第1話 見知らぬ世界へ

気がつくと、俺は森のはたに横たわっていた。日差しが容赦なく照りつけていて、肌をチリチリと焦がす。季節は夏だろうか。視界いっぱいに枝葉を伸ばした木々の緑が広がっており、すぅっと深呼吸をすると森特有の濃密な匂いが肺を満たす。


何故俺はこんな所に居るのだろう。そもそもここは何処だ?さっきまで俺は宇宙の覇者を決める大海戦の真っ只中に居た筈だ。気がつけばこんな所に放り出されているなんて、太刀の悪い冗談だ。

若手の芸人が、寝ている間にとんでもない場所に連れて行かれる、そんなバラエティ番組を思い出す。


だが、そもそもここは何処だ?今の季節は冬だった筈だ。南半球なら季節は真逆だから、もしかしたら夏の地域があってもおかしくは無い。だが、一体何処の誰が、俺が寝ている間にそんな遠い場所まで連れてきたと言うのだろう。

それ以前の問題として、俺は目に映る木々を見たことが無い。木々の幹は3〜4mはあろうか。見上げる程の高さで聳え立っていて、10階建てのビル位の高さはある様に思える。


俺の記憶にある限りでは、こんな木々は見た事がない。いや、もしかしたら本当に俺の知らない国か地域にでも連れられてきて、そこにはこんな見た事が無い木々が生育しているのかも知れない。


だが、ふと何となく俺はそこにある木々を見た事がある様な気がした。必死に記憶を思い起こす。


「ん?もしかして、これって初期エリアの巨木バイオームに生えてる奴じゃないのか?」


そんな馬鹿な事があるだろうか。俺がプレイしていたエターナルクラフトは、初期は原始的な開拓生活から始まる。そこには様々な環境が用意されていて、その中の1つに、こんな巨木が生えた巨木バイオームがあった。


ツリーハウスを作る事が出来、そこからの展望も相まって結構人気のエリアだった筈だ。思い至って見れば細かいディテールこそ違うものの巨木エリアの大樹を現実に置き換えたらこんな感じになりそうな気がした。


疑問符が浮かんでは消える。だが、仮にここが巨木エリアなのだとしたら、早く立ち去らないとやばい。何故なら、結構な確率であいつらの棲家になっている可能性があるからだ。



息を潜め、極力足音を立てない様に森に背を向けて慎重に歩き出す。遥か後ろの方でざざーっと木々が大きく揺れる音が聞こえた気がする。気がつけば俺は全速力で走り出していた。

しばらく走って疲れで足が動かなくなると、ぜーぜーと大きく呼吸をしながら後ろを振り返った。

かなり走った気がするが、所詮休日は部屋に篭ってゲームに打ち込んできた身体だ。死にそうになりながら走っては見たが、まだまだはっきりと木が見える位にしか距離は稼いでいない。それでも、あいつらの生息域からは脱した様だった。


木に取り付いた巨大な蜘蛛の姿が見える。巨木エリアに生息するジャイアントスパイダーだ。恐ろしい事に、その大きさは遠目に木の幹と殆ど同じ位はある。つまり、少なくとも2〜3m。もしあそこで足を止めていればあっと言う間に糸に絡めとられて餌になった事だろう。


その姿を目にした途端、俺はすっかり腰が抜けてへたり込んでいた。激しく息を吐きながら、ここがかつて慣れ親しんだエターナルクラフトの世界であると、ようやく得心がいった。どうやら俺はゲームの世界に紛れ込んでしまったらしい。


しばらくして、ようやく呼吸が落ち着いてくる。エターナルクラフトは、その世界の全てがピクセルによって描かれている。リアル描写が売りのVRゲームの中にあって、わざわざ解像度を落としてデザインされたエターナルクラフトは少々異質だった。

それは木々や石ころに限らず、そこに住む人や、果ては巨大な宇宙船であってもだ。だが、俺が今目にしているこの景色は、どう見ても現実にしか見えない。エターナルクラフトは何度も大規模なアップデートを行ってきたから、もしかすると最新のアップデートでこうしたリアルな描写を行う様にしたのかも知れない。


「GMコール」


そう呟いてみるが、反応は全くない。

VRゲームには安全装置として幾つかの機能が基本として組み込まれていて、それはエターナルクラフトでも例外では無い。俺の知らない最新のゲームなら、むしろここ最近はGM機能の搭載が必須だったから、これがVRゲームで有れば反応が無いのはおかしい。


本来であればGMコールと言えば、GM機能を有するAIを呼び出す事が出来、様々なサポートを受ける事が出来る。

だが、反応が無いと言う事は、少なくともVRゲームの法令が整備されてからの、ここ10年の間に発売されたVRゲームでは無いと言う事だ。それ以前のゲームでここまでエターナルクラフトに類似したゲームがあるとは聞いた事が無い。謎は深まるばかりだ。



次にメニュー画面を呼び出してみる。

俺の目の前に、慣れ親しんだウィンドウが表示された。

ざっとチェックをしてみた所、幾つかの事が解った。まずアイテムボックスはあるが中身は空。技術ツリーは白紙で、完全に最初から研究を始める必要がある。非常に残念な事ではあるが、幸いにして俺が今までに獲得したレシピは所持している状態だった。

10年のプレイで膨大なレシピを獲得していたので全部揃っているかは直ぐにはチェック出来ないが、超ド級次元航行空母ベヒモスのレシピもあるので、多分揃っているのでは無いだろうか。


つまり、少なくともメニューを見る限りでは俺の知るエターナルクラフトではある様だ。だが、俺が知るゲームとは違う。いっそ、エターナルクラフトによく似た世界にでも迷い込んだと言われた方が、納得が出来そうだった。


メニューウィンドとは別に、右下に見慣れないアイコンがあった。


「クラフトモード?」


そう書かれたアイコンに指を伸ばしてタップする。すると、世界が変転した。


3Ðスキャナがデータを取り込む様に、俺を基点として赤い光が走って行く。そして一瞬遅れて、世界が俺の良く知るピクセルで描かれた、あのエターナルワールドの世界へと書き換わっていく。


全てが書き換わると、そこにあったアイコンにはリアルモードと書かれていた。恐らくそれをタップすれば、先ほどの現実的な世界に戻れるのだろう。


検証してみないと解らない事ばかりだが、ざっと周りを見渡して見ても人影どころか人の生活している気配も感じない。集落を探しても良いが、見つからないまま夜を迎える事だけは避けなければいけない。


ならば、まずは最低限の拠点を設置する事を考えるべきだろう。

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