第55話 戦いの後

襲撃による被害は、予想される規模と比較をすれば遥かに軽微だった。だが皆無と言う訳では無い。町に侵入したレイスにより被害を受けた家屋は結構な数になるし、その戦いで命を落とした者も100人位は居た。戦いで命を落とした者だけでは無く、倒壊した家屋に押し潰された者や、焼け落ちた家から逃げ遅れた者も居た様だ。


一夜が明けると、人々は俺が想像をした様に悲しみに暮れる様な事は無く、無事朝を迎えた事を喜び神へ感謝の祈りを捧げた。それと同じ位、俺に感謝の祈りを捧げた。

町の人々は俺にありがとうと言う。遠巻きに手を合わせる人も後を立たなかった。

亡くなった人の事を思えば感傷的にもなるが、俺は努めて胸を張って、皆の祈りに笑顔で応えるのだった。


大型魔獣とボスは、俺が採取をしても良い事になった。てっきり領主が権利を主張するのではと思っていたが、そこはイザークさんが領主との間に入ってくれたからスムーズに許可を貰う事が出来た。

勿論併せてギルドマスターに確認をしたが、殆ど俺の手柄なので当然の権利だと言われた。そこは言葉に甘えて有り難く頂戴した。ボス素材は難しいが、大型魔獣の素材については後ほど幾つかはギルドに買取をして貰う予定だ。


俺が設置した迎撃装置は、そのまま残す事になった。矢の補充が出来なければ無用の長物だが、追加した分も合わせて1万本は矢が残っていたので、多少は役に立つ筈だ。


補充と迎撃用に自動化設備と収納箱は設置をしておく必要がある。思う所もあって、借りた家をそのまま譲り受け、大々的に手を入れる事にした。この辺りの手続きもイザークさんが居ると早い。不動産屋に行ってイザークさんが一声掛けるだけであっと言う間に手続きは完了した。


何処かでそこが俺の家だと聞きつけたのだろう。町の人達が俺の家の横に大きな教会を建てようと言ってきたが、そこは何とか思いとどまる様にお願いをした。


家の周囲は新しく塀で囲い、床もレンガを敷き詰めてしまう。家の壁なんかもクラフトで一新しておいた。あっと言う間に家の建て替えが完了だ。

家を完全に塀で囲ってしまうと、その中を拠点と認識してしまい町を拠点化する事が出来ないので、あえて門や壁では閉ざしていない。誰でも入ろうと思えば入れるが、かわりに家には扉を設置して簡単に出入りが出来ない様にした。


収納箱や拠点の扉などは、メニューから暗証番号を設定すれば施錠する事が出来る。そうすれば正しい暗証番号を入れるか、壊す以外には開ける事は不可能だ。

まぁさすがに壊してまで中に入る奴は居ないんじゃないかな。


そんなこんなで、戦いの後処理を行っている内に1日はあっと言う間に過ぎ去っていった。昨晩は夜通し襲撃の対処をしていたので徹夜だったが、眠気を感じなかったのは気が張っていたのだろう。宿で夕食を食べていると限界が来た様で一気に眠気が来たので、部屋のベッドに倒れる様に駆け込み、そのまま深い眠りについた。勿論フランシーヌも一緒だ。



余程疲れていたのだろう。気が付くと夜が明けていた。


「お早う御座います。卓也さん。」


「おはよう、フランシーヌ。」


眼を覚ますと、既に起きていたフランシーヌと目が合った。俺はそれ以上は何も言わずにフランシーヌを思いっきり抱きしめる。


「フランシーヌが城壁から飛び出した時、心臓が止まるかと思った。怖かった。死と隣り合わせ何だと今更ながらに実感した。」


「そうですね。魔物の襲撃で命を落とす事は良くある事です。卓也さんが住んでいた場所には魔物が居ないんでしたね。私にはそんな世界こそ想像が出来ないです。とても素敵な場所なんでしょうね。」


「確かに魔物に襲われる危険性は無いかな。素敵な場所、それはどうなんだろう。朝から晩まで働いて、生きているのか死んでいるのか解らないような顔をした人が一杯居たよ。」


昨日は、襲撃が終わったばかりだと言うのに町の人達は全く悲壮感を感じさせず、生き生きとした顔で町の再建に乗り出していた。そんな前向きな人達が眩しく思える。


「昨日はごめんね、フランシーヌ。君を守ると誓ったのに、最後は何も出来なかった。」


「そんな事は無いですよ。皆、卓也さんに感謝をしていたじゃ有りませんか。私も卓也さんがくれた装備があったから、苦戦せずにデミリッチを倒せたのです。ありがとう御座います。」


「そう言ってくれると助かるよ。俺もっと頑張るから。」


「はい。頼りにしていますね。」


もっと俺に力があれば。そう思った事も事実だが、一方で俺がこの町を守ったのだと言う気持ちも無い訳では無い。町の人々からありがとうと感謝をされる度に、祈りを捧げられる度に、相応しい人間になれるのだろうかと自問自答をする。一体俺に何が出来るのだろう。


まぁ出来る事と言えば採取とクラフトだけだから、まずはそこからだな。


「朝からありがとうね、フランシーヌ。よし、今日も頑張ろう!」


身支度を整えて朝ご飯を済ませると、今日は早速ギルドへ向かう。

ギルドへ着くとベアトリスに声を掛けるが、すっかり慣れたもので殆ど顔パスみたいなものだ。直ぐにギルドマスターの執務室に案内をして貰った。


ギルドは朝方で人が多い時間帯の筈だが、受付以外に人が居なかった。何かトラブルでもあったのだろうか。


「タクヤ殿、朝早くからご足労頂き申し訳無い。」


「いえ、マスターは大丈夫ですか?随分お疲れですが。」


ギルドマスターは、表情に少し陰があり、目の下にははっきりと隈が出来ている。服にも皺が目立っており、髪も心なしか脂でギトついて見える。


「ははは、さすがに昨日から1歩もギルドを出ていないからな。」


「ヘクター様もそろそろお休みになられませんと、そろそろ倒れてしまいますよ。」


「そうは言っても、皆働き尽くめだからな。ここは頑張り時だろう。」


「上が模範を示しませんと、皆無理をするばかりです。幸い魔物の襲撃は一段落されたのですから、そろそろお休みくださいませ。」


ブラック企業あるあるだな。ワンマンで2徹3徹なんのその、な感じのトップが社長で、下にも同じ働きを要求する会社がある。さすがに社長を差し置いて休みを取る事なんて出来ないから、気が付けば皆無理が祟ってその内身体も精神も壊してしまう。上が仕事が出来るから、逆に社員が不幸になるケースだ。


「そうですよ、トップが余り無茶をされると、下は簡単に休みますとは言えなくなります。こんな時だからこそしっかり休養は取らないと。」


「良くぞ言ってくれました。タクヤ様。」


ベアトリスが満面の笑みで俺を褒めてくれる。何時もクールな感じだから、結構意外だ。


「ギルドに殆ど人陰が有りませんでしたが、皆さんは何処へ?」


「ああ、皆門の外で後始末の最中だ。貴重な食糧だからな、出来るだけ保存食に加工をしておきたい。それにあれだけの数だからな、どうやって後始末をするか、悩ましい限りだ。」


「何時もならどうしているんですか?」


「可能な限り解体して保存食にする。だが対応できる数には限りがあるから、残りは町の少し離れた場所に運んで、全部燃やす。だが、あれだけの数だ。燃え尽きるまで3日3晩は煙が立ち込めるだろうし、流れ出した脂で土壌も汚染される。燃え尽きた後の残骸も、埋めるなりしなきゃならん。面倒な事ばかりだ。」


考えた事もなかったが、確かにあれだけの生ごみを処理しようと思えば簡単にはいかないだろう。


「では、お手伝いしましょうか?採取してしまえば跡形も無くなりますし。」


「そうか、タクヤ殿にお願いが出来れば、後の始末は不要になるのか。」


「ボスや大型魔獣の素材は融通して貰ってますしね。それ位なら。」


数千体の魔物を解体し、肉を剥ぎ取り、塩を盛り込んでその後燻製にする。保存を効かせようと思えば血抜きをする必要もある。解体の時に流れ出る魔獣の血で既に町の脇を流れる川の下流は真っ赤に染まっていた。解体自体は環境を考えてある程度加減をしながらだが、生態系に悪影響が出るのも容易に想像が出来る。


その後マスターと相談をした結果、解体を含めて俺が手伝う事になった。

剝ぎ取った素材の内、肉のみ融通をすれば一定数買い取ってくれるとの事。俺が採取を行えば血で汚れず廃棄物も出ず、それでいて綺麗さっぱりだ。


余程、魔物の後始末が大変だったのだろう。結局、残りの魔物の処分は全て俺が引き受ける事にした。











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