第26話 付き合うということ
そこは、中世ヨーロッパの貴族が住まうような、
だが美しかった部屋は見る影もなく。
調度品は倒れ、カーテンは見るも無惨に裂かれている。
荒れた部屋の中心には、横たわる美しい青年の姿があり、その顔を覗き込むようにして、同じ顔の少年が座っていた。
青年はうっすらと瞼を開くと、最後の力を振り絞って告げる。
「ケイタ、私は絶対にキミを許さないから……だから呪いをかけるよ」
苦しそうに咳き込む青年に、少年は顔を歪ませる。
それでも青年は言葉を紡いだ。
「大切な人を作りなさい。そしてキミが選んだ人に——」
彼の最期の言葉は、決して少年にとって優しいものではなかった。
***
「啓太先輩は、死にたがりの大魔法使いで有名なんですよ」
学校の帰り道、私——
「……死にたがり?」
その意味深な言葉に、私が怪訝な顔をしていると、拓未くんはいっそう悪い笑みを浮かべる。
「啓太さんと付き合うなら、そのくらい知っておかないと。啓太さんが結菜ちゃんを選んだことにも理由があるんですよ」
「理由って……?」
「啓太さんは、自分を殺せる人材を探しているだけです」
「じ、自分を殺せる?」
「ええ、啓太さんは死に場所を探してるんですよ」
「……おかしなこと言うよね。それじゃあまるで——」
「だから言ってるじゃないですか。死にたがりの魔法使いだって。啓太さんがリアンじゃなくて結菜ちゃんを選んだのは、鏡の魔女だからです」
「ごめん……ちょっと話についていけないんだけど。〝かがみの魔女〟って何?」
「鏡の魔女……については僕も噂程度しか知らないけど。なんでも、どんな力も跳ね返す最強の鏡だそうですよ」
「私が……鏡?」
「はい。結菜ちゃんはこの間、リアンの力を跳ね返していたでしょう?」
「跳ね返した? なんのこと?」
「覚えてませんか? リアンに攻撃されて、結菜ちゃんはリアンの姿になったじゃないですか」
「……そういえば。リアンちゃんになったこと、あったね」
「だから結菜ちゃんは鏡の魔女なんです。大魔法使いがずっと探していた」
「大迫くんが探していた……鏡?」
「はい。だから啓太さんの願いを叶えてくださいよ。結菜ちゃんにしか出来ないことだから」
「バカなこと言わないでよ。冗談でも、そんなひどいこと言わないで。どうして大迫くんが死ななきゃいけないの? ……悪いけど、私は大迫くん自身の言葉しか信用しないから。これ以上拓未くんに振り回されるつもりはないよ」
「結菜ちゃんは啓太さんのことが本当に好きなんですね」
「な、なんでそうなるの?」
「啓太さんの話をすると、ムキになるみたいだから」
「当たり前でしょ! 拓未くんが変なことを言うから……」
「でも覚悟はしておいた方がいいですよ。僕が言えるのはここまでです。これ以上何か言ったところで、結菜ちゃんはどうせ信じてくれないでしょう? あとは本人の口から聞いてください」
「……」
「雨、あがりましたね。そろそろ店を出ますか? あ、今回は俺がおごりますからね」
「自分の分くらい、自分で出します!」
「あはは、結菜ちゃんは可愛いなぁ」
***
「昨日は拓未くんのせいでよく眠れなかった……いくらなんでも、あんなの作り話だよね」
翌日の放課後。
奇術部室に向かって歩きながら、私は苦い顔で呟く。
大迫くんが死に場所を探してる? 告白してくれたのは私が鏡だから?
拓未くんはなんであんなこと言ったんだろう。
「こんにちは——」
頭の中で拓未くんの言葉がぐるぐる回る中、部室に入ると、そこには真紀先輩や他の部員たちがいて、いつも通りの平和な部活動が始まっていた。
相変わらず素振りに一生懸命な大迫くんを見ると、昨日の話がバカらしくなって——少しだけほっとした。
私が大迫くんを微笑みながら見守っていると、真紀先輩がやってくる。
「結菜」
「真紀先輩、もう大丈夫なんですか?」
「ああ、結菜が来てくれたおかげで、すっかり良くなったよ」
「それは良かった」
「また熱を出したら、手を握ってくれよな」
「あ、はい……って、なんてこと言うんですか!?」
「おい三木、どういうことだよ」
説明しろとばかりに睨んでくる長谷部くんに、どう説明するか悩んでいると——私が口を開く前に、真紀先輩が口を挟んだ。
「昨日は結菜と手を繋いで眠ったんだ」
「はあ!?」
驚きの声をあげる長谷部くんに、私は慌てて説明する。
「それじゃあまるで、手を繋いで一緒に寝たみたいじゃないですか! やめてください、誤解を生む言い方は」
「でも、手を握ってくれたのは本当だろ?」
言って、真紀先輩はちらりと大迫くんの方を見る。
大迫くんは相変わらず素振りを頑張っていた。
「これは確信犯だな……真紀先輩って、こんな人だったっけ?」
長谷部くんがブツブツと口の中で呟く中、私は言い訳のように付け加える。
「それは、先輩が不安だって言ったから——」
「やっぱり三木を一人で行かせるべきじゃなかったよな……って、おい。なんで大迫じゃなくて俺が心配しないといけないんだよ。大迫もなんか言えよ」
素振りを終えた大迫くんに、声をかける長谷部くん。
けど、大迫くんは何がなんだかという感じで、目を瞬かせていた。
「え? 何が?」
「何がじゃないだろ。三木はお前の彼女だろ。そこは怒っていいところだぞ」
「誰に?」
「誰にって、結菜にも真紀先輩にも」
「なんで?」
「手を繋いだって言ってるんだぞ。……って、言ってる俺のほうが恥ずかしくなってきた」
「俺も手を繋いでいいのかな?」
「いや、いいだろ!? お前らどういう付き合いしてるんだよ」
「じゃあ、今日の帰り、手を繋いで帰ろう」
「……大迫くん、恥ずかしいから、人前で言うのはやめて」
「でも、真紀先輩も人前で言ってるよ?」
「俺はいいんだよ。先輩だから」
「なに開き直ってるんですか。往生際が悪いですよ、先輩。三木は大迫と付き合ってるんですから」
長谷部くんが断言すると、真紀先輩は少しムッとした顔で呟く。
「……結菜は渡さないから」
「真紀先輩?」
「俺、ちょっと飲み物買ってくる」
なんだか微妙な空気が流れる中、真紀先輩はその場を離れた。
すると、長谷部くんが真面目な顔をこちらに向ける。
「三木、ちょっといいか?」
「え? あ、うん」
「あのさ、俺が言うのもなんだけど、大迫と付き合うと決めたなら、他の男に期待させるようなことはするなよ」
「……えっと」
「大迫が可哀相だろ」
「……そう、なのかな」
私が考え込んでいると、そこに拓未くんがやってくる。
「やだなぁ、長谷部先輩は年寄りみたいなこと言うんだから」
「拓未くん」
「手を繋ぐくらいいいじゃないですか。啓太さんは心が広いから、そのくらいでとやかく言ったりしませんよ。それに——」
————どうせ、まがいものだし。
その小さな言葉を、私は聞き逃さなかった。
まがいもの? それはどういう意味だろう? なんて思っていると、長谷部くんが反論する。
「大迫がどう思ってるかなんて、わからないだろ? あいつ、自分の気持ちに疎いから」
「……そうだね。長谷部くん、心配してくれてありがとう。わかった……これからなるべく注意するよ」
「結菜ちゃんも真面目だなぁ」
***
部活の帰り道、大迫くんと一緒に帰っていた私だけど、長谷部くんに忠告されてから、どう接していいのかわからなくてずっと黙っていた。
大迫くんも何を考えているのか、同じように黙っていたけど——そのうち、思い出したように口を開く。
「あのさ、結菜」
「うん、どうしたの?」
「手を繋いでもいい?」
「いいよ」
恐る恐る触れた大迫くんの手は、思っていた以上に大きいし、暖かかった。
「結菜の手って小さいね」
「あはは、真紀先輩と同じこと——」
「うん?」
「いや、なんでもない。ごめんね、私デリカシーないかも」
「そんなことないよ。結菜はいつも俺たちのことを誰よりも考えてくれるし」
「ううん。それじゃあダメなんだよ。私は大迫くんのことを一番に考えなきゃいけないんだ」
「どうして?」
「だって、付き合ってるんだから」
「付き合うって、結菜を独り占めすることなの?」
「私を独り占め? そうかもしれないね」
「それは、嬉しいな」
「私も大迫くんを独り占めしないとね」
私がぎこちなく笑うと、大迫くんはふっと息を吐くように笑った。
その綺麗な顔にドキリとした瞬間——。
「そこの二人、お待ちなさい」
住宅街の道を遮るようにして仁王立ちの須藤さんが現れる。
須藤さんは相変わらず怒った顔をしていた。
「須藤さん」
「気安く私の名を呼ばないでくださいませ。私はあなたたちのこと、絶対に認めませんから」
「何を?」
「無論、啓太様とそこの卑しい女が付き合うことですわ」
「悪いけど、俺には結菜しかいないから」
「……断言されると、なんだか照れるなぁ」
私が一人で照れていると、そんな私をスルーして、須藤さんは大迫くんに告げる。
「何を言いますの? 私のほうが、啓太様のお役に立てるはずです。ですから、私を選んでくださいませ」
「それは無理だよ。君には結菜ほどの力はないから」
「……え? 大迫くん?」
「では、わたくしが結菜さんを倒せば、啓太様を手に入れることができるということですか?」
「君は結菜には勝てないよ」
「お、大迫くん?」
「そんなこと、わかりませんわ! 啓太様を殺せるのは、世界中でこの私だけですもの!」
「……え?」
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