第9話 交渉

「改めまして、私はクラフターと言います。」


「クラフター、さんですか?」


あ、ゲーム内ではずっとデフォルトネームのクラフターで通していたが、名前としてはおかしいのかも知れないな。


「クラフターのタクヤと申します。宜しくお願いします。」


「タクヤさんですね。俺はさっき言いましたっけか。この白金の鷹のリーダーのポールと言います。見ての通りの大剣使いです。」


俺よりも少し身長が高い位だから、180cm半ば位か。金髪碧眼の美男子だ。実直そうな感じを受けるし、先ほどの感じからもこのメンバーの中で一番感情が顔に出るから、裏表の無い性格なのだろう。腹芸が出来ない人物にリーダーが務まるかは疑問だが、その誠実さを買われてなのかも知れないな。


「俺は盾戦士のジェローム。宜しく。」


この中で一番身長が高く、体格もガッシリとしている。重厚そうな鎧に身を包んで、巨大な盾を所持している。ポールが持っている大剣はむしろ、このジェロームにこそ相応しい気もする。反対の手には、普通の長さの片手剣を装備していた。


「狩人兼斥候のアンヌです。」


女性にしては長身で、俺より少し低い位か。スラっとしたスリム体型で、動きを阻害しないようにか身体のラインにぴちっとそったレザーの装備に身を包んでいる。狩人と言うだけあって長弓を背負っている。腰には2本の小剣。この5人では一番感情表現が少なく、今も俺を値踏みする様な視線を投げかけていた。


「神に仕える神官のフランシーヌと申します。以後お見知りおきを。」


身長は160cm位。やや小柄ながらメリハリのある身体付きをしている。神に仕える神官と言うのだから法衣にでも身を包んで居そうだが、金属製のブレストプレートを身に付けていて、押し込んだ胸は鎧の下からでも自己主張をしていた。腰には小型の盾とメイスをぶら下げていて言葉使いこそおっとりとした感じだが随分と武闘派な娘さんの様だ。


「私は魔術士のアメリーよ。」


この中で一番小柄で150cm位。裾を引き摺りそうなローブを羽織っていて、頭にはこれぞ魔法使いと言う感じのとんがり帽子を乗せている。歳も一番若いのでは無いだろうか。10台半ば位に見え、一番勝ち気そうな印象を受ける。


それにしても、やはりここはエターナルクラフトの世界では無いらしい。何故なら、エターナルクラフトには魔法は存在しなかったからだ。魔法がどんな感じなのかはかなり興味がある。とは言え、まずは話をしてからだ。


「ありがとう御座います。早速ですが、お願いがあるとか。」


「はい。実は先程のジャイアントスパイダーを1体、譲っては頂けないでしょうか。」


「それは構いませんが、代価は如何ほどでしょうか。」


「そうですね。アンヌ、どれ位が適切だろうか?」


「ジャイアントスパイダーのギルドでの買取価格は状態にもよりますが、相場としては50金貨程度になります。多少色を付けさせて頂いて、60金貨で如何でしょうか。」


ギルドとは何だろう。歴史で習う所の職人組合としての意味合いだろうか。魔物の素材を買い取ってくれる専門の組織の可能性もある。


「お譲りする事自体は構わないのですが、色々と世情に疎くて、幾つか質問をしても宜しいでしょうか。」


「勿論です!」


「まぁ事情とかは詮索しないで頂ければ助かります。説明が難しい事も多いので。まずはギルドとは何でしょうか。また60金貨が適正かどうかが解りません。良ければ60金貨がどの程度の価値を持つのかも教えて頂けないでしょうか?」


「そうですね。私達も後から答えられる範囲で良いので教えて欲しい事が色々と有ります。ですが、まずは説明ですね。俺からだと余り上手に説明出来ないと思うので、アンヌ、お願い出来るかい?」


「解りました。これが王国で流通している金貨です。見た事は?」


「いえ、全く。」


まぁ今更取り繕っても仕方が無い。流石に流通している金貨を見た事が無いと言えば不審がられるし、適当に話を合わせても結局ボロが出る。そんなに器用じゃないしな。それなら開き直って正直に話して色々と教えて貰った方がマシだ。


「そうですか。となると基本からですね。これが金貨。王国で流通している貨幣としてはこの更に上に白金貨が有りますが、通常取引で使われる事は有りません。1白金貨が100金貨、1金貨はこちらの銀貨100枚。1銀貨はこちらの銅貨100枚になります。」


鋳造は思ったよりもしっかりとしている。ちゃんとした貨幣制度がある様だ。一言断って金貨を手に取って見たが、多分純金製で俺が慣れ親しんだ硬貨よりも重さがある。金貨で500円玉よりも幾分大きい。重さは体感で五百円玉の2倍は有りそうだ。銀貨が1回り小さく500円と100円玉の中間位。銅貨は10円玉位の大きさだ。

鋳型で鋳造されたものだとは思うが、意匠も結構しっかりとしたものだった。


「一般に、日雇いの仕事で得られる報酬が日に20~30銅貨。一番安い宿の素泊まりで銅貨10枚程度、宿代に加えて朝有2回の食事と酒を1~2杯飲めば無くなる程度です。農家が年に得られる報酬が金貨1枚程度と言われています。ですので、金貨60枚もあれば、しばらくは遊んで暮らせる程の金額ですね。」


お金は良く年収幾らと例えられるが、ここでも同じらしい。農家の年収が多いのか少ないのかは解らないし物価も解らないので何とも言えないが、少なくとも当面の資金に困らない金額である事は理解が出来た。


「結構な金額である事は解りました。ですが、代価が金貨60枚ではむしろ多すぎるのでは?貴方達に利益が出ない様に思えるのですが。」


「そうですね。正直に話すと、俺達は今回指名依頼でジャイアントスパイダー1体の確保が必要な為、この大蜘蛛の森まで来ました。ジャイアントスパイダーをパーティー単独で討伐出来るのは、モンペリエでは多分俺達位だと思います。とは言え戦えば何が起こるかは解りませんし、無傷では済まない可能性も有ります。それに今回の依頼はちょっと断れない筋からの急ぎの依頼だったので、出来るだけ早く解決したいと思っていました。なので安全に済ませられるなら、それに越した事は無いと考えています。」


言い分は解る。必要な素材が目の前にあって交渉で得られるなら、交渉をしない手は無いだろう。


「それに俺達は買取とは別に指名依頼料が発生しますので、十分に利益が得られます。まぁ指名依頼は俺達の積み上げて来た実績があってだと思いますので、その点の譲歩はご遠慮頂ければ。ですので、買取価格に対して色を付けさせて貰えればと考えています。で、いいかな、アンヌ?」


「その認識で問題は無い。あとギルドは、私達の様な冒険者が所属している組織で、魔物素材の流通と買取を主に担っている。私達は主にギルドからの依頼で収入を得ている。」


「ほぉ、買取をされている組織なんですね。それって私でもお願いすれば買取は頂けるんでしょうか?」


「まぁ基本は来るものは拒まずなので、ちゃんと登録をすれば問題は無いと思いますよ?」


うーん、特に説明に不審な点は見当たらない。金額も適切なように思える。そもそも今聞いた事が正しいのかどうかを判断する方法が無いし、俺にとってはジャイアントスパイダー1匹位なら大した出費では無い。投資と思っても問題は無い範囲だ。


「説明ありがとう御座います。解りました。では金貨60枚で是非取引をお願いします。」


こうして、初めての取引を無事終える事が出来たのだった。



Memo


卓也はエターナルワールドを始める迄はゲームをプレイした事が無かった。その為キャラクターを作成する際によく解らずデフォルトネームのクラフターで登録をしてしまい、そのままクラフターの名前を使用している。

リネームも可能だが特に必要性を感じず、名乗る時は普通にクラフターと名乗っている。とは言え、さすがにここでクラフターと名乗るのは違和感を感じた為、本名のタクヤと名乗る事にした。


アニメや小説、ゲームで良く描写されるギルドに対する知識が無いのも、殆ど触れて来なかった為。

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