第16話 魔法使いの兄妹
「あなた……大迫様ではありませんね」
散策から戻ってきた
確かにいつもの大迫くんとは雰囲気が違うけど、どういうことだろう。
静寂が深まる森の中で、大迫くんは突然、大きな笑い声をあげた。
「反応が遅いですよ、藤間先輩」
大迫くんが好戦的な笑みを浮かべる中、ずっと地面で寝ていた
「なんだ、なんだ……?」
「俺はいったい何を……」
「みんな起きちゃった! どうしよう」
私が大迫くんと、真紀先輩を見比べて狼狽えていると、藤間先輩がそんな私をかばうように前に出る。
「結菜さん、彼らを連れて逃げてください」
「藤間先輩?」
藤間先輩が大迫くんを睨みつけると、いつもと違う大迫くんは、不気味な笑みを浮かべた。
「ダメだよ、俺はもっとその子と話がしたいんだから」
「結菜さんたちに近づかないでください」
言って、藤間先輩はポケットから短い杖を取り出すと、その先端を大迫くんに向けた。
すると、風を切るような音が大迫くんにぶつかって——大迫くんの頬に傷がついて、血が滴り落ちた。
それでも大迫くんは余裕の笑みを浮かべていた。
「君の力量はもうわかっているから、いくら魔法をぶつけても意味がないよ」
「それはどうでしょう」
藤間先輩は、さらに杖の先端を振った。
今度は渦巻く炎が大迫くんに向かって飛んでいくと、大迫くんの全身を炎が包み込む。
「ちょっと、藤間先輩!?」
私が口を押さえて瞠目する中、大迫くんが大きなため息を吐くと——大迫くんの全身を包んでいた炎が一瞬で消えた。
続けて、大迫くんは短い杖の先端を藤間先輩に向ける。
「言ってもわからないなら、力づくでわからせてあげるよ」
そう告げた大迫くんは、やっぱり大迫くんではなかった。
「おい、これはどうなってるんだ?」
「ま、真紀先輩」
初めて見る魔法を前に、驚いた顔をする真紀先輩。
私はなんだか嫌な予感がして、真紀先輩の袖を引いた。
「先輩、とにかく逃げましょう」
「なんでだ? こんなすごいマジック対決、見たことないぞ」
「俺たちまで巻き込まれたら大変です」
とぼけたことを言う真紀先輩に比べて、長谷部くんはこの状況を多少は理解しているようだった。
「巻き込まれる? マジックに?」
「そうです。彼らはとても危険なマジックをしているみたいなので、俺たちは関わらないほうがいいんです」
そう言って説得してくれる長谷部くんに、私も同意する。
「先輩、お願いだから逃げましょう」
けど、大迫くんはこちらに視線を向けると、いつもと違う悪い笑みで告げた。
「遅いよ」
「結菜さん、危ない!」
藤間先輩の言葉のあと、私の全身がまるで重石を乗せられたかのように重くなって——気づくと私は、地面に伏していた。
懸命に頭を上げようとしても、思うように動けない中、大迫くんの声が聞こえた。
「君に怪我を負わせるつもりはなかったんだけど、逃げるから仕方ないよね……ん?」
……なにこれ……気持ち悪い……なんだか乗り物に酔ってるみたいな。
重いし気持ち悪い。
急に動けなくなった私だけど、ふいに胸の奥からじわじわと熱さのようなものが湧き上がってくるのを感じた。
脈打つ心臓の音がこんなにも近く聞こえるなんて、いったい何が起きているのだろう。
これも大迫くんの魔法なのかな?
なんて思っていると、私の心臓がどんどん早鐘のように早くなって——。
「なんだ?」
きょとんとした顔でこちらを見る大迫くんと視線がぶつかった。
「なんなの……これ……」
……熱い……今度は全身が熱くて、燃えてるみたいな。
「いやだ……燃える……ッ!」
私はゆっくりと立ち上がると、大きく息を吐く。
するとその直後、全身から熱を放出したような感覚に陥った。
そして熱を吐き出した体が一気に軽くなったかと思えば——。
「なに!? うわああああああ」
大迫くんが突然、叫びながら倒れたのだった。
「結菜さん……?」
目を瞬かせる藤間先輩に、私は頭を掻きながら苦笑する。
「なんだかよくわからないけど、スッキリしました」
みんなポカンとした顔をして、微妙な空気に包まれる中、
「結菜!」
「大迫くん?」
大迫くんがもう一人現れる。
「大丈夫?」
焦ったように告げる大迫くんは、今度こそ本物のようだった。
「うん。私は大丈夫だよ。それより、大迫くんそっくりな人が……あれ?」
偽物の大迫くんがいた場所には、全然知らない人が横たわっていた。
同年代——もしくは、私より少し幼く見えるその男の子は、苦しそうな顔をしていた。
「くっ、俺としたことが……」
「この声! あいつ……こないだの」
「真紀先輩、知ってるんですか?」
「ああ、帰り道に遭遇した占い師だ」
「占い師?」
そういえば、学校帰りに真紀先輩が占い師に遭遇したって言ってたよね。
それから真紀先輩が魔法使いに乗っ取られたって言ってたけど——もしかして、真紀先輩を乗っ取った魔法使いって、この人のことなのかな?
なんて、ぐるぐるとそんなことを思っていると、男の子のそばに、同じ年くらいの女の子も現れる。
知らない制服を纏った女の子は、寝ている男の子を揺り起こした。
「お兄様」
「……リアン?」
悪い魔法使いの男の子は、女の子の顔を見ながらゆっくりと身を起こす。
そんな中、藤間先輩がぼそりと告げる。
「新手の魔女か」
「君は……」
大迫くんもいつになく怪訝な顔をする中、リアンと呼ばれた女の子はスカートをつまんでお辞儀をする。
「啓太様、お久しぶりです」
「どうして君がこの学校に……?」
「啓太様に会いにきましたの。ですが、兄がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「その人、君のお兄さんなの?」
大迫くんが訊ねると、リアンさんは肯定して頷いた。
私は何がなんだかわからず、小声で大迫くんに訊ねる。
「大迫くんの知り合い?」
「ああ、親が決めた許嫁だよ」
「許嫁!?」
「といっても、俺は断ったけどね」
「わたくしは、まだ諦めていませんから」
「……」
「それでは、わたくしたちはこれで失礼しますわ」
「ちょっと、待って——」
大迫くんはリアンさんに向かって手を伸ばすけど——魔法使いの兄妹は、まるで泡のように消えてしまった。
「また逃げられた」
「それより大迫くん、真紀先輩や長谷部くんに魔法を見られちゃったけど、大丈夫なの?」
「うーん……大丈夫じゃないね」
「どうしよう」
おそるおそる真紀先輩の顔をうかがうと、先輩は嬉しそうにこちらを見ていた。
「すごい、こんな完璧な消えるマジックを見たのは初めてだ」
その感動に満ちた目を見て、私は心底ホッとする。
——良かった。
真紀先輩は魔法をマジックだと思い込んでるみたい……でも、同じように見ていた長谷部くんはどうだろう?
私が長谷部くんの顔をちらりとうかがうと、長谷部くんはわざとらしく手を叩いて見せた。
「あー、すごいすごい。俺もこんなマジックは初めて見たなー」
……棒読みが気になるけど、長谷部くんもマジックだと思ってくれてるのかな?
長谷部くんのことをじっと見つめていると、ふいに藤間先輩に肩を叩かれる。
「それより、結菜さん……さっきのは……」
「なんですか?」
訊ねると、藤間先輩は小声で告げる。
「魔法を使いましたよね?」
「魔法? なんのことですか?」
「今、あの者を倒したのは結菜さんでしょう?」
「あの者って、さっきの男の子?」
「そうです。魔法をぶつけていたじゃありませんか」
魔法をぶつける? どういうことだろう。
私がなんのことか訊ねようと口を開きかけたその時、大迫くんが代わりに口を開く。
「違うんです、藤間先輩」
「違うとは、どういうことですか? 大迫様」
「結菜のは魔法じゃないんです」
「ですが、確かに結菜さんが魔法で攻撃を……」
「違います。結菜はただ、相手の力を吸収して跳ね返しただけなんです」
「……どういうことですか?」
藤間先輩と同じく、大迫くんの言葉の意味がわからなくて、私が目を瞬かせる中——ふいに、視界がぐにゃりと歪んだ。
「あれ? なんだか気持ち悪い……」
「結菜!」
遠くに大迫くんの声を聞く中、私はその場に倒れたのだった。
***
「う……ん……」
目を覚まして初めて目に入ったのは、暗い天井だった。
どういう状況なのか考えながら横を向くと、パイプ椅子に座る大迫くんの姿があった。
「気が付いた?」
「あれ? ここは……」
「保健室だよ」
身を起こすと、確かにそこは保健室で——窓の外はすっかり夜色に染まっていた。
「えっと、確か私……森の中で倒れたんだよね? みんなは?」
「保健室の外にいるよ。邪魔だからって、俺しか入れてもらえなかったんだ」
「そっか……って、学園祭は?」
「もう終わったよ」
「え! うそ……終わっちゃったの? まだどこも見てなかったのに……それにご飯だって」
私のお腹がぎゅうっと鳴って、大迫くんが破顔した。
「ふふ、食べるものなら、いくつか買っておいたよ」
「わ、りんご飴に焼きそばにハットク?」
手渡されたたくさんの食べ物に驚いていると、大迫くんは優しい笑みを浮かべた。
「うん。でも帰ったら夜ご飯もあるだろうし、食べすぎないほうがいいかも」
「大丈夫。今日は親がいないから、これを夜ご飯にするよ。ありがとう」
私が大迫くんに笑顔を返す中、ふと保健室のドアがガラガラと開いた。
「結菜さん、目が覚めたみたいですね」
「藤間先輩」
「大丈夫か? 結菜」
「真紀先輩! はい、もう大丈夫です」
「じゃあ、帰るか」
「結菜は俺が送っていくよ」
大迫くんの言葉に、長谷部くんは腕を組んで頷く。
「そのほうがよさそうだな。また変なのが現れたら大変だろうし」
「長谷部くん?」
「いや、変なマジシャンが現れたら困るだろ?」
「そうだな。俺は生徒会長に用があるから、大迫くんが結菜を送ってやってくれ」
どことなく不服そうな顔をしながらも、真紀先輩は大迫くんの肩をポンと叩いた。
そんな中、再び保健室のドアが開いた。
「あ! 見つけた大迫くんと結菜」
「
「ちょっとー、学園祭サボらせてあげたんだから、片付けくらいして帰りなよー」
「ごめんごめん……すぐ行くから」
「結菜はいいよ、倒れたんでしょ? また何かあったら大変だし、先帰りな」
「え、でも……」
私だけ何もせずに帰るなんて気が引ける——と思っていると、大迫くんはそれを察したように口を開く。
「俺一人でも大丈夫だから、ちょっとだけクラスの片付け手伝ってくるよ」
「わかった。じゃあ、ゆっくり帰るね」
「じゃあ、行ってくる」
「うん。一緒に片付けできなくてごめんね」
私が手を合わせて告げると、大迫くんは「任してよ」と意気込んで去っていった。
***
「もう倒れたり……しないよね?」
帰り道の古い街並み。
すっかり夜になった空を見上げて、私は不安の言葉を吐いた。
魔法使いの男の子に攻撃された時、なんだか体が熱くなって、気づくと倒れてしまったのだけど——。
「さっきのはいったい、なんだったんだろう。大迫くんは、魔法を跳ね返したって言ってたけど……よくわからないな。……もしかして、私も魔法使い? ……なんちゃって。そんなこと、あるわけないよね」
なんて、自嘲していると——そんな時、
「帰りは一人なんだね」
「……あなたはさっきの……」
文化祭の森の中で出会った、魔法使いの男の子がまたもや現れた。
一日にそう何度も遭遇しないだろうと思っていたのに、まさか二度も会うなんて。
私が警戒して後ずさる中、男の子は笑って接近してくる。
「ねぇ、面白い君、さっきはいったい何をしたの?」
「え、あ、あの……」
馴れ馴れしく喋る彼に、どう反応していいのかわからなくて、私がどもっていると、後ろから馴染みの声が聞こえた。
「おい、あんた」
「は、長谷部くん?」
気づくと、長谷部くんがすぐ後ろで怖い顔をして立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます