第59話 転移門
移動に掛かる時間を早くするための手段は様々だが、予め定められた2点を結ぶ移動速度なら、単純に考えれば最速の手段は転移である。そう、無課金勢を震撼させた課金レシピ、その名も転移門だ。
この手のゲームの宿命として、移動できる範囲が増える度に、新たなバイオームを開拓する度に、拠点の数が増えて行く。鉱石の鉱脈や木材を安定して確保する為の森林、各種ボスフィールド。ボスに至っては素材やレシピ目当てに再出現の度に討伐をするので、必然定期的に回る必要がある。広大なフィールドをあちらこちらに移動する為には、それこそ飛行する手段があってもそれなりの時間を要する。その問題を解決する為に販売された有料レシピが転移門だ。
どんなゲームであっても無課金に拘るプレイヤーは一定の数が居るので、そうしたプレイヤーからは非難が殺到したが、俺は当然実装されて直ぐにレシピを購入したので、どこ吹く風だった。
黒曜石に、細工台で金による彫金を施して行く。門のパーツは全部で10個に別れていて、それぞれが独立したレシピになっている。何故わざわざ分割したのかは解らないが、運営のちょっとした拘りが感じられる。
転移門をクラフトする為には素材として相当数の魔石(小)と魔石(中)が必要になる。本来であれば魔石が獲得出来るのは次の中ボスであるドレイクを討伐してからだから、ダマスカスのピッケル様様だ。
そして、魔石に特殊な紋様を施した座標石をクラフトする。これは2個一組になっていて、転移門をクラフトしてゲートを起動すると、それぞれに同一の座標が刻印される。1つは転移門に組み込んで座標を固定する為に利用する。もう1つは他の転移門を潜って目当ての転移門へ移動をする際の目印として使用する。
全てのパーツが揃ったら、ついに設置だ。拠点の中に壁を3重にし扉を3枚設置した特別な空間を用意した。これだけ厳重にしているのは、今の所これを公表するつもりが無いからだ。
そして決めておいた設置場所を指定してクラフト開始。レシピのレベルが50なので、補正もあって3時間は掛かる。そして出来上がり。横2m、高さ4mのアーチ型の門。黒曜石には複雑な紋様が金で施されていている。そして各所に魔石が埋め込んである。黒曜石の門に金の荊か蔦が複雑に絡まっていて、魔石の花が咲いている様にも見える。
そして門の上部には座標石。魔石のサイズが中でもこうして見ると中々のサイズ感だ。魔石(中)で拳大。因みに魔石(大)ともなれば一抱え程のサイズになる。
クラフトが完成し、門へと近づくとメニューから起動を選択する事が出来る。そして、起動。
紋様が黄金色に淡く輝くと同時に、門に水色の渦が発生する。メニューが転移門の作動を告げると同時に座標石のネーミングを求めてくるので、モンペリエの町とした。これでモンペリエの町の転移門と、モンペリエの町の座標石が完成だ。
水色の渦はしばらくすると消えた。2箇所以上に転移門を設置すれば、触れる事で行き先を指定する事が出来る。まずは大蜘蛛の森と此処とを繋ぐ事にしよう。そして、今後は行く先々で拠点を作り、転移門で移動出来る範囲を広げて行くのだ。
転移門の設置が完了した翌日は、大蜘蛛の森を目指す。作物の収穫時期だし、ボスの復活を確認して、復活をしていれば素材獲得のチャンスでもある。どうせなら畑を拡張して、新たにクラフト出来る様になった自動化設備も設置したい。
移動を優先して朝早くに町を出ると、昼過ぎには拠点へと辿り着く。途中の伐採した木々は復活しているし、ボスフィールドを囲む様に張られた蜘蛛の巣も復活をしていた。
ジャイアントスパイダーを間引きつつ巣を処理してボスフィールドに向かうと、ボスフィールドの中央部分にはクイーンジャイアントスパイダーの復活を示す蜘蛛の巣が元通りに張られていた。
今回はフランシーヌの希望もあって足場の上では無く一緒に戦う事にした。
襲撃イベントにより大型魔獣の素材が大量に確保出来たので、フランシーヌの防具は防御力重視なら大型魔獣のレジェンド等級に更新した方が良い。だが、フランシーヌはボス素材でクラフトした上質なスパイダーシルクの礼装をいたく気に入っているので、装備更新をせずにそのままにする事にした。何せNPCの装備交換をすると、古い装備は消失をしてしまう。勿体無いし、そこまで極端には防御力に違いもないので多分大丈夫だろう。
フィールドボス戦の結果は、前以上に簡単に討伐をする事が出来た。やっぱりフランシーヌは強かった。
ボスの素材を採取し、ここにも転移門を設置する。必要なパーツは全て町でクラフト済みなので、設置するだけの簡単なお仕事だ。とは言え、完成には3時間弱掛かるので、出来上がりを待つばかりだ。
完成を待つ間に拠点を拡張し、畑を増やして、前に此処を離れる時に仕込んでおいたダマスカスのピッケルも回収する。ダマスカスのピッケルはレベル上げに最適なので、素材が溜まり次第今後もクラフトする予定だ。
そうして待つ間も細々とした作業を行い、完了した頃を見計らってフランシーヌと共に完成した転移門を見に行く。
「さて、本日のメインイベントだ」
転移門を意識し、メニューから【転移門を起動する】を選択する。起動は2回目だから今更な感はあるが、転移門同士を繋ぐのはこれが初めてだからちょっと緊張する。門全体に施された金の装飾が淡い光を放ち始める。嵌め込まれた魔石が青白い光を放つ。一度明滅をすると、アーチの中に青い渦が巻き始める。2分ほど待つと安定して渦が消える。これで利用が可能だ。
「さぁ、次にモンペリエの町へ移動をしてみよう」
この転移門の登録名称は大蜘蛛の森の拠点とした。そして転移先を選択する。現時点ではこことモンペリエの町しか無いので選択出来るのは1カ所のみだ。
モンペリエの町を選択すると、先程と同じ様に青い渦が現れ、しばらくすると先程迄とは違って此処とは違う景色を映し出す。俺は迷わず転移門へと歩み出す。一瞬の浮遊感の後、俺はモンペリエの町に設置した転移門への移動を完了した。
さっと部屋を見渡せば、出発前に用意をしておいた麻袋が視界に入る。モンペリエの町で間違いは無い様だ。
「卓也さん、おめでとう御座います。凄いですね、一瞬でモンペリエの町です!」
俺が潜ると、直ぐにフランシーヌが後ろから続いて門を潜って来た。特に注意をしていなかったが、フランシーヌでも問題無く動作をする様だ。
フランシーヌが転移門の完成を喜んでくれる。エターナルクラフトの仕様通りとは言え、ゲームの仕様通りに動くのかは一抹の不安が有ったのは否定出来ない。言葉にはしていなかった筈だが、フランシーヌはきっと感じ取っていたのだろうか。無事稼働をした事に対して、満面の笑みで喜んでくれた。俺はようやくほっとして、肩の力を抜く事が出来た。
この時、ふと、ちょっとだけ違和感を感じた。何かを見落としている様な。
特に注意をしていなかったが、後から考えたら座標石を持たないフランシーヌが何処か知らない場所に飛ばされたりする可能性もあったんじゃないかと思い至った。結果的に全く問題が無かったとは言え、新しい事を始める時には、細心の注意を払う必要が有る。取り返しのつかないミスをする前に、十分に気を付けようと改めて思った。
恐らくは転移先を指定した時点で、座標が固定されるのだろう。転移門は双方向では無く一方通行で、それぞれに座標を指定する必要が有る。これは後で改めて確認した事だが、例えば3カ所に転移門を設置した時、それぞれの転移門をA、B、Cとした場合に転移先を順に設定をするとA→B→C→Aと言った感じで移動をする事が出来た。まぁ仕様としてはゲームの時と変わらないのだが、てっきり座標石を持っているから転移先を指定できるのだと思っていたのだ。
ところが実際には一度設定をすると、新たに設定をする迄は座標が固定される様で都度座標を指定しなくても、そのまま利用をする事が可能だった。
逆に座標石を持っていてもフランシーヌに行き先の座標を指定する事は出来ない。だが一度行き先を設定してしまえば、フランシーヌでも自由に利用をする事が可能だった。
つまりは転移門自体は設置して座標さえ指定すれば誰でも利用が可能だと言う事だ。
この世界に存在する魔道具の魔石は消耗品らしいが、今の所は転移門の魔石を交換した記憶は無い。ゲームの仕様通りなら交換は不要な筈で、俺で無くても一回設置をすれば誰にでも利用出来るとなればその利用価値は計り知れないだろう。青いロボットが出て来る某国民的アニメで、あちらは好きな所に移動出来るドアだからこちらの転移門とはちょっと違うが、遠く離れた場所を繋ぐ道具が一番人気なのは伊達では無い筈だ。
因みにモンペリエの転移門の脇には、色々と買い出しをした物を袋に詰めて用意しておいた。荷物を抱えて歩いて移動するには少々難がある重量や距離でも、転移門を利用すれば一瞬で離れた場所へ移す事が出来る。これからは必要な物が有れば何時でもこの町で買い出しをする事が出来るので非常に便利になる筈だ。
転移門の稼働を確認して、その日の作業は終える事にした。晩御飯は町で調達した調味料を利用して、フランシーヌが料理を作ってくれた。パンのみクラフト製だ。
明日は一日中拠点で作業をするつもりなので、フランシーヌが手の込んだ料理を作ってくれるそうだ。いつか俺に仕える為に料理人の元で修行をした事もあるそうだ。
今日は簡単な物をとの事だったか、俺の舌には十分に美味しく感じられる物だった。その後は風呂に浸かってゆっくりと疲れを癒やし、夜は2人の親密な時間を過ごす。
襲撃イベントを乗り越えたからと言う訳では無いだろうが、何時も以上にかけがえのない時間だと感じられる一時だった。
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