第63話 新たな町のクラフト2日目、フランシーヌとしばしのお別れ

「今日も一日お疲れ様」


「お疲れ様でした」


フランシーヌと食卓を囲んで夕食にする。テーブルにはワイングラスに注いだワインとシードルも並べている。仕込みから丸1日経過して完成したお酒だ。味見は未だしていない。ガラスはまだ作れていないが、ガラスのクラフトをすっ飛ばして高級食器棚にはワイングラスも完備されていたから、この機会に持ち出してきた物だ。


「明日からはしばらく一緒にいれないから、今日は出来上がった酒を楽しもう。それと、フランシーヌに渡したい物があるんだ」


「なんでしょう?」


俺は席を立つとフランシーヌの横へと移動する。フランシーヌの左手を取り、薬指に意識を向ける。メニューから指輪を選択し、フランシーヌにドラッグをする。

すると目論見通り、フランシーヌの左手の薬指に指輪がぴったりと嵌まった。ほっと一安心。


「前に話したと思うんだけど、俺の世界では結婚すると誓いの指輪を交換するんだ。結婚の証しとして指輪を受け取って欲しい」


フランシーヌは手を上げると灯りに翳すようにして指輪をまじまじと見つめる。


「フランシーヌの瞳の色とお揃いにしたんだけど、どうかな?」


「ありがとう御座います。とても、嬉しいです」


そう答えるフランシーヌの目元には涙が滲んでいた。喜んで貰えたのでは無いだろうか。俺もあわせて自分の指に金の指輪を嵌める。こちらは装飾は何も施していない。


「普段使いにするにはちょっと派手な気もするんだけどね。ほら、これでお揃いだ」


 そう言って、俺の指に嵌まった指輪をフランシーヌに見せる。


「この世界に来て最初はどうなる事かと思ったけど、フランシーヌに出会えて本当に幸せなんだ。新しいお酒も出来た事だし、改めてお祝いをしよう」


席に戻るとワイングラスを手に持つ。フランシーヌも同じ様にワイングラスを手に持つ。不思議な事にこの世界でも乾杯の文化はあるから、食事や酒の席で最初に乾杯の音頭を取る事は酒場でも良く見かけた光景だ。


「フランシーヌ、俺と結婚をしてくれて本当にありがとう。どうかこれからも宜しくね」


「私こそ、こうして卓也さんと一緒に居られることを嬉しく思います。これからもどうか宜しくお願いします」


「俺達の未来に、乾杯!」


ジョッキを軽く持ち上げると一気に煽る。ワインなので飲み方はちょっと間違っている気もするが、美味しい!


「美味しい」


フランシーヌが驚く。ワインの味が解る程舌が肥えている訳では無いが、口に含むと豊潤なブドウの香が鼻を突き抜けて広がっていく。涙が出そうな程に美味しい。

シードルも飲んでみたが、クリアタイプのリンゴジュースみたいな感じ。単にリンゴを絞っただけのジュースよりも発酵・熟成させているからか、香りと甘さのバランスが程よく口当たりが良い。


フランシーヌが作ってくれた料理を味わいながら、今日も楽しい時間を過ごす。

本当なら時間を惜しんで拠点の建造を進めた方が良いのだろうが、俺はフランシーヌと過ごす時間を大切にすると決めている。仕事に追われるだけの生き方はもうしたくは無かったからだ。明日からはフランシーヌとは別行動になるから、出来る限りの時間をクラフトに費やそうと考えてはいた。

でも、フランシーヌの居ない夜を俺はちゃんと一人で過ごせるのだろうか。その夜は何時も以上にフランシーヌの体温を確かめる為に時間を費やした。


翌日も朝から日課を済ませ、町へと移動する。テオドール商会の前に移動すると、何台もの荷台が道一杯に用意されていて、荷物を積み込んでいる最中だった。装備に身を包んだ冒険者も100人は居そうだ。


「タクヤ様、ようこそお越しくださいました!」


あれこれと指示を出していたモーリスさんが、俺達に気付いて直ぐに駆け付けて来る。


「大所帯ですね。良く1日でこれだけの準備を。ありがとう御座います」


「タクヤ様のお陰で資金は潤沢ですからね。出来るだけの物資をかき集めました。ギルドに相談したところ、冒険者も快く手配してくれましたよ。ガストン、こっちに来てくれ!」


モーリスさんがそう声を掛けると一人の男が直ぐに走って来る。大蜘蛛素材をあしらった装備で身を包んだこれまた偉丈夫だ。身長は180㎝位で歳は40位。浅黒い肌に肩に掛かる位の長さのブラウンヘアーを頭の後ろで束ねている。獲物は背中に大剣を担いでいる。冒険者ギルドで何度か見かけた事のある人物だ。


「モーリスさんどうしました? これは、タクヤ様、フランシーヌ様。この度、輸送団の護衛を任されましたガストンと申します」


面識が無い訳では無いが、ちゃんと挨拶をした記憶が無かった。フランシーヌは流石に顔見知りの様で軽く会釈を返す。ガストンさんは俺に向かって深々と礼をする。


「ガストンさんが請け負ってくれたのですね。私も同行しますので、宜しくお願いします」


「話は伺っております。フランシーヌ様がいらっしゃるのであれば心強い。宜しくお願いします」


聞くと、白金の鷹が解散した後、変わってモンペリエのトップパーティーとなった竜の翼を束ねる人物なのだそうだ。パーティーは5等級だが、ガストンさん自身は単独でジャイアントスパイダーを討伐した経験もあり、数少ない6等級との事。


「報酬も弾んで貰ってますからね、皆張り切っていますよ」


そう言って豪快に笑う。ガストンさんに限らないが、冒険者は普段の口調はもっと砕けていたり、豪快だったりするが、依頼主や高位の冒険者に対しては丁寧な物腰で接する。ガストンさんから見れば俺もフランシーヌも若輩だと思うが侮った雰囲気は全く感じられない。俺とフランシーヌが7等級である事は知っているのだろう。


「俺は同行出来ませんが、フランシーヌの事を宜しくお願いします」


「まぁ何事かあればフランシーヌ様に適う者などおりませんが、万事お任せください。無事ブルゴーニへ送り届けて帰ってきますよ」


心配はしていなかったが、これなら安心して任せられそうだ。


その後は、皆を見送って俺は転移門を経由して移動する。


昨日はある程度の整地を済ませたので、今日は城壁の設置だ。

直ぐ隣を川が流れているので治水を考慮すると何段かは上げた方が良いのだが、流石に時間も資源も足りない。それにまずは仮設で町を建造する予定なので、50 cm掘り下げて整地をしている。資源回収も出来て一石二鳥だ。


仮設なので取り敢えずは1km四方。1段上げ下げするだけで2000×2000のブロックが必要になる。まぁ採掘を兼ねて地下へ掘り進める場合はそれなりに気を使うが、整地するだけなら何も考えなくて良いのでひたすら横向きに掘り進めるだけ。


余談だが、正面2ブロック、2列にツルハシを振り下ろして掘り進めて採取を行う。歩く位のスピードで、1秒あたり3ブロック。時間あたりだと3×60秒×60分で10800ブロック。直線距離で2.7km。歩くスピードとしてはゆっくりだが、延々高速でツルハシを上げ下げするのだから、普通に考えれば1日体力が持つ筈も無い。それを可能にするのがクラフトモードの凄さだろう。


採取出来る資源は、大半が土と石だが、土は焼成すればレンガになるから建材として使用出来るし、石は城壁の素材や、迎撃装置のクロスボウのボルトとして加工出来る。幾らあっても困る物では無い。


リアルで見れば剥き出しの地面が広がっているが、クラフトモードで見れば地表部分でも3分の1位は石が混じる。地下に掘り進めた場合は半々位にはなるだろうか。むしろ石の方が多い印象だ。石はどれだけあっても良い。


その日はたまに襲ってくる魔物に対処し、合間に簡単な食事を行って、日が沈んでしばらく経つまで整地を行った。朝からずっとだから、正味10時間位だろうか。整地して均一の色に染められていく様を見るのは楽しい。

それでも、さすがにこれだけの広さだから一筋縄ではいかない。10時間かけて10万個程ブロックのストックが増えているが、それでも想定している範囲から考えると40分の1でしか無い。なにせ1㎞四方を1段掘って整地しようと思えば、2000×2000で400万ブロックをつるはしで採取しなければならないのだ。普通に考えれば絶望的な広さだと思う。


整地自体は居住スペースを確保する事が目的なので、取り敢えずの目的は達成したかなと思う。石ブロックも3万個程ストック出来たので、石壁の建材としては十分な数だろう。それにここは仮設で、技術レベルがもう少し上がれば少し離れた場所に本格的な町を建造する予定だ。


夜拠点に戻って1人で過ごす。かつては当たり前だったが、1人でする食事も1人で入る風呂も随分と味気なく感じた。フランシーヌも今頃ブルゴーニに辿り着いた筈だが、1人俺の事を想ってくれているだろうか。ベッドに入ると、寂しく感じるかと思ったが疲れもあったのだろう、眠りに就くのは一瞬だった。

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