第48話 神託
広場には既に幾つかの天幕が張られていて、指揮所として機能をしている。
人口2万人の町で、どれだけの人数が防衛に当たるのかと言えば、何と凡そ5000人程だ。子供や老人、病気の者、そうした人々を世話する人達。単に戦闘に向かない人も居る。そうした人々を除いた大半が戦線に加わる事になる。騎士団を主体とする領軍が、予備役を含めて800人。冒険者が1000人。残りは義勇兵だ。
義勇兵と言えども、皆が皆戦列に加われるものでは無い。腕に覚えがある者の大半は若い頃から冒険者としてギルドで活動をしている。ギルドに所属をしていなくても幼少の頃から剣の腕を鍛えている者も少なくは無いが、どちらかと言うと腕に覚えが無いから冒険者以外の道を選んだ者が多い。それでも少しでも町を守る為にと義勇兵として志願をするのだ。
そもそも義勇兵が皆、剣や弓を持って戦列に加わる訳では無い。戦場での仕事は多岐に渡る。伝令や荷物運び、炊き出し等。そこかしこを忙しく人が行き交っていた。
そんな人の往来が集中している城門付近にタレットを設置しようと言うのだから、俺とフランシーヌだけなら難儀をした事だろう。正規の騎士は指示系統としては上位に当たるので、イザークさんが近くに居る騎士に声を掛けると話が早かった。
俺が設置を希望する場所をイザークさんに説明をすると、あっと言う間に人を動員して場所を空けてくれる。騎士の指揮の元、手近な人が10人単位で集められ、一定の範囲内に人が入らない様にしてくれるのだ。
バリケードや柵こそ無いが、それはコンサートやイベント会場で人の流れをコントロールする警備員の様にも見える。ここに居る人達は例外無く、城壁にそって1日足らずで突然現れた迎撃装置の事を知っていて、その大半はそれを設置したのが俺である事を知っていた。それでも傍で見ていても俺がどうやってそれを設置したのかは解らないから、そんな俺がこうしてぽっかりと空いた空間に立って居れば注目を浴びるのも当然と言えるだろう。
何事かと、周囲の人が集まり始める。さすがにこれだけ視線を集めると恥ずかしいのでさっさと設置を終わらせてしまいたいのだが、俺は設置を少し待っていた。フランシーヌから少し待って欲しいとお願いをされたからだ。先程の会話を思い出す。
「ん、待って欲しいって?」
「はい。卓也さんの御力は、隠し切れるものでは有りません。ですから、この機会に喧伝をしてしまいたいのです。」
「まぁ隠すつもりは無いから別に構わないんだけど、わざわざ大々的に振舞うのもなぁ。」
「卓也さんはこれから多くの人々の注目を集める事になります。ですので、出来るだけ早い内にそのお立場を明確にされた方が良いかと思うのです。」
「立場?」
「はい。私が神から受けた啓示は、内容まではそれ程伝わってはおりません。それでも私が神託の巫女である事はそこそこ知られております。ですので、卓也さんが神託に予言されし、神の現身であると喧伝をするのです。」
うーん、わざわざ自分から言うのもなぁ。
「それは儂も賛成だな。タクヤ様の御力は、今更隠し通せるものでは有りますまい。これ程の事をしでかしたのだからな。だが、人は未知のものには不安を覚える。その力の所在を明らかにすれば、余計な軋轢を避ける事が出来るでしょうな。言い方は悪いがリュック様の様に、貴方様を侮る者も少なくなりましょう。」
「まぁ確かに、言わんとする事は解る。でも喧伝って、どうすれば良いの?俺には難しそうだと思うけど。」
俺はと言えば人付き合いが苦手だったから、それこそ会社の会議でプレゼンを行う時は、事前に何度もシミュレーションをして、資料を揃えて、そこ迄しても人の前に立つと震えが来てしまう。周りを見渡せば結構な人数が居る様に思える。その視線を集めるとなると、正直気後れをしてしまう。
「そこは、もし宜しければ全て私にお任せを頂ければ。」
まぁフランシーヌに任せれば、悪いようにはしないだろう。
「それじゃ任せてしまっても良い?」
「はい。」
そう言って、フランシーヌは特上の笑みを浮かべた。
人が集まり始めると、それを呼び水に何事かと更に多くの人が集まって来る。集団心理と言う物だろうか。それとも野次馬根性か。
フランシーヌが一歩前に進み出ると、一気に周囲の空気が変わっていく。
最近はフランシーヌが魔法を使う時、何となくその身に纏う空気が変わるのを感じれる様になってきた。これが魔力と言う物だろうか。
「注目せよ。傾聴せよ。」
フランシーヌの厳かな声が、広場に響き渡る。さっき迄ざわついていた空間が、水を打った様に静まり反っていく。
「聞きなさい、神のお言葉である。」
皆一斉に膝を付き、頭を垂れ、祈りを捧げ始める。
正教会は国教だから、ほぼ例外無く国民は正教会が言う所の神を信仰している。程度の差こそあれ、皆教会で祈りを捧げる。だから、フランシーヌの事を知らぬ者は皆無だし、彼女が何を持ってそう呼ばれているのかは知らなくても、彼女が聖女と呼ばれている事自体は、実の所大半の人が知っていた。
それで無くても、フランシーヌの発する言葉には抗えない力がある。フランシーヌは誰よりも強い神の加護を授かっている。神気を纏い、魔力を乗せて発せられた言葉には、誰もが身近に神の存在を感じる強い力が籠められていた。自然、フランシーヌを通して、各々神へと祈りを捧げる事となる。
「神は告げられました。神の現身たるお方が、この世界に顕現をされると。今ここに予言は果たされました。尊きお方が降臨をされたのです。
いや、任せると言ったけど、さすがに俺を神様と言うのは言い過ぎ、でも無いか。フランシーヌは何時だって俺を通して神を見ていたし、俺の事を神の現身だと言っていた。現身とはどう言う事なのかと聞いた事があるが、フランシーヌの認識だと神が人の姿を借りて降臨をする事なのだそうだ。事実、俺の纏う気は神の気と同質であると言う。ならフランシーヌが俺の事を神と表現するのも当然か。頭では解っていたが、改めて言葉にされると何と言うか畏れ多い。
だが、前に感じていた様な寂寥感は、もう感じなくなっていた。何故なら、フランシーヌはちゃんと俺の事を見てくれているからだ。
フランシーヌの言葉に従ってか、広場に集まった人々が皆思い思いに神への言葉を捧げる。フランシーヌが魔力を纏う時の様に、人々からも強さの差こそあれ濃密な気配が漂い出す。祈りの力と言う物だろうか。それがゆっくりと、俺へと流れ込んで来る。皆の祈りで、俺の内側が満たされて行くのが解る。
成る程、確かに俺は神の現身なのだろう。でなければ、クラフト能力が使える筈も無い。だが、俺は俺だ。濃密な魔力を感じるからこそ逆に解った。別にこの魔力で何かが出来る訳でも、悟りを得る訳でも無い。出来る事と言えば、今まで通り素材を採取してクラフトをする事だけだ。
フランシーヌが俺に合図をしたので、何度も繰り返してきたクラフト作業を改めて行う。城門の辺りの城壁は今までタレットを設置した城壁よりも更に高く分厚い。敵の攻撃を押し留めると同時に、敵を迎え撃つ為の機能を備えているからだ。
そんな壁越しに魔物を射る為に、今までよりも更に高い土台を積み上げる。当然足場も必要になるから設置するタレットのすぐ横に、同じ様に土台としての壁を作り、壁の側面には階段状にブロックを配置する。徐々に土台を高くし、足場も高くする。1m置きに土台を10か所、それを城壁と並行して3列。土台の高さだけで1列目を10m、2列目を12m、3列目を15m。段違いにする事により射線を通し火線を集中させる事で30基のタレットが城門前をカバーする。これだけあれば早々破られる事は無い筈だ。土台の上にタレットを設置。時間差で次々とクラフトが完了するので上部に迎撃用の大型クロスボウを設置する。最後にピッケルを取り出して足場を解体する。
次は城門に向かって、城門前の広場を挟んだ反対側だ。人々の壁が俺達をぐるっと囲っていたが、構わず歩き始めると人がザーッと別れて道が出来る。反対側も同じ様にタレットを計30基設置した。全てが終わると、フランシーヌに完了報告を兼ねて頷く。
「見よ、偉大なる神の奇跡を。」
フランシーヌの言葉で一瞬静まり返った後、城門前に大歓声が沸き起こった。
因みにこのデモンストレーションは、ここと合わせて都合3回行う事になった。
川に面している東側は大丈夫との事なので、南から順に西、北の城門前で同じ様にタレットの設置を行ったのだ。
その度に祈りの力が流れ込んで満ちて行くのを感じたが、だからと言って何か俺自身に特別な事があった訳では無い。別に新たな力が目覚める訳でも、魔法が使える様になった訳でも無い。でも、俺が神の現身なのだと確信するには十分な出来事だった。
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