第69話 対峙
装備一式を身に纏った完全武装の面々がずらずらと連れ立って広場へとやって来る。
先頭に居るのは30歳前後で170cm半ば位。こんな状況にも拘わらず随分と血色の良い貴族然の男。さすがに身に着けている服は随分と草臥れては見えるが、それでもこの町のどんな人物よりも小奇麗にしている。
この男はクレマン。既に亡くなった領主の甥に当たる人物だ。素行の悪さは兼ねてより噂になっていたそうだが、これ迄はその悪事は表に出る事は無かった。余程上手くやっていたのか、それともそれを諫めるべき領主が御目溢しをしていたのか。領主は先の戦いで命を落としているので、その真実を知る術は無い。
そして、脇に控える男がこの町で最も手広く商いを行っていたラザール商会の商会長、ラザールだ。クレマンと同様、随分と血色の良い顔色をしている。少し位やつれていても良さそうなものだが、胴回りはでっぷりと肥えていて随分と恰幅が良い体格をしている。
ブルゴーニにはテオドール商会が支店を出した事もあったが、その後撤退をしている。古くからラザール商会がこの町に根差した商いをしており、新規の取り引きが難しかったからなのだそうだ。
一見商い上手とも思えるが、その実は領主に取り入ってあくどい事もやっていた様だ。テオドール商会が出店した時も、あの手この手で妨害をされたらしい。それでもお咎めが無いのだから商売上手と言えなくも無い。ただ、他の町では考えられないとの事。
亡くなられた領主は比較的真面目な性格だった様で距離を置かれてはいたそうだが、だからこそクレマンに擦り寄ったのだろう。何時からかは解らないが。
クレマンとラザール、この2人は子飼いの冒険者を独自に組織しており、魔物の襲撃の折も自分達の身の安全を最優先にしていた。町に魔物が侵入した際も、頑なに自分達の身を守る事を優先しており、結果として戦いの後は最も戦力を保持した勢力となっている。
その武力と、領主の唯一の血筋である事を背景に町の領有権を主張しており、僅かに残った物資を囲い込み、好き勝手をしている。
物資の大半を握っている事もあって、止むにやまれずに軍門に下った者も少なくは無い。そうした者達を従えているのが、ブルゴーニの6等級冒険者、エドガーだ。
背は180cm位で、細身の長剣を腰に2本差している。冒険者と言えばどちらかと言うと筋骨隆々な偉丈夫が多い印象だが、この男は細身で頬がこけており窪んだ眼が印象的だ。今も鋭い目で射抜く様にこちらを注視している。
襲撃当初に従えていた配下は30人位だったそうだが、今では100人は下らない様に見える。
「これはこれはニコラ様では無いですか。少し前に町から出て行ったと聞きましたが、まだいらっしゃったんですね」
「ご心配をお掛けして申し訳御座いません。クレマン様は変わらずご健勝で何よりですな」
下卑た笑みを浮かべながら揶揄う口調で喋るクレマンに、皮肉たっぷりにニコラ様が返す。
「ふん、忌ま忌ましい
「それは異な事を。国元の裁可も届かぬ所で、領有権を主張されるとは。国への反逆と取られてもおかしくは御座いませんぞ?」
「伯父も従弟殿も既にこの世にはおらぬ。子爵家を継ぐ者はこの俺を置いて他にはおるまい」
「貴族としての責務すら果たさず、どうやって皆を導くとおっしゃるので?」
「おかしな事を言うご老人だ。見ての通り、俺にはこれだけ従う奴らが居る。お前の方こそ神の名を騙りながら、誰も助けられないじゃ無いか。貴様らの助けなどいらんから、いい加減この町から出て行ってくれないか?」
モンペリエからブルゴーニに派遣された人員は100名を超えるが、商会のメンバーも含まれるので冒険者は100名に僅かに満たない。大半は今尚やまぬ魔物の襲撃に備える為に巡回に出ているので、ここに居るのは30人程度。それに対しクレマンの手勢は100人超。遠巻きにこの状況を見守る視線を多く感じるが、疲弊した彼らがどちらかに与するとは考えにくい。
状況だけを見れば、明らかにこちらが不利な状況だ。向こうもそう考えているのだろう。実力行使すら厭わない様で、後ろの奴らには抜き身で剣を構えている奴も居る。
緊張が高まる。エドガーも剣の柄頭に手を置き、何時でも動ける様に構える。
「クレマン様、あの女は俺が貰っても良いですか?」
「あれ程の上玉は早々居ないからな。出来るなら生け捕りにしろ」
あの女と言うのはフランシーヌの事か? 話には聞いていたが、やっぱりこいつらはどうにもならないな。だが、この状況はある意味想定していた中では一番マシだと言える。裏で悪事を働かれるよりは、こうして正面切って構えてくれた方が遥かに対処が楽だからだ。
道中、幾度と無くシミュレーションをした内容を思い出す。ちゃんと毅然とした態度で臨めるか心配をしていたが杞憂だった様だ。この地獄の様な状況の中で、尚自分達の事しか考えられないこいつらを見て、ただただ怒りが沸き上がってくるばかりだった。
「お前たちに言いたい事がある。そこにあるタレットが解るか?」
一歩進み出る。こいつは誰だ? と問いかける表情が伺えるが無視をして説明を続ける。
「お前たちが敵対的な行動を取れば、この上部に設えられたクロスボウが一瞬でお前たちを射抜く」
「おいおい、いきなりしゃしゃり出て来て、お前は何様だ?」
クレマンの苛立つ声が聞こえるが無視だ。
「7等級冒険者として、お前達に命じる。この町から即刻退去せよ。素直に応じるなら命までは取らん」
そう言って、懐からチェーンに通したギルド票を取り出して掲げて見せる。
「何を馬鹿な事を。7等級か何か知らんが、この状況でどうにかなるとでも? 構わん、エドガーやれ!」
元から一戦交えるつもりでは有ったのだろう。クレマンが躊躇なくエドガーに命令を下す。と、同時にエドガーが踏み込んで一気に詰め寄ろうとする。俺の立ち振る舞いがフランシーヌの眼から見れば素人同然なのと同じ様に、ここに居る大半の冒険者から見ても俺が剣の素人である事は明白だったのだろう。侮っている事がありありと解る。
クレマンも貴族の子息として幼い頃から剣の腕を磨いている。俺を嘲る気配が如実に伝わって来る。見るからに素人然とした俺が7等級と言って誰が信じるだろうか。
それに、仮に俺が偉大な魔法使いだったとして、この距離なら明らかにエドガーの方が早い。一足飛びに距離を詰め、必殺の剣で俺を刺し貫く。その姿を誰もが思い描いた筈だ。
俺の目にはNPCの名前が見えている。目に映る大半のネームカラーは中立を表す水色だ。ネームカラーは次の通り。
赤色 エネミーカラー。敵対的な状態。
水色 中立状態
青色 友好的な状態
オレンジ色 親密な状態
紫色 契約状態
友好的な関係は友好→親密と段階があるのに、敵対的な赤色と中立を表す水色の間に何も無いのはちょっと不便な気がする。今までは気にも留めなかったが、どうせなら若干敵対的とか警戒状態とか表示してくれれば解かり易いのに。
さて、クレマンの声に従いエドガーが踏み込んだ瞬間、奴のネームカラーは赤色になった。赤色と言う事は俺に敵対をしていると言う事で、つまりは自動迎撃装置の攻撃対象になると言う事だ。
その瞬間、転移門を囲う様に設置したタレットの上部に誂えた4基の迎撃装置から、矢が放たれ一瞬でエドガーを地面に縫い付けた。
モンペリエから来たメンバーなら理解は出来るだろうが、初めてこの光景を目にした者には当然何が起こったのかは理解等出来る筈も無い。
エドガーに追随して一気に突撃をしようとした者達が、完全にそのままの大勢で固まる。
「馬鹿が。俺に敵対をするなら、お前たちもこうなる。解ったか?」
解る筈も無く、誰も返事を寄こさない。黙って町から出て行けば本当に命までは取るつもりは無かったんだけどな。はぁっと溜め息をついてクレマンに宣告をする。
「クレマン、貴族の責務を放棄し、この様な状況にも拘らず行ったお前の悪行は明らかだ。故に死罪を申し付ける」
「な、何を勝手な事を! 俺はこの町の領主だぞ。何処の馬の骨とも解らないようなお前に..」
クレマンがようやく状況を理解したのか、一気に捲し立てる。俺はと言えば淡々とクロスボウを装備し、クレマンに照準を合わせ引き金を引く。ストン、っと放たれた矢がクレマンの眉間を貫き、クレマンは直立した姿勢そのままに後ろにどうと倒れた。その一撃で絶命をした事は明らかだった。
敵がエネミーカラーになるのは、何も相手が敵対的な行動を取った場合に限らない。俺から攻撃をすれば、その集団は全て敵対的な状態になりエネミーカラーに転じる。仮にも奴らを束ねていたのはクレマンだったから、エドガーがエネミーカラーに変化したからと言って変化は無かったが、クレマンに敵対的な行動を取った瞬間、そこにいるメンバーの凡そ3分の1がエネミーカラーに転じた。
そこからは一瞬の出来事だった。迎撃装置から次々と矢が放たれ、ばたばたと倒れていく。
大型魔獣ですら容易に屠る威力だ。そこらの冒険者に太刀打ち等出来る筈も無い。しかも設置しているのはレジェンド等級。
通常の射撃間隔は2秒毎だが、レジェンド等級なら射撃速度が150%上昇するので0.8秒に1射。俺がクレマンを撃ってエネミーカラーに転じたのは、40人程だろうか。迎撃装置がたった4基とは言え、彼らが全員絶命する迄に10秒も掛からなかった。正に一瞬の出来事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます