第30話 さよなら



「お前たち、本当に大丈夫なのか? 慰安交流会いあんこうりゅうかいは明日だぞ? 真紀のやつはどうした?」


 慰安交流会の段取りを確認するために、奇術部にやってきた生徒会長。


 けど、肝心の部長がいなくて私——三木みき結菜ゆいなが言葉を濁していると、長谷部はせべくんがハッキリと告げる。


真紀まき先輩はサボりです」

「ちょっと、長谷部くん!」

「本当のことだろ?」

「でも、用事があるって言ってたし、サボりたくてサボったわけじゃないと思うよ?」

「どうだろうな」

「長谷部くんは、真紀先輩の話が嘘だと思ってるの?」

「嘘か本当かは知らないが、真紀先輩の様子がおかしいのはわかった。どうせ、三木と何かあったんだろ?」


 長谷部くんに指摘されて、私は言葉を詰まらせる。


 こういう時、嘘が得意じゃない私は、すぐにバレてしまうのである。


「……やっぱりな。おかしいと思った。三木と目を合わせて喋らないし、ぎこちない感じがしたから」

「長谷部くんは鋭すぎるよ」

「で、何を言ったんだ? まさかこのタイミングで真紀先輩を振ったのか?」

「なんで知ってるの!?」

「やっぱりそうだったのか……振るなら、慰安交流会のあとにしてくれよ」

「そんなこと言ったって……」

「どうしたの? なんの話?」


 私がおろおろしているのを見て、大迫くんがやってくる。


 けど、真紀先輩とのことは、言えるはずもなかった。


「お前は調子がよさそうだな?」

「うん、今ならなんでも出来そうな気がするんだ。結菜のおかげだよ」

「まあ、誰かを選べば、誰かが泣きを見ることになるものだよな」

「泣きを見るって何が?」

「真紀先輩をどうやって元気にするか、考えてるんだよ」


 長谷部くんの言葉に、素直な大迫くんは真面目に考え込む。


「真紀先輩はマジックが好きだから、大がかりなマジックをすれば喜ぶんじゃないかな?」

「大がかりなマジックか……今からじゃ、準備期間もないから間に合わないだろ。交流会は明日なんだぞ?」

「まさか……慰安交流会当日に、真紀先輩、休んだりしないよね?」


 私が狼狽えていると、長谷部くんはため息を落とす。


「そこまで無責任なことはないと思うけど……可能性は全くないわけじゃないぞ」

「私、ちょっと真紀先輩のところに行ってくる!」

「やめとけよ」

「なんで?」

「振った相手に励まされてもな……」

「ちょっと、長谷部くん」


 みんなの前で堂々と言う長谷部くんに、私だけが焦っていると、生徒会長も口を挟んでくる。

 

「なんだ? 真紀は振られたのか?」

「……」

「だったら、俺が行ってやるよ」

「え?」

「あいつを一番よくわかっているのは俺だからな」

「生徒会長、頼んでもいいですか?」


 長谷部くんがお願いすると、生徒会長は不敵な笑みを浮かべた。






 ***






 そして慰安交流会当日。


 学校から近い老人ホームの門前に集まった私たち——奇術部員の元に、真紀先輩も遅れてやってくる。


「お、おはよう」

「真紀先輩! 良かった、来てくれたんですね」

「ま、まあな」

「さすが生徒会長、真紀先輩を連れて来てくれるなんて……」


 長谷部くんも感心したように告げる中、真紀先輩は青い顔をしていた。


「来なければ殺すって言われたからな」

「え?」

「なんでもない。生徒会長のおかげで気合いが入ったよ」


 そして私たちは、大勢のお年寄りが見守る中、初歩的なマジックから、大がかりなショーまで問題なく披露することができた。


 もともと小学校を改築された老人ホームなので、広い園庭には思っていたよりも立派なステージが特設されていた。


 それは生徒会長が手配したものらしいけど、老人ホームにはお年寄りだけじゃなくて、近隣住人も集まっていて、ショーは大盛況のうちに終わった。


 最後にみんなでお辞儀をすると——真紀先輩はステージに舞う紙吹雪を見ながら、ホッとしたように告げる。


「やっぱり、マジックはいいな」

「そうですね。俺もマジックが好きです」


 笑顔の大迫くんは、本当に心底マジックが好きという顔をしていた。


 魔法が使えるのに、それよりもマジックが好きってどういう心境なんだろう。私には大迫くんの気持ちはよくわからないけど——それでも沢山の人たちが喜ぶ顔を見るのは、とても嬉しいことだと思った。


 すると、長谷部くんもはにかんだように笑みを浮かべる。


「俺も最初はどうかと思ったけど、奇術部に入ってよかったと思う」

「なんだかみんな、これで最後みたいな言い方だね。奇術部はまだまだこれからだと思うよ?」


 舞台袖に入った私が指摘すると、真紀先輩は暗い顔で俯いた。


「……実はさ、俺……予備校に通うことになったから、もう奇術部には来られないんだ」

「え? だって、今年いっぱいは奇術部を続けるって言ってたじゃないですか」

「親がうるさいんだよ。将来のことをもっと考えろって」

「……そんな」

「だからお前たちの中で新しい部長を決めてくれ……長谷部とか、いいんじゃないか?」

「すみません、俺も無理です」

「長谷部くん?」

「実はまた転校することになって……」

「え? 転校? こんな時期に?」

「ああ。悪いな……本当は俺だけこっちに残っても良かったんだが……うちって片親なんだけど、親父一人じゃ何も出来ないんだよ」

「……ということは」

「奇術部は、同好会に逆戻りですね」


 藤間先輩が静かに告げる。


 その悲しい現実に、私は胸が詰まるような感じがした。


「せっかく真紀先輩が作った部活が、なくなっちゃうなんて……そんな」

「俺は、まだまだ奇術部でみんなと一緒にいたい」

「……大迫くん」


 大迫くんが泣きそうな顔をする中、拓未くんが冷たく言い放つ。


「でも、一生一緒ってわけにもいきませんもんね」

「拓未くん!」

「結菜ちゃんこわーい。俺、別に間違ったことは言ってないでしょ?」

 

 真紀先輩が作った奇術部が、いつの間にこんな大事な場所になっていたのだろう。


 最初はあんなに嫌だったのに……。


「二度と会えないわけじゃないだろ」


 真紀先輩はそう言うけれど、私は納得できなかった。


「……でも」

「この場所は、もう俺にとってなんの意味のない場所になったから……」

「先輩?」

「結菜がそばにいると思ってたから、この場所を守ってきたけど……もう無理だな」


 小さく呟いた真紀先輩の顔は、誰よりも悲しい顔をしていた。


 意味がないなんて、そんなこと言ってほしくなかった。


 真紀先輩が作った奇術部は確かにおかしな部だけど、それでもこうやって沢山の人を喜ばせる才能もあって、私にはただの部活だとは思えなかった。


 けど、そんな気持ちをどう伝えればいいのかわからずに、言葉を濁していると——そのうち大迫くんが真紀先輩に真っ直ぐ告げる。


「真紀先輩はマジックが好きですか?」

「いきなりなんだよ」

「もう一度聞きますけど、先輩はマジックが好きですか?」

「……もう、わからない」

「せっかく積み重ねてきたものを、全部捨てるんですか?」

「だって、結菜が——」

「結菜はマジックじゃないですよ」

「でもわかるだろ? 大事な人が見守ってくれるから、俺は今までやってこれたんだ」

「大事な人は結菜一人だけなんですか?」

「どういう意味だよ」

「俺たちにとっては、結菜も真紀先輩も大事な人です。それに、見知らぬ観客にだって見てもらいたいし」

「何が言いたい?」

「マジックを辞めること、結菜のせいにしないでください。結菜は何も悪いことはしてない」

「なんだよ……どうして俺が責められるんだ」

「自分の思い通りにならないからって、部活を壊すのはあんまりです」

「お前に俺の気持ちがわかるのかよ! 俺は結菜がいたから——」

「奇術部にいるのは、結菜だけじゃないんです」

「……知るかよ」

「先輩、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 今まであんなに楽しかった奇術部が、私のせいでこんなに荒れるとは思わなくて、私はただ謝ることしかできなかった。


 そして真紀先輩はもう、奇術部に来ることはなかった。


 それでも私たちは、真紀先輩が作った奇術部を守るため、部活動はやめなかった。


 もしかしたら、いつか真紀先輩がひょっこり現れるんじゃないかと思って、マジックの腕を磨き続けた。






 ***






 隣県に旅立つ長谷部くんを、私や大迫くん、藤間先輩が見送りにやってきた。


 本当は真紀先輩や拓未くんにも声をかけたけど、二人とも用事があるとかで挨拶の伝言だけ受け取っていた。

 

 電車待ちのホーム。


 湿っぽい雰囲気になる中、私は泣きそうになりながらもそれをぐっと堪えて言葉をかける。


「長谷部くん、元気でね。真紀先輩や拓未くんも、またねって言ってたよ」

「ああ、俺はこれからもマジックの勉強をするから、みんなも……頑張ってくれ」

「うん。長谷部くんがいなくなるのは寂しいけど、遠くから応援してるからね」

「……長谷部」

「おい、泣くなよ、大迫」

「だって……初めてできた友達だったのに」

「お前には三木がいるし、奇術部のメンバーもいるだろ?」

「でも……長谷部にいてほしかった」

「俺だって一緒にいたかったけど……無茶言うなよ」


 泣きそうなのは、長谷部くんも同じだった。


 言葉を詰まらせる長谷部くんに、藤間先輩が優しい声で告げる。


「隣の県ですし、また集まればいいことでしょう」

「そうだね。会えない距離じゃないもんね」


 私も前向きな気持ちでそう言うと、長谷部くんの顔も明るくなる。


「ああ、また会おうな。その時まで俺もマジックの腕を磨くよ」

「私たちも頑張るよ」

「長谷部……」

「じゃあ、そろそろ時間だから行くわ」


 黙り込む大迫くん。


 そんな大迫くんに、長谷部くんが優しい顔で声をかける。


「そうだ、大迫……ちょっといいか?」

「……?」

「……爺さんに会わせてくれて、ありがとうな」

「長谷部?」

「なんてな。じゃ、またな。真紀先輩によろしく」

「うん。必ず伝えるから」


 こうして長谷部くんは、笑顔のまま去っていった。

 







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