第67話 ニコラさんの話

ニコラさんの話はまだまだ続く。


取り合えず今までの話で解った事は、襲撃イベントが夜明けで強制終了する迄に撃退をする事が出来ず、被害が拡大したと言う事だ。

フランシーヌの例を見ても解る様に、神聖魔法の使い手は本来スケルトンやレイスと言った、所謂死霊系の魔物とは相性が良い筈だ。ただ、レイスは空を飛んでいて空中から魔法による攻撃を仕掛けて来るので、遠距離攻撃の手段が無ければ対応する事が難しい。


エターナルクラフトでも、そこは同様だ。今の技術レベルでは対応出来る手段は非常に限られている。もうじきクラフト出来る様になる属性魔法石を矢じりに使用した矢で、射落とす位しか方法が無い。正直ドレイク討伐による技術ツリーの開放前にデミリッチを討伐する奴は余程のモノ好き位のものだ。


モンペリエの場合は戦力を温存できたので、対処可能な魔法使いを効率良く運用する事が出来た。だがブルゴーニでは第3ウェーブまでの被害が大きく、生き残っていた魔法使いも魔力が殆ど尽きていて対処が間に合わなかったそうだ。


さて、襲撃の後の話だ。


「まぁそう言う訳で被害は甚大でしてな。私も体力が続く限りは負傷者の治療にあたったのですが、さすがに如何ともし難い状況です。町の家屋の大半は崩れ落ちたか、住むには難しい程の損傷を受けた状態でした。町とその周辺には、魔物と、戦いで亡くなった方の亡骸が山になっている状況。夜通し戦い続けた事もあって皆疲れ果てておりましたが、僅かばかりの休息を取った後は、亡くなった方や魔獣の死骸を処置しなくてはなりません。領主も、ギルドのマスターも、高位の冒険者も、主だった方々は勇敢に戦い、命を落とされました。生き残ったのは、私でも治療が難しい程深手を負われた方や、元々病を患っている方、戦う術を持たない方や子供ばかり。そして、戦いを避け、自分の身を守った方々。戦いが終わった後、人々を束ねる者はおらず、夜が明けて尚町は混乱の中に有りました」


戦いを避けた人が居ると、そう言った時のニコラさんは平静を装って努めて表情を変えない様にしていたが、微かに怒りが滲んでいた。


「僅かばかりの休息を終えた後は、動ける者は総出で働きました。食糧の確保、被害の軽微な場所を中心に、魔物の死骸や戦死者の亡骸の撤去。度々襲い来る魔物の襲撃から身を守る必要も有ります。日を追う毎に体力は失われ、状況は悪化する一方です」


戦いの後、魔物の死骸や戦いで亡くなった方の亡骸をどうするかは結構深刻な問題だ。今の季節なら、あっと言う間に腐ってしまうからだ。死体から虫が湧けば、様々な病気を媒介するので、最悪は性質の悪い伝染病が発生する事もある。


「今、ブルゴーニはどういった状況なんでしょうか」


俺は、何のかんので日々の作業に追われていたから、頭では解っていてもそれ程深刻には考えていなかったのかも知れない。魔物の襲撃から、そろそろ2週間は経とうとしている。


「そろそろ限界でしょうな。ですから、何とかタクヤ様の御力に縋れないかとこうしして恥を忍んでお願いに参った次第です」


最悪な事に食料を保管している倉庫も結構な数が焼失しており、残った倉庫や倒壊した家屋から何とか搔き集めてはいるものの、食糧は尽きつつあるらしい。

住む場所も大半が失われ、それでも襲ってくる魔物から身を守る為に、比較的被害の少ない地域に身を寄せ合っている状況だ。


現在はモンペリエから派遣された冒険者が交代で守りについているので魔物の襲撃は何とか対処しているが、ついには伝染病と思われる病も流行り出しているそうだ。


「先の戦いで領主殿やギルドマスター、それに主だった高位の冒険者が軒並み戦死しており、束ねる者も居ない状況です。それに少々困った事になっておりましてな」


「困った事ですか?」


「先の戦いで、町でも有数の商家と、一部の貴族が自己保身に走りましてな。結果としてその一派だけが比較的損害が軽微で戦力を温存しておりまして、戦いの後は自分達こそが町を束ねるのだと幅を利かせておるのです。本来であればその様な恥ずべき行動は到底許されない事ですが、なにせそれを糾弾すべき立場の者が誰一人おりませんでしてな。止む無く私が町の代表として、間に立って居る状況なのです」


モンペリエからの支援が到着するまでの数日は、魔物の襲撃に対抗する為にはそいつらの戦力に頼るしかない状況だったと言う。その為、彼らは町の管理者としての権利を声高に主張しており、残った食料の大半も管理下に置いている状況なのだと言う。今はモンペリエから派遣された一団と睨み合いの状況だ。


「ガストン殿のお陰で何とか抑えている状況ですが、それも何時まで保つものか」


「俺には解らないんですが、そう言う時は本来どの様に対処をするのですか」


「戦いの後、論功行賞において厳しく査定をされます。自分達を守る為に最低限の戦力を留め置く事は理解が出来ますが、町中に魔物の侵入を許した状況で尚戦力を温存する、魔物の襲撃を前にして臆する等もっての他。平時であれば死罪も免れぬかと。本来であれば奴らがあそこ迄力を持つ前に対処をするのですが、亡くなられた方を責めても仕方が有りませんが領主殿の怠慢でしょうな」


「死罪ですか?」


少々苛烈に過ぎないだろうか。


「卓也さん、この世界ではそれが普通なんです」


フランシーヌには俺の世界の事を何度となく話しているからか、俺の常識とこの世界の常識が異なっている事は理解をしてくれている。この世界の話も何度となく聞いたが、それでも今の俺にはピンと来なかった。


「この世界では魔物の襲撃から生存権を守る為に、人々は身を寄せ合って集団を形成しています。ですが、食糧の供給は限られる為、どうしても許容出来る人数には限りがあります。その為、生存権を維持する為に、罪は厳しく罰せられます。人を騙す、傷つける、財産を奪う事は重罪ですし、何より怠惰は最も重い罪と見做されます。魔物を前に戦う力を持ちながら臆する事も同様です」


「働かない人は?」


「怪我や病気であれば多少は配慮されますが、それでも働けない程症状が重く回復の見込みが無ければ町から追放される事も有ります」


俺は言葉を失う。


「親を失った子供は? 貧しい人達は? 社会的弱者の救済は?」


この世界では、セーフティーネットは存在しないのだろうか。


「親を失った子供は、町が運営する孤児院で10歳迄は面倒を見る事が可能です。ですがその後は自分の手で生計を立てる必要が有ります。働いた者には正当な対価が支払われます。それでも尚生活に困窮する者に、手を差し伸べる事は出来ません」


技術や才覚が有る者は町での仕事を得る。子供の頃から徒弟として修業をする事も可能だ。そうで無ければ小作人として畑仕事を行う。単純労働だから体力がいるし、町の外での作業ともなれば魔物に襲われる危険性も有る。それでも収入は低い。極端な話、替えは効くからだ。

少しでも戦う術があれば、その多くはギルドに登録をする。たとえ戦う術が無かろうとも日銭仕事でその日暮らしの生活をしている者も多い。

それでも働けず生活の糧を得る事が出来なければ、誰も助けてはくれないのだと言う。それは余りにも厳しすぎるのでは無いだろうか。


それがこの世界では普通なのだと言う。罪を犯す者であれば尚更の事だ。罪は厳しく罰せられる。人が居れば罪を犯す者は当然居るだろう。例えばそれが、戦う術に長けた冒険者ならどうだろうか。


「素行や思想に問題が有る冒険者であれば、等級が上がる前に秘密裏にギルドによって粛清をされる事も有ります。領主の許可無く、戦力を保有する事も本来は禁止されています。ですがその商人は領主と縁戚にある貴族と懇意にしており、領主の糾弾から逃れていた様です」


フランシーヌが説明をしてくれている間は、ニコラさんは何かを思案する様に暝目ををしていた。


「タクヤ様には大変心苦しいお願いなのですが、1日も早い救済と、その者たちの糾弾をお願いしたく存じます」


そう俺にお願いをするニコラさんは、正に苦虫を噛み潰した様な、苦渋に満ちた表情をしていた。

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