第49話 紅に染まる月

3カ所の城門前に迎撃設備の設置を終えると、ようやく一息着く事が出来た。そのタイミングでイザークさんは領主へ報告をする為に戻る事になった。領主への報告が終わればまた合流をしてくれるそうだ。非常に助かる。


そろそろギルドへと向かう事にしよう。そう思って空を見上げる。

既に日は落ちて空は闇に包まれている。日の沈んだ方向と反対の方角、東から上って来る月は、不吉な紅い輝きを放っていた。

そう言えば、この世界の太陽と月も東から上って来るんだな。それにしても、禍々しいとは言え鮮やかな紅い色で染まった月は美しくもある。


その光景に、ふと違和感を覚えた。なんで、こんなに月が鮮やかなんだ???


「ねぇフランシーヌ、紅き月って、あんなに鮮やかな色をしてるんだっけ?」


「色ですか?そうですね、私が前回紅き月を見たのは3年前ですが、それでも今回の月は随分とはっきりと見える気がします。」


「そうだよね、何時もはこう、もやが掛かってて、もっと薄ぼんやりとして無かった?」


「言われてみれば、確かに。そんな気がします。」


そう、普通の紅き月は、いわゆる朧月。空には靄が掛かっていて、月の輝きがぼんやりと空を紅く染め上げる感じはもっとおどろおどろしい雰囲気を漂わせている。だが、今日の空は澄み渡っていて、月はハッキリと見る事が出来た。


そうか、これは【紅き月ブラッドムーン】じゃ無い。【真紅の月スカーレットムーン】だ!


「嫌な予感がする。ギルドに急ごう。出来ればギルドマスターの意見も聞きたい。」


フランシーヌへそう声を掛けると、急ぎギルドへと向かう。


真紅の月。それは低確率で発生する特殊イベントだ。紅き月はゲーム内なら5~35日周期で定期的に発生する襲撃イベントで、計4ウェーブの敵の襲撃を撃退する事でクリアとなる。だが、極々低確率、確か発生率は2%位で特殊イベントとして真紅の月が発生する。


何時もなら靄が掛かった朧月だが、真紅の月では靄が掛からず鮮やかな紅色に月が輝く。そのイベント中は通常の4ウェーブに加えて5ウェーブ目が発生する。

通常にウェーブでも敵の出現数が増える事に加えて、最後の5ウェーブ目にはフィールドボスが加わる。それも2体。出現するボスは技術ツリーに解放段階に応じて強化されるので中ボス解放後なら、出現するボスはドレイクが2体になる。


普通にプレイをしていたら、今から倒そうと思うボスが2体も連れ立って襲ってくるのだから、普通に考えれば太刀打ち等出来る筈も無い。このイベントで拠点が壊滅し、泣きを見たプレイヤーは非常に多い。

中ボスを解放した後だとドレイクが2体と更に手が付けられなくなる為、このイベントを警戒して戦力が十分に整って御釣りが出る迄、フィールドボス3体を倒さないプレイを推奨する声も多かった位だ。それを知らず、新しいレシピを開放する為に早々にフィールドボス3体を撃破してドレイクに蹂躙されたプレイヤーも多い。


何せドレイク討伐には十分な対策が必要になる。ドレイクはそれぞれが属性を帯びており、ファイアドレイク、アイスドレイクと言った感じで属性を冠する名称をしている。討伐する為には、それぞれの属性に対応した専用の装備や迎撃設備が必要になる。属性を帯びない迎撃装置や、対応した属性で無ければ十分なダメージを与える事が出来ないからだ。


SNSでも、低確率だから頻度こそ少ないものの、定期的に怨嗟の声が上がっていたのを覚えている。拠点が完全に崩壊してしまえば、自分のアイテムボックスに入れているアイテム以外は消失するので、素材集めから始めるハメになるからだ。

今回はフィールドボス3体撃破前だから、ドレイクより対処は容易な筈だ。それでも到底楽観視出来るものでは無い。


ギルドへ辿り着くと、思ったよりも閑散としていた。冒険者は基本的に迎撃部隊として駆り出されているので当然と言えば当然か。ベアトリスさんは何時も通り受付に居たので声を掛けると、ギルドマスターの執務室へとそのまま案内をされる。


部屋へ着くと、まずは椅子に座って息を整える。


「ようやく英雄殿のお出ましだな。既にあちこちから報告が来てるぞ。」


「ん、英雄ですか?」


「聖女と共にあるのだから、当然英雄だろう。勿論、神がご降臨をされたとの報告も貰ったが、神様と呼んだ方が良かったか?」


「神様と英雄なら、英雄の方がまだ良い気がしますね。」


「タクヤ殿なら、そう言うと思ったよ。」


神様、英雄様、タクヤ様。そんな言葉を想像した。何処かで聞いた事のあるフレーズだ。何だったかな。まぁその中なら英雄と呼ばれても大差は無い気もする。ついさっき迄は想像もしなかった事だ。


「それはそうと、ギルドマスターは真紅の月を知っていますか?」


「紅き月では無くてかね?」


「はい。別物ですね。」


ギルドへ来る途中フランシーヌに確認をしたが、フランシーヌも聞いた事が無いそうだ。


「聞いた事が無いな。何か、問題でも有ったのかね。嫌、問題が有りそうな顔をしているな。これ以上の厄介事か。」


「そうですね。俺の知ってる真紅の月なら、とびきりの厄介事です。」


そう言って、俺は真紅の月についての説明をする。因みに俺の知るウェーブと、この世界の魔物の襲撃は大きな違いは無いらしい。そこ迄明確では無いが、確かに段階を踏んで敵が押し寄せるのだと言う。


1段階目は、そのフィールドに出現する通常の魔獣。2段階目は通常の魔獣に加えて大型の魔獣。3段階目はいずれかのバイオームの出現モンスターとの混成。4段階目は他のバイオームの大型の魔獣との混成。

出現するバイオームによっては対策が必要となる為、組み合わせによっては難易度が格段に跳ね上がる。毒を巻き散らかす沼や、炎のブレスを吹く火山なんかだとかなりきつい筈だ。


この町の周辺がどのバイオームに属するかは解らないが、狼がメインだから恐らくは平原だろう。


「ここまでが通常の紅き月です。そして真紅の月の場合は、それに加えて最後にフィールドボスが出現します。恐らくはストレイシープと、後もう1体ですね。」


「ストレイシープが出現するのかね?しかも、もう1体???」


ギルドマスターと、隣で一緒に話を聞いていたベアトリスさんが絶句をしていた。


「古い文献に、その様な記述があったかと思います。確か、アルザスの悲劇として語られていたと記憶をしています。」


「アルザスの悲劇か。確かに言われてみればそうだな。古い話になるが、昔栄えたアルザスと言う国の王都が一夜にして滅んだらしい。」


「当初はタイラントボアにより壊滅したとされていましたが、後年の研究では別のボス級の魔獣の存在が示唆されていた筈です。」


「確かに、ボス級が2体となれば王都程の戦力であっても対処は難しいかもしれんな。」


「なら、不幸中の幸いかも知れませんね。今なら、ある程度のフィールドボスは対処が可能だと思います。」


迎撃装置はノーマル品とは言えあれだけの数を設置したのだ。早々遅れを取るとは思えない。それに、石の大型クロスボウのボルトは、他の矢と違って軸に木材を使用しない。石だけでクラフトが可能な為、素材にはかなり余裕がある。クラフト中の分を合わせると2万本は矢を用意する事が出来る。そう簡単には弾切れもしない筈だ。


「それは頼もしい限りだ。領主への報告も必要だろうから、そちらは任せてくれ。この後はどうする?」


「ギルドで等級が上の冒険者は、小隊の指揮が必要だと伺いましたが?」


「通常ならそうだな。だが、タクヤ殿を他の冒険者と同列に扱うのは無理があるだろう?」


「それで、他から不満は有りませんか?」


「それは無いかと思います、既にフランシーヌ様のお言葉は広く伝わっております。神の現身たるお方に不満は無いかと思います。」


とはベアトリス。そんなに広まってるのか。まぁあれだけ大々的に行ったから、情報が集まるギルドなら知らない筈も無い。


「それなら良いのですが、魔獣次第ですね。手元の素材を考慮すると、ほぼ限界まで設置をしましたので、これで対処出来れば御の字ですし、逆に足りなければこれ以上の手の打ちようは有りませんのでちょっと不味い気もします。ただ、城門前に上手く誘導さえ出来れば大丈夫だと思いますよ。」


万が一、魔物の襲撃が城門から逸れた場所に集中すれば、支え切れずに突破をされる可能性も否定出来ない。万が一そんな事態が起こった時は、今ある資材だけでは対処は難しい筈だ。しかし、だからと言って何もしない訳にもいかない。


「なので、万が一敵が逸れた場合は報告を受け取れる様にしたいですね。その時は出来る限りの対処をしますので。」


「そうだな。それならここで待機して貰うのが一番だろう。適時報告は入る様になっているからな。」


かくして、ギルドマスターのすすめもあって、ギルドで様子を見る事になった。

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