第18話 誤解しないで


「え? あの子って……」


 朝のショートホームルームが始まったと同時に紹介された転入生。


 教壇の横に立つその顔は、森の中で大迫くんの許嫁と名乗った女の子だった。


 転入生の——須藤すどうリアンさんは教室を見回すと、何かを見つけて顔を輝かせる。視線の先には、大迫おおさこくんがいた。


 須藤さんは教壇に向かって挙手をして訊ねる。


「先生」

「なにかしら? 須藤さん」

「わたくし、大迫様の隣がいいですわ」

「大迫くんの知り合いなの? 申し訳ないけど、転入生の席は決まっているのよ」

「融通のきかない先生ですわね」

「リアン!」


 担任に悪態をつく須藤さんを見て、大迫くんは立ち上がる。


 けど、先生は須藤さんの態度にも動じなかった。


「飛び級で自信を持つのはいいけど、あまり生意気だと友達ができないわよ」


 すると、須藤さんはふんと鼻を高く上げた。


「大きなお世話ですわ。ですが、ここは大迫様の顔に免じて、空いている席で我慢しますわ」


 言って、須藤さんは私の二列隣の席に座った。


 ——須藤さんって……見た目は可愛いのに、けっこう言う子なんだね。


 さすが、悪い魔法使いの妹さん。


 転入早々、先生に対して高圧的な須藤さんだったけど、休憩時間に入るなり、クラスの子たちに囲まれていた。


 どうやら、先生に堂々と文句を言ったことで一目を置かれる存在になったらしい。クラスの話題は須藤さんの話でもちきりだった。


「ねぇ、どこから来たの? リアンちゃんって呼んでいい?」

「どうぞ、お好きなように」

「先生にあれだけハッキリ言えるなんて、すごいよね」

「大人なんて、ただ年を重ねているだけで、私達と変わりませんわ。いいえ、若くて柔軟な発想ができる私たちのほうが立場は上ですもの」

「リアンちゃんって面白いね」


 クラスメイトと物怖じせずに話す須藤さんを見て、私の席にやってきた明美が感心したように告げる。


「須藤さん、すっかりクラスの人気者だね」

「う、うん」

「大迫くんの知り合いなんでしょ?」

「……昔のね」


 明美の言葉に、いつの間にかそばにいた大迫くんが答える。


 ていうか、ずっと静かだったから、その存在に気づかなかったよ。


 大迫くんにどう接していいのかわからず苦笑していると、明美は須藤さんと大迫くんを見比べる。


「ふーん。その態度、大迫くんと須藤ちゃんの間に何かあるよね? なんだかひと波乱起きそうな予感かも。ていうか、あんたたち。やたらぎこちないけど、喧嘩でもしたの?」

「け、喧嘩なんてしてないよ……」


 昨日は大迫くんに電話で謝り倒されたけど、私はなんて言っていいのかわからなくて、なんとなく謝罪を受け入れたんだよね。


「それより明美……変な悪だくみはやめてね」

「私がいつ悪いことしたの?」

「入学してすぐの時、真紀先輩と私をくっつけようとしたでしょ?」

「それは、結菜も真紀先輩も両想いだと思ったからよ。いいじゃん、実際、仲いいんだし」

「よくないよ!」


 私が強く否定すると、大迫くんが驚いた顔をする。


「え? 結菜と真紀先輩って両想いなの?」

「大迫くん、気になる?」

「うん、気になる」

「大迫くんは素直でいいよね。でも大丈夫だよ。結局、結菜と真紀先輩何もなかったし」

「何もなかったって、どういうこと?」

「実はね、入学早々、うちの学校の伝統行事で肝試し大会をやったんだけど……結菜と真紀先輩を二人きりにしても、手すら繋がなかったんだよ」

「それは、真紀先輩が恐怖のあまり逃げ出したから……」

「あの時の真紀先輩はいまだに伝説として語り継がれてるよね」

「そんな大げさな……誰にだって苦手なものの一つや二つあるでしょ?」

「そうだとしても、泣きながら逃げ出したあの先輩を見れば、恋も冷めるでしょ?」

「そんなことないよ……ていうか、もともと恋なんかしてないって」

「はいはい、わかってますよ。結菜は大迫くんみたいな人が好きだもんね」

「な、何言ってるの!」


 私が再び強く言うと、大迫くんはきょとんとした顔で目を瞬かせる。


 素直な大迫くんだけに、誤解されたくない私は、慌てて告げる。


「大迫くん、明美の言葉を真に受けないでね」

「もう、結菜は奥手なんだから」

「啓太様」


 明美が高笑いする中、気づくと須藤さんが私の輪に混じって立っていた。


「ずいぶんと楽しそうですわね。わたくしも仲間に入れてくださいませんか?」


 どこか棘のある言葉に、大迫くんはあからさまに不機嫌な顔をする。


「……構わないけど、余計なことを結菜に言わなくていいからね」

「余計なことってなんですの? 啓太様とわたくしが許嫁だという話ですか?」


 須藤さんの爆弾発言に、クラスじゅうで声があがった。


「え、なに? 恋のライバル出現?」


 面白そうな顔をする明美に、私は思わずため息を吐く。


「ライバルって、何よ」

「須藤ちゃんが大迫くんの許嫁だとしたら、結菜は浮気相手ってこと?」

「ちょっと、変なこと言わないでよ! 大迫くんはただの友達だよ」


 私が大声で告げると、須藤さんが真面目な顔をこちらに向ける。


「その言葉を信じてよろしいですか?」


 クラスメイトたちが、静かに聞き耳をたてる中、大迫くんが何か言おうとした時――休み時間は終わった。


 それから須藤さんは休み時間のたびに、大迫くんにべったりくっついていて、誰にも邪魔をさせる隙を与えなかった。


「啓太様のお好きな、コーラを買ってきましたわ」

「え? お金払うよ」

「いえ、けっこうですわ。わたくしの愛を受け取ってくださいませ」

「余計にいらないんだけど」

「まあ、啓太様! 以前なら喜んで受け取ってくれたではありませんか」

「それは小さい時の話だろ?」

「わたくしはあの頃から変わりませんわ」

「俺も変わってない」

「いいえ、変わりましたわ。以前はもっとお優しかったですもの。いったいどなたの影響かしら?」


 言いながら、斜め前の大迫くんの席にいた須藤さんが私のほうを向いた。


「あのような卑しい女にたぶらかされるなんて、啓太様が可哀相ですわ。わたくしがきっと啓太様を元に戻して見せますから」


 謎の気合いを入れる須藤さんを見て、明美は小声で私に告げる。


「あの子、大迫くんの母親なの? あの喋り方を聞いてると、ムズムズするんだけど」

「明美にとって苦手なタイプみたいだね」

「そうね。ああいういかにもお嬢様な人ってダメだわ、私」

「そうなの?」

「そうなのって、結菜はどうするつもりなのよ? このままだと、大迫くん取られちゃうかもしれないよ?」

「だから、どうして明美はそこで三角関係にしたがるの?」

「だって面白いし」

「明美……」


 どこまでも面白そうな明美に、私が白い目を向けていると——ふいにすぐ傍から大迫くんの声が聞こえる。


「結菜」

「大迫くん、どうしたの?」


 気づくとすぐ近くにいた大迫くんが、やや疲れた顔で告げる。


「一緒に帰ろう」

「私はいいけど、須藤さんはいいの?」


 私が静かに視線を送ると、須藤さんが慌ててこちらにやってくる。


「啓太様はわたくしと帰りますの」

「嫌だよ。俺は結菜と一緒に帰るから」

「嫌だと言っても、ついていきますわ。許嫁ですもの」


 須藤さんが言うと、周囲から「頑張れ」とか「三木に負けるな」なんて、ヤジが飛んできた。


 ……なんだか私が微妙に悪者にされてるし。


「俺は結菜と一緒に帰るんだ」

 

 周囲の反応をよそに、大迫くんは怪訝な顔をして言うけど、結局私たちは三人で帰ることになったのだった。




「啓太様のおうちはどちらですの?」


 帰り道の古い街並み。

 

 大迫くんの隣を歩く須藤さんが、周囲をきょろきょろと見回した。


 離れる様子のない須藤さんを見て、大迫くんは仕方なさそうに告げる。


「俺の家はまだだけど……どうせもう調べてあるんだろ」


 大迫くんにしては珍しく、ぞんざいな口調で言い捨てるけど、それでも須藤さんは笑顔で返した。


「いいえ、存じませんわ。わたくし、啓太様に連れていっていただきたいので、あえて調べませんでしたわ」

「……はあ」


 疲れた顔でため息をつく大迫くんの隣で、須藤さんは楽しそうだった。


 ——なんだろう、ちょっとモヤっとするなあ。私だけ仲間はずれだからかな?


 なんて、考えていると、須藤さんは大迫くんに迫るようにして告げる。


「啓太様、せっかくですから、ご両親にご挨拶をさせていただきませんか?」

「ダメ」

「どうしてですか?」

「たぶん、うちの両親が怒ると思うから」

「何をおっしゃいますか、許嫁ですもの、きっと啓太様のお父様もお母さまも、わたくしに会いたいに決まっていますわ」

「それは君の勘違いだって、何度言えばわかるの? それに、俺の両親はこの町にはいないよ」

「それは、どういうことですの?」

「俺は一人で暮らしているから」

「まあ! でしたら炊事洗濯はわたくしがしますわ!」

「いいから、放っておいてよ!」


 大声で叫ぶ大迫くんに、須藤さんは黙り込む。


 こんなに怒っている大迫くんを見たことがあるだろうか。


「わ……わたくしは、ただ……」


 俯いて狼狽える須藤さんを無視して、大迫くんは手のひらにボールペンで何かを書き込むと——姿を消した。


 なんだろう、この修羅場。


 ていうか、大迫くん反抗期に入ったのかな?


 
いやいや、須藤さんはお母さんじゃないって。


 私があれこれ考えていると、いつの間にか怖い顔をした須藤さんがこちらを見ていた。


「全てあなたのせいですわ」

「いや、どう見ても須藤さんがしつこいせいだと思うよ?」

「ふん、言い訳なんて聞きたくありませんわ。啓太様を悪い方向に導くあなたなんて、私がやっつけて差し上げますわ」


 そう言って、須藤さんは私に向かって杖をつきつける。


 ——これってとばっちりじゃ……大迫くん、私を置いていかないでほしかった。


 今にも爆発しそうな須藤さんの顔を見て、私はため息を吐くしかなかった。






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