第70話 この世界の流儀

何が起こったのかを俄には理解できず、皆呆然とした表情をしている。


エネミーカラーとそうで無い者の違いは、元からクレマンに従っていたか、嫌々ながら下ったかとか、そう言う違いなのだろうか。今残っているのは、恐らくはクレマンの正式な配下では無い者達だろう。残った奴らがどれ程悪事に手を染めたかは解らない。

彼らなりに止むを得ない事情があったとしても、クレマンに与した以上は同罪だ。俺が居なければ、今頃はガストン率いる冒険者達と一戦を交えていた筈だから。そして一度でもその手を染めたのなら、それを許容出来る程にはこの世界は易くは無かった。


「お前たちも、敵対をすると言うなら同じ運命を辿る事になるが? 直ぐにこの町から退去をすれば命までは取らん。ただし、モンペリエの町への立ち入りは禁じる」


ラザールを含め半数位は腰を抜かしてその場にへたり込む。残り半数程は状況を察してか、一人、また一人と逃げ出し始めた。残った奴らも取り残された事に気づくと、這う這うの体で後を追う様に逃げ出した。


ラザール商会長はクレマンと協力関係にはあったのだろうが、エネミーカラーにはならなかったから、手を下してはいない。腰を抜かして身動きままならぬ状態であったから、手下に引きずられる様にして逃げて行った。


これが映画やドラマなら、俺は騙されていたんだとか、悪気はあった訳じゃ無いんだとか命乞いをする奴が出てきそうなものだが、1人も命乞いをせずに逃げ出したのは結果は変わらないからだろうか。この世界はそんなに甘くは無いし俺自身も許すつもりは無かった。


「卓也さん、お疲れ様でした」


そう言ってフランシーヌが優しく俺の手を取って包んでくれる。

段々と怒りが静まって来ると、自分が射殺した感触がまざまざと込み上げてくる。実際に触れた訳でも無いのに、ザシュっと眉間を貫いた何とも言えない感触が思い出されるのだ。胃からせり上がってくる物を何とか飲み下して声を張り上げる。


「その者たちは、見せしめに磔にしろ。ブルゴーニの民よ。これから君達には新たな地へと身を寄せて貰う事にした。ここよりは落ち着ける場所である事は約束をしよう。どうか我々の指示に従い、粛々と移動を行って欲しい。夜分に申し訳無いが、移動には今しばらく時間がかかる故、まずは準備を行ってほしい」


柄でも無いが、大きく手を広げて精一杯に仰々しく声を発する。


俺の声に従い冒険者達が死体の片づけを始めた。俺がごみ箱に放り込んでしまえば後始末は一瞬だが、奴らの悪行は明らかだ。奴らが食糧を囲い込んだ為に多くの人々が飢えに苦しんでいる。奴らが根城にしている屋敷に連れ込まれ、帰って来ないままの若い娘も多数居ると言う。そんな奴らを恨む者は多いだろう。それ故に死体を磔にして処罰を町の人々に示す必要がある。


転移門が完成するまでにもう少し時間が掛かる。クレマン達の死体を片付けに冒険者の半数ほどが取り掛かり、残りのメンバーはクレマンが貯め込んだ物資や私財を接収する為に、ガストン指揮でクレマンの屋敷へ向かって貰った。


予想では逃げた者が物資等の回収に戻るだろうと思ったが、全く鉢合わせする事は無かったそうだ。ガストン曰く、あっという間にあれだけの人数が為す術も無く矢に射抜かれた光景が余程恐ろしかったのだろうとの事。


エドガーはあれでも6等級だから、この町では英雄に等しい扱いを受けていた。そのエドガーが為す術も無くあっさりと死んだのだから、エドガーの実力を知るこの町の冒険者なら、その衝撃はどれ程のものだったのかと。そう言われれば彼らが一目散に逃げだしたのも解る気はする。


クレマンの屋敷では囚われていた女性達が居て、助けが間に合った者も何人かは居たそうだ。物資もたんまりと貯め込んで居たので、運び出して町に移送をして貰う。


逃げ出したラザール商会長はと言えば、その後町の外れで殺されているのが発見された。身に着けていた金目のものが奪い去られていたので、恐らくは一緒に逃げ出した誰かに殺されたのだろう。


逃げた者たちへの処罰が軽い気もするが、彼らの末路もそう変わるものでも無い。

モンペリエの町に立ち入る事は禁じているし、町に戻ればギルドを通して周辺の町へ通達を出す予定だ。彼らを周辺の町が受け入れるとは考え難い。そもそもこの夜の闇に十分な準備もせずに逃げ出して、無事に生き延びる事が出来るかどうかも怪しかった。


程無くしてクレマンやエドガーの死体が柱にくくりつけられて立てられた。柱はその辺の倒壊した家の廃材を利用した物だ。

余程恨みを買っていたのだろう。遠巻きに見ていた人々が徐々に集まり、弱弱しいながらも手に持った石を投げつけ始める。しばらくの間はその光景が途切れる事は無かった。


その光景を目にした俺は暗澹たる気持ちになる。死して尚罪を問われるクレマン達にも、そうする事でしか恨みを晴らせぬ人達にも。

俺には到底受け入れる事は出来ないが、中世ではギロチンが大衆娯楽だったと言うし、日本でも江戸時代なら極悪人の首を晒していたと言うから、ここではこれが普通なのだろう。ニコラさんやフランシーヌが何も言わないのだから、俺が口を挟む事では無い。むしろクレマン達を誅殺した場合はこの様に振舞う様にと2人から言われたのだけれど。それにまぁ最終的に命じたのは俺なので、ちゃんと受け入れないとなぁと思っている。


そんな事を考えていたのも一瞬の事だ。これからこの町に居る人々を誘導しなければならないし、向こうでも混乱する事は解り切っている。せめて住居が人数分確保出来ているなら良かったが、数はそこ迄でも無い。誰に優先的に住居を宛がうのか。そこは問題になる気がしたが、フランシーヌ曰く恐らく大した問題にはならないとの事だった。領主の権限は絶対で有り、建造中の町の代表が俺である事は誰の目にも明らかだからだ。


この世界では身分の差は絶対で覆せない。ギルドの等級も同じだ。だからこそ末席とは言え貴族であったクレマンを軽々に罰する事が出来なかったのだ。それを先程の様に断罪し得たのは、俺が七等級で少なくとも領主と同等の身分にあるからだ。


避難に際して何か問題が生じればその都度俺が指示をすれば良いので、大きな混乱や問題にはならないだろうとの事だった。そうは言われても面倒事の予感しかしないが、まぁなる様にしかならない。


転移門の完成を待つ間、俺は町の各所にタレットを設置した。夜の闇に紛れて何処から魔物が襲ってくるかが解らないからだ。モンペリエの冒険者が巡回してくれているが、それでも夜目が利く魔物がその隙を縫って襲ってくるため、毎夜少なくは無い被害が出ているとの事。

その被害を最小限にする為に、タレットの設置は急務だった。それに迎撃網が完成すれば、巡回に当たっている冒険者の手を避難民の誘導に回す事も出来るからだ。


町の人々の輪を囲う様に一定間隔でタレット、迎撃装置、篝火、収納箱を設置して矢をストックする。ブルゴーニの民が集まっている区画をぐるっと囲う様に設置していく訳だが、当然倒壊した家屋が邪魔になるので、そうした瓦礫は手っ取り早くメニューのごみ箱に放り込んで行った。


ところで、町の中でも身分と言う程には明確では無いが格差が有る。中心部、広場に近い場所程安全で、外周に近いほど明かりは届かず魔物の襲撃に合う危険性は増える。ならどんな人が外周部に居るのかと言えば、いわゆる貧困層だ。

手に職が無い者、体の弱い者。冒険者になれなかった者。そうした人々は稼ぎも知れているので、町でも貧困層と呼ばれるし、こうした状況下でも自然と集団の輪の外へと追いやられてしまう。それに加えて先の戦いで深手を負った人達も比較的外周に居た。彼らを守る為に真ん中に集めると言った事はしない様だ。この世界では、残酷な程に強者と弱者が明確に別れていた。


程無くして転移門が完成すると、早速町と繋げる。向こうで転移門を設置する時、登録名を何にするかは正直悩んだ。避難所、仮設の町、何にしても呼び方に困る。俺としては後ほどちゃんとした町を建造するつもりなので正式に名称を付けるつもりは無いのだが、ブルゴーニの人々を受け入れる為の町なので、とりあえずセカンドブルゴーニにした。正式に建造した後は、第三新ブルゴーニに改名をしようと思う。まぁ呼ぶには長くて面倒なので、単に町と呼ぶ事にしたのだけれど。


町に繋がる転移門が完成すると、ガストン達の手を借りて少しずつブルゴーニの人々を避難させた。壁に囲まれているので外から転移門は見えないが、通路に入れば正面に異なる場所の景色を映したアーチ状の門がある事は直ぐに解る。外から見れば、通路の先は何処にも繋がっておらず、どんどんと人が飲み込まれていくので不安になりそうなものだ。だが疲れ切った彼らには考える余裕すら無いのか、案内に従って粛々と転移門を潜って行く。


向こうでは先行したメンバーが誘導して一旦は開けた場所へ移動をさせている筈だ。せめて畑の作物が実っていれば直ぐにでも食糧問題は解決出来たのだが、町を建造する際に最優先で畑をクラフトしなかった事が悔やまれる。


移動は夜が明けた後まで続いた。

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