第82話 葬送の儀式

今日は夕方から予定があるので、日が暮れる前に町へと戻った足で、そのままブルゴーニへと移動をする。


ブルゴーニでは、多くの人たちが埋葬の為に掘った穴を囲んでいた。


「遅くなって済まない」


「とんでもないです。遅くまでご苦労様です」


「準備はどう?」


「タクヤ様のお陰で、埋葬をする準備は整いました」


穴を囲んでいた人々が、広場に集まる。集まったのは凡そ2000人程だろうか。避難した町の住民全てがここの集っている訳では無い。


ブルゴーニの人々は等しく身内の誰かを亡くしているので無関係では無いが、大半の人は既に別れを済ませている。

これから行うのは生者が死者を悼むのでは無く、死した者の魂が無事安息の地へと辿り着けるように送り出す為の葬送の儀式だ。だから参列をしているのは敬虔な正教会の信徒が主になる。


俺が掘った穴には既に死者が並べられていて、軽く土が掛けられている。町の人々がすでに1掴みずつ土を取って掛けられており、ここに居ない人々は俺が来る前に既に別れを済ませていた。


死者の列を前に、瓦礫を積み上げた巨大な篝火が準備されていて、そこに火を点ける。最初は徐々に燃え広がる火も、程無くして一気に燃え上がり、天に向かって盛大に火を吹き上げた。これは彷徨う死者の魂が迷うわぬ様に導となる灯火だ。


火が立ち上り始めると、フランシーヌ主導で祈りの言葉が捧げられる。皆が唱和し、祈りの声がブルゴーニの町に響き渡った。

俺は祈りの言葉を知らないから、手を合わせて死者の魂が安らかな眠りにつける様に願うばかりだ。


葬送の儀式を終えると、俺は遺体を埋める作業を行う。作業と言っても埋めるのは造成装置任せだから設置作業だが。


穴を掘る為に設置した造成装置を回収し、新たに穴の端へ5個並べて造成装置を設置して範囲を指定する。そうすれば30分ちょっとで、穴は綺麗に埋められた状態になる。造成装置の稼働を確認すると、俺はブルゴーニを後にした。


町へ戻るとそこかしこでご飯を食べる姿を見かける。ちょっと前まであった死の気配は遠のき、すっかり笑顔が戻った様に感じる。まだまだ不便だらけだが、食事にだけは困らないのが幸いだと思う。皆が食べているご飯を覗けば麦をたっぷり煮たリゾット風のご飯に、野菜がふんだんに使われている煮込み料理。栄養もしっかり取れているんじゃ無いだろうか。


そう言えば卵は栄養価が高く滋養強壮薬代わりに使われるので、乳飲み子を抱えるお母さんや病人を中心に振る舞われているそうだ。


この後は定例となった夕方の報告会だ。皆ブルゴーニの葬送の儀式に参加したので、まずは身を浄めてから集まる様に指示を出した。どうしても日本人だからか、穢れは気になってしまうからだ。


1時間程して、すっかり日が暮れた頃に何時もの会議室へと赴く。既に皆集まっていた。


「すまない、皆待たせたね」


「とんでもないです。タクヤ様こそ遅くまでご苦労様です」


皆、口々にお疲れ様です、ご苦労様ですと声を掛けてくれる。


「では、早速始めようか。今日は町で何か問題は起きなかった?」


「は、まずは死者の埋葬にご協力を頂き感謝申し上げます」


未だ野ざらしの遺体も多いが、それでも死者の魂を弔う事は出来たのでは無いだろうか。町の人々にとっても1つの区切りになったのなら良いのだが。


「本日の報告を申し上げます。現時点では、特にタクヤ様の手を煩わせる様な問題は生じておりません。皆、タクヤ様のご恩に報いる為に町の発展に精を出しております」


「いやいや、そう言っても皆を含めて働いてくれている皆には報酬が支払えていないからね。出来るだけ早急に貨幣制度を復旧させられる様に頑張ろう」


「お気遣い感謝致します。ある程度は領地運営に必要な資金に目処がつきましたので、一月の内には仕事に応じた賃金の支払いが出来る見通しです。現在は、食料、日用品については領主様からの支給という形式を取っております」


領主屋敷や行政区のサルベージが進んでおり、当座の資金が回収出来たのだそうだ。


「そういえば、ブルゴーニで資産がある人、これまでの蓄えがある人も居ると思うけど、どうしているの?」


「現在はブルゴーニからの個人資産の持ち込みは一切を禁止しております。何らかの形で還元する事も検討しておりますが、被害は大きく差異が有り、現状公正に判断する事は難しい状況です。その為、住民台帳の作成と合わせて全ての資産は領主様に帰属する旨の誓約を取っております」


「それって大丈夫?不満とか出ない?」


「誓約自体が形式上のものです。本来、ブルゴーニにおいてもこの町においても町民は領主様の庇護下にある事は明白ですので、問題などある筈も御座いません」


そもそも、この世界では冒険者を除いて民は全て領主、国主の資産と言う考え方が普通なのだそうだ。領主が魔物から庇護する変わりに、領民には勤労と納税の義務が生じる。町なら町を治める領主の資産なので、例えば他の町に引っ越す場合は資産の移動が生じるので領主の裁可が必要になる。


冒険者は、領地防衛に関する義務が生じる代わりに納税が免除されており、独立性が担保されている。だから町から町への移動も許可無く行う事が出来る。その代わりに冒険者の素行については全面的にギルドが責任を持って対処を行う必要が生じる。素行が悪い冒険者は秘密裏に処理される事があると言うのもその辺りに起因する様だ。


ブルゴーニから避難した民には当然ギルド所属の冒険者もいるが、現時点ではギルドが機能をしていない為、経過措置として領民として遇している。


そもそもブルゴーニの領有権はオデットさんが放棄をしている為、正式には領有権の移転が行われていない。その為、ブルゴーニの民は一時的に領主を戴かない状態になっているので、誓約を取る事で形式上俺を領主とする体裁を取っているのだそうだ。

誓約を拒むならブルゴーニに戻れば良いし、何なら他の町に自身で避難を行えば良い。町から町への移動は領主の裁可が必要とは言え、緊急時ならその限りでは無い。とは言え、今の所その選択をした人は1人も居ない。


俺の貴族としての権利は、7等級を認可した上級貴族、8等級への昇級を容認している王家により担保されているので、俺が領主としてふるまう事自体には問題は無い。

それにオデットさんが伯爵に連絡をした際に、領有権の移転についても口頭では承認を得ているので問題になり様は無いとの事。後日、正式に認可がされる筈だ。


ギルドの誘致も行なっているので、冒険者はギルド設置後に望むなら改めて登録を行う事が出来る。


人によってはこれまでの稼ぎもあるだろうし、失った蓄えもあるだろう。不公平だと思わなくも無いが、町1つが失われる様な状況だったので、個人の資産はどうにもならないと諦めて貰うしか無い。そのかわりに、彼らが先々住む事になる新しい町は、少しでも住みやすい場所にしようと思うのだ。最も、領主の最たる務めは領民を魔物から守る事。皆、町では魔物に怯える必要のない生活を送っており、全く問題には成り得ないそうだ。


皆が口を揃えて言うので、そう言うものなのだろう。身分制度が厳しい社会様式なら転居どころか就労でさえも自由にならなかったりするそうなので、そう考えればまだましかも知れないな。子は親の仕事を引き継ぐ必要があり自由に選べないとか、奴隷の子は奴隷とかだ。


そんな訳で領主の権限はかなり大きく、現時点では不満は出ないとの事。

ところで、ブルゴーニの領民や領地は、領主であったオデットさんの旦那さんに帰属する。もっと広義で言えば、周辺領地を支配する上級貴族である伯爵、そしてその上には王家と連なっている。

そこに、魔物の襲撃のどさくさとは言え、俺が領民の支配者を気取って、資産を接収して好き勝手にする事に問題は無いのだろうか。


ギルドでも話をした様に俺が独立して国を興すと言うなら、極論王家と対立しても問題は無いのだろうか、俺はそんな事は考えていない。そもそもブルゴーニの民が避難できる場所を提供する位のつもりで、領主になろうだなんて考えてはいなかった。

その点については、王家に帰属する事で問題は無くなる見通しだ。


客観的に見れば英雄と目される人物が一王国に取り込まれる事は、先々別の問題を引き起こす可能性はある。だが、将来の面倒毎を気に病んで、目先のブルゴーニの民を路頭に迷わせては本末転倒だ。俺としては王国や伯爵とは敵対をせず、穏便に済ます方向で何とかしたいと考えている。もっともいざとなれば一戦交える事に異論は無いのだが。

その考えについてはフランシーヌやオデットさんとも共有しているので、俺の意向に沿う形で外交を調整して貰う様にお願いをしている。まぁ、何とかなるだろう。


「さて、最後にもう1つ、どうかこの町に名前を頂けないでしょうか?我々一同と領民からも同様の訴えが多数御座います」


「名前かぁ。セカンドブルゴーニではダメ?」


皆が無言で、揃えた様に首を横に振る。ダメか。


「ここは避難所のつもりなので、第二のブルゴーニじゃダメかなぁ。新しく建造している町は、3番目で新生の意味を込めて第三新ブルゴーニ。ダメかぁ」


皆の表情を見れば、ダメな事は容易に解った。良い案だと思ったのだけれど。


「じゃぁ、皆で決めて貰うのはどう?」


「では、ジュニアリータクヤにしましょう」


とはオデットさん。タクヤとつくあたり、とても嫌な予感がする。


「ええっと、オデットさん?それってどう言う意味?」


「古語で、神聖なるタクヤ様を崇拝するです」


えっと、それはさすがに。


「解りました。出来れば明日までには考えておきます」


「私どもと致しましては全く問題は御座いませんが。まぁ無理は申せませんが、皆からも同様のお願いを多々頂いておりますので、前向きに検討を頂けますと幸いです」


「はい、善処します」


オデットさんが問題は無いと言ったタイミングで皆が合わせた様に大きく頷く。フランシーヌまで一緒に頷いているので、これ下手をすると本当に付けられる流れだ。さすがに町に自分の名前を関するのは恥ずかしすぎるので何としても阻止しなければならない。明日までには考えておく事にしよう。


その日の報告会は以上でお開きとなった。


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