、ただの飾りと言う訳でも無さそうだ。
「しかし、被害の規模は相当なものですね。無事な区画が殆ど有りませんよ」
「そうだな。連絡が取れなかったとは言え、領地の安寧を守るべき我々が何も出来なかった事は恥ずべき事だな」
皆、一様に押し黙る。
幾ら灯りがあるとは言え、日が沈んだ後では危険もある。詳細な調査はまた明日行うとして、軍議を終えて夕食を取る事にした。
周辺の視界が確保されており、灯りがあるので火を焚く事を遠慮しなくて良いのは幸いだった。皆、温かい食事を交代で取る。外には虫が飛び交っているので、天幕の中に虫除けの香を焚いて、そこで食事だ。臭いには慣れないが仕方が無い。
一息吐いた頃に火の番をしていると、例の建造物から誰かが歩いて来るのに気付いた。
見た事の無いデザインの服だ。黒を基調としており、体型に合わせて仕立てられて居るので身体のラインから女性である事は直ぐに解る。また足を運ぶ所作を見れば、かなりの剣の腕前だと言う事も解る。一分の隙も感じられ無い。しかし、これ程見事に黒で染められた服を俺は見た事が無い。って、叔母上?
前回お会いしたのは5年は前だったか。確か既に50は過ぎていらっしゃる筈だが、とてもそうは見えない。纏っている気配もだが、その顔は40を過ぎた位に見える。
一瞬人違いかもと思った。それこそ同じ年頃の親戚か、子供かと。
だが、父には同じ年頃の親類は叔母上しかいらっしゃらないし、息子も存命なら俺と同じ位の歳。娘が居るとは聞いた事が無い。やはり叔母上ご本人だろう。
「お久しぶりで御座います、叔母上」
「お久しぶりですね、サンソン殿。息災で何よりです」
「叔父上とクリストフは先の戦いで戦死されたと聞きました。町の被害も非常に大きいご様子。支援の手が遅れました事、心よりお詫び申し上げます」
「夫も息子も、勇敢に戦いました。今は安息の地で眠りについている事でしょう。それに領内では広く被害が出ていると聞き及んでいます。迅速な対応が難しい事は承知しておりますよ」
「は、ご寛容誠にありがとう御座います」
「ところで、主の許可を頂きましたので宜しければ町へご案内を致しますが、如何致しますか? この場所よりは幾分過ごし易いかと思いますが」
「町ですか。ここでは無く? それはあの先の事でしょうか」
「そうですね。このブルゴーニとは異なる場所です。主は本日も多忙でお疲れですので、謁見は明日の朝改めて場を設けたいと思います」
「かしこまりました。ユベール!」
呼べば副長が直ぐに駆けて来る。
「叔母上に避難先へご案内を頂けるそうだ。至急移動の準備をしろ」
「は、ただちに!」
「では、先にまずは案内をしましょう」
そう言って、叔母上は例の建造物へと歩き出す。ついに、あれが何なのかを知る事が出来る。副長ですら見た事もない物だ。この様な場所で不謹慎では有るが、正直興味が尽きない。
叔母上の後を着いて行く。近くに行けば良く解る。アーチの内側は、まるで水鏡の様に何処かの景色を映し出している様だ。明らかに此処とは違う景色が揺らめきながら映し出されている。そして叔母上は、足を止める事無く、そのままその中へと歩き出す。
一瞬の後、その水鏡が叔母上の後ろ姿を映し出す。一瞬躊躇したが、意を決して足を踏み出した。
唐突に、先程迄見えていた光景が視界一杯に広がる。それと同時に、耳が周囲の雑多な音を捉える。
「ようこそ、我が主が治める地へ。今はまだ名前も有りませんが、良くお越しになりました」
叔母上がそう言うと、先程までの何処か張りつめていた緊張が和らぎ、優しく微笑んでくれる。
「主の許可を頂きましたので、転移門は自由に利用をして構いません。各所にある井戸は自由に利用して構いませんし、希望があるなら風呂を利用する事も可能です。さぁこちらへ」
そう言って、叔母上はすたすたと歩き出す。
ここは一体全体どんな場所なのだ? 先程とは明らかに異なる場所である事は間違いが無い。景色がどうと言う訳では無く、そもそも空気からして違う。ここには先程迄満ちていた死の気配が全くしなかった。
叔母上の後ろをついて行きながら周囲を観察する。遠目に壁がぐるりと取り囲んでいるのが解る。壁沿いには等間隔で、あの大型クロスボウが設置されている。ここも篝火が各所に設置されていて、明るい。
先程叔母上が転移門と呼んだ建造物が中心にある様だ。進む先には正面に広い畑が。左手奥には家畜を囲う柵が見える。後ろを見れば壁伝いに簡素ながら統一された造りの建物が並んでいて、その手前にはやけに大きな建物が並んでいる。その更に手前には小さな小屋と少し大きめの小屋が無数に並んでいる。
遅い時間だが灯りがあるからか、そこかしこを人々が行き交っている。身なりこそ随分と草臥れて見すぼらしい格好だが、顔色や髪の艶は良く、清潔に保たれている事が解る。何より、皆表情が明るい。壮年の男性は少なく、逆に子供が多い。今も少なくは無い子供が走り回っていた。
避難先との事なので、もっと簡素な建物が並んでいるか、それこそテントでも張って生活をしているのかと思ったが、特にそんな建物は見当たらない。それに、町特有の糞便の臭いもしなかった。
そして向かって左手前、そこには周囲とは明らかに一線を画す建造物がある。鈍色の輝きを放つ重厚な壁と扉に囲まれた一角だ。
「あれは主の住居へ続く門ですので、立ち入りを一切禁じます。お気を付け下さい」
叔母上がその逆を指さす。
「こちらの区画は空いてますので、ここで野営を行うと良いでしょう。明日はモンペリエから隊商が到着する予定ですので、その際はこの場所を共有して頂きます」
その後、先程中小の建物が並んだ区画へと案内され、トイレと風呂の使い方を説明して貰った。どうやってかは解らないが、トイレでは糞便の片づけをする必要が無く、風呂には常に温かいお湯が張っているそうだ。ここだけを見て取れば、余程領都よりも快適な設備が整っていると言える。
「では、明日の朝に改めて参ります。その際に主へご紹介を致しましょう。くれぐれも町の者とは諍いを起こされませぬ様お願いを致します。何かあれば町の者に私へ託をお願いしてください」
「何から何までありがとう御座います、叔母上」
挨拶をすると、先程主の住居へ繋がると教えて貰った建物の扉の向こうへと去って行った。さて、皆を呼んで来なくてはな。
転移門をくぐってブルゴーニに戻ると、野営は撤去済みで移動の準備は整っていた。野営を一度撤収して、設営をし直すのは手間では有るが、少なくとも転移門をくぐった先の方が気が休まるのは間違いは無い。
皆を先導し、叔母上に案内されたのと同じ様に皆を案内する。
「しかし副長。あのトイレと風呂は理解が出来たか?」
一通り案内を終えると、副長に尋ねる。恐らくは何某かの魔道具だと思うが、あの転移門同様、まるで意味が解らなかった。
「いえ。あれも何某かの魔道具でしょうか。でも原理はさっぱりですよ。なのにあれだけの数を揃えるなんて。ちょっと理解が出来ませんね」
トイレも風呂も、あの同じ大きさの建物だけ数があるのだそうだ。風呂にお湯が尽きない事もまるで意味が解らないが、それ以上にトイレだ。用を済ませた後、レバーを捻れば水が一気に汚物を洗い流してくれる。近くの井戸から管が伸びており、あそこから水が運ばれているのは解る。だが、どうやってお湯を沸かしているのかは解らない。しかも流した水は何処へ流れるのだろう。ぱっと見渡して見ても、何処にも流れ出た形跡が無い。
団員達は野営の準備を整えて今は交代で風呂に入っている。入り口に札が掛かっていて、表と裏に空きと入浴中と記載がある。空きと表示されていて利用していない風呂が有れば誰が使っても良いそうだ。
一通り町を観察すると、俺と副長も2人で風呂に入った。中には5人位はゆったりと入れそうな浴槽が4つ並んでいる。これと同じ建物がざっと100戸はあるのだ。
それだけあれば、交代でなら町の人が自由に使えるのも解る。常に温かいお湯が供給されていて、何時でも清潔で温かいお湯に浸かれるのだと言う。これだけを見ても、領都よりも遥かに発展している事が解る。
「しかし、タクヤ殿とはどんな人物なんだろうな」
「そうですね、この町は、全てタクヤ殿が建造したものだそうですね。正直、あの転移門1つでも歴史に名を残せますよ」
「英雄か。神から力を与えられた存在と言うが」
「正教会曰く、神その人らしいですけどね」
あながち嘘とも思えない。だが神なら、魔物と言う理不尽な存在そのものを消してくれればいいのに。不敬ながらも、そう思わざるを得なかった。
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