第31話 悪い魔法使い


「なんだかすっかり寂しい部になっちゃったね」


 いつものように授業を終えてやってきた奇術部室。


 けど、真紀先輩も長谷部くんもいなくて、教室内はやけに静かだった。


「結菜さんのせいじゃありませんよ」

「だったら、俺のせいなのかな?」

「大迫様も結菜さんも悪いことはしていません。そう、長谷部くんも言っていたでしょう?」


 藤間先輩の言葉に、私はなんだか泣きそうになる。


 奇術部はずっと変わらないものだと、心のどこかで思っていたのかもしれない。


 マジックを続けてほしいと言いながらも、真紀先輩の気持ちに応えられない自分は、なんて調子の良い人間なんだろう。


 これ以上とやかく言う権利は私にはないのかもしれない。

 

 でも、あれだけマジックが好きな真紀先輩なら、きっとまた戻ってきてくれるよね?


「真紀先輩、また来てくれるといいな」


 私がそうぽつりと呟くと、大迫くんも頷いた。


「そうだね」

「それはそうと結菜さん、大迫様のことを知りたいとおっしゃっていませんでしたか?」

「……そ、それは」


 唐突な藤間先輩の言葉に、私が思いっきり狼狽えていると、大迫くんが目を瞬かせながら訊ねてくる。


「俺のこと? 何が知りたいの?」 

「……聞いてもいいのかな?」


 確かに、調べるよりも直接聞いた方が早いとは思うけど、そんな簡単に教えてくれるものなのだろうか?


 すると、藤間先輩は私の背中を押すように告げる。


「結菜さんは大迫様のことを助けたいのでしょう? だったら、聞きたいことは聞いたほうが良いですよ」

「藤間先輩……そうですね」


 とりあえず私は大迫くんに教えてもらった情報を反芻した。


 大迫くんは大魔法使いの暴走を止めるために作られた存在だということ。


 それに、大迫くんを倒せるのは花嫁になった人だけ。


 攻撃魔法を使った場合も、大切な人が遠ざかるという……呪いがかかっている、と言っていた。


 けど、いったい何から聞けば良いのかな?


 ——いや、まず聞かなきゃいけないのは、私のことかもしれない。


 だったら……。


「大迫くん……私は〝鏡の魔女〟だっていう話だけど、私には何が出来るのかな? 前世ではどんな鏡だったの?」


 訊ねると、大迫くんはとくに迷うこともなく素直に教えてくれた。


「大魔法使いの鏡を見たことはないけど、とってもお喋りだったみたいだよ」

「そう言ってたね。ということは、大迫くんは見たことないんだよね?」

「うん。俺は割れた鏡しか知らない。俺が知った時には、鏡は死んでいたんだ」

「鏡が死んでた?」

「大魔法使いが鏡と口論して割ったんだって」

「口論?」

「詳しい話は知らないけど、ついカッとなったって言ってたよ。鏡を死なせて、ものすごく後悔したって」

「……そう、なんだ」


「でも人間に転生したことを知って、とても喜んでいたよ」

「人間に転生って、それはどうやって知ったの?」

「大魔法使いは未来を視ることができるから……結菜のことを知っていたよ。とても我慢強い子だって言ってた」

「知らない人に私の噂をされるなんて……なんだ不思議な気分」

「嫌だった?」

「そういうわけじゃないけど……私も先代の大魔法使いに会ってみたかったな」

「俺も、会わせたかったよ。魔法の鏡とまた話したいっていつも言ってたから」


「それと……私は本当に魔法使いなのかな?」

「結菜は魔法使いだよ。まだ未完成かもしれないけど」

「じゃあ、私が魔法使いになるまでに大迫くんが暴走する可能性があるの?」

「それは大丈夫だと思う……先代が見た未来では、暴走した俺と結菜が魔法で戦っていたらしいから」

「大迫くんと私の未来……戦う以外に選択肢はないのかな」

「暴走する前に俺をどうにかするってこと?」

「そうじゃないよ。私は大迫くんを守りたいの」

「でもやっぱり被害を最小限にするなら、暴走する前の俺を殺してもらうほうが——」

「大迫くん!」

「え?」

「次、同じこと言ったら本気で怒るよ?」

「……」

「藤間先輩は何か良い方法を知りませんか?」


 大魔法使いとお友達だったんでしょ? という言葉を慌てて飲み込んだ。


 だって、大迫くんは知らないんだよね。


「良い方法、ですか……確か、魔力を消す薬があると聞いたことがあります」

「魔力を消す薬?」

「魔法の源になる力を消す薬です。魔法使いを、魔法使いではなくしてしまうということですよ。ただ、それがどこで売られているのかはわかりませんし……ただの噂ですから」

「でも! もしかしたら本当かもしれないんですよね?」

「どうでしょうか」

「そのお店を探してもらうことはできますか?」

「ええ。かまいませんよ」


 藤間先輩が頷く中、大迫くんは難しい顔をする。


「魔力を消す……薬?」

「もし本当なら……最終手段として使えるよね」

「……でも、魔力がなくなったら……」


 大迫くんは少しだけ悲しげな顔をして何かを呟いた。


「どうしたの?」


 けど、私が訊ねると、大迫くんはすぐにいつもの笑顔に戻った。


「なんでもない。とても良い方法だね! それなら、誰にも迷惑をかけなくて済むし」

「藤間先輩に聞いてよかった。お願いしますね、先輩」

「わかりました。さっそく調べて来ます」


 それから藤間先輩は、薬を探すため、まるで風のように消えた。


 魔法はもう何度も見てるけど、やっぱり不思議だよね。


 そんなことを思っていると、ふいに大迫くんが訊ねてくる。


「ねぇ、結菜……」

「どうしたの?」

「結菜は俺のこと、怖くないの?」

「どうして?」

「俺は人間じゃないし」

「ああ、そういえば、そんなこと言ってたね」

「……」

「でも私、妙に納得したんだよね」

「え?」

「大迫くんって、ちょっと不思議なところがあるから……でも怖いだなんて、思ったことないな。大迫くんから話を聞いた時は、大事なことを先に教えてくれなかった怒りの方が強かったよ」

「結菜は……面白いね」

「なんで!? 私、何も面白いこと言ってないよ? それにまだ怒ってるんだから」

「ごめん」

「怒ってる理由わからないでしょ? 上辺だけ謝るなんてひどい」

「ご、ごめん。でも……嬉しいんだ」

「嬉しい?」

「こんな俺でも生きていてもいいのかな?」

「いいに決まってるよ。私が絶対、守ってみせるから。だって、そう約束を——」

「約束?」

「……なんだっけ」


 今、何かが頭をよぎったけど、すぐに消えてしまった。


「昔、誰かと約束した気がするんだよね……誰だっけ?」


 思い出そうとしたその時だった。


「こんにちは」

「あ、拓未くん……」


 いつの間にか部室に拓未くんの姿があって、大迫くんの肩に手を置いた。


 ドアが開く音がしなかったから、きっと拓未くんも魔法を使ってここに来たのだろう。


 いつも思うけど、魔法使いの人たちってなんでこう簡単に魔法を使うのかな。


 誰かに見られてないか、私の方がヒヤヒヤする中、拓未くんは周囲を見ながら告げる。


「今日も奇術部は人が少ないですね。あ、今はもう同好会か」

「仕方ないよ、長谷部くんも真紀先輩もいないし」

「それでも続けるのはどうしてですか? この人数じゃ大したことできないのに」

「人数なんて関係ないんだよ。真紀先輩だって、最初は一人で活動してたんだから」

「その真紀先輩はいないですけど」

「真紀先輩なら、いつか来ると思うよ」

「どうしてそう思うんですか?」

「わかんないけど……」

「結菜ちゃんは可愛いなぁ」


 おかしそうに笑う拓未くんを見て、なんとなくカチンときた私だったけど、私が口を開く前に大迫くんが告げる。


「拓未くん、ダメだよ」

「何が?」

「結菜を可愛いって言ってもいいのは俺だけだから」

「ちょ、ちょっと大迫くん!?」

「先輩も面白いこと言いますね……なんだかこの部屋暑いな」

「窓開けたほうがいい?」

「そういう意味じゃないんですけどね」


 呆れた顔をする拓未くん。


 ————その時だった。


「……ん?」


 私の背筋に電流が走るような、不思議な感覚がしたかと思えば——大迫くんと拓未くんの顔が凍りついた。


「何か、部屋の雰囲気変わった?」


 私が目を瞬かせていると、大迫くんが警戒するように周囲を見回す。


「これは……結界?」

「俺は何もしてませんよ」


 拓未くんが肩を竦めるのを見て、大迫くんは怪訝な顔をする。


「何? なんの話?」

「この部屋に、他の魔法使いがいるみたい」


 大迫くんの言葉に、私は首を傾げる。


「藤間先輩が帰ってきたとか?」

「藤間先輩なら、こんな露骨な結界の張り方しないですよ」

「じゃあ、いったい誰が?」


 顔を見合わせる大迫くんと拓未くん。


 そんな時、どこからともなく低い声が響いてくる。


「こんにちは、魔法使いの子供たち」


 気づくと、教壇に知らない男の人が立っていた。


 切れ上がった目をした男の人はレインコートみたいな真っ黒な布を着ていて、まるで童話に出てくる悪い魔法使いみたいな空気を醸していた。


 しかも袖からのぞく右手の甲には、蛇のタトゥーがあって、なんだか危険な香りがした。


 そしてそんな男の人に最初に声をかけたのは、大迫くんだった。


「……何者ですか?」

「ようやく会えました。大魔法使い」


 見知らぬ男の人は、不気味な笑みを浮かべる。

 

 すると、世界がぐにゃぐにゃと歪んでいるような錯覚に陥って、私は船酔いのような気分になる。


「気持ち悪い……」

「結菜!」


 大迫くんが私を支える中、男の人はギラギラした目をこちらに向けた。


「初めまして、大魔法使い」

「あなたは何?」


 大迫くんが訊ねると、男の人はどこか嬉しそうに答えた。


「私はナームンと申します。実は大魔法使いの体組織に興味がありまして」

「なるほど、大魔法使い目当ての変態か」


 納得する拓未くんの傍ら、大迫くんは胸ポケットからボールペンを取り出す。


「結菜、後ろに隠れていて」

「う、うん」

「啓太さん、加勢しますよ」


 拓未くんも杖を構える中、大迫くんはボールペンで手に文字を書き込む。

 

 そして大迫くんが手のひらを教壇に向けると——男の人は強風に晒されて、頭を庇うような仕草をする。


「くっ、なんて力だ」

「見知らぬ魔法使いは、飛んでけ!」

「あああああああ」


 大迫くんの言葉の後、悪い魔法使いは忽然と姿を消した。


 ——その直後、教室のドアがガラガラと開く。


「今の魔法……大迫様?」


 帰ってきた藤間先輩が、驚いた顔をする中、大迫くんは自分の体を抱えるようにして、うずくまる。


「大迫くん?」

「うう」


 大迫くんは唸りながら再び立ち上がるけど、その目は燃えるような色をしていた。


「大迫くん、目が赤くなってる……?」

「あれ、なんでだろう……体が熱いよ」

「さっきの魔法使いに刺激されたのかもしれない。結菜ちゃんは下がって」


 私の手を引いて大迫くんと距離を取る拓未くん。


 なぜか私をかばうようにして前に出る拓未くんに、私が目を丸くしていると——そのうち大迫くんはいつもとは違う笑みを浮かべて、私たちを見たのだった。









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