第16話 蒸し風呂で世間話と宴会

「タクヤさん、宜しければ宿は俺達が常宿にしている所を紹介しますが、どうですか?後、先ほどの感じだと俺達の依頼料も素材の買取もかなり良い値が尽きそうですので、前祝に一杯如何ですか?」


「良いですね。是非お願いします。」


と言う訳で、宿もポールに紹介して貰う事にした。因みに、出会ってまだ1日足らずとは言えかなり打ち解けた事も有り、敬称は付けずに呼べる仲になった。


さすが町一番の冒険者が常宿にしているだけあって、町でもかなりランクの高い宿らしい。ところで、この段階になって俺の我慢はついに限界を迎えた。


今の季節は夏である。見た目の割に通気性が良く軽量とは言え、俺は防具一式を身に纏っている。つまり、とにかく暑いのだ。それにここに来てから風呂に入れていない。クラフトモードの時には気にならないから今まで勤めて気にしない様にしていたが、どこもかしこも汗でべとついていて身体から何とも言えないすえた臭いが漂っていた。


森の周辺には水辺が無かった。地下へ掘り進めていくと地下水脈に当たる事も多いので水自体には困らなかったが、流石に何時襲われるか解らない状況で水浴びなど出来る筈も無い。

タオルも無いのでどうしたかと言うと、わざわざ蜘蛛の糸で無地のカーペットを作成して、リアルモードでそれを切り分けてタオル替わりに使っていた。肌触りはすこぶる良かったので、随分と贅沢なタオルだったけど。

切り分けたカーペットはアイテムボックスに納まらなかったので、贅沢にも使い捨てだ。


そういう訳で我慢の限界だったから、宿で風呂が使えるかを尋ねる。浴槽は無いが、共同で使える蒸し風呂は有るらしい。


「と言う訳でポール、折角のお誘いで済まないが、まずは汗を流しても良いだろうか?とにかくもう限界なんだ!」


「あぁ解ります。今日も暑かったですからね。それなら俺達も旅の汚れを落としたいので、まずは皆で汗を流しましょうか。皆それでいいかい?」


他のメンバーも異存はないとの事。部屋に案内してもらうと鎧を仕舞い込み、早速蒸し風呂へと駆けこむ事にした。


ずっと手に持ち歩いていた金貨は、部屋に着いたタイミングで試した所アイテムボックスに収納が可能だった。ゲーム中もNPCとの取引に貨幣が必要だったので不思議では無かった。まとまった量なら結構な重さになるので、アイテムボックスに入らなかったらどうしようかと思ってたので、正直助かった。


蒸し風呂は結構広く、10人位は優に入れそうだった。入ると脱衣所があって、頭からすっぽりと被る貫頭衣が用意されている。まだ時間が早いからか他に客は居なかった。その内ポールとジェロームも汗を流しにやって来る。


早速貫頭衣に着替えて蒸し風呂に入ると、風呂の真ん中には熱した石を置く場所があり、熱した石に脇に置かれた水瓶から水をすくって掛ければ、部屋に蒸気が充満する。蒸し風呂の外には石を熱する火が焚かれて居て、温度が下がれば自分で石を交換する事も可能だ。ポールとジェロームが手慣れた感じで温度を調節してくれる。


俺はと言えば温度調節を2人に任せて蒸し風呂でしっかりと汗を流した。


こうして汗を流すのは何日ぶりの事だろう。そう言えば、連休だと朝から晩までエターナルクラフトに勤しんで、風呂や御飯もおざなりな事が良くあった。まだここに来てからそれ程日数が経っていないのに、今にして思うと手足を伸ばしてゆっくり浸かれる風呂がとても懐かしく感じる。レシピの中には浴槽もあるので、その内拠点の内装を整えてお風呂も使えるようにしようと決意するのだった。


蒸し風呂で汗を流しながら、2人とはすっかり打ち解けて色んな話をした。ポール達が普段どういう感じで冒険をしているのか。俺の年齢とか。ポールのパーティーは男性2人、女性3人の構成だが、女性関係はどうなっているのか等。


彼らのパーティーネームである白金の鷹についても話を聞いた。ポールの兜に美しい羽が挿してあったが、それが白金の鷹の羽なのだそうだ。

白金の鷹は目撃例は非常に少ないが、稀に羽だけが落ちている事があるのだと言う。金属質で美しい白色の輝きを放つ。その羽は幸運の象徴として珍重されているそうだ。

ポールは幼少の頃に偶然白金の鷹の羽を見つけ、それ以来大事にしているらしい。今では幸運のお守りとしてパーティーネームに冠する様になったのだそうだ。


恋愛関係については、こう言っては何だが意外な事にジェロームとアンヌが恋仲。

フランシーヌとポールは幼馴染で、ポールとしてはフランシーヌに恋心があるが、何せ神に仕える神官なので恋愛は厳禁なのだそうだ。そもそもフランシーヌは敬虔な信徒で神様以外には見向きもしないらしい。

この町で偶然再開した時に幼馴染の縁もあってダメ元でパーティーに誘った所、何故か快諾を貰ったそうだ。それ以来、今も同じパーティーとして活動をしているとの事。神官の勤めは何も神殿に籠る事ばかりでは無いので冒険者として活動する事自体には問題は無いらしい。

そう言えばフランシーヌには先程フォローをして貰ったので別に何かお礼を考えないとだな。教会なら寄付とか喜ばれるだろうか。機会が有れば考えよう。


アメリーは見た目かなり幼く見えるが、ああ見えても18歳。ポールの事を慕っているのは公然の秘密ではあるが、今の所ポールにとっては妹的な扱いらしい。アメリーがポールの事を慕っているのは道中の何気ない目線や接し方を見れば俺でも察する事が出来る程だ。


いずれにしても今日出会ったばかりだが、皆良い奴ばかりだ。出来れば幸せになって欲しいと老婆心ながらに思う。


ところで、宿に着いて1つ気付いた事がある。今まで鏡を見る機会が無かったので気付かなかったのだが、部屋には顔を洗う洗面器と水差しが置いてあり、小さいながらも鏡も置いてあった。ふと鏡を覗き込むと、そこに映る俺の顔はどう見ても35歳には見えなかった。多分20台半ば位。年齢は25歳で通す事にした。考えて見ればエターナルクラフトを始めたのも25歳の時だ。意外と何か関連があるのかも知れない。


蒸し風呂の隣にはゴザが敷かれた部屋もあって、多少の手間賃を払えば垢を擦り落としてくれる。俺は勿論お願いをしてやって貰った。イメージとは違って目の荒い布で全身を擦られるので結構痛かったが、それでも何日かぶりにこうして垢を落としたので気分は爽快だった。


蒸し風呂でさっぱりと汗を流した後は、そのままポールの案内でこれまたポール達の行きつけの酒場へと場所を移した。

さすがに身支度は女性の方が時間が掛かるから、俺達は先に店に行って注文を終え、残りの3人が合流した頃にはテーブルの上には所狭しと料理が並んでいた。


「では、依頼の成功を祝して、乾杯!」


乾杯の音頭を取るのはパーティーリーダーのポールだ。神官のフランシーヌも特に酒は禁じられていないらしい。アメリーも18歳は成人なので、特に問題は無いとの事。木製のカップに並々と注がれたエール酒を俺も一気に飲み干す。


プライベートでは余り飲まないが、職種が営業だからお得意先と酒を飲む機会は多い。会社でも事ある毎に飲み会があって散々鍛えられてきたからこれでも結構いける口だ。

エール酒は生ぬるく独特の発酵臭がするが、これはこれで飲めなくは無かった。並んだ料理に次から次へと手を伸ばす。流石に箸は無いので、基本はフォークか手掴みで食事を取る。

ふんだんに香辛料が使われていてどの料理も美味しく、料理を食べながら飲む酒は料理と相性が良いのか、最初の印象と違って飲み進めると美味しく感じた。まぁ二杯目以降は単純にエールの臭いに慣れたのかも知れない。そもそも狼肉とカニもとい蜘蛛肉以外の食事は久しぶりだ。濃い位の味付けが丁度良く感じた。

全く知らない場所だというのに、ポール達に打ち解けて俺もすっかり警戒が緩んだのか、酒が進む。


俺の事は余り話せる内容では無かったからどちらかと言うと聞き役に回っていたが、雰囲気に飲まれたのか気が付けばすっかり酒が回っていた様だ。その時の事は余り覚えていないが、後になって思えば結局何だか色々と俺の事も話した様な気がする。


そんな楽しい夜を過ごした俺だが、今非常にまずい状況に置かれていた。


「えっと、何でこんな事になってるんだっけ?」


宿の俺の部屋だろう。ベッドに腰掛けた俺の目の前には、蠱惑的な表情を浮かべるフランシーヌが一糸纏わぬ姿で立っていたのだ。



◆Memo


その辺の草からハンドツール(道具を使わず直接手で採取する事)を使って採取を行えば染料やポーションの原料となる花や繊維が入手出来る。

繊維から比較的早い段階で麻布が作れるので、単純に汗をぬぐうだけなら麻布でも問題無いが肌触りは悪い。

それに拠点のグレードアップを優先した事もあって、採取としては採掘が最優先だった事もあり、なんのかんので一番入手が容易だった蜘蛛の糸を使って、間に合わせている。


水の問題も井戸を設置すれば解決可能だが、井戸の利用は畑を作る時位だったので、この時点では失念をしていた。

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