第22話 告白



「この間のカラオケ、楽しかったよね。また皆でどっか行こうよ」


 登校するなり、明美あけみは朝からご機嫌だった。


 しばらく部活ばかりで明美と遊ぶこともなかったし、きっと寂しかったよね。

 

 親友を放置しすぎたことに罪悪感を覚えた私——三木みき結菜ゆいなは、もうちょっと明美のことも考えよう——なんて思いながら笑顔を向ける。


「そうだね。また皆でどこかに行きたいね」


「その時は今度こそ大迫おおさこくんに来てもらわなくちゃ」


「え、お、大迫くんも誘うの?」


「結菜はその方がいいでしょ?」


「そ、そんなことないよ!」


「そんなに強く否定しなくても……もしかして、大迫くんと喧嘩でもしてるの?」


「そういうわけじゃないけど……」


「もしかして、大迫くんのことを意識し始めてるとか?」


「ち、違うよ!」


「そうなんだ? へー」


「……」


「お、噂をすれば大迫くん」


 大迫くんはナナメ前の席からこちらにやってくると、私を通り過ぎて後ろの席にいる拓未くんの前に立った。


「拓未くん、ちょっといいかな?」


「なんですか? 啓太さん」


「話があるんだ」


 私と明美が顔を見合わせる中、大迫くんは拓未くんを連れて教室を出ていった。




 ***




啓太けいたさん、どうしたんですか? 俺とサシで勝負でもしたくなりました?」


 屋上に須藤すどう拓未たくみを呼び出した大迫おおさこ啓太けいたは、周囲に誰もいないことを確認したあと、拓未に告げる。


「君は何を考えて結菜に近づいたの?」


「ああ、そのことか。俺は別に、二人の仲を応援しているだけですよ」


「……余計なことをしないでほしいんだ」


「余計なことってなんですか? 啓太さんは結菜ちゃんがいいんでしょ? だったら、余計なことでもないと思うけど」


「その考えが余計なんだ。まさか、俺のことを結菜に言ったりしてないよね?」


「ああ、俺のことを睨んでたのは、そういう事情かぁ……大丈夫ですよ、啓太さん。今はまだ何も言ってませんから。それに、いつかは言わなきゃいけないことでしょ?」


「だけど、今はまだその時じゃないから……」


「先延ばしにして、苦しむのは啓太さんですよ。でもそうですね……俺はただ、大魔法使いの称号が欲しいだけなので……別に邪魔するつもりもないけど」


「お願い……俺のことを結菜には言わないで欲しいんだ」


「わかりました。今はまだ、結菜ちゃんには言わないでおきます」


「……」


 俯いて考え込む啓太に、拓未はおかしそうな顔をして告げる。


「それより、早く告白したほうがいいんじゃないですか?」


「え?」


「このままだと、真紀先輩にとられちゃうかもしれませんよ」


「それは……」


「急いでるんでしょ?」


「……君には関係ないことだよ」


「関係なくもないですよ。だって俺は、大魔法使いの称号が欲しいんだから。とっとと結菜ちゃんとくっついて、引退してくださいよ」


「……そう簡単にはいかないよ。結菜には俺のことを好きになってもらわないといけないから」


「そのミッションならとっくにクリアしてますよ。結菜ちゃんは啓太さんのことを好きだから」


「そんなはずはないよ……」


「大魔法使いのくせに、啓太さんはいつも自信がなさげだな」


「こんな俺のことを結菜が好きになるはずがないんだ」


「それは単なる思い込みですよ。だったら、告白してみればいいじゃないですか」


「でもまだ……」


「大丈夫ですよ、結菜ちゃんはきっと良い返事をくれますから。それに、時間がないんでしょ?」


「……」


「そんなに心配なら、提案があります」


「提案?」


「こうすればいいんですよ」


 拓未は魔法の杖を構えるなり、啓太に向けた。




 ***




「あの、大迫おおさこくん……」


 放課後の教室。


 拓未たくみくんに言われてからずっと大迫くんを観察していた私——三木みき結菜ゆいなは、ふと気になって、ナナメ前の席に座っている大迫くんに声をかけた。


 すると、大迫くんはぼんやりした顔で、振り返る。


「え? なあに?」


 ——やっぱり、今日の大迫くんはちょっとおかしい。


「大迫くん、どうかしたの?」


「何が?」


「今日はずっと上の空だから」


「うん……ちょっと考えごとしてて」


「何か悩みがあるなら、私に言ってね」


「悩み……というか……結菜に聞いてもらいたい話があるんだ」


「なに?」


「ちょっとここでは言えないから、屋上でもいいかな?」


「うん、わかった」


 私が頷くと、なぜか明美が早足で私の元にやってきて、小さく言った。


「おお、とうとう大迫くん、結菜に言う気になったのかな?」


「言うって、何が?」


「それはもちろん、愛の告白に決まってるでしょ?」


「ええ!?」


「せっかくだから、二人の会話、録音しておいてよ」


「そんなことするわけないでしょ!」


「だって、私これから用事があるから、こっそり見に行けないんだよね」


「明美に用事があってよかったよ」


「まあいいや、早く行っておいでよ。ついでにファーストキスも済ませちゃいなよ」


「な、何言ってるのよ!」


「大迫くんが私をって……そんなはずないし」


 とかなんとか言いながらも、私の顔はどんどん熱くなった。




「そ、それで……話って何かな?」


「うん……あのね」


 屋上で向かい合って十分、大迫くんはなかなか本題に入らなかった。


 ……よっぽど言いにくいことを言おうとしてるのかな……大迫くんの顔、お通夜みたいだし……告白っていう雰囲気じゃないよね。


「大迫くん、悩みがあるなら言ってみなよ」


「悩みっていうか……そうじゃないんだ」


「悩みじゃないなら、どうしたの? 私が力になれるかはわからないけど、聞くくらいなら出来るよ?」


「……結菜に言いたいことがあるんだ」


「私に?」


「うん」


 ——え、まさか本当に告白? なんて、そんなことないよね。


「実は、俺……結菜のことが好き、なんだ」


「そうだよね。大迫くんが私のことを好きになるはすが——って、えええ!?」


「ごめん、こんなこと言われても困るよね。でも、どうしても言っておきたかったんだ」


「……そ、そそそ」


「返事は急がないから……どんな結果でも、言ってもらえると嬉しい」


「そ、そそそそそうだよね。うん……わかった」


「じゃあ、帰ろう」


「え?」


 ——ちょっと待って、この雰囲気のまま一緒に帰るの? それはアリなの?


 さすがにこの状況で一緒に帰るのは違う気がして、私は大迫くんを呼び止める。


「ごめん、大迫くん。一人で考えたいから、今日は一緒に帰れないよ」


「……わかった」


 私が別に帰るようお願いすると、大迫くんは先に屋上を降りて行った。


 残された私は、しばらくその場を動けなかった。




 ***




「大迫くんが私のことを好きって、本当なのかな……? それに私も……大迫くんのことをどう思ってるんだろ。大迫くんといると、心地いいのは確かなんだよね。だったら、いっそ付き合っちゃう? でも……魔法使いと付きあうってどうなんだろう……まあ、いいや。とりあえず今日は寝ちゃおう」


 大迫くんから告白を受けた夜。


 自室のベッドの上でさんざん悩んだ後、結局、考えることを放棄した私は、そのまま眠りについたわけだけど——。

 


 その翌日、とんでもないことが起きたのだった。



「——ちょっと、結菜!」


「どうしたの? 明美」


 朝から教室に入るなり、嬉しそうな顔をした明美が私のもとにやってきた。


 明美は私の顔を見ると、いっそう顔を輝かせて告げる。


「おめでとう!」


「何が?」


「とうとう、大迫くんと付き合うことになったんだって?」


「はあ?」


「拓未くんが言ってたよ。昨日、大迫くんが告白して、結菜がOKしたって」


「そ! それは違うよ! 私……まだ返事してないし」


「告白されたのは本当なんだね」


「あ」


「ならもう、付き合ってるも同然じゃん。それで、ファーストキスしたの?」


「してないよ! もう、変な妄想はやめてよ。私は返事すらしてないんだから」


「なんで即OKしないの?」


「なんでって……自分の気持ちがよくわからないし」


「じゃあどうするの? まさか、断るの?」


「まだ決めてない」


「あんたは……」


 呆れた目で見る明美に、私がなんとも言えない気持ちになる中、そこに大迫くんが慌てたようにやってくる。


「結菜!」


「あ、大迫くん」


「ありがとう、結菜」


「え? 何が?」


「拓未くんから聞いたよ。告白の返事、OKだって」


「へ?」


「恥ずかしいから、拓未くんに頼んだんだよね」


「え、ちょっと待って。私、そんなこと言ってな——」


「今日からよろしくね、結菜」


「ええ!? だから! 私はまだ返事してないって」


「じゃあ、俺は職員室に用事があるから、行ってくるね」


「ちょ、ちょっと!」


 私が慌てて引き留めようとするもの、大迫くんは風のように去ってしまった。


 そんな私を見て、明美は不思議そうな顔をする。


「うーん……これってどういうこと?」


「それは私の方が聞きたいよ」


 よくわからない状況に、私はため息すら出なかった。



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