第51話 First → Second

ギルドマスターの執務室はギルドの一番奥にあるから、さすがにそんな場所で報告を待つ訳にはいかない。ギルド1階の受付前にテーブルと椅子が運び込まれ、簡易の指揮所になっていた。


冒険者も領軍の指揮下にあるが、時には冒険者が独自に動く事もある。その為と言う訳では無いが、ギルドは独自に情報を収集し状況を把握する必要が有った。

そもそも冒険者の戦いを知らない領軍では、時に齟齬が出て冒険者を上手く運用出来ない事もあるからだ。


冒険者は数人単位で小隊を編成する。配置や基本的な方針は領軍の指示に従うが、実際の戦いとなれば小隊単位で動く事になる。一応年に一度の頻度で合同の演習を実施しては居るのだが、町の治安を守る衛士隊は比較的冒険者と距離が近いが、領主麾下の騎士団とは少なからず軋轢が生じてしまう。


とは言え、押し寄せて来る魔物の軍勢を迎え討つだけだから、余程の事が無い限りは独自の判断で動く事は無い。城門への誘導が失敗した時や、敵の戦線を支え切れずに他の場所から町への侵入を許してしまう場合がある。そうした場合に対処出来る様に、ギルドにはある程度の人数が予備戦力として残されていた。

予備戦力として残されているのはどちらかと言うと戦闘に不慣れな新米ばかりだから、本当に最後の手段としての側面が強いのだが。


紅い月が中天に差し掛かる頃、町の至る所から警鐘が鳴り響き始める。魔物の襲撃は紅き月が上った日から遅くとも2~3日以内と聞いたが、稀にだが当日中の襲撃もあるのだそうだ。魔物の襲撃が当日の場合、とてもでは無いが迎撃の準備が間に合わないから、被害が大きく拡大するのが常だった。


残念ながら、今回の襲撃は当日中だった様だ。だが幸いな事に、今回は神託があった事から、十分に用意を整える事が出来た。それでも通常であれば被害は免れない。


最も近い門は南門で、ギルドからだと恐らくは1㎞程度。警鐘が鳴り響くとは言え夜の闇は音が良く響く。警鐘の音に混じって遠くから風に乗って押し寄せる魔物の吠える鳴き声が聞こえてくる。

戦況はどうなっているのだろうか、迎撃装置が上手く作動してくれていれば良いのだが。俺自身が戦列に加わっても正直出来る事は限られるから、じっと座って報告を待つ。


仮に何処かの城壁が破られれば、町の中へ魔獣が侵入をしてくるだろう。その前に防ぐ事が出来れば良いのだが。防衛戦力の被害が拡大し留める事が難しい場合は報告が入る手筈になっている。その場合はその場所へと駆け付けて対処をする予定だ。

直ぐに設置が出来る様にタレットを最大数の10個登録をしている。登録からの再設置なら大幅に時間を短縮して設置が出来るから、迅速な対処が可能になる筈だ。


気が付けば警鐘の音は段々と小さくなり、ついには鳴り止んだ。戦況に変化があったのだろうか。程無くして息を切らせながら伝令が走り込んで来る。


「報告、魔物の第一陣の殲滅に成功しました。被害は皆無です!」


「そうか、殲滅に成功したか。」


伝令がギルドマスターにそう報告をすると、ギルドマスターが膝を打つ。


ギルドの前で待機をしていた若い冒険者達から、おーと歓声が上がる。そう言えば先程遠くから歓声が聞こえた気がする。ほっと息を吐き、肩の力を抜く。気付けば大分緊張をしていた様だ。


「被害が皆無とな、それは真か?」


「少なくとも南門では負傷者は確認出来ていません。」


伝令を問い質したのは騎士団長のイザークだ。領主へ報告を終えた後、宣言通りに俺達に合流をして、今も一緒に行動をしてくれている。

南門はギルドから一番近い城門だ。それ程間を空けずに北と西から同様の報告が届く。

日中であれば人の往来も多いから、ここから最も遠い北門なら、中央を迂回して移動をするから1時間程度は掛かる。だが今は往来に人の気配は全く無いから、足の速い伝令であれば10分もあれば駆け付ける事が出来る。南門なら直線距離で1㎞程度だから5分も掛からない。


「ギルドマスター、それ程間を空けずに第2陣の襲撃がある筈です。その前に矢の在庫を確認したいのですが、宜しいでしょうか。」


「ああ、勿論だ。」


「30分もあれば戻ると思います。」


この時間なら、ギルドから家まで5分もあれば付ける筈だ。


「タクヤ様、肩の力をお抜き下さい。まだ戦いは始まったばかりですぞ。それ程緊張をされていては、持ちますまい。」


「そうですね、何分始めてなもので。」


ゲームの中では何度となく戦いを経験したが、さすがに本当の戦いとなると空気がまるで違う。拠点に魔物が押し寄せてくるのは何処まで行ってもゲームの延長線上だったが、これは人の生き死にが掛かる本当の戦いだ。

いや、フランシーヌがジャイアントスパイダーに対峙した時や、クイーンジャイアントスパイダーに挑んだ時も、生死が掛かっていたのは変わらないな。何処かでゲーム気分が抜けていなかったのかも知れない。


とは言え、まずは今は出来る事をすべき時だ。


フランシーヌとイザークと共に借家へと移動をする。戦闘が一段落したからか、町は静まり返っている。固く閉ざされた家々からは微かに人の気配がするが、家に残された誰もが戦いの行方を気にしながらもじっと待つ事しか出来ないのだろう。寝静まった静けさと言うよりは、息を噛み殺した様な、そんな静寂が辺りを包んでいた。


家に着くと、収納箱の在庫を確認する。2万本はあったストックが、5千本も減っていた。第2ウェーブと第4ウェーブは大型の魔物が混じるので、トータルの数はむしろ減少する筈だ。だが第3ウェーブは同程度の数が押し寄せる事になる。

もしかすると足りなくなるかも知れない。幸い石ブロックはまだ在庫があるから、早々に補充をしておく必要が有るだろう。


ギルドと家を往復するのは手間だから、5千本を残して後はアイテムボックスに収納する。ギルドに戻ったら許可を貰って、作業台と収納箱を設置しよう。そうすれば、以降はギルドで在庫の確認を行う事が可能だろう。


ギルドに戻ると、ギルドマスターと何人かの冒険者が、テーブルの上に広げた地図を囲って会議をしていた。


「戻りました。戦況は如何ですか?」


「おお、英雄殿の御戻りだ。」


ギルドマスターがそう言って迎えてくれる。そこに居合わせた冒険者達が俺の元に駆け寄ってきて、口々に感謝の言葉を述べてくれた。


城壁を挟んだ戦いは、迎撃装置が十二分に性能を発揮し、驚く事に被害を0に抑える事が出来たらしい。城門以外にも魔物は押し寄せたが、それらも設置された迎撃装置で十分にカバーが出来る程度のものだった。確認した限りではただの1カ所も、城壁への損傷は確認出来ていないらしい。


城門前も、城壁に辿り着いた魔物は居なかった。人的被害に至っては0。それも全ては俺が設置した迎撃装置による戦果があってのものだ。

今俺に周りに集まって居るには皆等級が高く、前線で小隊を指揮していたメンバーだ。今は報告と今後の方針確認の為に一時戻ってきているが、俺の姿を認めたので口々に感謝の言葉を述べる。


「お前達、気持ちは解るがそれ位にしろ。すまないなタクヤ殿。だが、お陰様で大勝利だ。」


「それは良かったです。本当に。第二陣に対する備えはどうなって居ますか?」


「今は誘導のための篝火を再設置している所だろう。魔物の襲撃が幾度か続く事は広く知られているからな。」


「そうですね。次の襲撃には、今までとは毛色の違う魔物が混じって来る筈です。それで最後に来るボスの予想が出来ますので、情報収集をお願いします。あと、何処かスペースを借りても良いですか。」


「そちらの空いてるスペースは、自由に使って貰って構わない。」


「ありがとう御座います。」


俺は許可を貰うと、奥のスペースに手早く作業台を幾つかと収納箱を設置した。収納箱には先程回収した矢を納め、石ブロックは少しばかりの予備を残して補充用の矢のクラフトを始める。


「おお、あれが。」


「話には聞いていたが、凄いな。本当にいきなり現れたぞ。」


冒険者達の驚く声が聞こえてくる。


「では、ギルドマスター、俺達は戦線に戻ります。」


皆ギルドマスターに一礼をすると、ギルドを後にした。これから死地に向かうとは思えない程に晴れ晴れとした表情だった。


「タクヤ殿、現時点の戦況報告は必要かね?」


「お願いしても良いですか。」


それから暫らくは、戦況についての説明をして貰う事になった。

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