第33話 二礼二拍手一礼

片膝をついて祈りを捧げるフランシーヌは、聖女と言うだけあって何とも言えない雰囲気を纏っている。穢してはいけない、触れてはいけない、そんな神聖な気配。


祈りの邪魔をしない様に、息を殺してそっと近付き、祈りが終わるのを待つ。


「お待たせをして申し訳御座いません、ご主人様。」


「うん、大丈夫。そう言えば、何を祈っていたの?」


「主へ討伐のご報告と感謝を。あ、ご主人様がいらっしゃいながら申し訳御座いません。」


フランシーヌが祈りを捧げる神と俺は同じ存在らしいので、祈るなら俺にって事らしい。


「いや、気にしなくていいよ。現身って言われてもピンと来ないしさ。むしろここに連れて来てフランシーヌに合わせてくれた神様には俺もお礼をしないと。」


フランシーヌの隣で二礼して手を合わせ柏手を2回打つ。そして神に感謝の祈りを捧げる。


最初はどうなる事かと思ったけど、こうしてつつがなく過ごす事が出来ています。それもひとえにこの力を授けてくださったからです。フランシーヌと出会う事も出来ました、つつしんで感謝を申し上げます。


名も知らぬ神に感謝は伝わっただろうか。

一礼の後に黙礼を解き顔を上げると、フランシーヌが隣で同じ格好で祈りを捧げていた。


「フランシーヌ、ありがとう。」


俺と合わせて祈りを捧げてくれるフランシーヌの気持ちが嬉しかった。


「いえ、とんでもないです。先程の祈りはどう言った意味のある作法なんですか?」


恐縮しながらも、俺が柏手を打った事が気になったのだろうか。


「二礼二拍手一礼と言って俺の住んでた所で神様に感謝を伝える作法なんだ。頭を2回下げて、2回柏手を打つ。そして感謝の祈りを捧げて最後にもう1回一礼をする。」


「ご主人様の世界にも神様はいらっしゃったんですね。」


フランシーヌには、俺が全く違う世界に住んでた事を話した事がある。


「そうだね、本当に神様がいらっしゃったのかは解らないけど。俺の世界には魔法なんて無かったし、神様から授かった不思議な力も無かったしね。それでも、何かある度に神様にお願い事をする様な所だったかな。新年が明ければ神様に詣でてお礼と新しい1年が良い年であるように。病気をすれば回復を願って。子供が出来れば安産をお祈りして。勉強が出来ますようになんて祈りも捧げてた。」


「とても神様が身近にいらっしゃる世界だったんですね。」


「そうだね、八百万の神と言って、全てのものに神様が宿っているなんて考え方もあったかな。」


「戻りたいのですか?」


フランシーヌが恐る恐ると言った様子でそう問う。


「どうだろう。でも俺をここに連れて来てくれた、こんな力を授けてくれた、そしてフランシーヌと会わせてくれた神様には感謝してるよ。ありがとう、フランシーヌ。」


寂しく無いと言えば嘘になる。だが、向こうでは好きでも無い仕事に精を出し、それ以外の時間、生活の中心はほぼほぼエターナルクラフトだった。

人付き合いは億劫だったから、親しい友人は現実では1人も居なくて、もっぱらゲームを通じた関係だった。

オフ会に誘われた事は何度もあったが、リアルで友好関係を築く事に忌避感があって、一度も参加をした事が無い。

1人で過ごす時間が寂しくて彼女を作ろうと考えた事もある。でも、かつての彼女とのトラブルを思い出すと、どうしても一歩を踏み出す事が出来なかった。


そんな元の世界に未練が有るのかと言えば、恐らく無いのだろう。家族との関係も疎遠だったから心残りも特に思い当たらない。

ちょっと感傷的になってしまったが、ここでは好きな採取とクラフトを好きなだけする事が出来る。不便さを感じてはいるが、大抵のことはその内解決する問題だ。


それにここにはフランシーヌが居て、元の世界にはフランシーヌが居ない。どちらが良いかなんて考える迄も無い。


その事を改めてフランシーヌに伝える。要約すると、つまりはフランシーヌが好きだ!と言う事だ。こっぱずかしい。途中からその意図が伝わったのだろうか、フランシーヌの顔が見る見る赤くなった。


その表情を見れば解る様に、最初に感じた危うさは未だ時々垣間見える事があるものの、フランシーヌは驚く程に素直で良い子だった。フランシーヌの目には、俺はどう映っているんだろう。神なんて不確かなものでは無く、物部卓也として見て欲しいと願わずにはいられない。


「まぁ、何時までも湿っぽい話をしてても仕方がないし、そろそろこれを片付けちゃいましょうか。」


「そうですね。」


ちょっと照れたのか、ぷいっとそっぽを向く。そんな仕草がたまらなく可愛い。

気持ちを切り替えると鉄のピッケルと鉄の肉切り包丁を取り出して交互に採取を行った。


素材には耐久値が設定されていて、耐久値が0になるまで採取を行う事が出来る。等級が上がると耐久値の減少がランダムになる為、採取回数にムラが出来る。

ボスモンスターなら基本は10回。レジェンド等級のツールを使用すれば最大で倍の20回まで採取が可能になる。


採取が出来るのは女王蜘蛛の糸、女王蜘蛛の甲殻、女王蜘蛛の爪、女王蜘蛛の牙、女王蜘蛛の脚。タングステンのピッケルなら魔石(中)とレア素材の女王蜘蛛が獲得出来る可能性がある。

レア素材が必要になるレシピはまだ先だから今すぐ必要と言う訳でも無い。特に技術レベルが20を越えるとレベル上昇に必要な経験値は大幅に増加するので、今までの様には簡単に上がらなくなる。それなら少しでも採取回数を増やして、まずは装備を更新した方が良いだろう。


採取が終わると、次は拠点に戻って更なる改修を行う。

ボスフィールドを囲む足場や迎撃装置はボスがリスポーンすれば使用するのでそのままだ。

拠点の周囲には、こちらに流れてきたらしいジャイアントスパイダーの死体が幾つか転がっていたので、これも採取する。


拠点に戻ると、クイーンジャイアントスパイダーを討伐した事でアンロックされたレシピを一通り試す事にした。


まずは女王蜘蛛の糸でクラフト可能な上質なスパイダーシルク。普通の糸クラフト出来るスパイダーシルクもクラフトして並べて比較してみた。

普通のスパイダーシルクは無地の絹そのままのイメージ。純白で光沢が美しく、触ればしっとりと滑らかな肌触り。

それに対し上質なスパイダーシルクは、真珠の様な乳白色で淡い輝きを発していた。触ってみると、何となく質感が違う様な気がする。

フランシーヌはどっちも触るのは始めてだが、スキンにはシルク製と思われるものも多数あったので、実際には初めてと言う程でも無い。それでもこうして無加工の生地の状態で触るのは初めての事だからとても驚いていた。


次に上質なスパイダーシルクを使用して、上質なスパイダーシルクの服と上質なスパイダーシルクの礼装を作成する。これはスキン枠では無く防具枠。鉄装備を大きく上回る防具性能が有り、何より防毒、耐暑、耐寒性能を有していて、これ1つで沼、火山、凍土対策になる優れものだ。

服は純白のスラックスとシャツにジャケットの組み合わせ、礼装は色は乳白色のタキシードである。このまま戦闘が出来るだけあって、動きを阻害する感じは全く無い。

でもゲームの中なら気にならないが、タキシードを着て戦闘ってそれって何てタキシードk、おっとこれ以上は言ってはいけない。


これフランシーヌに着せたらウェディングで着る様なドレスになる。装備枠は装備更新の度に上書きされる為、自由に着せ替えが出来ないのが残念だ。でも素材に余裕があったら、その内試してみようと思う。


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