第47話 迎撃準備

「あ、もうこんな時間か。フランシーヌごめんね、疲れたろう?」


「いえ、私は全く平気です。卓也さんこそお疲れでは有りませんか?」


「ああ、俺は全く問題無いよ。御免ね、久しぶりに楽しくて時間を忘れてた。」


1つの作業に没頭すると、何もかも忘れてそれだけに集中出来る瞬間がある。俺はそんな時間が好きだ。別に単純作業が好きな訳じゃないが、そうした自分の世界へと嵌まり込むための手段として、俺にはエターナルクラフトが合っていた事もゲームにのめり込んだ理由だった。

1人の時なら仕事に支障さえ出なければ誰にも迷惑を掛けなかったが、今はフランシーヌが居るから気をつけないとな。


「イザークさんも、つき合わせてしまって申し訳ないです。もうこんな時間ですね、空が紅くなってきました。」


「ええ、正に聖女様が預言をされた通りです。」


気が付いて辺りを見渡して見ると、城壁周辺は非常に慌ただしくなっていた。至る所に篝火が焚かれ、兵装に身を包んだ人々が行き交っている。


「そう言えば、俺達もギルドへ行かなきゃならないんじゃなかったっけ?」


「それなら大丈夫です。先程ギルドから使いの方が来て、マスターから伝言を貰いました。私と卓也さんは、手が空いた時にギルドに立ち寄れば問題無いそうです。」


「お二方には、お二方にしか出来ない事が御座いますからな。」


「そうなんですね。それよりもイザークさんこそ、騎士団長様がずっと一緒に居て大丈夫なんですか?」


「私なら心配は御座いませんよ。騎士団長とは名ばかりで、騎士団の指揮は既に息子に任せておりますでな。」


そう言うと豪快に笑う。


「ところで、魔獣が何処から襲撃してくるのか、ある程度予想は出来たりするんですか?」


「おや、ご存じでは御座いませんでしたか。それでしたら、基本は東西南北にある城門の内、東を除いた城門付近ですな。」


イザークさんの反応を見ると、結構常識みたいだな。時間があるならフランシーヌに詳細を教えて貰う所だが、今は時間が惜しい。日は沈みつつあり、空はゆっくりと夕日のオレンジ色と、宵闇に紅色が混じった何とも不吉な色とのグラデーションになりつつある。じき、紅く染まるだろう。


「魔獣の接近を察知したら、門へと続く街道沿いに魔物寄せの香を焚くのです。それで、ある程度襲撃のルートを絞る事が出来ます。」


この世界の知識に疎い事を知っているから、フランシーヌが横から簡潔に説明をしてくれる。成程、ルートを制限する方法があるのか。


「それなら、城門付近の迎撃を厚くしましょう。もう少し素材には余裕が有ります。その前に、家に寄っても大丈夫ですか?」


「勿論ですとも。このイザーク、何処へなりともお供させて頂きますぞ。」


一通りタレットは設置したが、正直火力が分散しているので心許なかった。流石にこの町の規模だと、全域をしっかりとカバーしようと思うと素材も時間も足りない。幸いな事に襲撃のルートが絞れるのであれば、その付近の迎撃装置の密度を上げる事で対処が容易になる筈だ。


その後は一旦家に移動する。気が付けば朝から何も食べて居なかったので随分とお腹が空いていた。ゆっくりと食事を取る時間は無いが、家に着いたらまずは腹ごなしだな。フランシーヌとイザークさんはずっと付き合ってくれていたので、申しわけ無い。


20分程で家に着く。家に着くとまずは作業台からクラフト済みの矢を取り出し、収納箱に入れる。そして改めて大量の矢のクラフトをセットする。スタック数の上限が解放されていたからそこまで手間じゃ無かったが、これ初期のスタック数だと早々に詰んでいたんじゃないだろうか。

さすがに初期のアイテムボックスの容量とスタック上限99個では、この規模の拠点を賄えるとは思えない。多分早々にパンクして、思う様に矢の補充も出来なかったのでは無いだろうか。それか、家の敷地内に山ほど収納箱を設置するかだな。


そう言えば、最初の頃は直ぐにあふれる土や石ブロックを捨てるのも勿体なくて、拠点の中が収納箱で溢れていた。エターナルクラフトの最初の仕様では、クラフトする時は自分のアイテムボックスに素材が揃っている必要があったので、山の様な収納箱から必要なアイテムを取り出す事にも難儀をした覚えがある。

俺がゲームを始めたのは正式稼働から1年弱だったので、プレイを始めて程無くして仕様が変更されて、拠点内であれば収納箱の中身もそのままクラフトの素材として使える様になった。初期メンバーからは、良く愚痴を聞かされたものだ。

思い返して見れば10年の間に変わった仕様は色々と有って、その時々で色んな想い出があった。


「フランシーヌ、ひとまず食事にしようか。イザークさんもご一緒しませんか?」


「ご一緒しても宜しいのですかな。実を申せば、私もすっかりお腹が空きましてな。」


その言葉に合わせた様に、イザークさんのお腹がグーっと鳴る。流石にタイミングが良すぎて皆で笑ってしまった。俺が作業に没頭している間に、イザークさんの雰囲気が随分と和らいだ気がする。フランシーヌと色々と話しでもしたのだろうか。


イザークさんを家の中へと案内する。借家だから全然手を入れてないので、自分の家とは言い難いが、こうして誰かを招待するのは初めてでは無いだろうか。いや、ポール達を招いた事が一番最初だったな。


時間が惜しいので、手早くテーブルの上に料理を並べる。簡単に準備出来るものと言えばすっかり定番となった狼肉のステーキと大蜘蛛の茹で足しか無い。少々量が多い気もするが朝ご飯を食べた切りで何も食べていないから多い位で丁度良いだろう。


「これは随分と美味しそうですな。有難く頂戴致します。」


イザークさんは流石に1日中俺に付き合ってくれただけは有り、今更料理が突然現れる位では驚きもしなかった。早速ナイフとフォークを手に取り、皆で食べる事にする。


「これは狼肉ですかな、しかしこれ程美味しいステーキは食べた事が有りませんな。いや、まったくもってタクヤの御力は素晴らしい。」


「ん、タクヤ様?」


「ああ、これは失礼を致しました。今日タクヤ様をつぶさに拝見させて頂きまして、真、フランシーヌ様のご夫君に相応しきお方だと感服を致しました。そのお力も偉大なる神の御業と呼ぶに相応しきお力。改めて、フランシーヌ様とのご結婚をお喜び申し上げます。」


「それは、ありがとう御座います。」


元々俺を侮る様な事も無く丁寧に接してくれていたが、それでも今の雰囲気は全く違う。フランシーヌへの畏敬の念は常に感じていたが、気が付けば俺に対しても同じ様に敬意を払ってくれているのが解った。フランシーヌを知る人物から、こうして認めて貰えるのは何のかんので嬉しかった。


「して、この後は如何されるので?」


「そうですね、襲撃は今日にでもある可能性もあるのでしょ?出来れば敵の攻撃が集中する各城門の防衛設備は、もう少し強化をしておきたいです。食べ終わったら早速向かう事にしましょう。その後はギルドへ報告ですね。イザークさんこそ、何時までもご一緒と言う訳にはいかないのでは?」


「そうですな、息子に任せているとは言え、一度リュック様へご報告に戻ら無くてはなりませんな。出来れば隣でお役に立ちたい所では有りますが。宜しければ報告の後は改めてご一緒させて頂いても宜しいですかな。」


「それは構いませんが、宜しいのですか?」


息子さんに譲ったとは言え、仮にも騎士団長だ。さすがにずっと一緒にと言う訳にはいかないのでは無いだろうか。俺としては顔が利くイザークさんが居てくれると避けられる面倒事も多いだろうから非常に有難い。実際、タレットの設置中、一度も邪魔をされなかったのはとても助かった。あれ程大々的にクラフトを行ったのだから、町の人や衛兵に問い質される事も覚悟はしていたのだ。


「半ば隠居の身ですからな、今更私が居ない位でどうなる事でも有りますまい。それにご一緒させて頂いた方が、何となくですが良い気がするのです。」


「正直、イザークさんが居てくれて助かっているので、手伝って貰えると助かります。お願いしても大丈夫ですか?」


「是非お任せください。しかし、これは美味いですな!」


普段から美味しい食事を食べ慣れていると思うが、舌に合った様で良かった。

その後は、手近な門から順にタレットを追加で設置していく。

流石に人の往来の多い城門付近はタレットの設置を避けていたので、ここに敵の攻撃が集中すると聞けて良かった。


城門付近は空間が広く取られている。敵の攻撃が集中するとなれば、必然、ここに人も集まる訳で、既に人が多く集まっていた。




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