第20話 久しぶりの入部希望者
「テスト終わった! ボロボロだったけど……」
学園祭以来、
テストの余韻もあって疲労感が半端ない中、そんな私のところに大迫くんがやってくる。
「結菜」
大迫くんは穏やかな表情で私に笑いかける。
最近、大迫くんの雰囲気が少しだけ大人びて見えるのは、気のせいだろうか?
「……大迫くん。今日はこれから部活だっけ?」
「うん。真紀先輩からメッセージが来てるはずだよ」
「ほんとだ! 気づかなかった」
気づくと、スマホには真紀先輩のメッセージが溜まっていた。返事をするまで何度でも聞いてくるタイプなので、私は慌ててメッセージを返す。
するとそこへ、
「結菜は今日も部活なの?」
「ごめん、明美」
「たまには一緒に寄り道しようよ」
「そうしたいのはやまやまだけど……もうすぐ老人ホームで慰問交流会があるから、そういうわけにもいかないんだよね」
「もう、真面目なんだから。それに慰問交流会って……ジジババと遊んで何が楽しいの?」
「明美、そういう言い方はよくないよ」
「だって……奇術部に入ってから、ほとんど一緒にいないじゃん」
「うん、そうだね。なら、明日にしようよ。明日の土曜日は奇術部がお休みだし」
「……え、奇術部って土曜日もあるの?」
「だから明日は休みだって」
「そうじゃなくて、普段は土曜日も活動してるの?」
「たまにだけど」
「あんた……学生生活をもっと盛り上げたいとか思わないわけ?」
「奇術部はいつも盛り上がってるよ」
「そういうのじゃなくて、もっと恋とか彼氏とかデートとか……」
「どれも恋愛ワードだね」
「だって、高校生になってもう半年以上経ってるんだよ?」
「……そうだけど」
「それなのに結菜には彼氏の一人もいないんだよ? ていうか、奇術部にあれだけイケメンが集まってるのに、何もないなんて勿体ない」
「何もないって何が?」
明美の言葉に、目を瞬かせる大迫くん。
明美はそんな大迫くんの肩をがっしりと掴んで告げる。
「……大迫くん、せめて自分の気持ちを自覚できるようになりなよ」
「え?」
大迫くんが目を丸くする中、今度は転入生の男の子がやってくる。
「ねぇ、なんの話してるの?」
「須藤さんのお兄さん」
「
名前で呼んで欲しいと言われて、私は
「……
「拓未でいいよ。そのかわり結菜ちゃんって呼んでもいい?」
「えっと……それはかまわないけど……」
「この間は魔法で攻撃してきた君が、どうして結菜に近づこうとするの?」
険しい顔で威嚇する大迫くんに、私は思わず「ごもっともです」と呟いてしまった。
けど、拓未くんは気にする風もなく、嬉しそうな顔をしていた。
「だって、大魔法使いがこんな風に手元に女の子を置いてるなんて珍しいから、興味がわいたんだ」
「大魔法使い?」
拓未くんの言葉に、首を傾げる明美。
そうだよね。明美は何も知らないんだよね……。
「あ、えっと。大迫くんのあだ名なんだ。奇術部の」
「実力はアレなのに、名前だけは大層だね」
「そ、そうかもね……はは」
……なんで私がこの人のことまで誤魔化さなきゃいけないんだろう。
クラスメイトの注目を浴びていることに気づいた私は、大迫くんの制服の裾を引いて小さく告げる。
「ねぇ、大迫くん。早く奇術部に行こうよ。先輩たちが待ってるよ」
すると、そばで聞いていた拓未くんがニコニコしながら割り込んでくる。
「……それ、俺も見学してもいいかな?」
「はあ?」
私が瞠目していると、大迫くんが敵意むきだしで拓未くんを睨みつける。
「ダメだよ。君はだめ」
「どうして? 今日は何もしないよ?」
「君みたいな存在は、結菜に悪影響だから」
「あー、なるほど。結菜ちゃんを俺に取られたくないんだね」
クスクスと笑う拓未くんは、本当に何を考えているのかわからなかったけど、見ていた明美はなんだか楽しそうな顔をしていた。
「え? なに? もしかして大迫くんにライバル登場?」
「ちょっと、明美。変なこと言わないで」
「いいじゃん、これで二人が進展するなら」
「だから、明美がいくら期待しても、何もないから!」
「わかった。期待してるから、奇術部でこのあと何かあったら教えてね」
***
「こんにちは、先輩」
結局、
「おお、結菜。テストはどうだった? 昨日は焦ってたみたいだけど」
「昨日は突然電話してすみませんでした。でも真紀先輩のマイペースな言葉を聞くと妙に安心します」
「マイペースってなんだよ。これでも心配したんだぞ。テストの点数」
「もういいです。先輩はずっとそのままでいてください」
「なんだよ、意味深だな……で、後ろにいるそいつは誰だ?」
「初めまして、先輩。今日から結菜お姉さん——じゃなくて、結菜ちゃんと同じクラスになった須藤拓未です」
「結菜お姉さん?」
「拓未くんは飛び級でうちのクラスに来たんです」
「そんなことがあり得るのか?」
「あり得るみたいですよ。私もびっくりです」
「で、その飛び級がなんの用だ?」
「やだなぁ、飛び級って呼ばないでくれますか。
真紀先輩と同じくらいマイペースな拓未くんは、真紀先輩にも気安く話しかけた。
けど、真紀先輩はそういう馴れ馴れしさも嫌いじゃないみたいで、気軽に名前を呼んだ。
「で、拓未くんはどうしてここに? 入部希望か?」
「その前に見学いいですか?」
「それは構わないが……」
「じゃ、俺のことは気にせずに部活動を始めてください」
「あ、ああ」
真紀先輩は頷いたあと、私にこっそり話しかけてくる。
『おい、結菜。あいつって学園祭で藤間先輩とマジック対決してたやつじゃないか?』
『そ、そうでしたか?』
『もう忘れたのか? 結菜は気絶までしたのに』
『……そうでしたね』
あまりに人懐っこいから忘れそうになるけど、拓未くんは魔法使いなんだよね。しかも私たちに魔法で攻撃してきたわけで。
今は大人しいけど、いつ何をしでかすかわからないから、私がしっかり見張っておかなきゃ。
拓未くんがまた悪さをした時は、長谷部くんみたいに毅然と対処……できたらいいけど。
「そんなに身構えなくても、今日は何もしませんよ」
まるで私の心を見透かしたように笑う拓未くんに、私は言葉を詰まらせる。
すると、教室のドアがガラガラと開いて、長谷部くんもやってくる。
長谷部くんは拓未くんを見るなり、顔をしかめた。
「こいつ、また現れたのか?」
「長谷部くん」
「こいつじゃないです、オレンジ頭先輩」
「……こいつ、何しに来たの?」
「見てわかりませんか? 見学ですよ」
「俺は結菜に聞いたんだけど」
拓未くん……長谷部くんと相性最悪だね。大丈夫かな?
拓未くんと長谷部くんの睨み合いを見て、私は慌てて口を開く。
「と、とにかく……慰問に向けてマジックの練習しようよ」
「そうだな。よし、各自持ち場につこう」
真紀先輩のひとことで、拓未くんと長谷部くんは顔を背けた。
それから私達は、老人ホームで披露するマジックの練習に励んだ。
長谷部くんのお爺さんが残したノートのおかげで、マジックは面白いくらいサクサク進めることができたし——そしてそんな風に頑張る私たちを、拓未くんは目を丸くして見守っていた。
「へぇ……面白いね」
胴体を切断したように見せかけるマジックを見ながら、思わず声を漏らした拓未くんを見て、私はなんだかホッとする。
「……とまあ、奇術部はこんな感じだけど」
真紀先輩が説明を終えると、拓未くんは目を輝かせて小さく拍手する。
「予想よりもずっと面白かったです」
「じゃあ、入部するか?」
「真紀先輩!?」
あれだけ女の子の入部を断っていた真紀先輩だけど、拓未くんのことを気に入ったのか、彼の入部に乗り気だった。
……けど、拓未くんを入部させて、本当に大丈夫なのかな?
大迫くんのほうをちらりと見ると、いつになく大迫くんが暗い顔をしていた。
「大迫くん?」
「え? あ、ごめん。何か言った?」
「ううん、なんか調子悪そうに見えたけど、大丈夫?」
「俺は大丈夫だよ」
そう言った大迫くんの顔は全然大丈夫そうに見えなかった。
やっぱり、拓未くんのせい、だよね?
けど、拓未くんの方は悪びれもせずに考えるそぶりを見せる。
「どうしようかな~、俺もやってみたいなぁ」
拓未くんと大迫くんの関係はよくわからないけど、でも大迫くんは嫌そうだし——私がなんとかして拓未くんの入部を阻もうと口を開きかけた、その時だった。
「いいんじゃないか? こいつを入部させても」
「長谷部くん!?」
長谷部くんまで、拓未くんの入部を受け入れた。
——あんなに警戒してたのに……拓未くんが何か魔法でも使ったのかな?
すると、まるで私の心を読んだかのように拓未くんが告げる。
「俺は何もしてないよ」
「ちょっと、他人の心を読まないでよ」
「君の心なんて読まなくても、顔に出てるよ」
「何よそれ」
「あはは、結菜ちゃんは可愛いなぁ……結菜ちゃんがいるなら、入部しようかな」
その笑えない冗談に私が黙り込んでいると、教室のドアが開く音がする。
現れたのは、藤間先輩だった。
「遅くなりました」
「あ、藤間先輩」
「日直の仕事が長引いてしまいまして……っと、そこにいるのはもしや、この間の」
「須藤拓未です。よろしくね、魔法使い——」
「ちょっと、拓未くん!?」
「――みたいにマジックが上手な藤間先輩。てか、結菜ちゃん、動揺しすぎ」
「もう!」
大きく口を膨らませると、拓未くんにほっぺを突かれた。
「ちょ、ちょっと!」
すると、真紀先輩が地団駄を踏み始める。
「あ、ずるい! 俺もつつきたい」
「な、何言ってるんですか!? 先輩」
「ほら、もう一回頬をふくらましてくれ。今度は俺がつつくから」
「しません!」
「なんでだよ、拓未くんにはさせたのに」
「させたんじゃないです! 勝手にされたんです!」
私が真紀先輩の指先から逃げていると、そのうち大迫くんがぽつりと告げる。
「俺もつつきたい」
「大迫くんまで!」
「こいつが入部したら、さらにややこしくなりそうな予感だな」
真紀先輩と大迫くんに私がじっと見つめられる中、長谷部くんはなんだか意味深な言葉を落としたのだった。
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