第75話 ニコラさんとオデットさんとの契約
ニコラさんも風呂から上がると、4人でテーブルを囲む。その上で話を切り出す。
「お二人ともお疲れ様でした。特にオデットさんには色々とお願いをして申し訳御座いません」
「とんでも無い事です、タクヤ様。私共ブルゴーニの民は一生を掛けても返せぬ程のご厚情を頂きました。不肖の身では御座いますが、何なりとお申し付け下さい」
「そう言って貰えると、本当に頼りにしちゃいますよ?」
ちょっとおどけて言うと、にっこりと微笑みを返してくれる。思わずドキッとする。この人解っててやってるのかな?
「ごほん。えー、実は2人に相談をしたい事が有りまして」
「それは、この私めも一緒に聞いても良いお話でしたかな?」
「はい。ニコラさんにも是非聞いて欲しい話です」
そう切り出して、まずは俺の事についての説明を改めて行う。契約を持ち出すなら、俺が別世界から来た事、エターナルクラフトと言うゲームの仕様に基づく力がある事を説明すべきだと思うからだ。
「と言う訳でして、俺自身は皆さんと同じ平凡な人間に過ぎません。いえ、むしろ枢機卿と言う責任ある立場のニコラさんや、領主を支えてきたオデットさんの方がよっぽど素晴らしい方なのだと思います」
「いやいやご謙遜を。今のお話を聞いて、いよいよ貴方様が只人では無いと確信を深めましたぞ」
とはニコラさん。今の話の何処にそう受け取って貰える要素があったのだろうか。でもそう言って貰えて、嫌な気はしない。
「ありがとう御座います。それはそれとして、ゲームの仕様に皆さんと契約を結ぶ機能が有ります。この契約をお願い出来ないかと言うご相談なのです」
「ふむ。わたくしめは、神の現身である貴方様にお仕えする身で御座いますから異論など御座いませんな」
「私も剣を捧げた身ですので、異論は御座いません」
2人とも二つ返事で了承してくれる。
「しかし、わざわざ私共に説明をしてくださるのですから、何か意図があっての事でございましょう」
2人が俺の事を信頼してくれているのは解っている。だからお願いと言わずとも了承してくれる事は疑っていなかった。では何故説明をしたのか。
「そうですね。これはフランシーヌにも話をしたのですが、特別な力を持った神の現身なんて大それた代物では無く、あくまで私個人と信頼関係を築いて欲しいと思ったからです。俺がどんな人間なのかを知った上で、出来れば判断をして欲しいと思い説明をしました」
「例え貴方様が、ご自身のおっしゃる通り元は平凡なお人だったのだとしても、私共をお救いくださった事実には何ら変わりは御座いません」
オデットさんが迷いなく応えてくれる。
「そうですとも。タクヤ様がこうしてブルゴーニに救いの手を差し伸べてくれた。その心根は尊きものだと、一層あなた様を信望する気持ちが深まりましたぞ」
人生経験の豊富な年長者である2人だからかその言葉には説得力があって、すっと俺に入って来る。2人が俺の事を信頼してくれているのが感じられる。俺も、この2人なら信じても良いと、改めてそう思えた。
「では、改めてお願い致します。これからもどうか、俺を支えて下さい」
そしてNPCメニューから、2人と契約を交わした。
実際、契約する事によるメリット、デメリットはどうだろうか。
契約を行えば、スキン変更が可能になる。レベルを共有し、狩りに連れて行けるようになる。遠距離武器なら、何と矢弾は自動で補充されるのでコストの高い矢が使い放題。そして、先々大型設備や兵器群にアサインする事が出来る様になる。
近代的な設備には、NPCをアサインしないと運用が出来ない設備も存在する。兵器も自動化出来るが、NPCを乗せた方が柔軟な運用が可能になる。
因みに、個別に親密度を上げて直接契約をする以外にも、傭兵ギルドや職業斡旋所にHQと言った、設置する事で自動的にNPCを雇用してアサインしてくれる設備も存在する。
デメリットは、別に何かを強制する訳でも無いし思いつく限りでは多分無いかな。
でも鍵を掛けてもすり抜けられるので、万が一にでも裏切られたら大変な事になるかも知れない。ゲームに雇用関係にあるNPCの親密度が低下する様な仕様は無かったがリアルだとどうなるんだろうか。考えられるとしても予想されるデメリットはそれ位のものだ。だから、別段勝手にメニューから一方的に契約を結んでもそれほど支障は無いように思える。
それでも、こうしてちゃんと説明をしたかったのは、ゲームのNPCでは無くニコラさんもオデットさんも生身の人間なんだと、俺自身が再認識をしたかったから何だと思う。ネームカラーがオレンジ色、親密な関係なら一方的に契約を結ぶ事が出来るが、契約関係に有ればそれこそやろうと思えば先々は兵器にアサインして戦争に狩り出す事だって出来るのだ。そんな事を勝手にはしたくは無かった。ゲーム中はPVPともなればNPCさえも替えの効く消耗品でしか無いのだから。そんな扱いは断じてしたくは無かった。
契約関係になると、フランシーヌも言っていたがより俺の存在を強く感じられるのだそうだ。俺も、より2人からの信頼を強く感じる事が出来る様になった気がする。
契約関係のNPCは、俺の自勢力扱いなので、施錠した扉を自由に行き来する事が出来る。つまりは設置した転移門も自由に利用が可能なので、現時点だとモンペリエとセカンドブルゴーニ、そしてブルゴーニとを相互に転移門を使って移動が出来る事を説明した。
次に、装備とスキンを自由に変更出来る事を説明する。その上でスキンを選んで貰った。
ニコラさんは意外にもカジュアルな衣装を選択した。さっきまで身に纏っていた法衣は先程洗濯済みで朝迄には乾くだろうから、今日は折角の機会だから何時もと違う服を着てみたいとの事。無地のTシャツにアロハシャツ。下は短パンにサンダル姿。これでサングラスでも掛ければ立派なイケおじの出来上がりだ。
オデットさんは何故かビジネススーツを選択した。着心地は全身鎧を身に着けた時と似た感じがして、何だか気が引き締まる感じがするのだと言う。スーツは社会人の戦闘服なんて表現を聞いた事があるから、何か通じるものがあるのだろうか。何だったら明日以降もその格好でいたいとの事。
一息ついた後は、皆で夕食を囲む。折角なので奮発してまだ俺も食べた事が無いストレイシープのチョップステーキを出してみた。フィールドボス素材を使った贅沢な逸品だ。スキンを決めてる間にフランシーヌが準備をしてくれた野菜のサラダを付け合わせに。クラフトしたパンも一緒に出した。
そして、クラフトして5日以上経過した事で等級がアンコモンに昇級をしたワインとシードルで乾杯をする。
ストレイシープのチョップステーキは、さすがフィールドボスの素材を使っただけはある、筆舌し難い美味しさだった。新鮮な野菜と柔らかいパンも好評だった。だが、一番好評だったのはお酒だ。
前回飲んだ時も美味しいと思ったが、今回飲んだワインとシードルは、前回と比べて口当たりがまろやかになっていて、口に含むと豊潤な香りが一気に広がって鼻を突き抜けて行く。驚く程に全然別物だと感じた。
「また、こうして穏やかな時間を過ごす時が来るとは夢にも思いませんでした」
すっかり酒も回って、食後のひと時をゆったりと過ごす中、そうオデットさんが言う。
「私は、先の戦いで夫と息子を失いました。勇敢に戦ったのだと思います。どうか一時、2人の旅立ちを偲ぶ事をお許しくださいませ」
先の戦いでは町の人口の半分が亡くなっている。その後も死者は増加しており、まだ正確な人数は確認できていないが、最終的に町へと避難が出来たのは2万人に届かないのではと目されている。
避難してきた人の中には夫や妻を亡くした人、子供を失った人。そして親を失った子供たちが大勢居る事だろう。誰の彼もが大切な人を亡くしている。
「亡くなられた方達に、哀悼の意を表します。どうか死後の道行きが幸いで有ります様に」
俺はそう言って、ワイングラスを掲げて死者を悼む。
聖職者であるニコラさんとフランシーヌも、それぞれ祈りの言葉を捧げた。
「折角の楽しい食事の席なのに、何だかしんみりとさせてしまって申し訳御座いません」
そう、オデットさんが申し訳なさそうに謝罪をした。
「いえ、当然の事ですな。我々生者は、死者の分まで生を謳歌せねばなりません。今を楽しみましょうぞ」
俺が何かを言うよりも早く、そうニコラさんが言ってくれた。
正教会の死生観で言うと、死者はしばしの安息の後、死後の旅路を経て新たな生を授かるのだと言う。旅の道行が優しく美しい光景に包まれるのか、辛く厳しいものになるのかは生前の行いの影響を受けるのは勿論だが、近しい者たちの死者への振舞もまた影響を与えるのだと言う。後悔をしたり、悲しんだりすると、悪い影響を落とす。
だから生者は余り死者を偲ばない。生きる者は、ただ生を謳歌するのだ。死者が現世に未練を残さない様に。新たなより良い生を授かれる様に願いを込めて。
それで無くても、この世界は生きる事が難しい。だから聖職者であるニコラさんであっても、教義により結婚こそは出来ないが、俺が想像する様な宗教家とは違って肉も食べるし酒も好むのだ。流石に色を好む様な事は無いそうだが。
その後はオデットさんの思い出話や、フランシーヌの子供の頃の話を肴に、日が変わる位まで皆で酒を楽しんだ。俺はこっそり酔いが回る前に家を増築して、廊下の先に客室を設けておいたので、程よい時間に酒の席をお開きにすると、ニコラさんとオデットさんを客室に案内してフランシーヌと2人寝室に戻る。
とても楽しく美味しいお酒だった。昨日から今日に掛けては本当に色んな事が有った。出来れば思い出したく無い事も。でも、それよりもニコラさんとオデットさんと過ごした楽しい時間がまさったし、でもそれ以上にフランシーヌと一時離れて過ごした寂しさが勝った。その日は何だかとても久しぶりにフランシーヌの温もりを感じた気がしたから、しっかりと抱きしめて深い眠りに就いたのだった。
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