第36話 収穫と告白

気が付けばソファーに座り込んで、フランシーヌと色んな話をした。


これ迄は何のかんので忙しかったが、まずは目標であったクイーンジャイアントスパイダーの討伐に成功し、家具も一通り揃えて住環境が整った事もあってか、すっかり気が抜けてしまった。肩の力が抜けたからだろうか、フランシーヌとゆっくり話す事が出来た。


夕方になれば食事をして、一緒にお風呂に入る。風呂はフランシーヌに大好評だった。やっぱり、暖かいお湯に肩まで浸かって手足を伸ばせば、しっかりとくつろぐ事が出来る。入浴を命の洗濯と表現する人も居るが、言い得て妙だなとつくづく思った。


その後はゆったりとした時間を過ごし、夜はより親密な2人の時間を楽しむ。とても充足した穏やかな時間だった。


畑に種を植えて3日目、背の高い野菜は胸ぐらいの高さにまで一気に成長し、小さいながらもつぼみをつけている物も沢山あった。果樹は10日サイクルだから幾分成長は遅いがそれでも腰くらいの高さには成長をしている。


畑は雑草が生えるでも無く手入れ不要なので、生育度合いをチェックした後は拠点の周囲に転がっているジャイアントスパイダーの素材を適時採取し、採掘を行い、日が暮れればフランシーヌと2人の時間を過ごす。

日中フランシーヌが暇を持て余さないか心配だったが、これまで通り神に祈りを捧げたり、たまに拠点の外でジャイアントスパイダー相手に身体を動かしたりしている様だ。


そう言えば俺が採掘のために地下に潜っている間は、ジャイアントスパイダーの足は普通に切り落とせるらしい。ある程度の距離を離れる事で、エターナルクラフトの仕様からは外れる様だ。ただどれ程離れても自動迎撃装置はちゃんと機能をしている。

クラフトで設置したものであれば距離は関係なくエターナルクラフトの仕様に従う様だ。


畑に種を植えて4日目、植えた作物は一斉に花をつけた。色んな野菜を植えたので色とりどりの花が咲き乱れていた。


畑に種を植えて5日目、ついに収穫を迎える。どれも大振りで丸々としていて美味しそうだ。まるでスーパーに並んでいる野菜がそのまま実ったかの様に不自然な程に形が整ってはいるが、それでも美味しそうに見える。

折角なのでリアルモードでトマトを捥いでそのまま齧ってみた。良く熟れていて瑞々しく、甘みが口一杯に広がる。


「うん。美味しいな。」


「私も1つ貰っても良いですか?」


「勿論だよ!料理で使うなら、少し避けておこうか?」


「それでは失礼をして。とても美味しいですね。こんなに甘いトマトは食べた事が無いです。料理用には2つずつ位別にして貰えれば大丈夫だと思います。これだけ味がしっかりしていれば調味料が無くても美味しいと思います。今晩試してみますね。」


俺が慣れ親しんだ野菜は、長い品種改良の末に見た目や味を改良して出来たものだ。今食べたトマトは普通にスーパーで並んでいるものでは無く、デパートに並んでいるようなブランド物の野菜にひけを取らない。味にはそれ程拘らないからモンペリエの町で食べた野菜とどう違うのかまでは解らないが、格段に美味しい事だけは解る。とは言え好みはある。フランシーヌの舌にあったのなら良かった。


「後で採取してしまうから、良さそうな物があったら収穫して貰っていいよ。籠を置いておくから使ってね。」


植物の繊維でクラフト出来る籠を幾つか重ねて置いておく。


フランシーヌが野菜を収穫して、籠へ入れていく。それをのんびりと眺める。フランシーヌの収穫が一段落すると、今度は俺が草刈り鎌を持って一気に採取をしていく。

収穫を終えると畑はきれいさっぱり何も無い状態になる。この後改めて耕したり肥料を撒いたりは不要なので、早速次の種を植える事にした。


前回はフランシーヌと一緒に種を植えたが、一度採取した種はアイテムボックスから直接畑を指定するだけで植える事が出来る。アイテムボックスから取り出せるならフランシーヌと一緒に植えようかと思ったが、オブジェクト設定はされておらずドロップしてもドロップアイテムとして一括で表示されるだけなので、やや味気なくはあるが今回は俺が全て種まきをしておいた。


その日の晩、フランシーヌが手料理を作ってくれた。新鮮な野菜をたっぷりと使った煮込みと、オーブンで焼いた料理だ。

設置した高級調理台は、燃料こそ木材、つまり薪を使用するが、作りは結構近代的で見た目はシステムキッチンに似ている。向かって左側には竈。真ん中に洗い場と天板があって右側には巨大な石窯オーブンがある。天板の奥にはスタンドがあって、鍋やフライパン、フライ返しにお玉といった調理器具が掛かっている。

包丁は流石に無かったので、余り切れすぎても怖いのでコモン等級の鉄の肉切り包丁を使う事にした。

収穫した作物の中には小麦もあったので、石窯と小麦があればパンがクラフト出来る。挽いて小麦粉にする必要もなく、酵母もバターも不要なのにふっくらとした柔らかいパンが出来上がる。料理には俺がクラフトしたパンが添えられていた。


「ご主人様のお口に会うかは解りませんが、どうぞご賞味ください。」


「ありがとう、さっそく頂くとしよう。」


人参、ジャガイモ、玉ねぎと言った根菜をメインにトマトを一緒に煮込んで味を調えた煮込み料理。塩や胡椒などは入っておらず素朴な味ではあるが、元々トマトの味がしっかりしているので決して薄味と言う事は無い。

カボチャ、ナス、キュウリはオーブンで焼いて、綺麗に皿に盛り付けてある。元の味が良いと、焼いただけでも旨味が増して美味しい。料理自体はシンプルだが火加減は絶妙でフランシーヌの料理の腕が窺い知れた。


「どうされました、ご主人様?お口に合いませんでしたでしょうか。」


フランシーヌが、驚いた様に声を掛ける。不安そうに見つめるその目と目が合った瞬間、頬を伝う涙に気づいた。


「あれ、どうしたんだろう。」


涙を袖で拭うが、なかなか止まらない。フランシーヌもどうしたら良いのか解らずおろおろしているのが伝わってくるが、俺は気持ちが落ち着くまで顔を上げる事が出来ないでいた。


しばらくたって、ようやく気持ちが落ち着いてくると、何となく涙の原因に思い至る事が出来た。


「驚かせて済まない。もう大丈夫だと思う。良かったら俺の話を聞いてくれるか。でも、きっとつまらない話だと思う。」


「はい。どんな話でもお聞かせください。」


どこにでもある様なつまらない話だ。別に人に自慢する程の話でもない。でも、気持ちを整理する為に恥を忍んでフランシーヌに話す事にした。単純に聞いて欲しかったと言う気持ちもある。


「俺の両親はそこそこ良い会社に勤めてて、子供の頃から将来の為にって色々と習い事に行かせてくれたんだ。頑張れば褒めてくれるから、期待に応えたくて本当に色々と頑張ってた。両親は2人とも小さい頃は何かある度に褒めてくれた。俺が9つになる頃、母が浮気をしてから家庭がぎくしゃくし始めたんだ。まぁそれ自体は良くある話だと思う。でも、夫婦仲が冷めると自然と子供との距離も空いてしまうのか、それ以来親に褒めて貰う事は殆ど無くなってな。それでも褒めて貰いたいから一生懸命勉強をして、一生懸命良い大学に入って。」


そう、あの頃は一緒にご飯を食べる事も無くなって会話も無くなって、それでも勉強を頑張って良い成績が取れれば、また昔みたいに褒めて貰えるんじゃないかって思ってたんだ。目が出なかったから好きで続けていた習い事を辞めて、とにかく勉強を頑張った。


「大学で一人で生活を始めた時に考え方を変えてみようと思って、気が合った子と付き合ったんだけど、まぁその時も上手くいかなくてさ。」


「どう、うまくいかなかったんですか?」


「俺もその子もきっと幼かったんだと思う。俺は精一杯その子の期待に応えようと頑張って、でも結果その子は俺への依存を強くして、段々と束縛が強くなってさ。このままじゃダメだと思って距離を置いたんだけど、その子がストーカーになっちゃって。」


「ストーカーとはどんなものなんですか?」


「ストーカーって言うのは、そうだな。相手への好意が大きく膨らみ過ぎて、相手の意思なんかお構いなしに都合良く捉える様になってしまう状態かな。相手の事を知りたいから、それこそ相手の知らない所で生活を監視して。自分じゃない誰かと親しくなるとその子の事を恨んだり危害を加えようとしたりして。最悪は自分を裏切ったと勘違いしたり、相手を自分のものにしようとしたりして、殺そうとする事もあったり。」


「その子も、ご主人様を殺そうと思ったんですか。」


「そうなんだよね。ある時家に帰ったら包丁を持った彼女が待っててさ。揉み合いになって、俺は大丈夫だったんだけどその子は大きい怪我をしちゃってさ。幸い大事には至らなかったんだけど。俺はその子の事がとても好きだったんだ。大切にしたいと思ったし、一緒に幸せになりたいとも思った。でも、ダメだった。何がいけなかったんだろうって今でも思い出しては悩んでしまう。」


今だとメンヘラと言われる様な子だったのだと思う。でも最初は至って普通の子だった。彼女がああなってしまったのは、俺にも何か問題があったんじゃ無いかって今も思っていた。


「何がいけなかったのかは私には解りませんが、ご主人様は精一杯頑張られたのだと思います。」


「ありがとうフランシーヌ。そうかな、頑張ったとは思うんだけどね。でみきっと何かを間違えてしまったんだろうと思う。まぁそれが原因でそれ以来人付き合いが苦手でね、それからはずっと人とは距離と取って生きてきたんだ。でもさ、フランシーヌに出会えて、まぁ一目惚れなんだけどさ、フランシーヌと一緒なら幸せになりたいって思ったんだ。」


今でも答えは出ないままだが。やっぱり俺はフランシーヌの事が好きだ。だから、ちゃんと言葉にしようと思う。


「フランシーヌの手料理を食べてさ、ふと幸せだなって、本当にそう思ったんだ。でもさ、贅沢な悩みなんだけど、改めて思ったんだ。」


ちゃんとフランシーヌの目を見て、想いを伝えよう。


「フランシーヌは聖女として、これまで厳しい修行をしてきたんだと思う。凄い子なんだって思っている。俺の力は神様から授かったもので、きっとこの力が無ければフランシーヌには釣り合わないって思っている。俺を通じて神様の事を見ているんだって事も解っている。けどさ、俺はフランシーヌにちゃんと俺の事を見て貰いたい。ご主人様って呼ばれるんじゃなくて、名前で、卓也って呼んで欲しい。さっきはきっと、フランシーヌが俺じゃない誰かの事を見ている事が悲しかったんだと思う。」


そうだ、幸せだったから泣いたんじゃない。その幸せが自分の手で掴んだものじゃないから、ちょっとだけ悲しくなったんだ。


「だから、ちゃんと俺の事を見て、いつか俺の事を好きになって欲しい。俺はフランシーヌの事が大好きだ。だから、何時か、俺と結婚して欲しい。」


言った。ついに言ってしまった。もっとムードのある時にちゃんと改まって言いたかったけど、多分今しか無いとそう思った。

しばらくの間、沈黙が支配する。イエスでもノーでも、フランシーヌの返事を待つ。断罪を待つ死刑囚はきっとこんな気持ちなんじゃ無いだろうか。段々と後悔が湧き上がってくる。もしかして早まったんじゃないか、フランシーヌに嫌われたんじゃないか。


「ありがとう御座います、。本来であれば一方的に信仰を押し付けてしまった私が断罪されるべきだと思うのですが、そんな私にこれ程の好意を向けて頂いてとても嬉しいです。」


不安に駆られて俯き気味だった俺が顔を上げると、そこには同じように泣きそうな顔をしているフランシーヌが居た。



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