第23話 鏡の魔女
放課後、奇術部の部室にやってきた私は、神妙な面持ちで
「あのね、大迫くん」
「どうしたの?」
——早く本当のこと言わなきゃ。
クラスの噂では、私が大迫くんの告白を受け入れたことになってるけど、それは誤った情報であって、決して私が出した答えじゃなかった。
だから早く事態を収集するためにも、言わなければならなかった。
「実は——」
けど、私が言いかけたところで、
「良かったね、啓太さん。
おまけに、拓未くんの言葉に真っ先に反応したのは、
「どういうこと?」
「実は、結菜ちゃんと啓太さんが付き合うことになったそうです」
「……え?」
目を瞬かせて絶句する真紀先輩の傍ら、
「へー、思ったよりも早かったな。どっちが告ったんだ?」
長谷部くんは拓未くんの言葉を鵜呑みにして楽しそうだった。
私は慌てて否定しようとするけど、その前に大迫くんが手を上げた。
「俺だよ」
「意外だな。大迫は自分の気持ちにも気づかない天然だと思ってたけど」
「自分の気持ちに気づかない?」
長谷部くんの言葉に、大迫くんは目を丸くしていた。
私が魚みたいに口をパクパクさせる中、長谷部くんはさらに大迫くんに訊ねる。
「自分の気持ちに気づいたから告白したんだろ? 何驚いた顔してるんだ」
「自分の気持ち……?」
大迫くんは不思議そうな顔をして首を傾げる。
まるで、自分の意志とは別に告白したみたいな様子に、引っかかりを覚えるけど、それよりも私はこの状況をどうにかしたくて慌てて口を開く。
「でも、私はまだ答えを出してな——」
「結菜ちゃんも実は好きだったんですよね、啓太さんのこと」
「!? ちょっと! 拓未くん!?」
「すみません。二人が付き合うようになったと知って、嬉しくて言いふらしちゃいました」
「だから違うの! 私は——」
「そっか。すみません。本当はみんなに内緒で付き合いたかったんですね。俺、余計なことしました……ごめんなさい、皆さん。結菜ちゃんのことは内緒にしてくださいね」
人差し指で唇を押さえてみせる拓未くんに、もうなんて言っていいのかわからなかった。
私が抗議しようと前に出る中、今度は真紀先輩がぽつりと告げる。
「……ずるい」
「へ?」
「大迫くんと結菜が付き合うなんてずるい!」
「真紀先輩、嫉妬なんてみっともないですよ」
拓未くんの辛辣な言葉に、真紀先輩は
「二人が付き合うってことは、大迫くんが結菜を独占するってことだろ? そんなのずるい! みんなのマネージャーなのに」
真紀先輩のどこかズレた訴えに、私は思わずツッコミを入れる。
「みんなのマネージャーって、なんですか」
すると、真紀先輩はまるで子供のように地団駄を踏んだ。
「みんなの結菜と言ったら、みんなの結菜だよ。悪いけど、俺は二人が付き合うのを認めないから」
「真紀先輩。結菜ちゃんだって人間ですよ? 幸せになる権利があるんだから」
拓未くんの最もらしい言葉に、長谷部くんは感心した様子で告げる。
「いつになく良いことを言うんだな」
「俺だって大好きな先輩たちが一緒になってくれたら、嬉しいですから」
「お前の妹はどうするんだよ」
長谷部くんがリアンちゃんのことを指摘すると、拓未くんは苦笑した。
「あいつには悪いけど、諦めてもらいます。妹が何か言ってきたら、俺が駆けつけますね」
拓未くんはそう宣言すると、私の顔を見て笑みを浮かべる。
その顔が、どこか企んでいるように見えて引っかかったけど——今はそれどころじゃなくて。
すっかり私たちが付き合っている方向に話が進んでしまい、もはや否定するだけ無駄に思えた。
……どうしよう。もう、なんて言えばいいのかわからないよ。
「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
ふいに、長谷部くんが私の肩を叩いた。
「え? あ、……うん……大丈夫」
「そうか? 真っ青に見えるけど」
心配そうに顔を覗き込んでくる長谷部くんに、私は自然とため息を吐く。
そんな中、長谷部くんの隣にいる藤間先輩が、何かを考えながらこちらをじっと見つめていた。
「結菜さん、もしや——」
藤間先輩が何か言いかけたその時、かぶせるようにして真紀先輩が叫んだ。
「とにかく俺は、絶対に認めないからな!」
「えー、真紀先輩ってけっこう面倒くさいんですね」
断固として反対の姿勢を見せる真紀先輩に、拓未くんはうんざりした顔をする。
もう私一人ではどうすることもできないので、仕方なく私は大迫くんに視線を向ける。
「あの、大迫くん」
「なに?」
「このあと、大迫くんに話したいことがあるんだけど」
「このあと? ごめん、俺……職員室に用があるから。週明けじゃダメかな?」
「そっか……じゃあ、明日の朝とかは……?」
私が小さな声で大迫くんに確認していると、拓未くんがニヤニヤしながら訊ねてくる。
「なになに? もしかして、もうデートの約束? 土曜日にどこか行くの?」
「そうじゃないよ」
「またまた、照れちゃって」
拓未くんは冷やかすけれど、マイペースな大迫くんはあまり聞いていないようで、突然思いついたように告げる。
「そうだ。実は遊園地の券をもらったんだけど……明日、みんなで行こうよ」
「啓太さん! そこは結菜ちゃんと二人で行くものですよ」
拓未くんは指摘するけれど、大迫くんはきょとんと目を丸くしていた。
「そうなの?」
「まったく……これだから」
ため息を吐く拓未くんの前で、真紀先輩は思いっきり挙手をする。
「遊園地? 俺も行きたい!」
目をキラキラさせる真紀先輩に、拓未くんがなんとも言えない顔をする中、藤間先輩も小さく手を挙げる。
「私も遊園地にお供します」
「じゃ、俺も行く」
長谷部くんも加わって、私はなんだか複雑な気持ちになる。
「そ、そうだね。皆で行けば楽しいよね!」
——どうしよう、いつ言えばいいんだろう。
私が狼狽えていると、拓未くんの方から舌打ちする声が聞こえた。
***
「今日は遊園地日和だな」
遊園地のエントランスで快晴を見上げては、嬉しそうな顔をする真紀先輩。
結局、休日に奇術部全員で遊園地に集まったのはいいとして——大迫くんには何も告げられないままだった。
しかもこんな状況で、どうやって伝えればいいんだろう。
私は苦笑しながら、誰よりも楽しそうな真紀先輩に視線を送る。
「真紀先輩、張り切ってますね」
「当たり前だ! 受験前にぞんぶんに遊んでおかないとな」
「にしても、大迫くん……遅いな」
チケットを持っている大迫くんがまだ来ていない状況だった。
私がスマホを見ながら心配していると、長谷部くんもぼやくように告げる。
「拓未のやつもまだ来ないな」
するとそのうち、駅に続く道から駆けてくる大迫くんを見つける。
大迫くんは走ってくるなり、肩で息をしながら告げる。
「あの、お待たせ」
「え? 大迫くん?」
「ごめんね。……遅くなって」
「それはいいんだけど、なんだかいつもと雰囲気が違うね」
「拓未くんに私服ダサいって言われて、着替えさせられたんだ」
「拓未くんが?」
「啓太さん、それは言わない約束ですよ」
あとからゆっくりと歩いてきた拓未くんが、ため息混じりに告げる。
すると、大迫くんは思い出したように頭を掻いた。
「あ、そうだった」
それから私は、大迫くんに言いたいことを言えないまま、ただ楽しく遊園地で遊んだ。
別行動をとって何度も大迫くんに告げようとしたのに、私が何か言おうとする度に拓未くんが現れて——まるで私の邪魔をするかのように間に入ってきたのだった。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎて、気づけば夜になっていた。
***
「すっかり暗くなったな」
やや疲れた顔をする亮を見て、並んで歩いていた
「帰りは、バーガーショップで飯食って帰りません?」
すると、バーガーショップと聞いて、すでに乗り気の
「お、いいな。あそこの店なら、クーポンを持ってたはず……」
「あれ? そういえば、大迫は?」
「結菜さんもいませんね。さっきまで一緒にいたはずですが」
「ああ、結菜ちゃんと啓太さんなら、先に帰りましたよ」
「なにぃいいいい!?」
拓未の答えを聞いて、真紀の声が空高く響いた。
***
「今日は楽しかったね」
大迫くんとどうしても話し合いたくて、先に帰らせてもらった私——
大迫くんは屈託のない笑みを浮かべていた。
「うん、先輩たちも面白かったし、皆でまた行きたいね」
「そうだね」
……拓未くんが二人にしてくれて良かった。今なら、あの事言えるよね。
ようやく訪れたチャンスに、私は気合いを入れるようにしてぎゅっと胸元を握りしめる。
早く言わなきゃ、手遅れになってしまう前に——。
そして私は、住宅街を一緒に歩く大迫くんの隣で、立ち止まる。
「あのさ、大迫くん」
「うん、どうしたの?」
「一昨日のことだけど……」
「一昨日のこと?」
「ちゃんと返事できてなかったから、言わなきゃと思って」
「返事なら、拓未くんからもらったよ」
「そうじゃないよ。私は——」
言いかけたその時、どこからともなく甲高い声が響く。
「啓太様!」
「リアン」
見れば、いつの間にかリアンちゃんが目の前に立っていた。
リアンちゃんは閑静な住宅街で、声高に告げる。
「結菜さんとお付き合い始めたというのは、本当ですか?」
「あ、うん……本当だよ」
「あれだけ啓太様とは関係ないみたいな顔をしていたのに、結菜さんは人を
「ち、違うよ!」
「何が違いますの? 私は嘘つきが嫌いですの! あなたみたいな人、私が今度こそ叩きのめして差し上げますわ」
「ええ!?」
「……リアン、やめておいたほうがいいよ」
「何をおっしゃいますの、啓太様」
「君がいくら攻撃したところで、結菜には通じないから」
「大迫くん、なにを……」
「それと、俺たちの邪魔をするなら、いくら元婚約者でも容赦はしないよ」
「啓太様まで……どうしてですの? あなた様を救えるのは、きっと私だけなのに……」
「……え?」
「結菜、リアンの話は聞かなくていいよ。行こう」
「でも」
「結菜さん、あなたはきっと、啓太様と一緒にいることを後悔しますわ」
「後悔?」
リアンちゃんの意味深な言葉に、私が眉間を寄せていると——つむじ風とともに拓未くんが現れる。
「リアン」
「お兄様」
「せっかくいいところだったのに、どうして邪魔するかな」
「お兄様なら、お分かりでしょう? 結菜さんでは力不足ですわ」
「恋は盲目というけれど、本当に面倒な妹だな」
「お兄様?」
「悪いけど、すぐに消えて」
「お兄様!」
「彼女が本当に〝鏡の魔女〟なら、今のお前がとうてい敵う相手ではないよ。痛い目にあっても、わからないようだね」
「あの時は、油断していただけですわ!」
「愚かだね。相手との力量差もわからないなんて、君が僕の妹だなんて、恥でしかない」
「お兄様は、私の味方ではなかったのですか?」
「悪いね。僕は僕の味方でしかないから」
言って、拓未くんは魔法の杖を構えると、その先端をリアンちゃんに向ける。
「おにいさ——きゃあああああ」
直後、リアンちゃんは竜巻に飲まれて姿を消した。
不穏な空気が漂う住宅街。
私はなんだか嫌な予感がして、大迫くんの顔を見る。
「かがみの……魔女って、何? 大迫くん」
けど、大迫くんはどこまでも暗い顔をしていた。
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