第54話 デミリッチ
ギルドから外に出ると、町中のそこかしこから煙が上がっているのが見て取れた。少し離れた中空には、青白い光を放つローブを身に纏い手には長い杖を持った亡霊がふよふよと浮かんでいる。デミリッチに死してなお仕えるレイスだ。
レイスが手に持つ杖を軽く振るうと、幾つかの火の玉が周囲に浮かび上がり、何処かを目指して高速で飛んで行く。間を置かずして着弾したのかドン、ドン、ドンっと立て続けに破裂音が鳴り響く。
今度は火の玉が放たれた方向からそれに呼応するかの様に、同じ様な火の玉が幾つもレイスに向かって飛んで行く。だが、レイスの手前で何かに阻まれる様に爆ける。
それが、幾度と無く繰り返される。誰かがレイスに応戦をしている様だ。
町のそこかしこで、同じ様な光景が繰り広げられていた。
俺はイザークさんとフランシーヌに案内され、一路西門を目指す。
「タクヤ様のお陰で、レイス以外の魔物は城壁を越えておりません。今は、魔法を使える者を中心に、ああして対処をしております。それもこれも、タクヤ様が情報を事前に齎してくれたお陰ですな。」
イザークさんの言葉は、俺を励ましてくれているのだろうか。今はそうした戦いを避けて路地を走っているが、そこかしこから煙だけでは無く火が上がっているのも見える。決して被害は少なくは無い筈だ。
「すまない、俺がもっと上手くクラフト出来ていれば、もっと楽に倒せたかも知れないのに。」
フィールドボスを3体やれていれば、デミリッチだって十分に対処出来てた筈なんだ。フランシーヌとの時間を過ごすのはとても楽しかったが、それに現を抜かすばかりでは無く、もっと採掘に精を出していればもう少し選択肢もあったかも知れない。
だが、仮にフィールドボスを3体撃破していたとしても、その場合に襲撃してくるボスはドレイク2体なので、もっと手に負えなかった筈だ。そんな事にも気づかないほど、俺は切羽詰まっていた。
「卓也さんはずっと働き尽くめだったじゃないですか。それに卓也さんのお陰で被害は最小限にとどまっています。」
視界の端に、レイスとの戦いで命を落としたらしき人影もちらほらと見えた。それはゲームでは決して眼にする事の無かった光景だ。自責の念で胸が締め付けられる思いがした。
足が重い。ともすれば、座り込んでしまいそうになるが、気持ちを奮い立たせて何とか歩を進める。暫くすると、ようやく西の城門へと辿り着いた。そこには、未だ健在な迎撃装置と城壁、そして傷1つ無い城門が篝火に照らし出されていた。
「団長、タクヤ様、フランシーヌ様、よくぞご無事で。」
「指揮を任せてすまないな。戦況はどうだ?」
指揮を任せていると言う事は、この人がイザークさんの息子さんか。イザークさんと同じ柄の装飾をされた鎧を身に纏った偉丈夫で、よく見れば確かにイザークさんと良く似た顔立ちをしている。
「どうだじゃ有りませんよ。タクヤ様のお陰で被害は殆ど有りません。」
「殆どって、町の中では何人も。。」
俺は、さっき見た光景を思い出す。表情何て見える筈も無いのに、記憶の中の彼らは苦悶の表情で俺に何かを訴えかけている様だった。
イザークさんの息子さんは、俺が何を言っているのか理解が出来ない様に、不思議そうな顔で首を傾げる。
「卓也さん、本来この規模の魔物の襲撃があれば、町は呑み込まれていても不思議では有りません。それが、これだけの被害で済んでいるのは、卓也さんが設置してくれた大弓と、事前に教えてくれた情報のお陰です。」
フランシーヌの言葉だからか、すっと胸に入って来る気がする。イザークさんを、息子さんを、順に見る。誇らしげな表情で頷く。
「でも、デミリッチが!」
「大丈夫です。卓也さんは、見守っていて下さい。」
フランシーヌは俺の手を取ると、そのまま城壁の上まで俺を案内してくれた。周囲では俺の存在に気付いた皆が、一様に俺の名前を叫ぶ。
「タクヤ様!タクヤ様!」
「皆、卓也さんの活躍を知っています。こうして皆が無事でいられるのも卓也さんのお陰です。」
城壁に上がって外を見れば、城壁から100mちょっと先を境に魔物の死骸が堆く積み重なっていた。そのどれもが、タレット上部の迎撃用大型クロスボウから放たれた矢に貫かれ、絶命をしたのだろう。狼や熊、猪の魔獣。大型の魔獣も多数見て取れる。スケルトンが砕かれたのだろう、白骨も至る所に散乱をしていた。
その光景を見れば、確かに俺が設置した迎撃装置が十分に仕事をしたのだと解る。
「ここに居るのは城壁の守りを任された衛兵を僅かに残すのみで、後は町中に侵入したレイスの対処にあたっています。残念ながら有効な攻撃手段が限られているので時間が掛かって居ますが、十分に対処が可能な見通しです。それもこれも全てタクヤ様の奇跡のお陰です。」
言われてみれば、さっきまでと比べて格段に人の数が減っている。城壁の内側で待機して居た騎士団も今は姿が無い。
城壁の向こう側は、動く気配は皆無と言って良い。ただ、巨大な影がゆっくりと城壁に近づいて来るだけ。あれはストレイシープだ。
羊と言えば可愛げが有りそうなものだが、あれは決してそんな可愛いものでは無い。全長は20mはあろうかと言う程の巨体で、やたらと厳つい表情をしている。耐久値が非常に高く、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしない。フィールドボスとして出現した場合は、戦闘状態に入って5分以内に討伐をしなければ逃亡を許してしまう。
攻撃手段が体当たりだけと乏しくフィールドボスの中では最弱と呼ばれるが、倒すのは決して簡単な相手では無かった。
フィールドで遭遇した場合と異なり襲撃イベントでは逃亡をする事は無い。幾ら攻撃手段が少ないとは言ってもあの巨体だ。勢いを付けてあの巨体が城壁にぶつかれば、さすがに無事では済まないだろう。
遠目には酷くゆっくりと、だが、もうじき城門へと至ろうとするのが見える。逃げ出してしまいたい気持ちが大きく膨れ上がったが、繋いだままのフランシーヌの手を握りしめるとぐっと堪える。フランシーヌは震える俺の手を優しく握り返してくれた。
「さぁ、残すはストレイシープとデミリッチのみだ。お前ら、今こそタクヤ様に活躍を見せる時だ。気合いを入れろ!」
副団長、イザークさんの息子が檄を飛ばすと、おーっと一斉に掛け声が上がる。
ストレイシープが迎撃装置の射程に入るのは、もう間も無くだ。そして、堆く積もった死骸の山を越え射程内に入ると、沈黙をしていた大型クロスボウが一斉に矢を放つ。一射、二射。
「撃てー!」
負けじと城壁の上で弓を引き絞った衛兵達が一斉に矢を放つ。
さすがにボスともなると簡単には足は止まらない。非常にゆっくりした歩みに見えるが、そもそも大きさが違う。四射目が放たれる直前、ストレイシープはそのままの勢いで城壁に体当たりを仕掛けてきた。
ドォーンと凄まじい衝撃が城門を、そこに連なる城壁を揺らす。俺は慌てて近くの壁に手を掛けて踏み留まる。
ストレイシープは、ゆっくりと後退をして少し距離を取ると、再度勢いを着けて城壁へとぶつかる。先程よりは助走距離が短いからか、揺れは少ない。
「卓也さん、ストレイシープはどうですか?」
巨大な羊に集中すれば、その上部にはHPバーが表示される。さすがに城門の両脇に設置した計60基のタレットが城門前のストレイシープを射程に収めているので、そのダメージは桁違いだ。既に体力は半分を切っていた。
「このペースなら、もう少しでやれると思う。多分、大丈夫。」
フィールドボスとは言え、本来であれば十分な火力を構築する前に戦わなければなら無い遭遇戦と異なり、ここには過剰な程の火力がある。ストレイシープだけなら対処は容易だった。
「ならば、後はアレだけですね。」
そう言ってフランシーヌが視線を向けた先には、もう間も無く城門へと辿り着く、デミリッチの怪しげな姿が見えた。
元は王様だっただけあって、随分と装飾の立派なローブとマントを身に纏い、頭には王冠を載せている。この距離では細部までは解らないがゲーム内のビジュアル通りなら、手に持った王笏や両の手指に並んだ指輪には悪趣味な程の大きな宝石が嵌っていた筈だ。
さすがにボスだから一回りと言わず、背丈は俺たちの倍はある。まぁフィールドボスとしては最小サイズ何だけど。さすがに大型クロスボウの射程にも届かない距離だから、それ位離れていると遠目に見えるサイズ感は人と殆ど変わりが無い。城壁に近付いてくると堆く積もった魔獣の死骸の陰の隠れてしまいそうになる。
1m程浮いているからか、遠目には地を滑るようにゆっくりと近寄って来る様に見える。全身に紫色の怪しげな光を纏っている。
「では卓也さん、行ってきますね。」
「え、行って来るって?」
フランシーヌは握りしめていた俺の手を優しく解くと、胸の前に手を組み、短く祈りの言葉を唱える。するとフランシーヌの全身を光が覆った。そのまま走り出すと、トンっと軽やかに城壁を飛び越える。
「え、フランシーヌ!」
慌てて城壁に駆け寄り下を見下ろせば、フランシーヌは凄まじいスピードでデミリッチへと駆け出していた。
腰から剣を抜き放つ。向かう先はデミリッチ。
デミリッチは魔物の死骸を乗り越えようとしていた所だったが、迫り来る敵を見付けると、王笏を頭上へと掲げた。
デミリッチの頭上に氷の槍が次々と産み出され、一拍の間を置いて時間差でフランシーヌへと次々に放たれる。だが、フランシーヌは迫り来る氷の槍をデミリッチに対して反時計回りに弧を描く様に走り抜け、次々と躱して行く。速い!
城壁からデミリッチまでの距離は100m強。その距離を瞬く間に駆け抜けてデミリッチへと肉薄する。多分だけど、オリンピック選手よりも速いんじゃ無いだろうか。
デミリッチは頭上に掲げた王笏をくるくると回し始める。すると今度は頭上に炎が渦を巻き始める。
フランシーヌはと言えば一瞬足を止め、何事かを呟くと剣をデミリッチに向けて振り下ろす。するとデミリッチの足元に光る魔法陣が現れ、そこから白い鎖が何本も出てデミリッチへと絡まり出した。デミリッチの咆哮が響き渡る。と同時に頭上で大きく渦を巻いていた炎が霧散した。
次にフランシーヌは、剣を正眼に構え、またも祈りの言葉を捧げる。今度は今までと違い、距離があるのに良く通る声で俺の耳にも聞こえて来た。
「我らが偉大なる神よ。その奇跡を今ひととき、我が剣へと宿し給え。理に背きし不浄なるものを滅する断罪の刃を、今、ここに!聖剣の奇跡!」
その祈りに呼応するかの様に、フランシーヌが持つ剣が眩い輝きを放ち始める。
デミリッチは己が運命を悟ったのか、懸命に鎖から逃れようともがくが、鎖が解ける気配は全く無い。フランシーヌは残りの距離を一気に詰めると、最後に大きく跳躍し、デミリッチの頭上から一息に、大上段に輝く剣を振り下ろした。
その時、俺の目に映るデミリッチのHPバーは、そのただの一撃で一気に全損した。デミリッチの断末魔の叫びが響き渡る。ほぼ時を同じくして、城門に体当たりを行っていたストレイシープのHPもついに底を突き、野太いながらも羊らしくメェーと鳴き声をあげてドーンとその巨体が倒れた。
城門を歓声が包み込んだ。
こうして、モンペリエの町を襲った真紅の月の襲撃イベントは幕を閉じた。
俺はと言えば、安心したからか腰が抜けてへたり込んでしまう。フランシーヌの無事を喜ぶばかりだ。何処か遠くに聞こえる歓声に包まれながら、俺はフランシーヌの帰りを待つのだった。
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