第56話 魔物の後始末

魔物の肉は、魔力を帯びているからか普通の肉よりは腐り難い。しっかり保存食として加工をして冷暗所に保管すれば1年と言わず平気で何年かは保存出来る優れものだ。仮に塩漬けをしなくても、燻製にするだけでも数か月は保存が出来る。


家畜の育成が困難なこの世界では、魔物の肉は貴重なタンパク源で高級品だ。少しでも多くの肉を保存食に加工する為に、町の各所では臨時の燻製小屋が組み立てられており、そこかしこから煙が上がっていた。


魔物の存在故に交易や物資輸送は非常にハイリスクだ。その為、燃料となる木材も塩も高級品だ。

だからと言う訳では無いが、人々は資源を無駄にしない様に心掛けている。襲撃で住む事が出来なくなった、焼け落ちたり倒壊したりした家の建材がそのまま即席の燻製窯や燻製小屋の資材として活用されたり、燻製の為の燃料として再利用をされている。そこには、そうした家を前にして魔物の襲撃を嘆くような人は誰も居なかった。何ともたくましい事だ。


魔物の解体は主に冒険者が行う。特に若手冒険者にとっては解体によって至急される手間賃は貴重な収入源だから、寝る間を惜しんで仕事に精を出すのも頷けると言う物だ。俺が引き継ぐまでに凡そ1000体の魔獣が解体済みだった。


やろうと思えばもっと処理できるのだろうが、解体をするだけでも血は流れるし、食用に適さない内蔵は廃棄するしかない。これだけの数では剥いだ皮を活用するのも一苦労だから、片っ端から解体をすれば良いと言う訳でも無い。


そう言う理由もあって、今尚数千体の死骸は手付かずで残ったままだった。それを、俺は片っ端から採取していく。燻製に出来る肉にも限りがあるので、ギルドに卸す肉は5000個と決まった。因みに調理前の肉を取り出して設置してみた所、狼肉の場合は比較的脂の乗った肋骨周りの肉と、腿肉、つまり脚1本がセットになっていた。それが大きな葉っぱで包まった状態で出てくる。

普通の魔物なら石の肉切り包丁でも剥ぎ取りは十分だ。石の肉切り包丁なら当然レジェンド等級のレシピもあるしクラフトも容易だから手持ちに有る。


レジェンド等級で剥ぎ取りを行えば、等級ボーナスで1匹あたり6〜10回剥ぎ取りが出来て、その内半分位の確率で肉がゲット出来る。1匹から5回肉を剥ぎ取れば腿肉が5本ついて来るので、どう考えても数が合わない。まぁ今更か。


何にしても1000匹強の剥ぎ取りを行えば予定数の肉は確保出来るので、剥ぎ取りと解体を半々で行う事にした。解体の回数を増やしたのは、魔石を獲得したかったからだ。全く予想をしていなかったが、今回の襲撃イベントでフィールドボスを2体撃破出来た事で、想定よりも大幅に早く技術ツリーをアンロックする事が出来た。そのお陰で思ったよりも早く魔石が使える見通しが立ったから、今後の為にも今のうちに数を揃えておきたかった。


その日は採取に精を出したが、流石に1日では終える事が出来なかった。

終える事が出来なかった理由は採取に時間が掛かったからでは無い。採取作業よりも肉の受け渡しの方が非常に手間だったからだ。何せギルドで渡す時は、肉を1つずつ配置していかなければならない。纏めてドロップをしても、ドロップ品はエターナルクラフトの仕様でしか扱う事が出来ないらしく、誰の目からも見えなかったのだ。


アイテムをドロップしてドロップ状態、つまり革袋が表示された状態でクラフトモードからリアルモードに切り替えても、リアルモードではドロップ品は俺の目でも見えない。その後にクラフトモードへ切り替えても何処にも無いからモードを切り替えた瞬間に消失している様だ。設置は1つずつで纏めて行う事も出来ないので、せっせと1つずつ配置をしていくしかない。俺が配置した素材をギルドの若手冒険者が回収して各所へと配っていくのだが、その作業は各所の燻製作業の進行にそってなので、一気にと言う訳にもいかない。町の外で採取を行い、町の中に移動して受け渡しを行う。これを何度も繰り返した。これが兎に角手間だった。


因みに肉5000全部を燻製や保存食にする訳では無く、内1000は無料で各所へ配られ振る舞われる事になった。肉1塊でおよそ20人前。肉を食べ慣れた俺からすると量が足りない気もするが、十分なご馳走なのだそうだ。その日の晩は宿泊している宿の食堂でも狼肉のステーキとシチューが振る舞われていたので、おおいに賑わっていた。


冒険者の手により既に解体済みの1000体だが、解体後に生じた廃棄物、所謂ゴミの始末もまた問題だった。


俺が採取をして魔物の死骸が綺麗さっぱり消え去ると、廃棄物が出ない事を何より感謝された。聞けば1000体分の廃棄物、食用に適さない内蔵等の部位や骨が積み上がっており、燃やした後で埋めるしかないとの事。そのまま埋めてしまえば腐って衛生状態が悪化してしまう。だが燃やす為の燃料も足りないから、最悪の場合は町から離れた場所まで運んで埋める事もあるのだと言う。町に影響が出ない場所まで運ぶとなると、それもまた重労働だ。


そこで、解体後に出たゴミもまとめて引き受ける事にした。リアルモードでもゴミ箱機能の利用は可能だからだ。

エターナルクラフトの力を利用せずに後処理をする場合の方法としては、多少なら骨を乾燥させた後に骨粉に処理して畑の肥料にする事も可能だ。だが、どちらかと言うと日々出るゴミを処理する為の知恵なので普段の狩猟分で十分に間に合うそうだ。内蔵も少量なら畑の肥料になる。だが、さすがに1000体分ともなれば、どうやっても始末に負えない。


因みに、スケルトンを採取すると骨が手に入る。当然スケルトンの死骸も無数に散らばっていたので、相当数の骨がアイテムボックスに納まっている。同じ様に採取で入手した魔獣の骨やスケルトンの骨は、粉砕機でクラフトする事で肥料を作る事が出来るので、使えない事もない。

一応巨木バイオームに設置した拠点には粉砕機を設置してあるし、粉砕機を使って魔獣の骨からクラフトした肥料は収納箱に入れているので畑には自動で撒かれる様になっている。さすがにアイテムボックスにストックされている素材を使い来るのは骨だと思うが、まぁ腐る物でも無いから余り気にはしていなかった。


レイスはさすがに実体を持たないので採取出来るものが何も無い。エターナルクラフトなら、稀にドロップ品として魔石や魔法石が獲得出来るが、リアルモードでは確認をする事が出来なかった。


そんなこんなで、採取に加えてゴミの処分に精を出したお陰で、作業には丸2日を要したが綺麗さっぱり片付ける事が出来た。その間に町の混乱もかなり納まった様で、徐々にではあるが町には普段の生活が戻りつつある。しかし、紅く染まった月はこの町だけに影を落とした訳では無い。


どうやら真紅の月スカーレットムーンの影響はかなり限定される様で、他の町では報告をされていないそうだ。だが紅の月ブラッドムーンに関しては王国内でも広く観測されており、様々な場所で魔物の襲撃が発生している。さすがにモンペリエ程の規模では無いにしても、各所で大きな被害が出ているそうだ。

時期的に主食である麦の借り入れが終わった後だったのでそこまで深刻な状況では無いが、耕作地は魔物に踏み荒らされている。しかし、魔物の行軍ルート自体は魔物寄せの香でかなり限定されているので、比較的損害が軽微な畑も多い。しばらくは野菜の収穫が減るだろうが、困窮する程では無いのは幸いだ。


もし俺が居なければどうなって居たのだろう。皆が言う様に甚大な被害が出ていた筈だ。それこそ壊滅していてもおかしくは無い。仮に撃退に成功したとしてもその後始末が大変だし、いくら腐り難いと言っても腐らない訳では無い。あれだけの数ともなればどうやっても衛生状態の悪化は免れないだろう。モンペリエが深刻な状況になったであろう事が予想される。


俺が居たからこの程度の被害で済んだのだと、お礼を幾度と無く言われた。だが、どうしても考えてしまう事がある。


真紅の月イベントが発生した場所に、たまたま俺が居たのか。それとも、俺が居たからこのイベントが発生したのか。正直、後者である可能性は否定が出来ない。だが確認する方法がない以上は気に病んでも仕方が無い問題だ。と、自分を納得させるしか無い。


まずは、目の前の問題に対処できるだけの力をしっかりと付けよう。その為には、何はともあれ採取だ!結局やる事自体は変わりが無かった。


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