第27話 遅れて知る


「私のほうが、啓太けいた様のお役に立てるはずです。ですから、私を選んでください」


 住宅街の道路で、須藤さんは大迫おおさこくんに詰め寄った。


 けど、大迫くんはまるで興味がないような顔をしていた。


「それは無理だよ。君には結菜ほどの力はないから」


 ……え?


 私ほどの力? どういうことだろう。


 ふいに、拓未くんの言葉が脳裏をよぎった。


 拓未くんは私が〝鏡の魔女〟だから大迫くんに選ばれたと言った。


 大迫くんを殺せる存在——という言葉を思い出して、私は無意識に拳を握る。


 須藤さんはさらに会話を進めた。


「では、私が結菜さんを倒せば、啓太様を手に入れることができるということですわよね?」

「君は結菜には勝てないよ」

「お、大迫くん?」

「そんなこと、わかりませんわ! 啓太様を殺せるのは、世界中でこの私だけですもの!」


 ……大迫くんを殺せる?


 須藤さんは何を言ってるの?


 私が動揺を隠せない中、臨戦体制に入った大迫くんは、杖を構えた。


 今までボールペンで手に何かを書き込むことはあったけど、杖を構える姿を見たのは初めてだった。


「どうしても戦いたいというのなら、俺が相手になるけど」

「……啓太様が?」

「結菜はまだ完全に覚醒しているわけじゃないから、今の結菜に何かあったら困るんだよ」

「……大迫くん?」

「……だったら、覚醒する前に私がこの手で……」

「リアン」


 そう呼んだ大迫くんの目が赤く光る。


 今までにこんな怖い顔を見たことがあるだろうか。


 大迫くんはいつも優しくて、おっちょこちょいで、どこか守ってあげたくなるような人だった、はずなのに——。


 そしてそんな大迫くんを見て、須藤さんは唇を噛む。


「啓太様……本気……なのですね」

「わかったなら、ここは退いてほしい」

「わかりましたわ。今回は啓太様のお気持ちに免じて退きますが……次こそ必ず結菜さんから花嫁の座を奪いますわ」

「は、花嫁……?」


 何がなんだかわからず、呆然と立ち尽くす私を、須藤さんはきつく睨んで——消えた。


 それから少しだけ沈黙が続いたけど、私は混乱した頭を整理しながら、大迫くんと向き直る。


 これはもう、聞かないわけにはいかなかった。


「大迫くん、今の話はどういうこと?」

「……」

「私に好きって言ってくれたのは、嘘だったの?」

「結菜……ごめん」

「どうして謝るの?」

「俺は結菜に言ってないことがあるから」

「そうみたいだね……で、いったいどういうことなの? きちんと説明して」


 拓未くんの言葉が頭の中をぐるぐると回る中、私が絞り出した言葉に、大迫くんは小さく頷いた。


「場所を変えてもいい?」

「うん」




 その後、私たちは大迫くんのマンションに移動した。


 一人暮らしには広すぎるリビングに通された私は、革張りのソファに座る。


 アンティークな家具が並んだ部屋は、まるで異世界のような趣があった。


 私の隣に座った大迫くんは申し訳なさそうに告げる。


「ごめん、お茶とかなくて」

「そういうのはいいから、説明してくれる?」

「わかった」


 大迫くんは一瞬、迷うように目を泳がせたけど、ゆっくりと息を吐くように言葉を放った。


「実は俺、大魔法使いなんだ」

「それは知ってる」

「正確には、大魔法使いのコピーで……人間じゃない」

「大魔法使いのコピー? 人間じゃない? ごめん、よくわからないよ」

「俺は、大魔法使いを倒すために魔法で作られた存在なんだ」

「大迫くんが魔法……?」

「そうだよ」

「でも、大迫くんは人間にしか見えないよ」

「人間のコピーだから、人間みたいだけど、そうじゃないんだ」

「やっぱりよくわからないけど……だったら、大迫くんが仮に人間じゃないとして……さっき須藤さんと話してたことを説明してほしいの」

「リアンと話してたこと?」

「そうだよ。私と付き合っている理由を教えて」


 少しだけ、声が震えたけど……私はなんとも思っていないふりをした。


「それは……結菜が〝鏡の魔女〟だから」


 拓未くんの言った通りだった。


 ただ、拓未くんに言われても大したダメージはなかったけど、大迫くん本人の口から聞くと、ものすごくショックだった。


 そんな私の内心を知ってか知らずか、大迫くんは淡々と続けた。


「先代の大魔法使いが死に際に言ったんだ。鏡を探せって。先代が大事に使っていた鏡が、人間に生まれ変わっているから、その子を探して願いをかけろって言われたんだ」

「大魔法使いが使っていた……鏡?」

「そうだよ。結菜の前世は先代が使っていた鏡なんだ」

「それで、鏡の……魔女?」

「うん。よく喋る魔法の鏡だったって、先代が言ってた。でも、結菜に会った時、すぐにわかったよ」

「公園で会った時のこと?」

「……うん」

「まだ信じられないけど……仮に私が鏡だったとして。大迫くんはわたしを探しだして……何を願うつもりだったの?」

「……」


 私がひそかに汗を握りながら訊ねると、大迫くんは一呼吸して答えた。


「鏡の力で俺を消してほしいんだ」

「消すって……まさか」

「殺してほしい」

「……どうしてそんなこと……」


 私が狼狽えていると、大迫くんは泣きそうになりながら説明した。


「先代の大魔法使いは暴走する自分の力を止めるために、俺というコピーを作ったんだ。けど、俺は大魔法使いのコピーだから、いつか俺も暴走することがわかって……俺を消せる存在を探していたんだ」

「どうして大迫くんが暴走するってわかるの?」

「先代には未来をる力があったんだ」

「未来を?」

「そう、先代が言ったんだ」

「それで……私に告白した理由っていうのは?」

「先代に呪いをかけられたんだ。俺を倒せるのは、俺の花嫁になった者だけだって……」

「は、はなよめ!? ちょっと待って、なんでそんな呪いを?」

「俺も、先代の意図はよくわからないけど……いくつか呪いをかけられたんだ。攻撃魔法を使えば、大事な人が遠ざかる呪いとか……」

「やっぱり……信じられないよ。そんなおかしな話」

「でも、本当なんだ。俺には結菜しかいなくて……」

「大迫くんが求めてるのは、私じゃなくて、鏡でしょ?」

「俺が必要としているのは結菜だよ」

「私を好きだなんて……よく言えたよね」

「え?」

「気持ちがないのに付き合えるはずがないよ」

「結菜?」

「悪いけど、私は大迫くんとは付き合えないし、花嫁なんてもってのほかだよ」

「でも、このままだと俺の力が暴走して被害が……」

「私には無理だよ」


 泣きたい気持ちを我慢して吐き出すと、私はそれ以上何も言わずに部屋を去った。


 ——大迫くんは私のこと、好きじゃなかったんだ。


 大迫くんは正しいことをしたいのかもしれない……けど、私は利用されるのを受け入れられるほど、できた人間にはなれなかった。


「ひどい、ひどいよ……大迫くん。どうして告白する前に言ってくれなかったの? 付き合ってしまえば、どうにでもなるって思ったの?」


 あとになって、自分が傷ついていることに気づいた。


 涙で視界が揺れる中、私は顔を伏せて歩いていたけど……その時だった。


「結菜?」


 顔を上げると、真紀先輩が立っていた。


「どうしたんだ? 結菜」

「う、うぅ……」

「いったい何があった? それとも誰かに何かされたのか?」


 さすがに大迫くんの話は言えなくて、ゆっくりとかぶりを振ると、そんな私を真紀先輩は抱きしめた。


「……先輩」

「もしかして、大迫くんか?」

「……」

「何があったんだ?」


 私が黙っていると、頭をなでられる感触があった。


「何があったか知らないが、無理はするなよ。結菜はすぐ我慢するからな」

「……」

「やっぱり、大迫くんと付き合うのはやめた方がいい」

「……」

「それとも俺と付き合うか? 俺なら、こんな風に泣かせたりしないぞ」


 冗談でも、真紀先輩の言葉は嬉しかった。けど……先輩は本気だった。


「結菜を見つけたのは俺の方が先なのに、大迫くんはずるいやつだ」

「……先輩?」


 ぎゅうっと抱きしめられて、私は慌てて離れようとする。


 けど、先輩は離してはくれなかった。


「結菜、どこにも行かないでくれよ。ついこの間までは、俺だけの結菜だったのに」

「は、離してください、先輩」


 血の気が引くのを感じた。力いっぱい抱きしめられて、先輩の本気に気づいた。


 それからようやく先輩の腕から逃げた私は、先輩と距離をとった。


「どうして逃げるんだ?」


 先輩がなんだか怖い。大迫くんに抱きしめられた時はそんなこと思わなかったのに……そこで初めて気づいた。



 ——ああ、私は大迫くんのことが本当に好きなんだ。







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