第15話 工房にて。素材の価値
急ぎと聞いて走って来たのだろう、荒い息を吐きながらも襟を正し、そう声を掛けて来たのが件のモーリスさんだ。
このモンペリエで最大規模のテオドール商会を束ねる代表だが、立場としては支店長との事。テオドール商会は王都に本店を置き、王国でも有数の総合商会で貴族にも顔が利く。王都で主催されるオークションの運営を任されている組織の一角も担っている。オークションは王国を代表する大店ばかり10の商会が連名で運営をしている。
ギルドと専属の契約をしていて、こうした規模の大きい町には支店を構え、素材の買取を一手に行っている。
モーリスさんはモンペリエの支店を任されていて、テオドール商会長の縁戚にあたるそうだ。
スーツに似た感じの仕立ての良い服を上下揃えで来ているが、ややふっくらとした体型で人の良さそうな笑みを浮かべている。だが俺は知っている。こんな表情をした相手は、大抵の場合は商売相手としてはこれ以上に無い程に手強い。俺が証券マンをしている時に何度となく相手にしてきた人達と共通の気配を纏っていた。
とは言え、そうした人たちは商売に対しては正直だ。真摯な対応を心掛ければ大概は上手く行く。まぁもっと上手く駆け引きが出来れば成績も上がったのかも知れないが俺はそんなに器用では無かったので、成績は何時も平凡だったのだけれど。
「忙しいのに呼び出して申し訳ない。実はこいつの買取を急ぎお願いしたくてな。」
「こちらはジャイアントスパイダーですね。ポール君達が依頼品を持ち帰った事は報告を頂いていたのですが、2体ありますね。こちらは足の欠損が無いとは、報告通り素晴らしい状態です。」
「まぁその点についても後で相談をしたいが、とりあえずこっちを見てくれ。」
やはり真ん中にどんと置かれた巨体は目を引く様で、モーリスさんはそちらに視線を向けていたが、バンジャマンさんがその隣の隣、4本並んだ足へと案内する。
「足、ですね。」
「ああ、足だ。ただし、鮮度が違う。」
「鮮度ですか、少々失礼。」
モーリスは近くによると、臭いを確認する。
「これは、腐敗臭が全くしませんね。身はもう処理をされているんですか?」
「いや、そうじゃないんだ。身が詰まっていてこの状態なんだよ。」
「なんですと!ちょっと失礼。あぁ確かにちゃんと詰まってますね、信じられません。直接状態を確認しても?」
バンジャマンさんがが腰元のツールベルトから、手ごろな小刀を取り出すとモーリスさんに渡す。
モーリスさんはむき出しの根元の部分に小刀を差し込み、身を少し切り取るとそのまま口へと運んだ。
「これ程鮮度の良い身は、森で直ぐに食した時くらいしか味わった事が有りませんね。これをお売り頂けると?」
「ああ、お貴族様が喜ばれるんじゃないかと思ってな。」
「かしこまりました。こうしちゃいられません、直ぐに手配を致しましょう。他の買取については、後ほ。。何ですかこれは!!!大蜘蛛の糸じゃありませんか!!!!!!」
さっきまでの冷静な受け答えは何処へやら、視界の端に並べた大蜘蛛の糸が目に入った途端、モーリスさんの態度が一変した。そのまま糸に駆け寄ると掬い上げ、ほおずりする様な勢いで質感を確認し始める。
「こ、これ程の逸品を私は見た事が有りません。どうしたんですかこれは?何故こんな所にこれ程の素材が。」
「ああ、それの買取もお願いしようかと思っていたんだが、後にするかね。」
「いえ、これ程の品を領主様を通さずに取り扱いする訳には行きません。足と一緒にお伺いを立てますので一緒にお預かりをしても宜しいでしょうか。」
「と言う事らしいんだが、旦那、モーリスさんにお預けしてもいいかね。」
バンジャマンがいきなり俺に話を振る。全員の視線が俺に集中する。俺は表情を変えない様に注意して、モーリスさんに挨拶をする事にした。
「初めましてモーリスさん。タクヤと申します。こちらの品の買取をお願いしたいと思いまして、お任せをしても宜しいでしょうか。」
「勿論ですとも!こうしちゃおられません。」
「あ、モーリスさん、ついでといっちゃなんだが、もう1つ相談した事が有りまして。少々お耳を。」
俺の挨拶もそこそこに、ギルドマスターがそう言ってモーリスさんに近付くと手短に要件を話していた。別に隠すような話では無いから横からでも話の内容は聞こえてくるが、先程言ってた丸ごとのジャイアントスパイダーの取り扱いについてだ。
結局物が物な為、領主に直接判断を仰ぐ事になった様だ。随分と慌ただしくはあったが、それだけ緊急を要するとの事でその後はバタバタと運び出しをして何処かへと立ち去って行った。
因みにギルドにとってもかなり緊急度が高いとの事で、ギルドマスターも付いて行く事になった。俺達の対応については、後の事はベアトリスさんにお任せなのだそうだ。
足については鮮度を落とさない様にアメリーが氷漬けにしていた。氷漬けといっても直接足を凍らせると味が落ちるので、氷で包んで鮮度が落ちない様にする。
アメリーは直接氷を出す事は出来ないが、火魔法が得意で温度操作による冷却も得意なんだそうな。
水の入った桶が次々と運び込まれ、それを次から次に凍らせて氷を作る。そしてそれを砕いて、足1本毎に大量の氷で包んで箱に納めていく。
それ程人気なら森から氷漬けにして持ち帰れば需要は有りそうな気もするが、森からは早くても半日かかる上、さすがに半日も氷に入れておくと部分的に凍ったり溶けた氷が染みて味が落ちたりするのだそうだ。
それに半日も鮮度を保てる程の温度を維持できる様な魔法使いは早々居ない。アメリーは魔法使いとして見ても、このモンペリエでトップクラスなのだそうだ。そんなアメリーと後1人位しかそんな芸当は出来ないとの事。もしくは魔法使いを複数用意して、大規模な輸送体を組むかだ。
しかも、仮に最短の半日で運びこんだとしても、それを新鮮なうちに食そうと思えばこの町で食べるしか無い。それでもたまには大蜘蛛の足を食したいと町に来て急ぎ仕事を依頼する貴族も居るらしい。年に1度あるか無いかだが、そうした依頼は依頼料が馬鹿高く、良い収入になったとポールが話してくれた。
バンジャマンさんと言えば、ギルドマスターとモーリスさんを送り出した後は、早速部下に指示を出してジャイアントスパイダーの処理を再開する。
どの様な形で利用をするにしても、中身をくり抜いて防腐処理は必要になるからだ。
俺達はそこまでを見届けて、ギルドを後にする事にした。
ベアトリスさんがこの後の事について説明をしてくれる。取引がどうなったか、全体での買取額がどれ程になるかが判明するには恐らく2~3日は掛かるとの事。報告はそれからで、そのタイミングで改めて俺のギルド登録を行う事になった。まぁギルドマスターも一緒に出て行ったから判断は後回しになるのは仕方が無い。
気が付けばそこそこ時間が経っていて、そろそろ夕方。今日の宿をどうするかも決めなくてはならない。幸い先程ポールから頂戴した金貨があるから、宿代に困る事は無いだろう。
◆Memo
タクヤは基本的に相手をさん付けで呼びます。知り合って1日も経たずに名前呼びするのは非常に稀ですが、ポール達が余りに常識外の出来事に遭遇した事でかなり素な部分で接した事、元々相性が良かった事もあって、町に入る前には気軽にポールと呼ぶ様になって居ます。
ポール達から見れば、現時点では取引先なのと若干年上、見た目には20代半ばでパーティー最年長のジェロームと同じ位なので、タクヤさんと呼んでいます。
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