第17話 気持ちのすれ違い



 大迫おおさこくんが文化祭の後片付けで忙しいので、先に一人で帰ったところ、真紀先輩に魔法をかけた悪い魔法使いの男の子に遭遇した。


 けど、同時に長谷部はせべくんも現れて、私——三木みき結菜ゆいなをかばうようにして前に出た。


「心配でついてきてみれば……」


「なんだよ、君は」


「こいつの友達だけど? 三木になんか用か?」


「君、藤間ふじまとか言う人と戦ってた時にこっそり見てたやつだよね? 魔法も使えない普通の人間が邪魔しないでくれるかな。俺と争ってもいいことなんてないよ?」


「魔法だかマジックだか知らないけど、普通の人間に危害を加えたら法で裁かれるんじゃないの?」


「ハッ、法なんてものは、魔法さえあればどうにだってできるんだ」


「普通の人間に魔法使いだってバレたら、ペナルティがあるのに?」


「……よくわかっているじゃないか」


「そりゃ、大迫が隠してるから……何か事情があるとは思ってたけど」


 長谷部くんは何やら口の中でブツブツと独り言を呟いたあと、悪い魔法使いに告げる。


「だったら、今日は帰ってもらえます? ただでさえあんたは、三木に攻撃したっていう事実があるんだから。出るとこ出ますよ?」


「でも、彼女は魔法で俺に仕返しをしたんだぞ。だから彼女も同類だ——」


「本当にそうですか? なぁ、三木。三木は魔法使いなのか?」


「え、私は魔法使いなんかじゃないよ」


「ほら、本人もこう言ってます。ということは、あなたは一般人に危害を加えたことになる」


「だが、確かに俺は彼女に攻撃を——」


「正当防衛だよ。あんたが三木に攻撃した事実を知っている人間は四人もいるんだぞ」


「……お前、その口を縫い付けてやりたい」


「ああ、どうぞ。それであんたがどうなるか、俺は知らないけどな」


「……ふん。今日のところは引き下がってやるが……今度俺の前に現れたら、お前なんて存在ごと消し去ってやる」


「おー、こわいこわい」


「あいつの周りは、おかしなやつばかりだ」


 そうこぼして、悪い魔法使いの男の子は去って行った。


 なんとか追い払えて、長谷部くんはため息を吐く。


「やれやれ、やっと行ったか」


「大丈夫? 長谷部くん」


「まあ、なんとか」


「でもまさか長谷部くんが魔法使いの法律に詳しいなんて……」


「いや、ハッタリだ。意外となんとかなるもんだな」


「え、じゃあ魔法使いの存在がバレたらペナルティっていう話も?」


「大迫たちが隠してるみたいだったから、何かあるとは思ってたけど」


「大迫くんが魔法使いだって、知ってたんだね」


「ああ。だが俺が知ってることは、大迫には内緒にしてくれ。俺が知ってること、大迫のやつは知らないから」


「そっか。あれだけ堂々と魔法で戦ってたらバレるよね。気づかないのは真紀先輩くらいで……」


「それもあるけど、あいつは隙がありすぎなんだよ」


「長谷部くんって、もっとサッパリした人かと思ったけど、意外と優しいよね」


「意外とは余計じゃないか?」


 長谷部くんが苦笑して言ったその時、道の向こうから走ってこちらに来る大迫くんの姿が目に入る。


 大迫くんはやってくるなり、肩で息をしながら訊ねてくる。


「どうして長谷部がいるの?」


「どうして、はないだろ。心配でついてきたんだよ」


 長谷部くんが呆れた顔をする中、私も大迫くんに訊ねる。


「大迫くんはもう片付け終わったの?」


「ああ。済ませてきたよ。明美あけみが指揮をとってくれたおかげで、あっという間に終わった」


「明美はこういう時、頼りになるよね」


「それより、またあの魔法——悪いマジシャンが現れたの?」


「どうしてわかったの?」


「……なんとなく(魔力の残り香があるし)」


「そっか、大迫くんはなんでもわかるんだね」


「大丈夫? また何かされなかった?」


「うん、大丈夫だよ。長谷部くんが追い払ってくれたから」


「え? 長谷部が? どうやって?」


 目を丸くする大迫くんに、長谷部くんは小さく笑う。


「それは企業秘密」


「……長谷部はすごいね」


 大迫くんは心底感心した顔をしていた。


 本当はさっきのやりとりを教えてあげたいだけど、そういうわけにもいかないよね。


「そういえば、あの人……大迫くんの許嫁のお兄さん、なんだよね?」


「許嫁って言っても、とっくの昔に解消したよ」


「でも、諦めてないって言ってたよ、あの人」


「なんと言おうと、諦めてもらうから」


「……そっか」

 

 ……なんだろう、すごくモヤモヤする。


 私はその気持ちの正体がわからなくて、考えていたけど、そのうち大迫くんが笑顔で告げる。


「結菜は許嫁のことなんか気にしなくていいからね」


 大迫くんはそう言うけど、モヤモヤした何かが晴れることはなかった。

 

 そんな中、長谷部くんは考えるそぶりを見せると、突然大迫くんに告げる。


「いいよな、大迫にはあんな可愛い許嫁がいて」


「え?」


「俺も彼女がほしいわ。そうだ、三木。俺の彼女にならないか? お前もフリーなんだろ?」


「と、突然どうしたの? 長谷部くん」


「俺だって明るい青春を送りたいわけだ」


「長谷部、それ本気で言ってるの?」


「そうだな。三木が彼女になってくれるなら、きっと損はさせないから……なんて、嘘だけど——」


 長谷部くんが最後まで言い終える前に、大迫くんは手のひらにボールペンで何かを書き込んだ。


 かと思えば——。


「あなたに幸運を」


 長谷部くんが姿を消したのだった。


「え!? ちょっと大迫くん!」


「……」


「なんてことするの!」


「だって、長谷部が結菜のことを好きだって言うから……」


「冗談に決まってるでしょ!? それに、たとえ長谷部くんが私を好きだったとしても、消すなんてひどいよ」


「結菜は長谷部が好きなの?」


「そういう意味じゃないよ!」


「だってあいつが……」


「どうして長谷部くんのせいにするの? 長谷部くんは何も悪くないよ」


「でも……二人が幸せになるのは嬉しいはずなのに、すごく嫌な気分になるんだ」


「今まで見てきた大迫くんは、他人のために魔法を使う心優しい人だったのに……なんか、悲しいよ」


「ごめん、結菜……どうしてかわからないけど、感情がコントロールできないんだ。もしかしたら俺は病気なのかもしれない」


「……私、もう帰る」


「え」


「送ってくれなくていいからね」


「でも、何かあったら」


「さっき長谷部くんが追い返してくれたから、きっと今日はもう現れないよ。だから、私一人で帰るね。さよなら」


「結菜!」




 ***




「あーあ、妹の許嫁どのは、ふられてしまいましたね。ますます面白いよ、結菜ちゃん」


 ビルの屋上に座って見下ろす少年がいた。その視線の先には、結菜や啓太の姿があり、一部始終を見守ると、クスクスと小さく笑った。


 すると、隣に立つ——結菜とは違う制服の少女が、無表情で声をかける。


「お兄様」


「リアン、森の中では、どうして邪魔をしたんだ?」


「邪魔ですか? ピンチのお兄様を救ってあげただけですよ。けちょんけちょんにやられていたでしょう?」


「あれは、手加減してやったんだよ。俺が本気を出せば、啓太さんだって潰せるさ」


「お兄様は自信家ですわね」


「妹のくせに、俺の実力を疑うのか?」


「確かにお兄様は優秀ですが、啓太様は次元が違いますから」


「それよりお前、まだ諦めてないのか?」


「ええ。もちろんです。わたしくは、絶対に啓太様の花嫁になってみせますわ」


「だが、啓太さんはあの女の子——結菜ちゃんのことが好きみたいだぞ」


「そんなこと、知ったことではありません」


「お前も俺に似てしぶといやつだな」


「あら、お兄様と比べないでください。私があんな一般人に負けるわけがありませんわ」


「一般人と言うが……結菜ちゃんにも何か秘密がありそうだな。この俺に見事くらわしてくれた女は、初めてだ」


「でしたら、お兄様。お兄様は彼女を誘惑してくださいませんか? 結菜さんに振られて傷心の大迫様を私がいただきますわ」


「そうだな。その案、意外と悪くない」


 そう告げると、二人は風のように姿を消した。




 ***




「おはよう、長谷部くん」


 早朝に登校するなり、廊下で長谷部はせべくんの姿を見つけた私——三木みき結菜ゆいなは、彼の元に駆け寄った。


 昨日は長谷部くんが大迫おおさこくんの魔法で消されてしまったから、ずっと気になっていたんだよね。


 私が長谷部くんの顔色をうかがうと、長谷部くんは少し疲れた顔で笑顔を作って見せた。


「ああ、おはよ」


「昨日は大丈夫だった?」


「……昨日か。まさかあんなところに飛ばされるとは」


「どこに飛ばされたの?」


「いや、いいんだ。俺があんな冗談を言ったせいだし、それにあいつも悪気があってやったことじゃないと思うし」


「長谷部くんに魔法を使うなんて最悪だよ」


「で、あのあと大迫とは……どうなったんだ? 俺がおぜん立てしてやったんだから、ちょっとは進展しただろ」


「大迫くんと、どうなったって……喧嘩になったよ」


「は? 喧嘩?」


「だって、大迫くんが自分勝手だから」


「……そうきたか。お前ら、こじらせすぎだろ」


「こじらせ?」


「いや、こっちの話。俺は大丈夫だから、仲直りしろよ」


「長谷部くんは優しいね」

 

 とその時、チャイムが鳴った。


 周囲の人たちが散るのを見て、長谷部くんは慌てた様子で手を上げる。


「じゃ、俺は自分のクラスに行くわ」


「うん、またね」


 こうして長谷部くんとわかれて自分の教室に向かったもの、教室にはすでに先生がいて——私は急いで席についた。


 ギリギリに入ったおかげで、大迫くんの顔を見ずに済んだのは良かったかもしれない。


 大迫くんとまともに顔を合わせるのはまだちょっとだけ嫌だったから。


 そして先生はクラス全員が着席したのを見計らって、黒板に何かを書き込む。


 須藤すどうリアン——それは名前のようで、先生がそれを書き終えると同時に、教室のドアがガラガラと開いて、誰かが教壇の横にやってくる。

 

 その顔は、文化祭で奇術部員を襲った悪い魔法使いの妹のものだった。









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