第68話 ブルゴーニへ
「タクヤ様は我々の住む世界とは異なる平和な世界からお越しになったと伺いました。その様な方に、未熟な我々の尻拭いをお任せしなければならないとは、恥辱の極みでは御座いますが、何卒、平にお願いを致したく」
ニコラさんはそう言って椅子から立ち上がると、そのまま床に膝をついて頭を伏せる。俺は慌ててニコラさんを抱き起こした。
「ニコラ様、顔を上げてください。話は解りましたから!」
何とかお願いをして、ニコラさんに椅子に座って貰う。
「ニコラ様はそうおっしゃいますが俺が住んでた世界もそれ程差はありませんよ。でも、ニコラ様は枢機卿なんでしょう。何故ニコラ様自身の手で行われないんですか?」
数多くの国で国教とされている正教会の枢機卿だ。相手が領主ならまだしも、その縁戚にある程度の人物に、慮る理由が解らない。
「我々教会は神の代弁者として、世俗と交わる事を禁じております。故に教会としての影響力はあれども、枢機卿とは言っても何ら権力は持ち合わせては居ないのです。
それでも、仮にも大陸で有数の正教会で枢機卿を務めておりますからな、私が矢面に立てば、彼らも早々無茶は出来ますまい」
「なら、今ニコラさんが今ここに居る状況って結構不味いんじゃ無いですか? 解りました。詳しい話は道中でも出来ますし、まずはブルゴーニを目指しましょう」
旅の仕度は不要なので、何だったら今直ぐにでも出発は出来る。ニコラ様とフランシーヌに少し位は休んで貰いたかったが、旅立てるなら直ぐにでもとの事なので、そのままブルゴーニを目指す事にした。
とは言え、旅の支度とは別に若干だが前準備が必要になる。建造中の町へと移動し、拠点との移動用とは別に避難民を受け入れる為の転移門を設置する。
次に拠点を経由してモンペリエに移動し、モンペリエから一路ブルゴーニを目指す。ニコラさんとフランシーヌは健脚で、気を抜くと置いていかれそうになるから、安全のためにもクラフトモードで移動を行う。
ブルゴーニまではざっと30km。少し駆け足気味で足早に移動を行いつつ、道中、更に詳細な話を聞いて町に着いてからの対応について打ち合わせを行った。
結論を簡潔に言うと、問題となっている勢力は避難民としての受け入れは行わない。相手方には6等級の冒険者が居て、ガストンと睨み合っているとの事。そんな勢力でもやりあうとなれば被害は出るし、魔物の襲撃から身を守る為にはそんな奴らでも居なりよりはマシだから、睨み合いが続いている状況だ。
だが、俺の建造した町への受け入れは行わないし、モンペリエへの立ち入りも禁じる通達を出す。7等級は、本来は地域を治める上級貴族の認可を必要とし、町の領主程度の権限を持っている。緊急時なら領主であっても指揮下に置く事が可能だ。
領主不在のブルゴーニなら7等級の俺とフランシーヌに指揮権が発生するので、先の通達を出す事も可能だ。モンペリエの領主への報告はギルド経由で事後報告でも問題は無い。
フランシーヌがいるなら指揮権を発動して命令をすれば良いとも思うのだが、彼らはすこぶる振る舞いが宜しく無い。下手に強権を発動すれば疲弊しきった町の人々に被害が広がる可能性も否定ができず、今まで静観をしているのだと言う。
通達は俺の口から行う事にした。避難民を受け入れる事を決めたのは俺だ。彼らの処遇をどうするか、人任せにはしたくは無かった。
日が暮れてしばらく経った頃、目的地であるブルゴーニに辿り着いた。緩やかな丘陵地帯に囲まれた長閑な景色の中に、一際大きな丘陵の中腹にブルゴーニはある。街道に沿って山の斜面を登ると、そこかしこには踏み荒らされた畑が広がっている。
遠目には城壁に囲まれた城塞都市だが、こちら側は魔物の襲撃が最も多かった事もあり、見える範囲の城壁の大半は損壊していて、崩れ落ちた箇所も散見された。
町に近づく程に見かける魔物の死骸が多くなる。襲撃から10日は経過しており、腐りにくいとは言え、さすがにその大半は半ば腐り落ちて、腐り落ちた肉の合間から骨が覗いていた。その光景に耐え切れず嘔吐を堪える。それ以上に、死骸に群がる蠅が酷い。腐り落ちて溶けた肉だか、良く解らない何かが街道にまで染み出して水たまりを作っていて、その中には蛆虫が数えきれない程に蠢いていた。町へ行くにはそうした箇所を避けては通れず、足の裏が悍ましい感触を幾度と無く伝えてくる。
ゲームのフィルター越しなら、恐らくはこんな光景を目にする必要も無い筈だ。だが俺はこの現実を受け入れる為に、あえてリアルモードでその光景を目の当たりにした。正に地獄絵図。その光景は、当然町に近付く程により酷くなっていった。
さすがに堪え切れず、何度も嘔吐をする。鼻を突く腐臭に感覚が麻痺していくのが解る。
そうしてようやく町へと辿り着く。日が暮れている事もあって、町は既に闇に包まれている。それでも中心部は魔物の襲撃を恐れてか、火を焚いているのが遠目に解る。俺たちはと言えばニコラさんが杖の先に灯した魔法の明かりが頼りだ。
町中に入っても、惨状には余り変わりが無い。倒壊した家屋、戦いの末に絶命をした魔物や町の住民達。幸いな事に、虫はニコラさんが灯した神聖な灯りを嫌う様で、光が届く一定範囲内には入ってこなかった。逆に群がった蠅に光が届くと、ぶわっと凄まじい勢いで飛び立つのだ。光の外で、雲霞の如く群れる蠅の羽音が響いている。
こんな環境に居れば、誰だって病気になると言うものだ。何故もっと早く救いの手を差し伸べなかったのだろう。だが一方で、迎え入れる十分な環境を整える必要もあったのだと自分に言い聞かせる。悔いても仕方が無い。今出来る事をするべきだ。
町の中心部へ行くと、そこかしこで人が肩を寄せ合っていた。生きているのか死んでいるのか俄には判断がし難い。皆一様に痩せこけて、疲れ果てていた。
ニコラさんもそうだ。別れてから僅か2週間余りで、すっかり痩せこけていた。フランシーヌだってそうだ。ニコラさん程顕著では無いものの、頬がこけて目の下には薄っすらと隈が出ていた。ろくに睡眠も取れず食事も出来なかったのは想像に難くない。
それでも、そうした人々の中には灯りに照らされたニコラさんとフランシーヌの姿を認めると、何とか体を動かして手を合わせて祈りを捧げる人が居る。
道のそこかしこがそんな状況だから、道を進むのも容易ではない。人の合間を縫ってようやく人々の中心部へと辿り着く。そこではモンペリエから派遣されてきた、モーリスさんやガストンさんが居て、俺たちを迎え入れてくれた。
さすがに中心部は篝火が炊かれていて、ある程度の空間が確保されていた。そこに設置された天幕の1つに案内をされる。
「ようこそお越し下さいました」
「モーリスさん、お待たせをしてしまい申し訳有りません」
天幕の中は虫避けの香が焚かれていて、外よりは格段にマシな状況だった。モーリスさんやガストンさんが並ぶが、皆一様に疲れ果てていて、表情が暗い。
「いえ、足を運んで頂きありがとう御座います。ご覧になって頂いた通り、状況は想像以上に悪い状況です」
「そうですね。本当にそうです。一刻の猶予も無いと思います。早速皆さんに避難をして貰おうと思うのですが。夜中でも大丈夫でしょうか」
「心配は有りますが、少しでも早いほうが良いでしょう。時間が経てば死者は増えるばかりです」
「俺もその方が良いと思う。あいつらはどうする?」
ガストンさんが怒りを滲ませながら言う。話に聞いていた通り、彼らの振る舞いは相当酷いのだろう。
「件の彼らがどの様に動くかは予想が出来ませんが、避難先への受け入れは行いません。モンペリエへの移動を禁じる通達も併せて行います。彼らが何らかの行動に及ぶのであれば実力行使も厭いませんので、ご協力をお願いします」
「おし、大概我慢も限界だったんだ。仲間には伝えてくるが良いか? 魔物の襲撃を警戒して見回っている奴も多いが、準備できる奴にはすぐ支度をさせてくる」
「お願いします。私も、受け入れる準備を始めましょう」
天幕から外に出ると、一番開けた場所へ案内をして貰う。まずは篝火を設置して光源を確保する。元から周囲に設置されている篝火よりも一段高く光量も多い。広場を一気に明るく照らし出す。次に一気に人が流れ込まないように、鋼鉄製の壁を作る。転移門を囲い、正面に幅2mの通路を長さ5m設置する。こうすれば門に一気に人が流れ込めない筈だ。次に転移門を設置。技術レベルが上がったので、設置にかかる時間は1時間半まで減少している。かがり火の隣には万が一を警戒してタレットの設置も行った。迎撃装置はレジェンド等級で統一する。何せ今なら鉄には困らない。
単純な攻撃力なら上位の強化型迎撃クロスボウがクラフト出来る様になったが、さすがに上位の迎撃装置をレジェンド等級にするにはもう少し時間が掛かる。等級が上がれば発射速度が上昇するから速応が可能なレジェンド等級の迎撃用クロスボウを選択した。
取り合えず準備を終えると、これからの事を話し合う。ガストンさんの声掛けもあり、モンペリエから派遣されている冒険者が30人程、完全武装で集まる。残りは巡回に出ているか交代要員の為既に寝ているとの事。避難も早々に終わる訳では無いので、すでに就寝している人員は、そのまま寝かせておく事になった。
避難民の誘導に15人、残りの15人はフランシーヌと共に先行して移動をして貰い、受け入れの誘導を行って貰う。
注意をするべきは、やはり件の連中だろう。出来れば早い内に決着を付けてしまいたい。そんな話をしていると、カシャン、カシャンと金属の擦れ合う音が幾つも近付いてくる。どうやら、お出ましの様だ。
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