第19話 白金の鷹の解散と神託の聖女

うわ、何か怒涛の展開だ。


酔った勢いで既成事実を作られ、人生の墓場と言って結婚した同僚の事を思い出す。まぁそう言う意味では俺も変わらない気がするし、かと言って今のアメリーの表情を見ていればケチを付ける気にもならない。今は嬉しさの余りか、憚る事無く涙を流している。


フランシーヌを挟んでポールと気不味い関係になる事も予想していたが、この場でアメリーにプロポーズするあたりイケメンだなと思う。惚れてしまいそうだ。だが、残念ながら俺にはフランシーヌが居る。済まないな、ポール。


気不味くて一瞬現実逃避をしていたが、何時までも口を噤んでいる訳にもいかない。ここは空気を読まずに俺から発言をする事にした。


「ではこれからどうする?」


「ジェロームとアンヌもそれで良ければ、ギルドには正式に解散の申請をしておこう。クエストの後処理にはもうしばらく掛かるから、正式な解散は全て終わってからだ。それまではそれぞれ自由に過ごす事にしよう。これからの事を色々と考える必要もあるだろう。朝だけはここで集まって食事がてら情報交換をしたいが良いだろうか。」


皆異論はない様で頷く。


「では、私は教会へと報告に参ります。タクヤ様、お手数では御座いますが教会長へご紹介を致したく、ご一緒頂いても宜しいでしょうか。」


「ああ、勿論構わないよ。」


フランシーヌの中では俺に着いてくる事が既定路線の様だが、俺も覚悟があって昨晩は寝所を共に過ごしたのだから異論は無い。教会長か、怒られなきゃいいけど。


その後は、さすがにお腹が空いたので皆で朝食を取る事にした。常宿で馴染みだからか、給仕の女の子はアメリーと親しい様でアメリーに結婚おめでとうと祝福をしてくれる。

パーティーが解散する事も伝わっていた筈だが、そちらは余り話題にはならなかった。


常に死と隣合わせの冒険者は、人の入れ替わりが多い。誰かが死んで欠員が出る事も、そこに新しい人員を加える事も。むしろ、こうして結婚と言う人生の節目を迎えて冒険者を引退する事は幸運な事だと言える。


そんな話を後々聞いた。ギルドでトップの実力を持つパーティーが解散する事はギルドにとっては勿論痛手ではある。だが常日頃冒険者と接する彼らとて、冒険者たちが幸せな結末を迎える事を誰よりも望んでいるのだ。


その日の夕方、皆で揃ってギルドで解散と二組の結婚の報告をした際、てっきり俺は引き留められるものだと思っていた。だが、あの知的なクールビューティーのベアトリスさんが涙を流してアメリーを祝福してくれる姿を見ると、色々と感慨深いものを感じるのだった。それは、今まで過ごした職場では決して見掛ける事は無かった光景だった。


辞めると言っても何度となく引き留められ、結局最後にh疲れ切った顔で会社を去る者を裏切り者と罵しる奴ら。結婚を機に退職をすれば、だから女はと後ろ指を指す者達。俺はそんな奴らが嫌いだった。だから仕事には程々の距離で向き合い、余り人とも関りを持たず、休日はエターナルクラフトの世界で過ごしてきたのだ。

人と変わらぬコミュニケーションを取る事が出来ても、何処か人間味を感じないピクセルで描かれたNPC達だからこそ、俺には居心地が良かった。


それでも、きっと何処かでは寂しく感じていたのだろうと今では解る。俺は隣にいるフランシーヌを抱き寄せる。フランシーヌとの関係は、何時か誰かと育むであろうと思い描いていた関係性とは違ったものだが、それでもこうして人の温もりを感じる事は幸せだと感じる。だから、俺はここで頑張っていこうと思えた。



しばし時は遡って、朝食の後はフランシーヌに連れられて教会へと行く事に相成った。


話に聞いていた通り、教会でのフランシーヌの立場はかなり高位な様で、誰もがフランシーヌ様と腰を折り頭を垂れる。

さすがに教会に普段着と言う訳にもいかないから、今日は法衣に身を包んでいる。むしろ本来はこちらが普段着で、昨日はあえて法衣では無い普段着を着ていたそうだ。フランシーヌなりに俺に気に入って貰いたくてあれこれ考えたらしい。

信徒の礼に軽く会釈を返すフランシーヌからは威厳を感じる。だがそんなフランシーヌを後ろから見る俺と言えば、昨晩の痴態を思い出しながら、神聖な法衣に身を包んだフランシーヌもいいなとか考えていた。つまり、何のかんので俺はフランシーヌに下手惚れだった。もうダメかも知れない。


教会長室へと伺うと、フランシーヌが挨拶も早々に要件を切り出す。


「ニコラ様、私はようやくお仕えすべき方に巡り合う事が出来ました。付きましては教会を辞去致したく存じます。」


「フランシーヌ、ついにお会い出来たのですね。この方が?」


「はい。神の御業をその身に宿す、神の現身たるお方です。タクヤ様、この方は私を幼少の頃より育てて下さいました教会長のニコラ様です。」


「タクヤと申します。宜しくお願いします。」


何と言うか、正直色々と厳しく質問でもされると思って身構えていた。だが、ニコラさんはフランシーヌの言葉に全く疑いの目を向けていないし、その真意を問い質す事もしない。初めからフランシーヌの言葉を信じ切っている様に見える。


「すいません、正直フランシーヌが私の事を神の現身とまで評価してくれのは過分だと思うのですが、何故疑われないのでしょう。」


「啓示について、フランシーヌからご説明は?」


「啓示ですか、いえ、聞いてませんね。」


啓示と言うと、神からのお告げとか言う奴だろうか。少々きな臭くなって来た。


「では、私からご説明を。フランシーヌは教会から聖女の認定を受けております。幼少の頃、神の啓示をその身に受け、その証を身体に刻まれたまごう事なき神託の聖女です。我々が信仰を捧げる偉大なる創造神は、ごくまれに我々に啓示を齎されます。それは時には未曽有の災害の預言であり、ある時は英雄の到来を告げるものであり。啓示は過去に3度確認をされており、啓示を受けた者はいずれも神の言葉を授かりし聖女として奉られております。フランシーヌは史上4人目の聖女なのです。」


「でも、それが本当の啓示かどうかはどうやって判断するんですか?」


「啓示を受けた者はその身体に神の証たる印を刻まれます。それに神の恩寵を受けたものにしか使えない、高位の神聖魔術を行使する事が出来ますから間違う筈も有りません。」


「証ですか?」


昨晩のフランシーヌの裸を思い出す。何処にもそれらしい印など無かった気がするのだが、入れ墨みたいな感じなのだろか。


「ああ、証は少々見えずらい所に有りましてな。その、左胸でして。」


そう言ってニコラは自分の心臓の辺りを指さす。心臓の辺り。。。フランシーヌを見れば、豊かな胸の辺りだ。そりゃそうだ、そんな所早々目にする事など出来はしない。そう言えば昨晩、彼女の胸の下、持ち上げでもしないと見えない場所に痣があった事を思い出す。こんな所に痣があるんだと何となく思ったのだ。痣と言ってもみみず腫れの様に凹凸がしっかりとしていて、何かの印と言われればその様な気がしなくも無い。

胸を注視しながら、俺がその事を想像したのを察したのか、フランシーヌが頬を赤らめた。


「いやはや、既にご寵愛を得られた様ですな。この子は神にその身を捧げるべく幼少の頃より厳しく鍛錬を積んで参りました。どうか傍に置いて役立ててやってはくれませんでしょうか。」


「それは構いませんが、しかし啓示ってどういうものだったんですか?」


「神の現身がこの世界へと降臨されると。フランシーヌは導き手として、傍に有れと、そう神託が為されました。」


「それだけ?世界を滅亡から救えとか、災害から守れとか、何々をしろとかって言われなかったんですか?」


「いえ、何も。神の現身たるお方がなさる事に、何故私共が口を挟めましょうか。ただ、偉大なる奇跡を、そのお傍で見届けさせて頂きたいのです。」


「だからあなた様は、あなた様が思うままにお好きな様に振舞われれば宜しいのです。何か困った事があった時、道に迷った時に案内や助けが必要であれば、その時はどうぞ私共をお使い下さい。」


そう言うと、フランシーヌと教会長のニコラさんは膝を折って俺に祈りを捧げた。


「我々教会は、偉大なる神の現身たる御方に、誠心誠意お仕えさせて頂きたく存じます。」


一糸乱れず、祈りを捧げる2人。結局のところ、この人もフランシーヌと同じだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る