第77話 畑の実りと朝議とニコラさんへの贈り物
朝食を終えると皆で町へと戻る。転移門を設置した拠点から出ると、俺たちを目敏く見つけた人達が駆けてくる。
「領主様、大変です。野菜が沢山実ってます!」
皆の中では俺のことは既に領主として認知をされている様だ。町の人々が畑を囲んでいるのが見える。
「領主様、麦がいっぱいです!」
幾人もの子供達が楽しそうに報告をしてくれる。改めて見ると、ネームカラーが青色の人は居なくなり、皆親密な関係を示すオレンジ色になっていた。フランシーヌにその話をすると、安心できる環境で一晩を過ごし、この環境を齎したのが俺だと認識した事で信頼関係が出来たのでは無いかと分析をしていた。
人をかき分けて畑に辿り着くと、それはそれは見事な作物が実っていた。
作物を前に、皆の表情は喜びに満ち溢れている。
「領主様、本当にこれを食べても良いんですか?お腹一杯食べられる?」
これ、だめよ、と大人に注意されながらも、お腹を空かせた子供たちは遠慮が無い。
「ああ、遠慮する事は無いよ。その為に準備をしたんだ。でも、お腹を満たした後は大変だろうけど畑を耕して種を蒔く迄は頑張って欲しい」
「勿論でさぁ!」
そう応じたのは、農作業全般を監督して貰う予定のエドモンだ。
とにかく明るい男だ。何でも襲撃の最中に妻と子供を失ったそうだが、悲しみに暮れる事無く積極的に人々の為に働いていたところがニコラさんの目に留まったらしい。この男は兎に角真面目だから、是非使ってくれと紹介をされた。
小作人だったから人を使う事には慣れていないが、持ち前の前向きさから周囲からは非常に好まれている。是非皆の助けを借りて、監督者として努めて欲しいと思う。
エドモンの号令を待っていたのか、一斉に作物の収穫が始まった。収穫した作物をどの様に扱うかは皆に任せている。エターナルクラフトの仕様か実った作物は全て食べ頃だが、だからといって収穫して直ぐに食べられる物ばかりでは無い。畑の半分位は小麦だが、小麦を食べられる状態にしようと思えばそれなりに手間がかかる筈だ。幸いクレマンから接収した物資はそこそこの量があって、保存の利く小麦はしばらくもつそうなので上手くやってくれる事を願う。
俺達は既に食事を終えているので、次は朝の打ち合わせだ。例の小屋へ着くとエドモンを除いて他の面々は既に揃っていた。
「領主様。お早うございます。エドモンは畑の収穫を監督しておりますので出席は出来ませんが、他の者は全て揃っております」
そう挨拶をしてきたのは行政関係の管理をお願いしているフィリップだ。歳は30過ぎ。180cm弱でスラっとした体型、金髪碧眼の優男だ。
親は行政部門で長を努めていた男爵で、その下で行政官として勤めて居た。行政関係の主だった管理者は戦いで命を落としていて、フィリップが一番役職としては上になる。元の役職で人選をした訳では無いが、頭も回るし気も利く。それに仕事も出来る。貴族の子息だから町の人々からも一目を置かれているしオデットさんとも比較的親しい。将来的に町の中核となる行政を束ねる人物としてはこれ以上に無い人選だろう。
オデットさんと親しいのは何も貴族の子息だからと言う訳では無く、亡くなったオデットさんの息子と歳が同じ。幼馴染みで親しかったのだそうだ。
「ブルゴーニからの避難はフランシーヌ様のご尽力も有り、全て完了を致しております。台帳を作る準備が整っておらず正確な数字では有りませんが、現在この町で領主様の庇護下にある者は全部で19000人程となります」
「思ったより少ないんだね。そうか、助けられなかった人がそれだけ居るんだね」
「お気遣いを頂き誠にありがとう御座います。ですが領主様の御力が無ければ、我々の大半はこうして生き永らえる事が出来ませんでした。改めて忠誠をお誓い申し上げます」
「うん。とは言っても、基本的にこの町の自治は皆に任せるから、宜しく頼むよ」
「委細承知。我々にお任せください」
そう言って、皆が頭を下げる。頼もしい人たちだ。助けられなかった人の中には、うまくすれば助けが間に合ったかも知れない人も居るだろう。だけど、問題は山積だ。後ろを向いてばかりもいられない。
「まず喫緊の問題としての食糧についてですが、畑の作物について試算を行いました。ある程度節制を心掛ければ10日は十分に持つ分量になります。最短5日で同程度の収穫が見込まれるのであれば食糧に関しては全く問題にはなりません」
「それは良かった。正直心配では有ったんだよね。新しく建造する町には畑を増やすから、欲しい作物があれば言ってくれ。取り合えず香辛料は各種取り揃えようと思う。後は果実だね。リンゴとブドウは植える予定だ。あと回復薬の効果が思ったよりも大きかったから材料になる薬草類かな。ただ、城壁の設置に少し時間が掛かるから、もう少し先にはなると思う」
回復薬と言った瞬間、皆小さな声で回復薬と呟き息を飲む。劇的な効果は既に皆の知るところであり、まことしやかに神の薬、エリクサーと呼ばれているそうだ。
「薬の効果については、緘口令を敷かせて頂く予定です。余りに強すぎる薬は毒にもなりかねません。取り扱いはおいおいご相談をさせて頂ければと進言致します」
「うん、解った。後でフランシーヌとオデットも交えて相談をしよう」
「後は、ブルゴーニの解体を進めたいと思います。利用可能な資材を確保し、適時必要な物は制作を進めて参ります」
倒壊した建物は少なくないが、住むには適さずともある程度形を保った建物も少なく無い。そうした建物の解体を進めていけば資材も確保出来るし、中には埋もれていた生活に必要な道具も見つける事が出来るだろう。
「試して貰った溶鉱炉はどうだった?」
「は、全く問題はありませんでした。鍛冶道具も一式ブルゴーニから回収を済ませておりますので、今日にでも鍛冶仕事を始める事が可能です」
そう返事をしたのは、職人関連の監督をお願いしているマティスだ。
見た目はあれだ、ドワーフみたいな風貌をしている。身長は160cm位で、ずんぐりとした体格。肩回りは非常にがっしりとしていて、胴回りも太い。あの分厚いお腹は殆ど筋肉なのだと。腕も足も太く、ザンバラな髪を無造作に後ろで束ねて顎には立派な髭を蓄えている。うん、古典的な指輪を巡る話を題材にした映画で見たドワーフが実在したらこんな感じかな、そう言った風貌をしている。
マティスはどちらかと言うと器用貧乏な人物で、鍛冶、木工、細工と幅広い技術を持っている。1つ1つは専門職には叶わないが、人当たりが良く仕事を選ばないので、魔物の襲撃前は何でも屋みたいな工房を営んでいて町の人々に親しまれていたそうだ。
職人気質な人達はどちらかと言うと専門職でプライドが高く、人付き合いが苦手だったり偏屈だったりするイメージがある。しかしマティスは人付き合いが上手いので職人関係の纏め役をお願いしている。
「それは良かった。足りない物、必要な物はテオドール商会に用立てて貰うから、適時取りまとめと調整を頼む。モーリスさん、手間だと思いますがお願いします」
「お任せください。昨日ある程度打ち合わせをしておりますので、モンペリエに戻りましたら至急搔き集めて参ります。3日程お時間を頂ければ」
モーリスさんは既に帰還準備を終えていて、この後食事を終えればモンペリエに帰還をする。モンペリエから派遣されて来た人達は、30人程が商会関係。冒険者が100人弱と大所帯だ。
「ガストンさんも本当にお世話になりました。皆さんにも宜しくお伝えください」
「ああ、こっちこそモンペリエを救って貰えた恩が少しでも返せたなら良かったと思う。それに報酬を弾んでくれると約束をして貰ってるからな。楽しみにしてるぞ」
「はい、仔細はモーリスさんに任せていますが期待をしてください。モーリスさん、その点も合わせてお願いしますね。またモンペリエで打ち合わせをしましょう」
「かしこまりました。お待ち致しております」
さすがに皆一様に転移門を潜ってブルゴーニからこの町へ来たので、離れた場所と瞬時に行き来する術を持っている事を知っていた。荷車などを引いての行軍なので、彼らのモンペリエの到着は夕方前の予定だ。俺は今後もこの町での課題が山積みだから、本来であれば打ち合わせはもっと先になるのだろうが、転移門を利用して移動をするので明日にでも改めてモンペリエのテオドール商会で打ち合わせを行う予定だ。
「それじゃ、今日は家畜の移送と新拠点の建築だな。町での事は基本的にオデットさんに任せるので、何かあればオデットさんに指示を仰いでくれ」
他にも色々と細かい打ち合わせをすべき事は有るかも知れないが、大体の事は皆に任せている。俺の基本的な今日の行動方針が決まった時点で、朝議を終了した。この朝の打ち合わせを正式に朝議と呼称する事も、今日の朝議で決まった事だ。
この町の居住空間をもっと快適にと考えるが、今の時点でも襲撃前のブルゴーニと比べても快適な部分は多い。清潔な水が幾らでも手に入る事。竈では常に火が使える事。トイレは十分な数が設置されていて、糞便の始末をしなくても良い事。何より魔物の襲撃に怯える必要が無い事。
皆が直接目にした訳では無いが、悪名高い冒険者であったエドガーを一瞬で射抜いた迎撃装置の実力は皆に伝わっている。城壁に目を転じれば、迎撃装置が等間隔で設置されている事は遠目にもはっきりと確認出来る。
実際、まばらとは言え今も魔物の襲撃はある。幾度と無く城壁へ寄せて来る魔物は全て迎撃装置に射抜かれて絶命しており、矢の射程内に懐深く迄侵入した魔物は皆無だ。そうした魔物は衛士隊によって解体されて、ぼちぼち今日の食事に加わる筈だし、その威力を目の当たりにした衛士隊によって町の人々の耳に改めて伝えられている。
何せ資材は自動採取施設の設置により有り余る程有る。この町に設置した迎撃装置は全て強化型の大型クロスボウに置き換えているし、ストックしている専用の矢は鋼鉄製になっている。攻撃力はモンペリエの迎撃装置と比較をすると段違いだ。そもそも威力だけならレジェンド等級の大型クロスボウと比較しても勝るとも劣らない。
これまでの迎撃クロスボウでも事足りると思うのだが、技術レベルが上がれば魔物のランクが上がる可能性がある。魔物のランクが上がると、攻撃力が足りなければ容易にダメージを与えられなくなる可能性があるので、手数は減っても単発の攻撃力を上げた方が、結果としてはダメージを稼ぐ事が出来る。まぁそんな事は無いと思うのだが何が起こるかは解らないから念の為だ。
朝議を終えてしばらくすると、ニコラさんとモーリスさん達を見送る。モーリスさん達は改めて設置した大型の城門から。ニコラさんは転移門をくぐってブルゴーニへと移動して、そこから一路西進して王都を目指す。
モーリスさんとは明日にもまた会うが、次にニコラさんと会えるのは何時になるかは解らない。改めてお互いの健康と旅の無事を願う。
因みに旅の餞別として、ニコラさんには幾つかの装備品とアイテムを渡した。俺がクラフト出来る現時点での最強装備だ。
火属性の魔法剣。属性を強化する火魔法石のネックレス。ここまではレジェンド等級。フランシーヌもそうだったが、正教会の聖職者は不殺の為刃の無い武器を好むのだそうだ。だが、何も剣が使えない訳では無い。レジェンド等級の属性魔法剣なので、レイスだってぶった切れるので、お願いをして受け取って貰った。因みに剣はフランシーヌにお揃いで渡した。
次にコモン等級のハンドガンにピストル弾。採取出来た硫黄と硝石の数が少ないので等級は上げられなかった。銃火器は悪用される心配があるが、そもそも契約したNPCで無ければ弾は装填されないので、誤ってニコラさん以外の誰かが使用する事は考えられない。持ち運びが容易で身を守るに容易いので護身用として受け取って貰った。
そしてストレイシープの毛皮のマント。これは敵からのターゲットになりにくく、逃走時に大幅な補正が得られる。何せ逃走時限定とは言え移動速度、回避率、追跡難易度が3倍になる優れものだ。魔物は通常だと結構距離が離れても追いかけてくるのだが、これがあると直ぐにターゲットが外れて追いかけて来なくなる。
最後に革袋に詰めた中級回復薬が10本。契約した事で最大HPが増加しているので、万が一の場合は下級回復役では回復が間に合わない。ニコラさんに万が一の事が有った時の為の保険なので、中級回復役を用意した。1本あたりHPを100~200回復してくれる。少なくとも4本飲めば全快をするので保険にはなる筈だ。
防具は残念ながら受け取って貰えなかったので、ストレイシープの毛皮のマントが十全に能力を発揮してくれる事を願うばかりだ。
かくして皆の旅立ちを見送って、俺は今日の仕事に取り掛かった。
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