第19話 二人のリアン
学校の帰り道、
しかも二人きりになった途端、須藤さんが私に魔法の杖らしきものを向けてきて——なんだかピンチの予感だった。
「お覚悟を!」
須藤さんは短い杖を私に向けたまま、じりじりと近づいてくる。その目は親の仇でも見るようだった。
「え、やだよ。なんの覚悟?」
「あなたは啓太様にとって有害ですもの。ですから、結菜さんにはいなくなってもらいますわ」
「怖いこと言わないでよ。クラスメイトでしょ?」
「クラスメイトだからなんですの? 同じ教室を共有しているにすぎないあなたに、遠慮などしませんわ」
須藤さんはどうあっても話を聞いてくれそうになかった。
——こうなったら、逃げるしかないよね?
仕方なく私は、須藤さんの後ろを指差して声を上げる。
「——あ! 大迫くん!」
「え? 啓太様?」
まんまと私の嘘に引っかかった須藤さんを見て、私は慌てて
とりあえずその場しのぎは上手くいったみたいで、私は須藤さんから遠ざかることができた。
でも、これからどうしよう……そうだ! 助けを呼ぼう。
それから私は、大迫くんや長谷部くんに電話をしてみたけど、全然繋がらなくて。
ようやく繋がったのは、真紀先輩くらいだった。
「せ、先輩!」
『おお、結菜。どうしたんだ?』
「あの、実は今大変なことになっていて……」
『大変なこと? ああ、わかった』
「それで、すぐに来て欲しいんですが……」
『だから、いつも言ってるじゃないか。勉強は日ごろからコツコツやらないと、試験でいきなり頑張っても、頭に入らないって』
「え? 勉強?」
『明日は試験だろう?』
「あ、そうでした! 帰ったら勉強しなくちゃ……」
『結菜はまだ帰っていないのか? 寄り道もほどほどにな』
「そうですね。早く帰ります……って、違うんです! 今、本当に困ってて」
『ははは、奇術部でまた会おう。じゃあな』
「ええ!? ちょっと先輩――」
『——ブチッ』
「切られちゃった……」
私は建物の陰でため息をつく。
そんな中、須藤さんがすぐ傍までやってきたけど、私は息を止めてなんとかやりすごした。
そして次に繋がったのは、藤間先輩だった。
「……もしもし! 先輩ですか?」
『結菜さん、どうかしましたか?』
「実は今、須藤さんに追いかけられてて」
『すどうさん?』
私は転入生に追いかけられるまでのことを、簡単に説明した。
『それで、大迫様はそちらにいないのですね?』
「はい。大迫くん、怒っていなくなっちゃったんです」
『わかりました。なら、私がそちらに向かいましょう』
「ありがとうございます!」
『私が行くまで、持ちこたえてくださいね』
「はい!」
『……ブチッ』
「あれ? 切れちゃった……場所言ってないけど、大丈夫かな?」
私が再びため息を吐いたその時だった。
「見つけましたわ」
「あ」
とうとう須藤さんに見つかって、私は息をのむ。
「今度こそ、お覚悟を!!」
「どうしよう、藤間先輩が来るまで待てないよ」
私が一人狼狽えていると、須藤さんは呪文を唱え始めた。
「あれって炎の呪文じゃない? やだ、このままじゃ……丸焼きにされちゃうよ。どうしよう……誰か! 助けて!」
その時だった。
突然、視界が歪んだかと思えば、なんだか体が熱くなって、体が溶けるような感覚に陥る。
そして心音が耳に聞こえるほど大きくなる中、私は立ってられなくなって、その場に膝をついた。
その後、しばらく
「——あ、あなた?」
「……え?」
顔を上げると、須藤さんが、驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「どういうことですの?」
呪文をやめて怖い顔をする須藤さんに、私が首を傾げていると——遠くから藤間先輩の声が聞こえた。
「結菜さんはどこですか!」
「あ! 藤間先輩? 私はここにいますよ!」
「……あなたたちは……」
「先輩、来てくれたんですね」
「……その声、まさか結菜さんですか?」
「まさかっていうか、どう見ても私は結菜です」
「いえ、あなたはどう見ても……結菜さんじゃないです」
「え?」
私は近くの店のガラスに映った自分を見て愕然とする。
どういうわけかそこには、須藤さんの顔があった。
「これは……どういうことですの? 結菜さんが私になるなんて、気持ちの悪い……」
「それはこっちのセリフだよ」
「もしや、私になりすまして、啓太様の気を引くつもりですわね! そうはさせませんわ」
「いや、そんなこと考えてもないし」
「問答無用ですわ!」
そう言って、須藤さんは再び呪文を唱えると、私に魔法をぶつけてきた。
とっさに私は目を瞑る。
けど、何も起きなくて——ゆっくりと目を開けてみれば、須藤さんの方が倒れていた。
「え? 何がいったいどうしてこうなったの?」
「本当に結菜さんだったのですね」
藤間先輩の言葉を聞いて、慌てて近くのガラスで確認する。
すると、いつの間にか私は元の姿に戻っていた。
そして今度は、地面を踏み締める音がこちらにやってきたかと思えば、
「これはまた……盛大にうちの妹をぶちのめしてくれたものだね」
悪い魔法使いの男の子——須藤さんのお兄さんが現れた。
「あなたは……」
「こんにちは、結菜さん」
「わ、わざとじゃないんです! 私、何をしたのかわからないけど、気づいたら須藤さんがこんなことに——」
「まあ、いいさ。うちの妹のことだから、暴走して自滅したんだろう。けど、妹ほどの魔法使いを気絶させるなんて、君ってすごい人だね。大魔法使いがそばに置きたがる理由がわかるよ」
「え?」
「そうだね……きっと君ならできるかもね」
「なんの話ですか?」
なんだか意味深な言葉に、私が怪訝な顔をしていると——その時、目の前が白光に包まれて、大迫くんが現れる。
「結菜!」
「大迫くん」
「大丈夫?」
「うん……なんとか」
「ふん、白々しいやつだな」
魔法使いの男の子は呆れた目を大迫くんに向けた後、私を真っ直ぐ見据える。
「覚えておいて、結菜さん」
「え?」
「君はいつか、そいつといて後悔することになるよ」
「後悔?」
「じゃあね、また会おうね。結菜さん」
そう言って、男の子はリアンさんを担いで消えた。
「また、消えちゃった……って、大迫くん、どうしたの?」
「え? 何が?」
「ものすごく怖い顔してる」
「あ、ごめんね……あいつが、変なことを言うから」
「大丈夫だよ、私……あんなよくわからない人の言葉を鵜呑みにしたりしないから」
「……」
「大迫くん?」
「でも、あながち嘘じゃないかもしれないよ」
「え?」
「もしかしたら結菜は、俺といることを後悔するかもしれない」
「大迫くん、何を言って……」
「……なんてね。早く帰ろう」
「そ、そうだね」
私が苦笑する中、藤間先輩は複雑そうな顔をして大迫くんを見ていた。
————その日、私は夢を見た。
華やかな庭園で、色とりどりのドレスを着て踊る魔法使いたち。
その中には祭りを楽しむ藤間先輩や大迫くんもいたけど……。
私だけは、ただ見ているだけだった。
***
「おはよう、明美」
早朝、教室に入るなり、明美が小走りにやってくる。
明美は慌てたように告げる。
「ねぇ、聞いてよ結菜!」
「朝からどうしたの?」
「須藤ちゃん、クラスが変わったんだって」
「え? どうして? そんなことってあるの?」
「なんでも、担任に盾ついたからとか……その代わり、あの子のお兄さんとやらが、このクラスに転入してきたよ」
「お兄さんって、まさか……」
「こんにちは」
気づくと、悪い魔法使いの男の子の顔がすぐ傍にあって、私は目を瞬かせる。
「今度はこっち!?」
男の子——須藤兄は、楽しくてたまらないという顔をしていた。
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