第25話 死にたがりの大魔法使い



大迫おおさこくんとの噂もすっかり落ち着いたね」


 水曜日の放課後。

 

 バックパックに教科書を詰め込む私——三木みき結菜ゆいなに、友達の明美あけみが言った。


 いつの間にかクラスメイトから冷やかしの声もなくなった今は、そこそこ平和な日常に戻っていた。


「そうみたいだね」


「一時はどうなることかと思ったけど……結菜は奇術部のマネージャーになる感覚で告白OKしちゃうし」


「奇術部のマネージャーになる感覚って何よ」


「実際そうでしょ? いつも断れないんだから」


「祝福してくれるんじゃなかったの?」


「そりゃ、友の幸せは祝福したいけど? でもさ、なんか今回のことって……裏がありそうなんだよね」


「裏って何よ」


「大迫くんが悪いことするような人じゃないってことはわかってるけどさ」


「じゃあ、変なこと言うのはやめてよ」


「だって~」


「明美……もしかして」


「なによ」


「暇なの?」


「そうだよ、最近、結菜がかまってくれないから暇なんだよね——って、ちょっと! これでも心配してるんだから」


「心配してくれてありがとう。でもきっと大丈夫だから。私が決めたことだし」


「だといいけど」


「じゃ、部活行ってくるよ」


「行ってらっしゃい」


 それから私は、いつものように部室の前にやってくると、ため息を落としながらドアを開いた。


「こんにちは」


「あ、結菜」


「どうかしたの大迫くん? 今日は何もしてないみたいだけど」


「実は、真紀まき先輩が風邪で休みなんだ。だからマジックの練習ができなくて」


「そっか、慰問交流会は真紀先輩メインでやるもんね。どうする? 今日はいっそ休む?」


「でも復習したいこともあるし……真紀先輩がいると思って練習するよ」


「頑張って。私は真紀先輩が心配だから、お見舞いに行ってこようかな」


 私が何気なく呟くと、藤間ふじま先輩が怪訝な顔をする。


「結菜さん一人で行くんですか?」


「それはマズいだろ?」


 長谷部はせべくんまで険しい顔をするのを見て、私は目を瞬かせる。


「何が?」


「真紀先輩、一人暮らしだろ?」


「だから?」


「だからって……女の子が、一人暮らしの先輩のところに行くのはどうかと」


「でも私、マネージャーだし」


「大迫はいいのか? 結菜を一人で行かせて」


 長谷部くんが視線を向けると、大迫くんも私と同じように目を丸くしていた。


「何が?」


「何がって……」


「真紀先輩のことは俺も心配だから、見てきてほしいな」


「お前……本当に付き合ってる自覚あるのか?」


「付き合う自覚ってどういうこと?」


「……彼女が一人で男の家に行くんだぞ?」


「そうだね。結菜一人だと大変かな?」


 考えるそぶりを見せる大迫くんに、私は笑顔で告げる。


「大丈夫だよ。もう、慰問交流会まで日がないし、大迫くんは練習しなよ」


「うん、そうする」


 大迫くんが素直に頷く中、他の部員たちは顔を見合わせていた。




 ***




「真紀先輩、ちゃんとご飯食べてるかな? 何か買っていったほうがいいよね」


 夕焼けを背負った学校帰り。


 古い街並みを抜けて、住宅街を歩いていた私は、途中のコンビニで何か買うことにした。


 すると、コンビニの自動ドアが開くなり、どてら姿が目に飛び込んでくる。


「あ、先輩?」


 おにぎりの棚をじっと見つめていたのは、マスクをした真紀先輩だった。


「ひゅ、ひゅいは?」


「どうして外にいるんですか? 風邪は大丈夫なんですか?」


「は、はは……らいひょうぶはよ」


「何言ってるのかわかりません。ちっとも大丈夫じゃないですね。もしかして、ご飯を買いに来たんですか?」


「あ、ああ」


「ふらふらじゃないですか! 私が買いますから、ちょっと待っててください」


「……」


 それから私は真紀先輩を外に待たせて、手早く惣菜などを買うと、真紀先輩のアパートに向かった。




 真紀先輩の部屋は、綺麗に整頓されていて、マジックの本以外何もなかった。


 きちんとした部屋を見て、尊敬すらしていると、ふいに布団にいる真紀先輩が声をかけてくる。


「悪い……手伝ってもらって」


「こういう時は、頼ってくれていいんですよ?」


「でも……結菜には大迫くんがいるだろ」


「大迫くんも心配してましたよ」


「お前ら……いいやつだな」


「水、飲みますか?」


 私がペットボトルを持って布団の傍に座ると、真紀先輩はやや困惑気味に告げる。


「いや、いい。それより、あんまり近くにいると風邪がうつるぞ」


「大丈夫ですよ。滅多に風邪ひかないので」


「じゃあ、迷惑ついでに……お願いがあるんだ」


「なんですか?」


「手を握ってほしいんだ」


「手ですか?」


「ああ、なんだか不安で」


「私の手でよければ、どうぞ」


 私が手を差し出すと、先輩はおそるおそる私の手を握った。


「結菜の手は小さいな」


「そうですか? 普通ですよ。先輩の手が大きいんですよ」


「冷たくて気持ちいいな……」


 言って、先輩はウトウト眠り始める。


 私は仕方なく、手を繋いだまま先輩を見守っていた。


 そして待つこと十五分。


 うっすら目を開いた先輩を見て、私は声をかける。


「——先輩、そろそろ私帰りますね」


「え? もう帰るのか」


「はい。見たいテレビがあるので」


「じゃあ、玄関まで——」


「見送らなくていいですからね」


「どうせ施錠しないといけないから、見送らせて」


 それから真紀先輩は体を引きずるようにして、私を玄関先まで見送りに来た。


「今日はありがとうな。いろいろと」


 真紀先輩は壁に寄りかかりながら、そう言って笑った。その顔はまだ赤くて、熱が高いことがわかる。


「いいえ。それはいいですから、早く布団に戻ってください」


「なあ、結菜」


「なんですか?」


「最後に少しだけいいか?」


「え?」


 答える間もなく、先輩に抱きしめられる。


「せ、先輩? どうしたんですか?」 


「ごめん、風邪うつすかも」


「風邪の先輩は甘えん坊だなぁ……先輩、大丈夫ですか? 先輩? ……寝てる? もう、ちゃんと起きて施錠してください」


「あ、悪い……」


 しぶしぶ離れた先輩は、名残惜しそうに私の髪に触れていた。


「あーあ。気づくのが遅かったなぁ」


「何がですか?」


「じゃあな、結菜。明日また学校で」


「もう、先輩はマイペースなんだから……」


 それから私は、真紀先輩のアパートを出て、古い街並みを歩く。


 外はいつの間にかどんよりと重い雲が空を覆っていた。


「すっかり遅くなっちゃった……テレビ間に合うかな? ……って、嘘! 雨降ってきちゃった」


 私は慌てて近くのカフェの軒下に入る。


 けど、いつしか雨は本降りになってしまい、私は帰るに帰れなくなってしまう。


 それから傘を買うか悩んでいると——。


 すぐ隣からクスクスと笑い声が聞こえた。


「結菜ちゃんって、雨女ですか?」


 気づくと、同じカフェの軒下に拓未くんがいた。


「拓未くん! どうしてここに?」


「部活の帰りに、降られたんです。結菜ちゃんは真紀先輩のところに行くんですか?」


「お見舞いの帰り道だよ」


「へぇ……奇術部って面白いですね。誰も結菜ちゃんに手を出さないなんて」


「ごめん、聞こえなかった。なんて言ったの?」


「こちらの話です。それより、雨がやむまでお茶しませんか?」


「ごめんね、拓未くん。見たいテレビがあるから、今日は早く帰りたいんだよね」


「でも雨……おさまるどころか、本降りになってますよ」


「そうだね。じゃあ、ちょっとだけお茶してく?」


「はい、お茶しましょう」




 結局、拓未くんとカフェに入った私は、アンティーク調の店内で四人がけテーブルに向かい合って座った。


 出会った頃のことを思うと、正直複雑な気分だったけど、気にしないふりをする。


 そして紅茶を飲みながらほっと息を吐いていると、そのうち拓未くんが何気なく言った。


「結菜ちゃんって無防備だよね」


「なんのこと?」


「だって、触ってくださいと言わんばかりだから……なんか、誰にでも心を開く犬みたいな」


「それ、褒めてるの? けなしてるの?」


「褒めてもけなしてもいません。思ったことを言っただけです」


「拓未くんは……」


「なんですか?」


「わざと私たちの噂を広めたでしょ? ……どうしてそんなことするの? 拓未くんになんのメリットがあって……」


「メリット……メリットならありますよ。啓太さんと結菜ちゃんがくっつけば、大魔法使いの称号は俺のものになるから」


「どういうこと?」


「あれ? もしかして知らないんですか?」


「何が?」


「啓太さんって、大魔法使いなんですよ」


「……知ってる」


「正確には、大魔法使いのまがいものです」


「まがいもの?」


「そうですよ。啓太さんは、死にたがりの大魔法使いで有名なんですよ」


「え……死にたがり? どういうこと?」







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