第46話 騎士団長イザーク

タクヤ殿が、どうやってかは解らないが次々とタレットの設置を進めて行く。その内、町中に警鐘が鳴り響き始めた。だが、既にかなり集中をしているのか、やかましい程に鳴り響く鐘の音を、タクヤ殿は全く気にする素振りを見せない。


私達の後ろには、気が付けばかなりの人数が遠巻きにゾロゾロとついて来ていた。誰も彼もがタクヤ殿の作り上げる小さな塔に興味深々だ。


レンガを隙間なく詰め積み上げられた土台と、その上に作られた小さな塔はほぼ垂直で、巨大な1本の柱の様に見える。

軽く触ってみたが、ちょっとやそっとでは倒れる事はおろか傷つける事も不可能に思える。レンガは傷1つなく表面が滑らかで、そして全ての品質が均一で寸分の隙間も無く積み上げられている。

タクヤ殿が足場と称する石のブロックも、正直意味が解らない。

50cm四方の立方体。1枚の大きな石をくり抜いたと言うよりは、岩盤を適当に50cmくり抜いたかの様だ。だが、これも全てが正確に同じ形の立方体で、しっかりと押し固められた様に崩れる気配が全く無い。どうやればこれ程正確に石をくり抜けるのだろうか。まだ巨大な1枚岩から切り出す方が簡単な様に思える。


遠巻きに様子を見ていた町の人々が、その小さな塔に駆け寄って触っているが、まぁ彼らが多少触れた位ではどうする事も出来ないだろうから、特に注意する事はしなかった。


警鐘が鳴り響くと、俄かにざわつき始めた。あの警鐘が意味する事を知らぬ者は居ないが、今はまだ月が上る時間には早い。警鐘が鳴っても尚、しばらくの間は人々に大きな動きは見えなかった。


私の存在に気付いた歩哨が何度か私に尋ねに来た。名目上は私が騎士団長だが、騎士団の指揮は既に息子の副団長に任せている。歩哨には、手短に聖女の神託により紅き月の到来が預言された事、後は上官の指揮を仰ぐように言っておいた。皆が皆、詳しい説明を求めたそうな何とも言えない表情をしていたが、黙々と設置を進めるタクヤ殿と、それを見つめるフランシーヌ様との間にある触れてはいけない空気を感じて、それ以上の詮索をする者は居なかった。


町の人々が、私から話を聞いた歩哨に事情を聞きに行く。紅き月の到来が預言されたとなればこんな所で油を売っている暇等無い。預言と聞いて、それをどう捉えるかは人それぞれだが、フランシーヌ様が敬虔な信徒であり、高位の神官である事は広く知られている。多くの人達は預言と聞いた後に視線の先にフランシーヌ様が居る事を認めると納得したのか、自分の果たすべき事を為す為に歩み去って行く。

それよりも数は少ないが、一部の人はフランシーヌ様が神託の聖女である事を知っているのだろう。仮に神託の2つ名を知らなくとも、教会が聖女と認める人物だ。その人物が神の言葉を語るのであれば疑う余地等無い。それを知る人達は、歩哨の言葉を聞くと血相を変えて駆け出して行った。


彼女が正教会から正式に聖女と認められている事は一般には流布されていない。だが、フランシーヌ様と共にこの町の正教会に赴任してきたニコラ教会長が、正教会において教皇に次ぐ実力者である事を知れば、フランシーヌ様がまことしやかに聖女と呼ばれる噂の信憑性は俄然高まると言うものだ。貴族や、貴族に連なる者であれば、フランシーヌ様が聖女である事を知らぬ者はおるまい。


ましてや、フランシーヌ様は何度か奇跡を起こされている。死を待つばかりであった俺の妻を癒して頂いた事が最たるものだった。


どんどんと設置されていくタレットについて尋ねる声も聞こえてくるが、歩哨も解りませんとしか答えられない。そもそも、これをどうやって説明すると言うのだ。自分の目で見たのなら、あるがままに受け入れるしか無いでは無いか。


皆、詳細な説明を聞く事を諦めたのか、あるいは納得をしたのか、程なくすると足早に立ち去って行く。それでも遠巻きに様子を見に来る人は後を立たなかったが、昼を過ぎる頃には人影を見かける事も無くなった。非番の兵士や冒険者達にも動員が掛けられたのだろう。入れ違いに兵装に身を包んだ人影を見かける事が多くなっていく。


しかし、タクヤ殿は一体何者なのだろうか。フランシーヌ様が夫君に選んだ方なので、只人である筈は無い。最初は随分と平凡な方だと思った。立ち姿を見れば、どれ程やれるかはある程度察する事が出来るが、この方は隙だらけで、こと戦いに於いては明らかに素人に見える。

だが、先のスパイダーシルクの一件を調べると、恐らくこのタクヤ殿が持ち込んだもので有る事は間違いが無い。噂も含め突拍子も無い話だったから裏が取れるまではリュック様への報告は止めている状況だ。何でも傷一つないジャイアントスパイダーの甲殻を持ち込んだのも、この御仁らしい。何をどうすればそんな事が可能なのか、まるで想像が出来なかった。だが、こうして目の当たりにすると、フランシーヌ様がただ一言、神の御業と表した事が一番正確である様に思えてくる。


フランシーヌ様のご夫君がどんな方か見定めたいと言う気持ちもあるが、騎士団長として、件の人物がどんな方なのかを確認する意味もあって、リュック様に同行を買って出た。勿論、ご夫君を軽んじる発言をしてフランシーヌ様の不況を買ったリュック様のお詫びと挽回をしたい気持ちもあった。

あるいはリュック様に情報を共有していれば、もう少し慎重な態度を取ったかも知れない。だが、リュック様は5年前に後を継がれてから、大きな失敗もなく順調に領主の勤めを果たしてきたからか、少し貴族として増長している所があった。特にギルドとの関係性については何度も注意をしたのだが、何処か下に見ている節がある。ギルドと冒険者の協力が無ければ町を守り抜く事等出来ないのだから、これを機に改めてくれると良いのだが。


気付けばすっかり日が傾き、もうそろそろ日が沈もうかとする頃、ようやく設置が完了した。400基余りのタレットの上部には大型のクロスボウが設置され、城壁の外へと装填された矢が向けられている。


タクヤ殿は凡そ8時間、ただの一度も休憩を取る事なく、ついに設置を完了してしまった。戦場においては数日徹夜をする事も、緊張状態を維持する事も当然ある。だが、この集中力は全く別物に感じる。


傍から見る分には、タクヤ殿が正直何をしているのかは解らない。タクヤ殿の動き自体はそれ程負荷の掛かるものでは無い様に見える。しかし、タクヤ殿の前に次々とレンガが積み上がっていく。

最初こそレンガで土台を作り、その上にタレットを設置し、そのすぐ隣に石積みの足場を作って、タレットの上に迎撃用の大型クロスボウを設置する。そこまで完成して次の場所へと移ったが、その工程は最初の数か所だけだった。それ以降はレンガの土台だけで次の場所へと移動する。

何故土台だけなのだろうと不思議に思ったが、しばらく経って「ヒッ」っと後ろの方から微かな悲鳴が聞こえた。振り返ると、かなり前に積んだ土台の上にタレットの設置が完了していた。良く見てみれば、タクヤ殿が移動する間隔と同じ位のペースで、後を追う様に何時の間にかタレットが完成していく。

先程の悲鳴は、土台を見ようと近付いたご婦人が、いきなり目の前にタレットが出現した事に驚いた悲鳴だった様だ。


そして城壁をぐるっと一周すると、今度は設置したタレットの上に迎撃用大型クロスボウの設置を進めて行く。

幾ら負荷が掛からない様に見えるとは言え、これだけの事を成し遂げているのだからかなりの集中力を要するのでは無いか。例えそうでは無かったとしても、これだけの時間、集中を途切れさえる事無く、ペースを変える事も無く、たんたんと一つの事を成し遂げる事が出来るのだろうか。


第一印象は平凡な方だと思ったが、とんでもない御仁だ。

私も邪魔をしない様に、固唾を飲んで2人の後に着いてきたが、流石にそれだけでも疲労困憊だ。設置が完了しタクヤ殿が足を止めた時、ようやく私も深呼吸をする事が出来た。そして、どっと全身に疲労が押し寄せて、倒れそうになった。だが、タクヤ殿はまるで疲れを感じた様には見えなかった。


フランシーヌ様と言えば、にこにこと微笑みながらタクヤ殿との距離を付かず離れず作業の終わりまで見守っていた。タクヤ殿を見つめるその横顔は、微かな変化ではあるが様々な表情を見せる。時には誇らしげに、時には心配そうに、時には優しく。

教会で聖女然として振舞う彼女は、何時も分け隔てなく、誰にも優し気な笑みを向けていた。常に神と共に在り、神への祈りを忘れない、そんな方だった。だからこそ、彼女が為した様々な奇跡が無くとも、彼女を聖女として人々は敬うのだろう。


だが、タクヤ殿を見つめるその表情は、決して今までに見て来た神に祈りを捧げる聖女のものでは無い様に見えた。きっとこの二人は合うべくして出会ったのだ。タクヤ殿の人となりを見定めてやろう等と老婆心ながらに思っていたが、全くのお節介だった様だ。


しかし、これをリュック様に何と報告をすれば良いのやら。だが、タクヤ殿の齎した奇跡は、まだ始まってすら居なかったのだと後に知る事になる。

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