第83話 挿話 伯爵家の騎士団
「ブルゴーニの視察ですか?」
「そうだ。話を聞いただけでは状況が解らん。済まないが直接現地を視察して貰えないか?」
ブルゴーニと言えば、叔母が嫁いだ町だった筈だ。何度かお会いした事があるが、美しい方だ。何でも若い頃から随分と闊達な方で、自ら志願して騎士団に入団。その後、意気投合した同僚と結婚をしたのだと。その相手が色々あって領主を継いだ為、今では領主夫人、子爵夫人に納まっていると聞いた。しかし幼少の頃にお会いした際に感じた印象は、もっと静かでお淑やかな感じだったので、闊達な方と伺ってもイメージが結び付かなかった記憶がある。
まぁ副団長は叔母上が騎士団に居た頃を知っていて、色々とやらかした話を聞いたので、見た目の印象と違って随分と闊達な方と言うのは間違いでは無い様だ。
ブルゴーニは街道に沿って、東に町1つ抜けた先にある。なだらかな丘陵地帯に築かれた町で、畜産が盛んな町だ。ブルゴーニ産の牛肉は何度も食した事があるが、かなりの贅沢品だ。
先の紅の月では、ブルゴーニに限らず領内でかなりの被害が出ている。何でもモンペリエではボスクラスの超大型魔獣が出現したそうだ。にも関らず被害が皆無だったと伝え聞いているの。さすがに眉唾物の話なので真偽の程は定かでは無い。
だが、未だ救援の要請が無いのだから、被害が少なかったのは間違いは無いのだろう。他の町からはひっきりなしに物資の支援や騎士団の派兵を求める救援要請が引きも切らない。
その後、正教会から流布された聖女誕生の報。どうもモンペリエの被害が軽微だったのは聖女の影響が大きいらしい。聖女居るところ英雄あり。それは過去の歴史でも証明されている。ならば、そこには新たな英雄が誕生したのだろうか。
今回の紅の月による魔獣の被害は、モンペリエに近い程に酷くなっている。領都の被害は比較的軽微だったが、ブルゴーニとの間にあるレンヌの被害も大きく、ブルゴーニに至っては壊滅的な被害が出ていると目されている。
父が治める領地には幾つかの町が点在しているが、そのいずれとも領主と連絡が取れる魔道具があり、魔物の襲撃以降、各地から被害状況の報告が上がってきている。
にも拘わらず未だブルゴーニとの連絡が付かない状況なのだ。連絡が付かないとなれば、その原因としては魔道具が破損する程の被害があったのか、連絡を取る筈の人物が亡くなっているか。いずれにしても軽視できる状況では無いだろう。
ところが、ここに来てモンペリエの町からブルゴーニについての連絡が入ったとの事。何でも領主は落命したが叔母上は存命で、今は別の場所に身を寄せているそうなのだ。
「えっと、ブルゴーニは壊滅的な被害が出たが、とある人物の尽力で今は生き残った住民が丸ごと別の場所に避難をしている。領主と従弟殿は落命、本来叔母上が継承する筈の爵位を返上し、今後叔母上はその御仁に仕えると」
「そうだ」
先程父から聞いた話を、確認の為に複唱する。
「そしてその御仁は、モンペリエの防衛に多大な貢献をされており、既に王家から8等級の認可を受けていて、そして神託の聖女曰く神の現身であると」
どうやら、聖女の出現により現れる英雄が、その人物である可能性が高い様だ。しかし、だとしても神の現身とは大きく出たものだ。さすがに正教会が黙ってはいないのでは無いだろうか。
「そう、リュックから同様の報告を受けている」
モンペリエの領主であるリュック殿には何度かあった事がある。リュック殿は癖のある御仁だが、そんな突拍子のある事を言う様な人では無い。何よりも実利を優先する人だ。だから、きっと嘘は無いのだろうが、その報告だけでは状況が解らない。
「ギルドからも報告書が提出されていて、詳細な報告は有る。後で目を通すと良い。だが、俄には信じがたい話だ。だが、正教会経由でも教皇から直々に声明が出ているから信じがたいと無碍にも出来ん。その御仁の8等級への昇級は既に王家が即時認可をしているので、儂からどうこう言えるものでも無い。だが、確認は必要だろう。良い機会だから状況を確認してこい。至急頼む」
「はっ、かしこまりました」
父に敬礼を行い、辞する。
「副長、伯爵閣下からブルゴーニ調査の命が下った。至急出るので、直ぐに動ける人員で編成を頼む」
執務室へ戻ると、早速副官に遠征の準備を整える様に命令する。
「騎士団長自ら出られるのですか?」
「ああ。正確な調査が必要なのでな、俺自ら動く。小隊単位で構わないので至急頼む。あと副団長にも同様の報告をお願いする」
「かしこまりました」
人員はそれ程必要では無いだろう。何せ、未だ領都でも問題は山積しているし、既に被害の出ている町へ派兵している人員も多い。騎士団の存在意義は有事にこそ発揮されるべきだが、人手が足りていないのも事実だ。
準備を待つ間、父に言われた報告書に目を通す。領都の被害状況の把握と対応に手を取られていた事が理由ではあるが、前にざっと目を通した際には余りに突拍子の無い話だったので、精査を後回しにしていた。
領都の被害が少なかったのは堅牢な城壁と、精強な騎士団の働きによる所が大きい。それでも少なくは無い被害が出ており、死者は1000名を下らない。それが言い訳になっている部分もあるが、各地の被害状況の把握が進んでいない。既に襲撃からかなりの日数が経過しているにも関わらず支援の手が届いていない状況は、領民から不満の声が上がっても仕方が無い状況だ。
俺も怠慢と言えば怠慢だな。
「どうかされましたか?」
丁度戻ってきた副官が俺の呟きを拾った様だ。
「いや何、未だブルゴーニやモンペリエの状況を把握していないのだから、怠慢だなと」
「そうですね。まぁ我々も被害は少なく無いので仕方が無い面も有りますが、本来領都だけでは無く領地の安全を守護するのも我々の仕事ですからね」
「準備はどうだ?」
「今回は視察だけとの事ですので昼には出られるかと。メンバーの選出は既に完了しております」
「ブルゴーニの状況は気にはなっていたしな、出来るだけ早く出られる様に頼む」
今回は支援物資の輸送は必要では無いとの事で、取り敢えず騎士団20名に2週間分の糧秣を荷馬車に詰め込むだけだ。準備には小1時間も掛からない。メンバーの大半は本日待機命令が出ている非番メンバーだから割を喰った感じだが、そこは致し方無い。
後の事は副団長に任せて、昼には準備を終えて領都を後にした。
途中にあるレンヌは一気に駆け抜けて、少し進んだ先で野営をした。レンヌを素通りしたのは、町で足を止めれば厄介毎が舞い込んでくる事が目に見えていたからだ。夜小規模な魔物の襲撃があったが大した問題にはならなかった。
翌日の夕刻、日が沈んで程なくしてブルゴーニに到着した。ブルゴーニはこちらからだと峠を越えた先の丘の中腹に建造されている。峠を越えたタイミングではまだ日の明かりがあり、かろうじて町を一望できた。眼下にブルゴーニの惨状が広がる。
どうやらこちら側は被害が軽微で、反対側に被害が集中をしている様だ。町の中枢部まで魔物が喰い込んだ様で、扇状に町の3分の1位は壊滅的な被害を受けているのが解る。
焼け落ちた建物が多い事から、おそらくレイスによる被害が大きかったものと推測される。
俺達もレイスの討伐にはかなり手古摺った。幸い魔術士を温存していたから何とか対処できたものの、序盤に魔術師を投入していたなら、被害はもっと拡大していたに違いない。実際、被害の大半は領都に侵入したレイスによるものだった。
魔術士には魔力と言う制約がある筈だが、奴らには関係無いのか、はたまた魔力が尽きないのか、際限なく魔法をばら撒く。一番厄介なのは炎の魔法だろう。家屋に簡単に火が付くので燃え広がれば被害は拡大するばかりだ。氷の矢を複数放つ魔法はまだしも対処は容易だった。
城壁が何ヶ所か崩壊しているのも見て取れる。そこから被害は拡大しているので、魔物の侵入を抑え切れなかったのだろう。これでは、どれ程の被害が出ている事か。
町に近付けば風に乗って死臭が漂ってきて、暗澹たる気持ちになる。
町へ入ってしばらくは人影が全く無かったが、中央部へ歩を進めると人影があった。どうやら建物を解体して資源を確保している様だ。比較的無事な建物から物資を引き上げている一団も居る。突然現れた俺たちを遠巻きに見ているが、中央付近の開けた場所まで来ると、1人の男が出迎えてくれた。
「私は行政官を務めるフィリップと申します。伯爵家麾下の騎士団の方々とお見受け致します」
「騎士団長のサンソンだ。伯爵の命によりブルゴーニの現状把握の為、視察に参った」
「団長自ら視察でございますか。それはそれは」
余り表情には出さないが、少々侮っている感じを受ける。まぁ無理も無い。魔物の大規模な襲撃を受けてからかなりの日数が経っているのだ。今更のこのことやってきて視察も無かろうとは思う。
「我らの力が及ばなかった事をまずは謝罪しよう。オデット様にお目通りを願いたいのだが、取り次ぎをお願いできるかね」
「かしこまりました。領主の判断を仰ぎますので、少々お待ちを頂けますでしょうか。もしかすると明日になるやも知れませんので、ひとまずはこちらでお過ごし頂ければと」
「はて、領主殿は先の戦いで戦死されたと伺ったが?」
「現在我々は、タクヤ様を主人として仰いでおります」
タクヤとは、報告書にあった人物だろう。
叔母からの連絡でも爵位を返上してその人物に仕えると言っていたそうだ。何を馬鹿な事をと思ったが、フィリップの態度を見れば確かに叔母上を差し置いてその人物が領主と呼ばれて居るのは間違いが無さそうだ。
「承知した。それでは、ここに陣を張らせて貰うが問題は無いか?」
「構いません。それでは、後ほど改めてお伺い致します」
そういって男は不可思議な建造物の中へと消えて行った。
町の至る所で見かけたが、表面が滑らかに加工された円形の柱の上に大型のクロスボウが設置されている。それが4基。その建造物に取り囲まれる様に石を積み上げた壁に囲まれた空間がある様だ。特に扉なども無く、通路になっている様に見える。だが、壁は5m程度をT字型に囲んでいるだけで、その先は見た限りでは何処にも繋がっている様子は無い。地下に何か施設でもあるのだろうか。
見ていると、日も暮れて作業を終えたのか、町で見かけた人々がその中に飲み込まれて行く。
「団長、あれは何でしょうね?」
「さぁな、おいおい解るだろう。副長、まずは野営の準備を」
「はっ! しかしあれですな、この臭いには気が滅入りますな」
「そうだな。死臭には慣れん。戦場の臭いだ」
これだけ濃密な死臭が未だ立ち込めるのだ。どれ程の死者が出たのだろうか。今後の調査を思うと気が滅入るばかりだった。
◆Memo
騎士団は、第1騎士団から第4騎士団までで編成されている。
伯爵の息子であるサンソンは第1騎士団の団長と騎士団全体を纏める軍団長とを兼任している。同様に第2騎士団の団長が、軍団の副軍団長を務める。
騎士団長と言えばサンソンの事で、同様に副団長と言えば題2騎士団の団長を指す。それ以外は第3騎士団団長、もしくは自分の部隊内であれば単に団長と呼ぶ。
副長は、第1騎士団の次席で、サンソンの副官。
今回の遠征は、第1騎士団を中心に編成しているが、第2~4からも2~3人ずつ選抜されている。今回は騎士団長が直々に率いる為、配慮した形式になっている。
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