第71話 避難民の誘導。家畜の確保
避難民の誘導は皆に任せているので、その間俺が何をしていたかと言うと、今後の町の運営についての打ち合わせだ。
ニコラさんのお願いで、町にゆっくりと打ち合わせが可能な建物を建造した。床と壁と天井を設置して壁に光源を設置。真ん中に長机を5個くっつけて置いて椅子を10個並べた。今後はここで打ち合わせを行う。机の上に広げる物は今の所は特にないので机も椅子も必要では無い気もしたが、何となく雰囲気重視だ。そしてニコラさんから町の有力人物の推薦を受ける。
2万人を超えると目される避難民を、俺の手で管理する事などとてもでは無いが無理だ。そこで基本的には避難民に自治を認め、彼ら自身の中から分野毎に代表者を決めて、治めて貰おうと考えている。
先の戦いでは要職にあった者程、果敢に魔物との戦いに身を投じたので、それまで人を束ねる立場に居た者の多くは戦いの最中に命を落としていた。生き残ったのは、言い方は悪いが、それでも戦いが不得手で前線に居なかったか、運良く生き残った人々であった。
この世界では部下に任せて自分だけ安全圏に引き篭もる事は罪とされるので、人を束ねる地位にある人程被害が大きい。その為、ここには貴族や商会長、行政の高官と言った役職のある者は居ない。
ここに集うのは、残った人々の中でも特に能力に優れた者、行動力に優れたものなど、ニコラさんがこれぞと思う者を推薦して貰って集まった人々だ。
簡単な自己紹介を受ける。町ではどんな仕事をしていて、どんな事が出来るのか。その中にあって異彩を放つのはジゼットと名乗る比較的身綺麗な女性だろう。
居並ぶ人々は満足な食事が摂れる環境では無かったので、皆一様に疲弊して頬が痩せこけている。水浴びすら難しい状況だったのでその身には死臭がこびりつき、髪はバサバサで脂ぎっている。
そんな人々の中にあって比較的ちゃんと食事を取っていた事が解るし、身綺麗にしているのだから不自然に感じる。しかも美しい。
話を聞くと、娼館勤めで貴族からの贔屓も多い高級娼婦だったとの事。襲撃後はクレマンに捕らえられており、攫われた女達の世話役を買って出たそうだ。そしてクレマンを始めとした荒くれ者達を宥めつつ、女達への暴力が最小限になる様に務めたとの事。クレマンの屋敷から救出された女性は多く、衰弱した者も居たが亡くなった女性が最小限だったのは彼女の働きがあってこそなのだそうだ。
彼女もついさっきクレマンの屋敷から助けられたばかりだが、他のメンバーからの推薦もあってこの場に同席をしている。彼ら曰く、今後の町の運営には欠かせないだろうとの事。
彼女が自己紹介を行った時に俺が不審に思ったのを皆が気付いたのだろう。クレマンの屋敷に囚われて居たとは言え、その身なりを見れば他の女達とは異なる扱いを受けた事は明白で、クレマンに与したのでは無いかと疑うのも不思議では無い筈だ。
にも拘わらず他の面々は彼女が攫われた女達を救うために腐心をしたのだと必死で説明をする姿を見れば、慕われているのだと察する事が出来た。更に詳しい話を聞けばクレマンに攫われてもう戻らないと覚悟した身内が、彼女のお陰で助け出された者がこの中にも居るらしい。
因みに彼女を注視したのは、決して彼女の美貌に目を奪われた訳では無い。
恐らく、未だ傷癒えぬ者の中にも、今後の町の運営に役立つ者は居る筈だ。おいおい人員の整理や組織作りは行って貰うとして、当面これからやるべき事を相談して決める事にした。
まず食料だが、クレマンの屋敷から接収した物資を全て解放する事にした。
物資は限られるので計画的に運用するべきではとの反対意見もあったが、明日になれば畑から作物が収穫出来る。その旨を軽く説明をしても、さすがに直ぐには理解を得られなかった。今日明日で避難してきた人々を賄えるだけの食糧が確保できると言っても信じるのは難しいのだろう。仕方が無いので物資の開放は俺からの最初の命令になった。
次に衛生環境の改善だ。日が昇れば、まずは設置した巨大な水風呂で汚れを落として貰う。その後は入浴施設を順次使用し、より清潔に、また疲れを少しでも癒やして貰う。衣服をどうするかとか問題はあるが、まずは少しずつでも清潔にして食事を摂り、安全な場所でしっかりとした休養をとって貰う。それ以外の問題についての対処はそれからだ。現時点では予測が付かない事も多い。都度優先順位を決めて解決にあたろうと思う。
次に住環境の確保だ。建築した住居は全部で500戸。設置したベッドは1戸あたり4床の計2000。素材はまだまだあるが、クラフトには時間と手間が掛かるのでさすがにそう簡単に数を揃えられる訳では無い。住居に合わせて設置した調理竈には1ヶ月は尽きない程度の燃料を投入済みなので、煮炊きは竈を上手く利用して貰う様にお願いした。家の割り当ては一任した。
ある程度打ち合わせを終えた段階で解散し、少し仮眠を取った。目が覚めると思ったより時間が経った様で既に夜が明けていた。
ある程度避難は進んでいたが全て完了した訳では無い。ブルゴーニには未だ数多くの人々が残っている。残された人々は病を患っている人、自力では動けない程に衰弱している人。それ以上に深い傷を負っている人達。そうした、直ぐには移動出来ない人々が残されていたが、あの環境に置いておけば早晩死に絶えてしまう。少しずつでも救済を行う必要があった。
それに、中には手の施しようが無い人も居る。そうした人々を徒らにこの町へと運び入れれば、最悪は流行病が広がる可能性も有る。既にブルゴーニでも飢えや衰弱によるものか伝染病によるものかの判断が付かない死者も多数出ている状況だ。打ち合わせの際に状態の悪い者達は切り捨てるべきではとの意見もあった。
そこに異を唱えたのはフランシーヌだ。魔力に限りがあるとは言え、フランシーヌは癒やしの奇跡が使える。それは枢機卿であるニコラ様よりも遥かに優れており、手が施しようが無いと捨て置かれた人々も、彼女なら助けられる可能性があったから軽々に見捨てる選択は出来なかったのだろう。
それでも、恐らくは残された全ての人を救える訳では無い。残されるであろう人々の対処はフランシーヌに一任する事になった。
居住空間については、俺が用意した家は上等すぎるとの意見が出た。俺が建てた家は勿論歓迎をされたが、恐縮されながらも今は屋根さえあれば良いと希望を貰った。魔物を警戒する必要が無いなら、寝床もいらないと。安心して横になれるなら、それだけでも良いのだと。希望を請け、後ほど体育館の様な巨大な箱をクラフトする事にした。
俺から彼らにお願いをしたのはトイレの使用の徹底だ。紙の問題は解決していないままだが、トイレを使用すれば少なくとも出した糞尿の処理に頭を悩ませる必要が無くなる。
その日の俺は壁と屋根と床板だけを設置した巨大な箱のクラフト。次に追加のトイレの設置。素材は十分にあったからトイレをこれでもかと設置した。
夜が明けてしばらく経つと竈から漂ってくる匂いがそこかしこから流れてきた。物資と言っても、小麦や保存が利く塩漬けの肉や野菜と言ったものばかりなので、作れるものは麦粥位のものだ。少ない竈で人数分を賄う為に、ひたすらに水でカサ増しして、塩漬けの野菜や肉を加えただけのもの。それでも彼らにとっては久方ぶりの温かい食事だ。そこかしこで啜り泣きながら粥を啜る光景を見かけた。
見渡して見ると女子供の多さが目立つ。戦場において男と女の区別などない様なものだが、それでも男女の戦力の差は如何ともし難い。男は家族を守る為に戦場へ、女は子供と家を守る為に町中で。必然的に生き残ったのは女子供が多かった。
年老いたものも少なくはなかったが、劣悪な環境に耐えられず、既に息絶えた者も多かった。
日が昇ってしばらくすると温かい食事を摂って少しは体力が回復したのか、巨大な水風呂で汚れを落とす者が増えてきた。こちらもかなりのスペースを確保してある。さすがにこれだけの人数が汚れを落とせば水はすっかり汚れてしまうが、噴水からは絶えず綺麗な水が流れ出しているから問題にはならなかった。井戸も結構な数を設置しているので、井戸で汚れを落としたり、身に纏った服を洗っている姿もそこかしこで見られた。
日が登る程に日差しは強まるから、服毎洗って軽く絞ってからそのまま着なおしても程無くして乾く。
最も早く元気を取り戻したのはさすがに子供だった様で、昼位に水浴びが一巡する頃になると、水遊びに興じる姿も散見された。
さて、町の広さは1km×1km。これだけの人数が居れば当然手狭に感じる。そうなれば町の一画をしめる畑が気になる者も出てくる。何せ植えて4日目。既に花が咲いていて、遠目にも花畑の様に色とりどりの花が咲き乱れているのだ。ブルゴーニの民の多くは農作業に従事した経験があるので、そこに咲くのは食べる事が出来る野菜である事は直ぐに理解が出来た。彼らは、いつかそれが実った時にもしかするとそれを分けて貰えるかも知れないと微かな希望を抱いた。まさか、それが翌日には実るとは、さすがに誰も想像は出来なかったが。
さて、避難民の受け入れが進む中、最後の方に誘導されてきたのは俺が待ち望んだ家畜だ。クレマンが結構な数を屠殺したのでかなり数は減じたが、モーリスさんの尽力もあり、ある程度の数を確保する事が出来た。鶏、豚、牛、山羊、馬。畜産が盛んだったと言うだけあって種類が豊富だ。家畜小屋に入れて貰えれば後の面倒はエターナルクラフトのシステムが勝手にやってくれると思うが、その為には家畜化をする必要がある。
鶏や豚は小麦を、牛や山羊は草から取れる繊維を。これは干し草や飼い葉を兼ねている。そして馬はお決まりの人参を。それを手から直接食べさせる事で、システムメッセージが家畜化に成功した事を伝えてくれた。
リアルで普通に餌を用意しようと思えばかなりの手間が掛かるが、ゲームの仕様に従えばそれらの手間は割く事が出来る。避難民には畜産に携わっていた人も多く、放っておいても大丈夫と言ってもそう簡単に信用は出来ないだろうから、その辺りの調整をどうするかも今後の課題になりそうだ。
何にしても、これで欲しかった牛乳や卵を獲得する手段が出来た。クラフト出来るレシピが一気に増えるから実に楽しみだ。
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